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 どちらが先に勝つか競争──とは言ったものの、結局はほぼ同時にカオス・ソーサラーとカオス・ベトレイヤーとの決闘を制したところに、タイミングよく駆け付けた翔くんとおジャマイエローを連れて、私と亮が上階へと向かうと、其処では丁度、エドとカイバーマンも覇王軍の兵士を倒したところだった。
 そうして、二人と合流して更なる上階──覇王とオブライエンが対峙している筈のその場所へと向かってみると、──其処には、オブライエンと相対する黒い甲冑に身を纏うデュエリスト──十代が、オブライエンの前に立ちはだかっていたのだった。

「──あれが!?」
「十代だと……!?」
「そんな……」
「手を出すな! これは、俺とあいつのバトルだ!」
 
 ──ようやく対峙した覇王十代は、……確かに顔立ちこそは十代だったけれど、深い闇に堕ちて尚ぎらぎらと黄金に光るその眼には、かつての十代の面影などは到底見当たらずに、──私たちは息を呑みながらも、二人の決闘の行方を見守ることしか出来ない。
 ……本当に、あれが十代?
 いつだって笑顔で、正しき闇の使者としてヒーローらしく振る舞い、仲間を思いやり周囲を気に掛け続けていた、……あの十代が、どうして、あんな姿に……?
 ──強力なイービル・ヒーローデッキを用いる覇王十代の前に、オブライエンもまた奮戦して十代のライフを削っていくものの、普段の彼とはまるで違う苛烈な戦術を見せる十代は、決して攻めの手を緩めない。
 ──そうして、遂にオブライエンは、もう後一撃でも十代の攻撃が掠めればそれで終わりというところまで、追い詰められてしまった。

「オブライエンのライフは500……」
「これで次のターン、攻撃をする前にオブライエンのライフは尽きる……」
「……策は、あるのかしら……?」
「さあな……」

 十代が繰り出すイービル・ヒーローを前にして、オブライエンに最早成す術はないのではと、そう思われたそのとき、──しかして、急激にこの決闘の風向きが変わった。
 ──ヨハンが、生きている。
 おジャマイエローがもたらしたその吉報は、十代の心の壁の向こう側へと確かに訴えかけ、──そして、オブライエンには力を与えた。
 ヨハンの生存を聞いたオブライエンは、覚悟を決めた表情でガラス玉を握り締めると、意を決したように身構える。──そして、二人のラストターンが幕を開けたのだった。

 ──それまでの決闘では、ずっと優位に立っていた十代だったが、オブライエンが発動したファイヤー・サイクロンの効果により、十代の発動していた罠カード イービル・ブラストが破壊された。
 これにより、相手のスタンバイフェイズ毎に500のバーンダメージが発生する効果は無効となり、オブライエンは次のターンでの強制敗北を免れたが、──しかし、その瞬間に速攻魔法・超融合が発動される。
 カウンターの効かない超融合に対して、オブライエンは成す術もないままマリシャス・デビルの融合召喚を許してしまい、──攻撃力3500のマリシャス・デビルに対して、オブライエンの場のヴォルカニック・デビルの攻撃力は3000。──そして、オブライエンの残りライフは500、──最早これまでかと、私たちがそう思った、その瞬間だった。
 ──十代の攻撃宣言を受けて、なんとオブライエンはその場から駆け出したかと思うと──ジムの形見だと言っていたそのガラス玉を、十代の胸元へと押し付けたのだ。
 一体、何を思っての行動かと思いきや、──オブライエンが攻撃を受けた際に、ヴォルカニック・カウンターが墓地で発動していたのだと彼は言う。
 ヴォルカニック・カウンターは、自分が受けた戦闘ダメージと同じ数値のダメージを相手ライフに与えるカード。その効果により、──十代もまた、500のダメージを受ける。
 十代のライフもオブライエンと同様に、残り500、──つまり、この決闘は引き分けだ。
 ──そうして、オブライエンは、ジムの形見に籠められていた友への想いで十代の心に直接訴えかけ、更には自らの命を犠牲に覇王を連れて行くことで、──十代の魂を、彼の身体へと取り戻したのだった。

