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 徐々に状況も手詰まりになってきたことと、拠点としている館に占拠の目的で人が尋ねてくる可能性は低いと判断したこと──それから、十代たちが近くに居る可能性も考慮した上で、本格的に彼らを探しに出てみようということになり、今夜の見周りは全員総出で行っていた。
 身を隠す目的でローブを羽織り、亮とエドは地上を、私は青眼で上空からの偵察を試みていたところ、──突如、夜の森にデビルドーザーが姿を現して、──私は上空からその様子を伺いつつも、必要であれば討伐に打って出ようとそう思っていると、──なんと、デビルドーザーが見据えた先に、逃げ惑う翔くんの姿を見つけたのだった。
 ──正直に言えば、私は、たかがデビルドーザー一体の相手をするために、今の亮に決闘をして欲しくはない。……けれど、私が上空から急旋回の姿勢を取るよりも先に、崖の上に立ち牽制の為に増幅装置を飛び道具として放り投げて、迷わずにカードを引く亮の姿を見ていたら、──流石に、割って入ろうだなんて、そんな無粋を持ち出すことも出来なかったのだ。
 ──だって、身を挺してでも弟を助けようとするその姿を、誰に咎めることが出来るだろうか。
  
「──翔のダンナ! 死んじゃやーだー!
「……大丈夫だ」
「万丈目のアニキが死んじゃったのに、翔のダンナまで死んだら、オイラ、どうやって生きていけばいいのよー!」
「……万丈目が、死んだ……!?」
「……え……?」

 ──どうやら翔くんは、準のおジャマイエローがデビルドーザーに襲われているところを助けようとしていた様子で、遅れて私も青眼に命じてその場に降り立ちながらも、翔くんの呼吸を確認している亮の傍まで駆け寄ったところで、──耳を疑う言葉が、聞こえてしまった。

「……準、が……死ん、だ……?」
のアネゴ! うわああん! そうなんだよお!」

「──そのとき、意識を失っちゃったから……それからのことは、覚えてないのよ。でも、きっと他のみんなも……だって、翔のダンナも怒ってたわよ! あんな奴、アニキじゃない! って!」

 ──ひとまずは、翔くんとおジャマイエローを安全な場所に連れて行こう、と。
 私と亮は森の中で野営の支度をして、その場で焚火を起こし翔くんを寝かせると、気を失っている彼が目を覚ますのを待ちながら、おジャマイエローから事の次第を聞いた。
 私たちとは別の座標──別の階層へと辿り着いた十代たちは、やはり私たちの読み通り、ヨハンの行方を追う内に、この次元まで辿り着いていたらしい。
 しかし、一向にヨハンの無事を確認できない状況が続く中で、十代は徐々に単独での暴走を始めて、──その結果、準と吹雪、明日香、それに剣山くんは、──覇王軍の罠に掛かり、十代と覇王軍とのデュエルの中で生贄に捧げられて、──恐らくは、死んでしまった筈だとおジャマイエローは言う。

「……とうとう、子供のままで終わるのか、十代……」

 亮はそう零しながら焚火の世話をして、おジャマイエローの話を静かに聞いていたけれど、──灯火の橙色にぼんやりと照らされる静かな横顔を眺めつつも、私は、──呆然と、何処か現実味のないままに二人の会話を聞いていた。
 ──準が、死んだ?
 ……その上、吹雪と明日香も、死んだ? ……剣山くんも?
 私が、亮のことばかりを考えている間に、彼の為に何が出来るかだけに心血を注いでいたその間に、──私の知らないところで、彼らが、死んだ……?

「……アニキ……」
「あらあ! 寝言でお兄さんのこと、呼んでるわ!」
「……いや、俺のことを、“アニキ”とは呼ばない」
「え? ……ええ?」
「……アニキ……」
「……翔のダンナ……」
「……十代の夢を、見ていたんだな」
「……お兄さん……」
「……翔、かつて俺に、デュエルを挑んできたことがあったな。ヘルカイザーとなった俺を、地獄から連れ戻すと言って」
「…………」
「だが今は、十代の元から逃げ出そうとしている」
「あ……」
「……それは、心にぽっかりと空いた隙間が、俺のときより、遥かに大きいということだ」
「……お兄さん……ボク、ボクはどうすれば……兄さん……!」
「……、行くぞ」
「亮、でも……」
「兄さん……!」
「……お前自身が、もう決めている」

 呆然と彼らの声を聞きながらも、目を覚ました翔くんと亮との会話には、とても割って入る気にはなれなくて、──そして何より、私には何か言葉を紡ぐような余裕が、残っていなかった。
 皆が居なくなって、十代と仲間割れをしてしまって、そんな状態の翔くんとおジャマイエローをこのまま置き去りにすることは、流石に抵抗があったけれど、──しかし、反論の余力もないままで、急激に力の抜けてしまった腕を亮に引かれてその場から立ち上がると、私は呆然としたままで、彼と共に暗い夜道をのろのろと歩く。
 ──そうして、その道中で、ようやく重たい口を動かして、……私は亮へと、問いかけるのだった。
 
