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 ──光の洪水に呑み込まれて、気付いた時には私達は、異世界に居た。

「此処って、……精霊、界……?」
「──よく分かったな、我が主よ」
「──カイバーマン! それじゃやっぱり、此処って、もしかして……」
「ああ……精霊界で間違いない。……しかし、主よ、御身に一体何があったというのだ?」
「それは……」

 聞き慣れた声に、はっと隣を見ればそこにはカイバーマンが立っていて、私は思わずほっと胸を撫で下ろす。
──そして、平時であれば私や準たちにしか視認できないカイバーマンを見て、あんぐりと口を開けている亮とエドが其処にいる、……ということは、……やはりカイバーマンの言う通りに、此処は既に異世界──もとい、精霊世界ということで相違ないのだろう。

 そうして、カイバーマンと今後の仔細を話し合い、この状況のすり合わせを試みる私を、暫し呆然と眺めていた亮とエドだったけれど、次第に脳が状況へと追い付いてきたのか、……やがて、エドが質問を投げかけたのを皮切りに、亮も重く閉ざしていたその口を開くのだった。

「……カイバーマン? のカードの、モンスターなのか……? 何故、ソリッドビジョンでもないのに実体が……?」
「お前が……カイバーマンの精霊、なのか? つまり、ここが……精霊界か」
「精霊、界……此処が……本当に存在したのか……」
「……が青眼に会うために出向いていた世界、だったな? 此処がそうなのか?」
「そうね、私が出向いていたのも精霊界の一部ではあるはずだけれど……どうなの? カイバーマン?」
「いや……、厳密には少し違うな。精霊界も決して一枚岩ではない、次元は幾つも複雑に折り重なっている。が普段から訪れていたのは、オレが権限を持つエリアだけだ。あの辺りは青眼の居住区とでも言ったところか……、此処は、あの場所からは遠く離れている。……主の安全は、保障できん」
「そう、なの……」
「……面白い、凌ぎ合いに足る強者とも、合間見えるかもしれんということだな?」
「……そう言っていられるのも、今のうちだけかもしれんぞ。現に、十代たちはこの次元には居ない」
「何だと!? 僕たち以外の連中は一体、何処に……」
「……此方に来る際に、逸れたか。俺達は十代たちからは少し離れた場所に居たからな……」
「……さて、どうする我が主よ、どうやら、お前は早速、面倒ごとに巻き込まれたらしいぞ?」
「面倒事って……一体、何を……」

 ──そうして、右も左も分からない場所で拠点も無しに、私達が立ち話に浸っていたのが如何に悠長な振る舞いであったのか、──それに気付いたのは、森の奥から突如、轟音と彷徨とが鳴り響いたから、だった。
 びりびりと鼓膜に強く響く衝撃に思わず目を瞑りそうになるのを耐えて、音が聞こえた方向を一斉に振り向くと、──其処に見えたものは。

「──っ、あれは! デビルトーザー……の大群!?」
「なんて数だ……あれがこちらに向かってきては、堪ったものではないな」
「おい、どうするつもりだ?」
「無論、止めるしかあるまい? やらなければ、やられるのは此方だろう」
「だが、……そもそも、あれにデュエルを挑むことは可能なのか? 確かにカイバーマンは実体化しているが……僕達のカードも、それは同じなのか?」
「それは……どうなんだ、カイバーマン」
「フン、挨拶も無しに不躾な男だ……やはり貴様には到底、を預けようなどとは思えんな……」
「何……? ……今は、その話はしていないだろう」
「……ねえ、カイバーマン?」
「どうした、我が女王よ」
「厳密には少し、違う世界と言ったけれど。……此処は、私の知る精霊界ではあるのよね?」
「ああ、そういうことになる」
「それなら、……現状のメンバーで、この世界の常識に一番詳しいのは、あなたと私なのね?」
「……ご明察だ、
「……? 一体、何を言って……」

 ──カイバーマンの言葉をそのまま受け取るなら、私が今まで精霊世界だと思って訪れていたのは、比較的に安全な地帯──と言うよりも、“私にとっては安全なエリア”であったらしい。
 ……しかし、安全地帯とはいっても、私がパートナーとする青眼の白龍は、デュエルモンスターズの世界において特別な存在だから。如何に精霊の集う世界であっても、彼女が狙われることは大いにあり得て、……私は、その場に居合わせたことが何度かある。寧ろ、それを理由に“虫除け”を目的に、青眼との逢瀬を重ねたことだって何度かあるくらいで。
 つまるところ私は、精霊界における決闘というものの作法を、このメンバーの中では唯一、既に把握しているのだ。……青眼のマスターとして、その必要と責任に駆られて、この世界のモンスターを相手に戦った記憶が、私にはある。
 だから、つまりは、この世界で決闘を行うこと自体が何を意味するかを私は知っていて、……それを知らない亮とエドとを、この場で敵と相対させる気には到底、なれなかったのだ。……少なくとも、事実を彼らが理解するまでは。

「そう……。だったら、そうね、この場での適任は私だわ。行くわよ、カイバーマン!」
「無論だ、我が主よ!」
「っ、おい! 待て、! どう考えたって、全員で対処した方が安全だろう!?」
「エド、あなたは亮と此処にいて、待っていて」
「だが、きみが……」
「ひとまずは、私が手本を見せてあげるというだけの話よ、……この世界で生き抜く為の手本を、ね」
「手本……? 普通の決闘ではないということか?」
「……、策はあるんだな?」
「もちろんよ。……だから亮は、私の格好良いところを其処で見ていて。いい? 惚れ直しても知らないわよ?」
「……面白い、ならば見せてもらおうか。……だが、お前の身が危ないと判断した際には、俺も自分の都合で動く」
「好きにして。まあ、そんなことはあり得ないけどね。──行くわよ、カイバーマン!」
「任せろ! !」

