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「──何でも言う! だから、命だけは助けてくれ!」
「へえ……何でも話してくれるの? 協力的で嬉しいわ、それなら……」
「──覇王が、遊城十代と名乗ったのは本当なのか?」
「ほ、本当だ!」
「証拠はあるのか?」
「そ、そういえば、俺は覇王様のデッキを見た!」
「覇王のデッキ……?」
「ふうん……それで、デッキの内容は?」

 覇王軍の動きが急激に活発化して、彼らがデュエリスト狩りの手を強めたことで、──当然ながら、館に身を潜めていた私たちの情報収集も、今までのように隠密行動を主体で、という方針では立ち行かなくなってしまった。
 ……まあ、元々、そろそろ館をトラップ代わりに覇王軍の兵士を誘い込んで、情報を吐かせようと言う方針で全員の意見は一致していたから、──今もこうして、“覇王軍の兵士が立て続けに失踪している場所に佇む不自然な館”へと引き寄せられた兵士を館の中に招き入れた上で、──デュエルで叩き潰して、その口を割らせている最中なのだけれど。
 
「其処には、E・HEROと書かれた、黒く塗り潰されたカードがあった!」
「……E・HEROだと……」
「……そう。ありがとう、とっても役に立つ情報だったわ」
「じゃ、じゃあ、助けてくれるんだな!? どうか、命だけは!」
「あら……誰が助けると言ったの? 亮、私そんなこと言ったかしら?」
「いや、言っていないな。……生憎、我らは正義の使いだとしても……」
「ダークヒーロー系……というところね。……そういう訳だから、覚悟は良い?」
「ひっ……ひいいいい!」

 召使に扮したエドとカイバーマンの誘導により、館の最奥の部屋──私と亮の元まで誘い込まれた覇王軍参謀、スカルビショップの配下を名乗ったデュエリスト達を難なく倒し、デュエルディスクをスタンバイモードに戻して軽く服に付いた埃を払いつつ、亮と共に部屋を出ると、丁度玄関の方で、残りのデュエリスト達の相手をしていたエドとカイバーマンも、無事に決闘を終えた様子だった。
 ──そうして、私たちが戻ってきたことに気付いた二人がこちらを見たのと同時に、亮は早速、本題を切り出す。

「──これまで集めた情報を合わせると、覇王が十代だということは本当のようだな……」
「覇王軍は、生き残った街に総攻撃を仕掛けるらしい……」
「ええ……確かに、十代の受けた苦しみを思えば、無理もないかもしれないけれど……」
「しかし、十代の心の闇が、どれほど深かろうと……奴の野望は、食い止めなければならない」
「その通りね。このまま、見なかった振りをすることは出来ないわ」
「だが、その為には、こっちの味方も増やさないとな……」

 今ほどに、双方が覇王軍の兵士から引き出した情報を合わせて状況を整理しつつ、今後の方針を相談する私たちを眺めているカイバーマンは、基本的にこう言ったときも、自分からは意見を出さない。
 ──この異世界での日々の中で、カイバーマンは殆どの場合、その口を閉ざしているのだった。
 それは、彼が私の従者だからこそ、私に進言を求められない限りは過ぎた意見を出さないことにしているのか、それとも、──精霊世界に造詣の深い彼だからこそ、何らかの思惑があってのことなのか。
 幾らか、カイバーマンの真意が気になるところではあるけれど、……しかし、今はその言及よりも、今後の方針を纏める方が先だ。
 ──急激に動きが活発化している覇王軍は、最早、以前までの組織と同じようには到底思えず、──もしや、“覇王”役が代替わりでもしたんじゃないかと、そんな可能性をも考え始めていたところで、──その予想は、最悪の形で命中してしまった。
 覇王軍の兵士から、“覇王は遊城十代と名乗った”という証言を最初に聞いた際には、何かの間違いであってほしいと思ったものだけれど、──残念ながらこの分では、……あれは、真実であったらしい。
 
「エド、生き残った街……と言うのは? 何処にあるのかは聞き出せた?」
「此処から南に向かった場所に、難民たちが逃げ込んだ要塞都市があるそうだ。其処を陥落させれば覇王に歯向かう勢力は無くなると、奴はそう言っていた」
「ならば、早急に其処に向かい、覇王軍を迎撃するか?」
「いや。……覇王軍では、使えそうなデュエリストを収容所に送り、覇王の部下として洗脳しているとも言っていた。収容所は此処から西に向かったところにあるそうだ」
「それなら、要塞都市に向かうよりも先に、収容所に行くべきね」
「ああ。──収容所を襲撃し、戦えるデュエリストを解放する」
「異論はない」

