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 西の収容所を占拠していた覇王軍兵士を全員叩き潰すことで、覇王軍に捕らえられていた決闘者たちを解放し、収容されていたデュエリストの軍勢を引き連れて南の要塞都市へと向かってみると、其処ではオブライエンが指揮官を務め、反乱軍の皆の先頭に立っているところだった。
 援軍を連れて駆け付けた俺達に気付いたオブライエンは、俺達を要塞の内側へと招き入れる。
 ──そして、援軍として此処まで連れて来たアルカナナイトたちの紹介と、反乱軍への仲介とをカイバーマンに任せてから、俺達三人はオブライエンと共に互いの状況を確認するため物見台へと移動し、再会の挨拶もそこそこに本題へと移るのだった。

「──エド・フェニックス、ヘルカイザー亮、海馬……何故、お前たちが此処に?」
「君たちが再び、この世界に旅立つと言うのを聞いてね」
「お前達だけでは、手に負えないと思ってな」
「そういうことよ、……実際、助かったでしょう?」
「言ってくれる……だが、今のところ図星だな……一緒に来た騎士たちは?」
「覇王軍に立ち向かうなら、多くの仲間が要る。収容所に囚われていたデュエリスト達を連れてきたのさ」
「助かる……これで此処を任せられる」
「……ん?」
「任せる……?」

 ──収容所には、それなりの数の覇王軍兵士がおり、雑魚ばかりとは言えども三人で連中を壊滅させるのはそれなりに手間ではあったのだが、──オブライエンに向かってすまし顔で事もなげにそう語るエドを、よく言うものだと思いつつも眺めていると、オブライエンがふと気がかりな言葉を漏らす。
 とエドの方も、オブライエンのその言葉がどうにも引っかかった様子で、は幾らか怪訝な顔をして、オブライエンの真意に疑問の声を漏らしつつも首を傾げていた。

「……それは、どういうことだ?」
「確かに、みんなの士気は高まっている。……だが、此処に居るのは怪我人と老人、そして、女子供が殆どだ」
「なるほど……」
「そういうことね……確かに、戦力としては数えられないか……」
「ああ……それに、此処を戦場にはしたくない」
「……だが、どうする?」
「他に何か、策があるの? オブライエン」
「ああ。……俺が単独で、覇王城に奇襲を掛ける」
「──君が一人で!?」
「覇王一人の場所で決着を着ける。その方が、俺らしい戦い方だ。……指揮官なんて、柄じゃないのさ」
 
 そうして、暫くの間、俺達は物見台から地上を見下ろしながらも、オブライエンの策を大人しく聞いていたが、──奴の提示したその作戦には、流石に皆が驚きを隠せなかった。
 ……まさか、覇王城に単独で乗り込むだと? ……幾らなんでも、自殺願望にも程があるだろう。
 覇王軍の軍勢の規模を見れば、そんなものは無駄死ににしかならんと分かり切ってはいたが、──しかし、オブライエンの決意は固いようで、この分では奴に引き下がる気などはないのだろう。
 ──であれば、これ以上は水を差すのも、無粋か。
 ちらりとの方を見ると、彼女も俺を見つめて静かな面持ちで頷き、──そして、俺達がエドの方を見れば、奴もまた真剣な表情で静かに頷く。──全く、……どうやら、俺達の意見は一致してしまったらしい。……仮にもプロの世界で戦う決闘者たちの総意とは思えん、甘っちょろい考えだ。
 
「なら、僕達も一緒に行こう」
「いや、それは……」
「おっと冗談じゃない、僕達も真実を知るために此処まで来た。それが留守番じゃ、納得がいかない」
「……真実?」
「この世界に来て、十代の急激な変わりように驚いている。だが、急激な変化には必ず何か裏がある。……そう勘繰るのが、僕の性分でね。……此処までの事態になっているんだ、この原因は是非とも知りたいね」
「そういうことよ。この事態には何かしらの裏がある……そう考えるのが自然と言うものでしょう?」

