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 ──相変わらず、私は毎晩のように不思議な夢を見ている。

「──はさ、卒業したらやっぱりKCを継ぐのか? ……それとも、プロリーグに進むとか……?」
「そうね……どう、なのかしら……」
「どう、って?」
「うーん……はっきりと、父様にそう断言されたわけではないけれど……やっぱり、父様が私を引き取ってくれたのは、自身の後継者として私を育成する、という意味合いが強かったと思う。その為の教育も、特別に受けていたわけだし……」
「……うん、知ってる」
「だから、私もそういうものだとばかり思っていたの。私は将来、会社を継いで、父様に今までの恩を返すんだ、そうするべきなんだ、って……でも……」
「……でも、気が変わった?」
「……アカデミアでね、あなたや亮、吹雪とデュエル漬けの日々を過ごしているうちに、ね?」
「いや、デュエル漬けなのはと丸藤だけだろ……」
「うるさいわね……ともかく、アカデミアで過ごしているうちに、私、自分で思っていたよりも決闘が好きなのだと気付いてしまったのよね……」
「その口ぶりだと……まるで、それが悪いことみたいだな?」
「それは、そうでしょう。だって、……だって、私には、決闘よりもやらなきゃいけないことがあるんだもの……」
「……もしかして、、本当は将来プロリーグに進みたいと思ってるんじゃないのか……?」
「……そうね、きっとこの気持ちは、そういうことなのだと思うわ……でも、これは誰にも内緒よ? 亮と吹雪にも話してないの、でも、あなたなら誰にも言わないって信じてるから……」
「……俺だって、の本当の気持ちを応援したいと思ってるよ……」
「でも、私の事情をきっとあなたは汲んでくれるでしょ?」
「それは、まあ……どっちも、にとって大切なことだって、俺は知っているつもりだし……」

 ──卒業後は、プロリーグに進みたい。
 ──私が記憶している限り、アカデミア在学中、徐々に膨れ上がっていったその気持ちを、私はしっかりと抑え込めていたはずだ。
 亮や吹雪にもその真意を話した試しはなく、……まあ、卒業も近くなる頃には亮も私の本音に勘付いていた様子だったし、最終的には父様からも看破と先回りをされてしまったわけではあるけれど、──それでも、私はその夢を自らの意志で打ち明けたことだけは、一度もなかったはずなのだ。
 けれど、夢に出てくる見知らぬ青年の前で、夢の中の私はあっさりと自分の本心を吐露していて、──それは、存在し得ない夢幻でしかないはずなのに、どうしてか私は、……これは、本当の記憶であるような気がしてしまっている。
 
 夢の中に出てくる“彼”は若草色の髪をしていて、特待生寮の白い制服を着ていることもはっきりと分かるようになってきたものの、この夢を見るようになった当初と変わらず、いつも彼の顔には靄が掛かっていて、私には彼の顔も名前も分からない。
 単純に考えれば彼は夢の世界の住人で、そこまで正確な人物設定が夢の中では存在していないという、只それだけの話のような気がするのに、──何故だか、いつの間にか私は、彼は実在する人物で、あの夢たちは私が忘れているだけで、実はあの夢こそが現実よりも確かな本物の記憶なのではないかと、……そんな風に考え始めている。
 ……問題は、だとすれば私はどうしてその事実を忘れてしまっているのかという、結局はその一点に尽きるのだけれど。
 