 ──デビルトーザーの大群、その眼前に向かって、暗い森の中を駆け出した私をカイバーマンが追い、その勢いのままに力強い腕は私を抱き上げる。その動作を合図に、振り落とされないようにとカイバーマンの首へと腕を伸ばした瞬間に、遥か上空へと私の騎士は跳躍して、ごうごうという風の音と共に、森が遠くへと小さくなって消えてゆく。
 そうして、一条の光は闇を切り裂き、やがてデビルトーザーの眼の前へと躍り出たカイバーマンの腕の中、私は彼越しにディスクからカードを引き抜く。
 ──引き抜いたカードの名など、テキストなど確認しなくても、とっくに分かっている。私のデッキで一枚目にこのカードをドローする確率は、約1/13。
 ──けれど、この窮地、あなたが私に応えてくれない筈がないのだと、私は何度も体感して、知っていたのだ。

「──正義の味方、カイバーマンの効果発動! 私はカイバーマンをリリースし、──出でよ!」

 その身を犠牲にした特殊効果により、光の粒子となって空に解けるカイバーマンの腕から、当然私は、──真っ逆さまに、地へと向かって落ちて行く。落下する私の姿に遠くからは、私の身を案じるエドの叫び声が聞こえたような気がして、──しかしそれでも、私を手放すカイバーマンは不敵に笑っていて、何となく私は、──亮も今、笑っているんじゃないかと思えたのだ。

「──降臨せよ、我が魂! 青眼の白龍!」

 ──突風の中、翳したカードは眩いばかりの白を湛えて輝く。
 ──ほら、やっぱりあなたはいつだってこうして、私に応えてくれるのよね。
 耳を劈くほどの強風に身を裂かれ、髪が、衣服が、風の中に散らばってゆくものの、この光の中では、私が恐れるものなど、何ひとつとして存在するはずもない。
 やがて、光の裂け目から一段と輝かしい白き龍が姿を現し、世界を割かんばかりの急降下を魅せて。落下していく私の元へと駆け付けるように、光よりも速く私に追いついたその背に受け止められて、ありがとう、と私は彼女の背中を撫でる。
 ──そうして、目を細めながらも嬉しそうに身を捩った白き龍は、やがて、主君に立ちはだかる邪蛇へと、──高らかに、勝利の宣言を、気高き咆哮を上げるのだ。

「──全速前進! 行くわよ青眼! 全て薙ぎ払って!」

 私の声に応えるように鳴いてから、青眼はその身を急上昇させる。雲を突き破る勢いの滑空に、私は青眼の首へと腕を回してその背にしがみ付き、いよいよ眼前へと捉えたデビルドーザーの群れを前に、攻撃を宣言するのだった。

「──滅びの爆裂疾風弾!」

 ──そうして、森は光の中に包まれて、黒が白に全て塗り潰された後に、──大蛇は姿を消し、地に降り立った私と青眼だけが、その場に残っていた。


「──! ……頼むから、ヒヤヒヤさせないでくれ……!」
「エド……大丈夫だって言ったでしょう? 見なさいよ、亮なんて、まるで心配していないじゃない?」
「…………」
「亮?」
「……心配くらい、するに決まっているだろう……」

 ──精霊世界を知らない二人に対して私は、“この世界での戦い方はこうだ”という模範解答を示したつもりだったけれど、エドはともかく、亮にまで「心臓に悪い」と責められては、どうにも腑に落ちない。
 ……でも、亮にそう言われてしまうと、今は少しだけ、強く出られない気持ちもまた、私にはある。

「まあ……ともかく、私が言いたかったのはね、この世界での決闘はすべて実際のダメージに相当するし……相手の命を奪うことでもあると、そういうことよ」
「……相手の命を……」
「……なるほど、事情も分からんままに敵に手を掛けたのでは不憫だと、優しいお前は思った訳か、
「……亮、言葉の棘が強すぎるわよ……」
「何とでも言え。……しかし、言いたいことは分かった。……だが、その上で俺はこの世界でも予定通り、デュエルという選択を取るぞ、
「……ええ、分かってる。此処からは三人行動を取るべきね、……まあ、此方にはカイバーマンたちもいるけれど」
「ああ……俺も異論はない」
「……僕もだ。君たちと行動を共にすると言うのは、些か不安だが……この状況では、それが最善だろう」
「意見は纏まったわね、……そういう訳だから、エド。もしもあなたが戦いたくなければ、私と亮で決闘は引き受けるけれど……」
「馬鹿にするな。……僕も、その責任を背負おう。……何、誰かの命に対する責任なんて、僕には今更物珍しいものでもないさ」
「……そう、分かったわ」
「まずは、この世界での拠点を決めるぞ」
「そうね……野営では危険すぎるから、出来れば空き家か何かあればいいのだけれど……カイバーマン、道案内を頼める?」
「フン、……仕方がない。……貴様たちも、我が主のついでに着いてくるがいい」
「……なんだかやけに態度の大きな奴だな、君の精霊は……」
「……そうだな」
「そうかしら……?」



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