 急激な変化には必ず何か裏がある、──そう語るエドの言葉には、幾らかの含みがあるような気もしたが、……まあ、今更その程度の嫌味は気にも止めまい。
 しかし、俺は、──そのときに、ふと思ったのだ。
 吹雪が死に、明日香が死に、万丈目が死んだ今、──俺が死んだ後に、が、──彼女が、現在の十代の二の舞にならない保証など、何処にあるのだろうか、と。
 ……そんなことに今更思い至ったところで、最早すべてが遅いと言うのに。……俺は、考えてしまったのだ。俺の死は確定事項だとしても、……を見舞ったこの不幸の連続もまた、……何処か、作為的なものであるかのように思えないだろうか、と。
 
「十代が変わった原因……ヨハンか!? ……だが、ヨハンは死んだ……」
「それを見た者はいるのか?」
「あ……」
「……やっぱり、誰も見ていないのね?」
「それなら、勘繰るべきは、其処からかな?」
「そうか……もしヨハンが生きているという証拠を掴めるなら、あいつの闇に光を射すことが出来るかもしれない……」
「そうね。……まあ、悠長にヨハンを探している余裕も今はないけれど……証拠だけでもあれば、十代の心の闇に対する切り札に出来るかもしれない」
「そうだな……だが、一緒に行くには条件がある」
「うん?」
「……覇王の相手は俺だ」
「……それは?」

 力強い口調でそう言い切るオブライエンは、懐から何かガラス玉のようなものを取り出す。
 見覚えのないそれをじっと見つめながらも、口元をぎゅっと一文字に結ぶオブライエンが一体何を考えているのか、此処まで別行動を取ってきた俺達には知る由も無かったが、──強い眼差しで見つめるそれが、奴にとって大切なものであることだけは、一目瞭然だった。
 
「……ジム・クロコダイル・クックの形見だ。俺はジムの分まで、奴とは決着を着けなければならない」
「……良いだろう。十代はお前に任せる」
「私も、異論はないわ。……私たちで、あなたを十代の元まで送り届ける。それで良いわね?」
「ああ。……恩に着る」

 ──それは、覇王に葬り去られた友が残した形見なのだ、と。
 覚悟の決まった眼でそのように語るオブライエンの只ならぬ様子に、俺達も幾らかの事情は察して、──そうして、俺達は、奴の意志を尊重した上での語った通りに、オブライエンを十代の元まで送り届けて、──そして、最悪の場合には俺達が事態を解決するためにも、オブライエンの作戦に同行し、覇王城へと奇襲を掛ける方針で意見が纏まったのだった。

 ──とは言えども、覇王城に乗り込むには、流石に収容所のときのように、正面突破という訳にも行かない。
 故に俺達は、事前にオブライエンが倒していた覇王軍の兵士から奪った甲冑にそれぞれが身を包み、覇王の軍勢に扮することで、奴らに気取られぬように、覇王の喉元まで潜り込む作戦を取ることにしたのだった。
 作戦の実行は、俺と、エド、オブライエン、カイバーマン──そして、先に要塞都市を裏切り、覇王軍へと寝返っていたモンスター・番人の盾を道案内の為に連れ立ち、五人の小隊編成で行う。
 また、この作戦を決行する上では、陸路を行くよりも空路を選んだ方が、小隊として目立たずに潜入できるし時間の短縮にもなるとが語った上で、青眼の白龍を用いて上空から潜入する案を、彼女は提唱した。
 そして、その作戦自体は採用されたものの、──より“覇王軍らしく見える”という理由で、実行の際にはの青眼の白龍ではなく、俺のサイバー・ダーク・ドラゴンに乗って潜入することになったのだった。
 ──その際には、幾らか腑に落ちない様子ではあったが、──覇王軍の本拠地が見える頃には、「確かに、サイバー・ダークの方が適任だったわね……」と辺り一面に見えるおどろおどろしいモンスターを前に、どうやら彼女も納得してくれたらしい。

 覇王城の内部については、俺達には地の利が無いため、番人の盾を此処まで同行させた上で、奴を脅して道案内をさせ、覇王の居場所まで一気に向かう作戦を取った。
 上階の窓から内部に潜入して慎重に城内を進むと、覇王の部屋はこの先の広間を抜けて、奥の階段を上り切ったところにあると番人の盾は語り、──俺達は、その通りに道を進んでゆく。──それは、その矢先の出来事だった。