 夢で彼に会うようになったのは、光の結社との決着を終えて、私が破滅の光の断片を身に宿した頃と同じタイミングだった。
 破滅の光の断片という荷物を請け負うことになった際、私は、十代なんて私よりも到底重い役目を担っているわけだし、吹雪だってダークネスという悪縁を未だに断ち切れずにいるのだし、私が抱えることになったこれも、それらと大差のないものと考えており、正直なところ、私の身に影響が生じる可能性をあまり考慮していなかったのかもしれない。
 破滅の光を受け入れた最初の頃は、異常な眠気に襲われたり、体調を崩したりもしていたけれど、意識の権限が完全に私へと譲渡されたのか、現在は以前と特に変わりがなく生活できているし。
 正しき闇と破滅の光の戦いは、きっとこれからもまだまだ続いて、破滅の側には決して立たずに、正しき闇の使者──十代の肩を持つ限りは、私もまた破滅の光と対峙する機会だってあるのかもしれないけれど、……少なくとも、それは今ではないし、事が起きる前から怯えていても仕方がない。
 あのとき、現場に立ち会った面々だけが、私が破滅の光を宿したことを知っているけれど、……実は、亮や吹雪にはまだその事実を伝えられずにいる。
 もちろん、私だってわざとふたりに隠している訳ではなかったし、不思議な夢を見るようになったこともあって、その事実をふたりそれぞれに相談してみたいところではあった。
 彼がもしも本当に特待生寮に居た人物なら、亮か吹雪なら覚えているかもしれないし、それならそれで、夢の中で不思議と親身に接してくれた彼の名前を私は知りたいし、何故彼のことを忘れてしまっていたのかだって、ちゃんと知っておきたいのだ。
 ──或いは、これは私の願望なのかもしれないと、そんな風にも思ってしまうけれど。
 夢の中の青年はいつも私に親身に寄り添ってくれて、私と彼はまるで家族のように仲が良くて、……彼が本当に私の隣人だったのなら、それはどれほど嬉しいことだろうかと、……私は、そんな風に願ってしまっているから余計に彼のことが知りたいし、あれが夢ではないことを願っているのだ。

 そんな奇妙な記憶と、破滅の光の断片について。──亮と吹雪に未だ話せずに居たのは、あの後、リーグに戻った私たちの生活が忙しなかったこともあるし、私が長らく体調を崩していた、というのもある。
 それに、アカデミアには留学生が来ていることもエドから聞いていたから、吹雪には余計な心配を掛けたくなかったのもあったけれど、──現在の理由として何よりも一番大きかったのは、“デュエルアカデミアが行方不明になってしまった”から、だった。

「──まさか、校舎ごと異世界に漂流するとはね……」
、きみはこう言った現象にも詳しいんじゃないか? 確か、きみにはデュエルモンスターズの精霊が見えるんだろう」
「確かに見えるし、異世界にも行ったことはあるわよ? でも、私はカイバーマンたちの力で連れて行って貰っていただけだから……向こうの世界の厳密なルールだとか座標だとか、そういった専門的なことは、流石にね……」
「何? ……異世界に行ったことがあるのか?」
「ええ。……だから、もしも私が学園に居たのなら、サバイバルの助けくらいにはなれたかもしれないわね。カイバーマンも、私のためならもっと積極的に協力してくれたかも」
「……主よ、それではまるでオレが非協力的なように聞こえるが」
「其処までは言ってないわよ、実際、あなたは調査に協力してくれているじゃない」
「フン、分かっているのならば構わんが……」
「一体誰と話しているんだ……? はあ……全く、冗談じゃない。きみまで行方不明になったのでは困るだろう、ジョークにしては悪趣味すぎるぞ、……」
「あらそう? ……ごめんなさい、私も少し、気が立っているのかもしれないわね……」
「それは……ヘルカイザーがきみを庇ったからか?」
「私は庇われたとは思ってないわよ? ……まあ、亮が本当にそのつもりなのだとしたら、幾らか腹立たしくはあるけれど」
「……似た者同士なんだな、きみたちは」
「ふふ、それはそうかもね」