「──オブライエン!」
「十代の中の覇王は、死んだ……ジムが、助けてくれた……あとは、頼む……」
「オブライエン……!」
「そんな!」
「……二人のライフが尽きたのは同時……だが、オブライエンだけが消えたということは……本当に十代の心の闇は……!」
「ええ……既に元の十代に戻っている筈よ。……亮、どう?」
「……ああ、確かに十代だ……」
「良かった……カイバーマン、手を貸して! 十代を青眼の背に!」
「心得た、我が主よ」
 
 覇王とのデュエルを引き分けにまで持ち込んだものの、……ライフが尽きたオブライエンは、その場で光の粒子となって消えてしまった。
 ──何度も見てきた、これこそが、この世界で決闘に敗北したものへと待ち受ける最期。──オブライエンは、私たちの目の前で死んだのだ。
 
 ──そうして、呆然とする一同の中、亮はその場に倒れたままで取り残された十代の傍にしゃがみ込むと、彼の被る兜を持ち上げて、その表情を確認する。
 それに倣って、私も亮の隣へとしゃがんで兜の下を覗き込むと、──其処には、確かに私たちのよく知る、遊城十代の寝顔があった。
 十代の安否を確認できたことで些か胸を撫で下ろしつつ、彼が身に纏う重苦しい甲冑を脱がせてやってから、再度十代の脈を測った上で、私は青眼の白龍をカードから呼び出すと、カイバーマンに頼んで青眼の背へと十代の身体を運び、直ちにこの場を離れようとして、エドと翔くんにも青眼の背に乗るように声を掛ける。

「──亮! 此処からすぐに離れるわ! あなたも早く!」
「待て、。その前に……残党どもを追い払うのが先だ」

 そう言って、その場に座り込む亮へと向かって手を差し伸べるものの、──亮はまだやることがあるとそう言って、徐に覇王の兜を手に掴むと、覇王の部屋の窓から身を乗り出し、地上の兵士たちへと向かって高らかに叫ぶのだった。

「──聞けぇ! 覇王は死んだ! 直ちにここから立ち去れ!」
 
 そう宣言して、まるで首級にでも見立てるかのように、覇王の部屋の窓から地上へと兜を放り投げると、──確かにそれが見慣れた覇王の兜だと近くの兵士が気付いた瞬間、一気に広がったどよめきを号令にして、蜘蛛の子を散らすように、覇王軍の兵士はその場から逃げ出してゆく。
 それを見届けると、亮はサイバー・ダーク・ドラゴンを呼び出し、「、青眼の白龍はもう定員だろう」とそう言って、今度は彼の方が私に手を差し出すものだから、──私は大人しくその手を取ると、此処まで来たときと同様にサイバー・ダーク・ドラゴンに乗って、青眼に向かい窓辺から飛び立つように指示を出し、──そうして、一行は覇王城を後にしたのだった。

 
「…………」
「……翔くん、大丈夫?」
さん……」
「聞きたいことは山ほどある。……だが、今は眠らせてやれ」
「……うん」

 ──やがて、覇王城から離れた安全地帯で地上へと降りると、大きな樹木を見つけて私たちはその根元に十代を寝かせてやる。
 未だ意識を失ったままの十代は、命に別状はない様子だったけれど、──目を覚ましたとき、彼の心痛は察するに余りある。
 ……私たちは一体、目を覚ました十代に、なんと声をかけてあげるべきなのだろうか。
 十代と別行動を取っていた翔くんは、彼に対して思うところがある様子だったけれど、──それでも、やはり十代のことが心配なのだろう。
 浮かない顔で十代を見つめる翔くんを見守る亮も、……まるで、彼らの“先輩”をやっていた頃のような声色でそう諭すものだから、──なんだか、いつの間にかこんなところまで来てしまったと言うのに、……唐突に学園での遠い日々が思い起こされてしまい、奇妙な心地だった。
 ──始まりは、あの小さな孤島での出来事に過ぎなかった筈だと言うのに、……一体、この一連の騒動は、何処に向かっていると言うのだろうか。


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