「──おい、待て。もうすぐ出撃の筈だ」
「……何故貴様たちは、こんなところに居る?」

 出撃の準備を整える覇王軍の兵士たちを逆行し、最上階の覇王の間まで向かおうとしていたがために、広間を抜ける際、覇王軍の兵士──カオス・ソーサラー、そしてカオス・ベトレイヤーによって、俺達は呼び止められてしまったのだ。

「──スカルビショップの報告はすべて俺の元に来るようになっている! こいつらは何者だ!」
「こ、こいつらは、覇王様を密かに倒そうとする、不届き者です!」
「何だと!?」
「お前……!」
「……ハァ……そんなことだろうと思ったわ……」

 それを受けて、オブライエンは番人の盾に上手く切り抜けるように指示したが、──しかし、番人の盾へと剣を向けたカオス・ソーサラーの行動に怯えた奴は、あっさりと俺達を裏切って、奴らに真実を密告した。
 ……尤も、分かり切っていた展開であったかもしれんがな。一度裏切った奴が、二度裏切らない保証などある筈もない。
 しかしながら、自らの保身に走った番人の盾も、結局はカオス・ソーサラーによりあっさりと切り捨てられて、塵となって消える番人の盾を前にして、──俺達はこれ以上の芝居は無用と判断し、邪魔な甲冑を脱ぎ捨て、デュエルディスクを構えると臨戦態勢に入るのだった。

「貴様ら! スカルビショップをどうした!」
「奴なら、一足先に地獄に行った」
「何……!?」
「──此処は俺に任せろ」
「ヘルカイザー!」
「──そういうことなら、私も残るわ」
「! ……」
「相手も二人組のようだし、丁度良いでしょ?」
「フ、この世界にきて、まだ碌なデュエリストと戦ってなくてなぁ……ちょうど運動不足だったところだ!」
「同感ね! やっと骨のある連中が出てきたみたいで、嬉しいわ!」
「──分かった、此処は任せる! ! 亮!」
「任せておきなさい! ──行って! エド! オブライエン! ──カイバーマン、二人は任せたわよ!」
「──心得た! 我が主よ!」
「──頼む!」

 カオス・ソーサラーとカオス・ベトレイヤーは、共にレベル6の効果モンスター、──であれば、星の数が強さを表すと言うこの世界で、こいつらならば多少は手ごたえのある決闘も期待できるかもしれんとそう考え、奴らの相手を引き受けると宣言して俺は一歩前に出るが、──そんな俺を見て、もまたこの場で奴らの相手をすると言い、エドとオブライエンを見送り、その場に残る。
 ──そうして、デュエルディスクを構えながらも、俺達は互いの獲物を見定めて、エドとオブライエンの後を追おうとする連中に向かい、安い挑発を投げるのだった。
 
「……ほう? 覇王の側近ともあろうものたちが、敵に背を向けるのか?」
「──フン! あれしきのものが覇王様に何が出来よう……よかろう! 貴様の相手はこの俺様がしてやる!」
「あら……そういうことなら、あなたの方は私と遊んでくれるのよね?」
「小娘が……笑わせてくれる! 貴様は俺様が叩き潰す!」
「デュエルを挑んだ相手が悪かったと、地獄で後悔するがいい!」
「それはどうかな……?」

 そうして、俺はカオス・ソーサラー、はカオス・ベトレイヤーとそれぞれが対峙して、「亮、どちらが先に勝つか競争ね?」──などと、まるで目の前の敵なぞは眼中にない──俺しか見ていないと言った様子で、がそのような軽口を叩くものだから、──ああ、状況を鑑みれば全くもって不謹慎極まりないが、……こんな風に、お前と並び立って戦うのも、偶には愉しいかもしれないとそう思って、……俺は、少しだけ笑ってしまった。

「──背中は任せるぞ、
「任せなさい! 今日ばかりは私が味方だったこと、感謝すると良いわ、亮!」
「──行くぞ!」
「ええ!」

「「──決闘!」」


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