 デュエルアカデミアが異世界に漂流し、彼らを現実世界へと呼び戻すためにと、異世界研究の権威であるツヴァインシュタイン博士の主導で、本来アカデミアが存在していた孤島の中心部にキャンプ地が張られて、I2社の協力の下で大規模な救出プロジェクトが行われる運びとなり、──私とエド、それから亮は現在、プロリーグからの協力者としてキャンプ地に招かれていた。
 彼らの救出のためにはレインボー・ドラゴンのカードが必要不可欠で、まずはペガサス会長たちの採掘チームでレインボー・ドラゴンの眠る石板を探し出しカードとして復元、次に次元の裂け目を開いてから、双方の通信デュエルシステムを同調させることで、此方と彼方とで次元を超えたデュエルを行う。
 もちろん、大前提としてアカデミア側に此方からの通信を拾ってもらう必要だってあるし、其処まで漕ぎ付けたところで、次元を超えてレインボー・ドラゴンを転送するためのエネルギーとして、今度は激しいデュエルを行うことで数千億ジュールものデュエルエナジーを瞬間的に叩き出す必要がある。
 デュエルエナジーを確保しながらも、同時に同現象の安定化を図り、そのエネルギーを元にヨハンの元へとレインボー・ドラゴンのカードを送り届けるというのが、博士の発案した作戦であり、──そのために、此方はその計画に相応しいだけの凄まじい闘気を持つ決闘者を用意しなければならなかった。
 その決闘者に選ばれたのがこの私、──というわけではなく、瞬間的なデュエルエナジーを確実に生み出すため、貪欲に勝利のために相手ごと飲み込むほどの殺気を持った決闘者──という博士に提示された条件の元、此方側の代表として選ばれたのは亮だった。
 ……一応、私もその候補ではあったらしいものの、最終的には亮がその役目を任されて、私はエドと共にサポート役としてキャンプ地に招かれている。……確かに、父の会社で培ったメカニックとしてのノウハウも、精霊界への知識も私は人並み以上に持ち合わせてはいるし、優等生を返上し師の言うことさえも聞かなくなった、現在の亮を御し切れるのが私しかいないことも分かるけれど、……当然ながら、看板役者に選ばれなかったというのは、少々面白くないところでもある。
 ……もちろん、親友の吹雪や可愛い後輩たちの危機を前に、そんなにも自分勝手な我儘を言うつもりもないし、それどころではないことくらいは、私にも重々理解できていたから黙っているけれど。

「──決闘の最中に通信が途絶えるとは……不完全燃焼に終わったな、つまらん」
「おい、今は非常時なんだぞ、不謹慎なことを言うものじゃない。君だって弟は心配だろう」
「……さあな」

 ──そして、この非常時にも我儘を言っているこの男だが、異世界への漂流から逃れて現実世界に残っていた鮫島校長から、今回の協力に関する連絡を受けた際に聞いた話では、──鮫島校長が亮へと協力を要請した際に、「それは俺が断ったならば、どうするつもりですか」「その際にはくんに協力を求めるつもりだ」「……ならば、俺が引き受けます」──と言ったやり取りが、師弟の間ではあったのだとかで。
 ……現在、亮と鮫島校長は決して良好な師弟関係という訳ではなかったから、「一応、そういった訳で亮は承諾してくれたが、場合によってはくんを頼る必要が出てくる可能性もある……」──と、生徒の安否確認も出来ずにいる鮫島校長が余りにも憔悴しきって私を頼ってきたものだから、校長にとって私は二番手なんですか? ……なんて嫌味も言えずに、私は結局、鮫島校長の申し出を受けることになり、──そうして、今に至るのだった。
 ──それに、以前、亮がサイバー流を道場破りをしてきた際に、校長からの協力要請をあしらって亮の肩を持ってしまった私には、校長に対して強く出られないという負い目もある。……せっかく招待してもらったジェネックスでもトラブル続きで、卒業生代表らしい成績は残せなかったし、ね。
 