「──翔くん、連れて行かなくてよかったの? この辺りは危ないし、いっしょに行動した方が……」
「……いや、それは翔が決めることだ。それに……」
「……亮?」
「──俺は、あいつの“アニキ”じゃないからな……」

 恐らくはあのときに、この異世界へと飛ばされているのだろうとは分かっていても、行方知らずのままだった翔くんの所在が判明して、ようやく再会に至っても、──デビルドーザーを退けて助け出すほど大切な弟を、亮は結局、置き去りにしてきてしまった。
 ……私は、亮や吹雪のようにきょうだい、を持たないから。亮が何を思ってそう判断したのか、厳密には分からないし、私は翔くんと特別に親しいわけでも無くて、……寧ろ、私の存在が翔くんのコンプレックスに悪く作用している、という自覚もあって。
 だから、そんな理由もいくつかあり、彼ら兄弟の事情に対しては、私は深く踏み込み過ぎないようにすると心に決めていた。……どれほど、私がふたりを得難く感じていても、私は彼らの家族じゃない。──私は、家族というものを、父たちしか知らない。──でも、それでもね。

「……翔くんだって、」
「……?」
「亮の心配、していると思うわよ……だって、あなたって……」
「……は、どうだ?」
「……私?」
「お前は、……今、俺の心配をしているのか?」

 ──当然だ、私だって本当は亮のことが、あなたのことが、ほんとうに、ほんとうに、心配で仕方がないというのに、この男ときたら平然とこんな言葉を投げ寄越すのだから世話がない。
 いつもいつも、ひとりで突っ走って、自分の気持ちにも周りの気持ちにも無頓着で、自分に限界が来るまで気付かなくて、その癖にひとりで限界の先まで走って行ってしまうから、誰もあなたに付いていけない。
 その背中へと喰らいつく為に私がどれほど努力しているか、本当に分かっているの? と、……そう言ってやりたかったことなら、今までだって何度もあって、──それでも、一度だって言えなかった。
 ……今だって、本当は、とっくに気が付いているのだ。事前に打ち明けてくれていたあのときよりもずっと、異世界でのデュエルを何度も経た亮の病状は進行していて、心臓への負担が悪化していることも、もしかしたらそれは、……今ならまだ引き返せるかもしれないことも、ちゃんと私は気付いている。
 このまま異世界での決闘を続けることは、決して彼の為にならない筈だと悟ったからこそ、一度は諭す意味も込めて、身を挺して危険性を伝えた、というところでもあったけれど、──結局、そんなものは逆効果だということだって、分かり切っていた。
 ……それでも、只、この世界の何も知らないままに亮が死ぬことは許せなかっただけで、結局、私には彼を止められないと分かっていて、……だから、どうか翔くんに。……私の代わりに、亮を止めて欲しかった、のだろうか。

 ──だって、私には、絶対に言えない、言えっこない。
 ──「亮、お願いだから今すぐに決闘をやめて」「もう戦わないで」「何としてでも生きていて」「私が亮を護るから」って、私に、……そんなことを言われて、このひとがそれに耐えられると思う?
 だって、そんなのって、……もう、死んでいるのと同じじゃない。そんな風に生き永らえたところで亮にとっては、生きながら殺されているのと、呼吸を封じられるのと同じだと、私には分かってしまった。
 カードの剣を引き抜くことを、──決闘と言う最高の瞬間に生を見出した者同士、宿敵と認め合った者同士、彼が今一番求めているものが何なのか、私には分かってしまうのだ、どうしようもなく。
 ……きっと今、今生における最期の相手を、あなたは探していて。
 もしも、私がもう戦わないでと縋ったとして、それに、もしも亮が応えてくれたとしたって、それで果たして、亮は生きているって言えるのだろうか?
 ──あんなにも楽しそうに決闘をする亮に、そんなを酷いこと、残酷な仕打ちを突き付けるなんて、……私には、どうしたって出来なかったのだ。

 ──だって、私は、決闘をしている時の楽しそうな亮が、何より好きだった。
 彼は私にその楽しみを教えてくれたひとだった、自分の為に戦う理由をくれたひと、だったのだ。
 あの背に置いて行かれたくなくて、追い越されたくなくて、追い付きたくて、追い抜きたくて、その為だけに私はずっと戦ってきて、──けれどそんなの、お互い様に決まってる。亮の気持ちなんて、手に取るように分かるわよ。
 ……だから、私にはどうしても、言えなかった。……もう、此処でサレンダーするべきだ、なんて、そんなこと。……言えるわけが、無いじゃない。亮が諦めてしまうことなんて、あなたが決闘を手放すことなんて、……私に認められるわけが、諦められるわけが、無いじゃない、そんなの。