 今までは、この世界で起きている戦いも所詮は私たちとは無関係──だったけれど、吹雪たちが覇王軍によって殺されて、それが原因で十代が覇王軍に身を置くようになったと言うのなら、──既に、私たちはこの事態の当事者になってしまっている。
 目的は完全に一致していたとは言えないけれど、それでも私たちと十代は、共通の目標の元にこの異世界を訪れて、──そして、私には監督者として彼らの力になってやれなかったと言う、……そんな負い目もまた、確かにあるのだった。
 ──まあ、そのときの亮が私と同じことを考えていたかというと、幾らか事情は違うのかもしれないけれど、……それでも、流石に亮もこの事態を前にして、彼らのことを棄て置こうと言う気も無いらしい。
 ……全く、この期に及んで真面目な奴だ。……もう本当に誰も顧みないと冷徹に徹せてしまえたなら、……もう少しくらいは、長生きだって出来るかもしれないのにね。
 
 ──そうして、三人で話し合った結果、このままこの館を放棄して、速やかに収容所へと向かう方針で意見が纏まった私たちは、覇王軍の兵士たちがこの場所へと来るまでに使っていたらしい、移動用の手綱を着けられた恐竜族モンスターを拝借し、その背に跨り暗い森を西へ向かって駆ける。
 夜の闇に遠ざかる館をちらりと振り返れば、──あの館は、私と亮にとって終の棲家であったかもしれないと、そう思うからこそ。決して利便性が良いとは言えないところだったけれど、幾らかの名残惜しささえも覚えるような、そんな気がした。
 ──館での日々は、なんだかんだで楽しかった、なんて。……きっと、そんなことを言ってはいけないのだろうし、そもそも、苦難のこの日々をそうも暢気に受け流すことは出来なかったけれど、……それでも。
 あの館で、亮と私、それに、エドとカイバーマンの四人で過ごした日々は、──きっと、もう二度と体験できるものではないからこそ、不思議な心地よさもまた、確かにあったのだ。
 決して潤沢とは言えない食材を、どうやりくりするべきかをカイバーマンと相談し、故障して水しか出なくなっていたシャワーを皆でどうにか修理して、日々の斥候の成果を古びた紙に纏めて食卓で相談を重ね、最初は飲み慣れなかったこの世界のお茶にも、いつの間にか少しだけ舌が慣れて、古びたベッドに亮と詰めて寝転び仮眠を摂る度に、──あと何回、私はこの男の心臓の音を聞きながら、眠りに就くことが出来るのだろうかと、──そんな感傷に浸った日々も、……今日でおしまい、か。

「……しかし、驚くばかりだ。あの十代の中に、これほどの闇が存在するとは……」
「あの明るさによって、今までは覆い隠されていた、ということなのかしら……」
「出来過ぎのような気もするがね……」
「どういうことだ?」
「十代たちは、ヨハンを取り戻すべくこの世界にやってきた。だが、この世界は彼らから聞いていた世界とは大きく違っていた」
「確かに……私が知っていた精霊界とも、此処はまるで違うわ……」
「そうだろう? そして、ヨハンの消息は途絶え、見る間に十代は心の闇の中に堕ちた」
「……作為的だと言うのか?」
「分からない……何もかもが謎だ。だが、覇王十代に会えれば何か分かるかもしれない」
「そうね……ともかく、覇王の元まで辿り着かないことには、真相は知れないわ」
「ああ……」

 やがて、暗い森を抜けて、収容所が見えてきたところで私たちは恐竜を乗り捨てると、此処からは覇王軍の兵士に勘付かれないように、徒歩で収容所まで向かうことにした。
 その道中、荒れた山道には、恐らくは覇王軍に殺されたデュエリストの墓標代わりに立てられたらしいデュエルディスクが溢れ返っており、──覇王軍によって葬られたデュエリストは悍ましい数に上ることを、嫌でも実感させられる。
 更には、その凶行の中心に居るのがあの遊城十代だというのだから、未だその事実は俄かに信じ難く、──増してや、これらすべてが十代の意志であるとは、私には到底思えなかった。

「あれが、収容所か……」
「策はあるのか?」
「ない」
「……エド、あなた、無策で私たちを此処まで連れてきたの……?」
「落ち着いて聞いてくれ、。策はないが……十代が心の闇で力を増幅させていようと、此処に居るのは皆、奴より弱いデュエリストばかりだ」
「……確かに、そうね。覇王……十代の臣下か、彼に下ったデュエリストしか、此処には居ない……」
「……フ、確かに。そいつらに負けるわけには行かんなあ……?」
「同意だわ。……正面突破で、何の問題も無いわね。……カイバーマン、後方支援をお願い」
「……フン、任せておけ」

 収容所へと辿り着き、荷物から取り出したデュエルディスクをそれぞれに装着し、Bloo-Dとサイバー・エンド、青眼の白龍を召喚した上で、カイバーマンに背中を任せて、──私たちは、正門から堂々と収容所に乗り込む。
 目標は、収容所に囚われたデュエリストを、対覇王軍のレジスタンスとして開放すること──そして、この場を占拠する覇王軍の兵士を、一人残らず打ち倒すこと。──それから、何よりも大切なのは。──亮を、私以外のデュエリストに殺されないこと、だ。


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