 何もこの件に関しては、亮本人から事実を肯定されたわけではないし、私の方から亮に事実を確認した訳でもない。
 ──でも、私たちよりも早くからこのプロジェクトに関わっていたらしいエドも、その話を当然のように把握していたから、……恐らくそれは、本当に亮と校長の間で行われたやり取りだったのだろうとは、思う。
 ──もしも、亮が私を庇う意味で依頼を引き受けたのだとすれば、対等なライバル関係にあるはずの私に向かって、一体どういう了見かと亮に言ってやりたい気持ちは大いにあるけれど、──この件は異世界絡み、精霊関係のトラブルなのだと事前に聞かされていた亮が、私を危険な役目から遠ざけようとしたその気持ちは、……まあ、正直、理解出来ない訳ではないし、私に落ち度があることだって、よく分かっている。
 何しろ私には、在学当時、亮や吹雪には何の説明も無しに精霊世界へと度々出かけていたという前科があり、──そもそも、精霊の存在さえも亮に打ち明けたのは高等部の三年生になってからだったし、……その上、つい最近にはまんまと光の結社に捕まってもいた訳で、……ならば、亮が私をリスクから遠ざけたいと思ったとしても、私の反論の余地よりも亮のそれの方が勝っているのも分かり切っていて、……其処まで答えが出ている以上、衝動的に亮に噛み付こうと思えるほど私も馬鹿ではないのだ。──まあ、それでも腹は立つけれど。

「決闘、お疲れ様。宝玉獣の相手、楽しかった?」
「ああ……なかなかに胸が躍ったぞ。ヨハンとの決闘は、まるで十代を相手にしているかのような感覚を覚える……」
「十代と? ……まあ確かに、彼らは決闘者として似ているかもしれないな」
「精霊の見える決闘者同士で、気質も近いものがあるのかもしれないわね。……私は、身近に精霊の見える決闘者がずっといなかったけれど、もしもそういう相手が居たなら、きっと、あんな風に……」

 何の気なしに零したその言葉だったけれど、喉を滑り落ちる感覚に妙な違和感を覚えて、私は言葉に詰まってしまった。
 ──私には、十代が入学してくるまでは、身近に精霊の見える決闘者の存在は、一切無かった。当時はまだ、準も精霊が見えていなかったし、亮や吹雪には元々精霊が見えていなくて、特待生寮やブルー女子の他の生徒にも、身近な場所に精霊の見える決闘者はひとりも居なかった、──はず、だ。
 でも、どうしてだか、──それは、私の気のせいなんじゃないかと、これは思い違いで、──本当は、私には十代にとってのヨハンのような存在が居て、……それは、亮や吹雪にとっても近しい友人だったんじゃないかと、──夢で会ったあの彼こそが私の■■──だったのではないかと、──確かに私は、そう思い始めているのに、……どうしても、彼のことが上手く思い出せなくて、無理に思い起こそうとすると、酷く頭が痛くなる。
 ──一体、彼は誰なのだろう。それに、どうして、破滅の光の断片を手にした途端、何かが剥がれ落ちるかのように知らない記憶を思い出し始めてしまったのだろうか、私は。
 ──或いは、■■■■■によって、私たちは、■■を、■■されて、けれど、結果的には破滅の光が■■■■■の■を中和しつつあり、けれど皆の記憶の中では■■■■■を、■■が呼び起こしたのは、無かったことに、なっていて──。

「──ほう、精霊の見えないライバルでは、お前は余程不満があると見える」
「は? ……何言ってるの、違うわよ。もちろん、私の一番のライバルは亮! あなたに決まり切っているけれど……」
「……分かっているのならば、構わんが。……どうにも、煮え切らない返答だな」
「……ねえ、亮。妙な質問だと思うかもしれないのだけれど、実は、私……」
「おい、こんな非常時に痴話喧嘩なんてやめてくれないか……ツヴァインシュタイン博士が呼んでいるぞ、装置の修理をに手伝って欲しいそうだ」
「あ、……ああ、そうね、ごめんなさい、エド。……亮、私は博士を手伝ってくるから、修理が済んでから、少し……」
「……ああ、どうした、
「……少し、話したいことがあるの。時間、貰えるかしら? ……何も悪い話とかじゃないんだけど、やっぱり、あなたには話しておきたい、というか……」
「ああ、構わん。早く済ませてきてくれ、……俺も、先程の決闘ではお預けを食らったからな……と決闘がしたい、この鬱憤を発散させてくれ」
「じゃあ、戻って決闘を済ませたら、話しましょうか」
「そうだな、俺はここで待機している」
「ええ、……それじゃあ、また後でね、亮」
「ああ」