「亮、異世界でのデュエルも大分体験したと思うけれど……最期の相手、どうすることにしたの?」
「……そうだな、この世界で、俺が何処まで持ち堪えるか……戦うべき場面にいつ直面するか、それにもよるのだろうが……ともかく俺は、ユベルと戦いたくて此処に来た」
「……ええ」
「だが、……最期の対戦相手はお前だと思っている、
「……そう。それが聞けたなら、もう止められないわね」
「止める気など、ないのだろうに……急に、何を言うんだ? 
「お互い様でしょ、そんなの……らしくもない心配してた奴にだけは言われたくないわね、私だって」
「……それは……」
「だから、……まさかとは思うけれど、分かってるわよね? 亮」
「……? なんだ?」
「あなた、……私の“モノ”に手を出そうとしてる自覚あるのよね? って。私はそう聞いているのよ、亮」

 ──そう言って、必死に強がって見せる私に冷たい視線で射貫かれても、亮は愉しげに口許を歪めるのみで、……あーあ、もう、本当に止められないのね、って。分かっちゃったの、どうしようもなく。
 私のモノに勝手な傷を付けるな、勝手に壊すな、……あなたは、私の所有物なのだと言う自覚だけは手放すな、と。
 そんな牽制ですら、最早、亮にとっては挑発にしかならずに、……もう、お互いに。止まれなくなってしまったし、止められなくなってしまった。底の底、果ての果てまで突っ走って、あとはもう行き止まりにぶち当たって粉々になるまで、ぐちゃぐちゃになって、泣き崩れるまで、……きっと、もう、終わりにする術など、この世の何処にもないのだろう。

「……もちろん。だがお前は、それを許さないだろう? 望むところだ」
「……そう。良い度胸ね、亮」
「お前もだがな、
「……ねえ、亮」
「どうした?」
「万が一、あなたに何かあったら、……ううん、そんなの、やっぱり許してあげないわ。……だから亮、これだけは覚えておいて」
「……ああ」
「あなたの首は、私が貰う。……それだけは、亮にも、他の誰かにも譲れない。……覚えておきなさい、勝手に死んだら殺しやるから」
「……好きにしろ、そんな無様など、お前の前で晒すつもりはないがな」
「あら、そう? それなら安心ね? 亮?」

 ──ああ、こんなのって、もう。只々、強がっているだけなのでしょうね。けれど、そんなのだってお互い様だと、分かり切っているのだ。
 本当は私、亮を死なせたくないし、生きていて欲しいし、一緒に生きていたいの。もう、あなた抜きの人生なんて、私には有り得ないの。
 ──もしも、吹雪が此処にいたのなら、また怒られていたかもしれない、なあ。……そんなの無茶だ、無謀だ、どうして、きみたちはいつも、勝手に思い詰めて勝手に突っ走って僕を置いていくんだ、って。……吹雪、あなたなら、そう言って亮を止められたのだろうか。今、此処に居るべきなのは、私じゃなくて吹雪だったのだろうか。
 ──けれど、残念ながら亮のとなりに立っていたのは私で、私はもうとっくに決めてしまっていた。──亮に止まる気がないのなら、私は亮を止めない。
 だけど、……絶対に誰にも亮の邪魔はさせない、私があなたを止まらせない、終わらせない。……私があなたを護るだなんて絶対に言ってあげない、だってそんなこと、あなたは望んでいないでしょう?
 ……だから、私は最後まで、隣でいっしょに戦ってやるわよ。背中を預かってあげる、一秒でも一瞬でも、あなたを生き永らえさせてあげる。……こんな場所で、最期なんて迎えさせない、絶対に私は、悲劇の運命だとか、そんな馬鹿げたものには負けたりしない。私は、諦めない。……だって、まだまだ私達、凌ぎ合い続けていくんだって、そう思っていたから。そうやって、あなたと明日も生きていたかったから。

 ──けれど、もしもこの世界にこそ、あなたの最期があるならば。──やっぱりその相手は、私が良いと思ったの。
 誰かに亮を終わりにされてしまうくらいなら、私があなたのすべてを終わらせたい。
 馬鹿よね、私。亮のこと、こんなに好きなのに、きっと、ひとりじゃもう生きていけない癖に。
 それでも、此処まで来たってそんな答えしか出せないくらいに、私達は愚かで、大人になり切れなくて、この関係にはいつだって意地ばかりで、──きっと、誰よりも私、あなたのライバル、だったのだ。
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