「……普通は、話を済ませた後で決闘をするべきなんじゃないのか?」
「……そうか?」
「……の口ぶりからすると、随分と大事な話があるように聞こえたが……」
「それは、そうだろうな。普段のならば、その場に第三者が居ようとも手短に用件を伝えてくるはずだ」
「……随分と余裕そうに見えるが、もしも別れ話だったらどうするつもりだ?」
「まさか。……ありえん、は俺以外では満足できないだろうからな」
「……随分と、自信があるんだな……?」
「まあな」

 足早に立ち去っていくの後姿を見送ってから、少し離れたところでツヴァインシュタイン博士の助手役として立ち回る彼女を眺めていると、同じように待機しているエドが何か言いたげな態度で暫く俺を眺めていたかと思えば、恐らくは言いたかったのであろう言葉を直球で放り投げてきた。
 口ぶりからして、エドは俺を挑発しているつもりなのだろうということは分かり切っていたが、──プロリーグでの仕事相手として、こいつとも一年間ほどの付き合いを経た現在、エドという人間は口と態度が悪いだけで、根は酷く善良で世話焼きなのだということを俺も知っている。──そういうところは、に少し気質が似ているのかもしれない。事実、近頃では、とエドは割と親しくしている様子だった。それは、の後輩好きがエドに対しても発揮されている、というところでもあるのだろう。

「……妙に突っかかってくるが……何か俺に言いたいことでもあるのか、エド」
「別に、何もそういう訳じゃないが……ヘルカイザー、きみは、光の結社での身に何があったのか、知っているのか?」
「断片的には聞き及んでいるが、詳細は知らんな」
「……心配じゃないのか? 恋人なんだろう」
「当然、心配に決まっているだろう」
「……は?」
「だが、は子供じゃない。……生憎だが俺は放任主義でな、が俺の元に戻ってきさえすれば、俺はそれで構わん」
「……その割には、きみは随分と嫉妬深いように見えるが?」
「それは、また別の話だろう。の行動に難癖をつけるつもりはないが……見境なく俺の宿敵に手を出されるのは、気に入らんからな」

 鮫島師範から今回の協力要請の連絡を受けた際、──当初俺は、果たしてこの役目を引き受けるべきなのかを少し悩んだ。
 大一番での盛大な決闘には興味を惹かれたが、──アカデミアが異世界に漂流したと言うのも、本来ならば彼らが自身の力で乗り越えるべき窮地であって、既に学園を卒業した俺が下手に手を出していい領分ではない筈だと、俺はそのように考えたのだ。
 翔を、──弟の安否を気にかけていない訳でもなければ、吹雪や明日香の無事も気がかりではあったが、──それでも、アカデミアには十代が、彼らが居る。過保護にも此方から助けの手を伸ばす行為が、──彼らにとって必ずしも良いことであるとは限らないだろう。
 ──しかし、俺がこの件を受諾しなければ、次に打診を受けるのはなのだと鮫島師範は言う。
 ──或いは、その甘言も師範の思惑のうちなのかもしれないが、──事実、俺と同じほどのデュエルエナジーを瞬間的に叩き出す決闘者を問われたのならば、誰だって海馬を真っ先に候補へと挙げることだろう。
 更には、は卒業後の現在でもアカデミアの後輩たちや吹雪と連絡を取り合っており、──彼女は昔からどうにも、後輩を放っては置けない性質であるらしく、在学中から今に至るまで、後輩たちから広く慕われているような人物で、──そんなが学園の生徒たちを救出するための協力を請われたのならば、……まあ、間違いなくは二つ返事で承諾することだろう。
 それ自体は、何ら咎めるようなことでもない。──俺の方針とは些か食い違うが、それがの理念であるならば俺は止めないし、年少者は贔屓や例外なく背に庇うのは、彼女という人間の美徳でもあると俺は思っている。
 しかしながら問題は、──昨年度、ジェネックスの大会中にが光の結社を名乗る連中に拉致監禁されていたという、其方の方に在る。

 光の結社──斎王の手中に落ちていたときのことを、は詳しく語りたがらなかった。「さんは明日香さんを助けようとして斎王に捕まって、洗脳されてるんだ!」「助けてあげてよ、お兄さん! さんと恋人同士なんでしょ!?」──と、ジェネックスの開催中には翔からそのようなことを言われたし、もその事実に関しては認めて、俺にも軽い事情ならば話してくれはしたものの。
 ──それでも、恐らくだが、俺は未だ、に事情の大半を聞かされていないのだろうと、そう思っている。

 ジェネックスの後で、結社を飛び出してきた彼女と決闘をしたその日はまだ、に今までと変わった様子はなかった。
 しかし、本島へと戻ってきて以前通り、プロリーグでの試合をこなす日々が始まると、──は妙にぼんやりと虚空に視線を彷徨わせていることが多くなり、何度か、息苦しげに胸を押さえている姿さえも見かけたのだ。「大丈夫、時間が立てば、こんなこともなくなるはずだから……」と、彼女の身を案じる俺にもはそのように曖昧な表現で追及を避け、──実際、最近では苦しげにしていることもなくなっていたが、今度はその代わりに度々、が頭痛を訴えるようになった。
 それに関しても、本人は寝不足なのだとそう言っていたが、本来の彼女は自己管理を怠るような人間ではない。
 ──やはり、何かが妙だった。俺に話していないことがあるのか、彼女の身に何かが起きているのは誰の目にも明らかで、──しかしながら、俺の方から深く追求できずに居たのは、の意思を尊重したいと考えていたのも確かに事実ではあるのだが、──ライバルに庇われたと知れば間違いなく彼女は憤りを覚えるだろうと知っていながらも、を危機から遠ざけようとする俺が、それだけを理由にそのような真似をするはずもない。
 俺がに向けているのは過保護でも何でもなく、──只の、独占欲だ。……そのようなものが、真っ当な良識や配慮などで押さえ付けられる訳も無かろう。
 であれば、何故、俺はを黙って見ているのかと言えば、──俺自身、彼女に隠している事実があるからという、それ以外の言い訳がある筈もない。……俺は自らへの追及を避けるために、彼女を黙って見守っていただけなのだ。

 ──俺の心臓は、地下デュエル場での肉を貫く決闘の日々で、徐々に弱りつつあるらしい。近頃では心臓が激しく痛み、立っていることも儘ならない瞬間が増えてきていた。
 もしも、その事実をが知ったのならば、──彼女は、どうするのだろうか。まさか決闘を辞めろと言われる、──ということは、に限ってないとは思うが、……このままでは俺はもう長くないと告げたのならば、間違いなく彼女は怒るのだろうな。……学生時代、俺は確かにに永遠を誓ったと言うのに、それから二年でこの体たらくはどういうつもりかと、彼女はきっと俺を思い切り詰ることだろう。
 それから、……それから、が俺を突き放して捨ててくれるような人間だったなら、俺も隠し事などはしなかったかもしれないが。……残念ながら、はそうも冷たい人間ではないということを、俺は誰よりもよく知っているのだ。

「……見かけによらず、独占欲の強い男なんだな、きみは……」
「……そうは見えなかったか?」
「ああ。決闘以外には淡白なように見えたからな……僕の見当違いだったようだが」
「そうか、……まあ、決闘以外には大した興味もない、というのは間違いではないがな」
「……も気の毒だな、きみのような男の例外にされてしまうなんて」
「……悪いが、運の尽きだと諦めてもらう他に無いな」

 事実を知れば、彼女は激昂して俺を責め立てるのだろう。──だが、それでもきっと、は俺の手を離そうとはしないのだと、俺はそれさえも知っていて、……その事実に、この上なく仄暗い喜びを覚えていると言うのだから、全くもって救えんな。
 彼女の身を案じておきながら、──俺が死んでも、には俺だけを想っていて欲しいなどと、……我ながら、自己矛盾を抱えるにもほどがあるだろう。


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