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 ──オブライエンが覇王を打ち倒した後に、俺達は無事に十代を救出したものの、十代はどうやら覇王だった頃の記憶を鮮明に覚えている様子で、一度は目を覚ましたが、叫びながら飛び起きたかと思えば酷く錯乱して、再び気を失って倒れてしまった。
 その後、十代が酷い高熱を出していることが判明し、不安げな面持ちでそれを見守る翔を見かねてか、が率先して十代の看病してくれている間に、俺とエドは、事態解決の手掛かりを探して十代のデッキの内容を改めてみる。
 すると、──其処には、既にイービル・ヒーローの姿は見えなかったものの、──見覚えのないカード、オブライエンとの決闘で覇王十代が使用していた速攻魔法・超融合が相変わらず紛れ込んでいたのだった。

「──超融合? 一体このカードは……? 以前の十代のデッキには無かったカードだ」
「……覇王十代か、一度対戦してみてもよかったな……」
「おい……ジョークでも趣味が良くないぞ……」
「俺は、最高の決闘、最高の勝利を得るために此処に来た……相手が誰であろうと関係ない」
「……なるほど。ヨハンを、十代の友を救うためじゃなかったのか。向こうで十代の世話を焼いているとは大違いだな……だが、僕には借りがある。十代は、僕の友を救ってくれた。今度は僕が十代の手助けをする番だ。……それが、友達だと僕は思っている」
「……お前が、そんなことを考えていたとはな」
「──悪いか!?」

 何もエドの思想を批難したつもりも俺には無かったのだが、俺に食って掛かるエドの語るそれこそが、正しい友情だとそう言うのなら、──俺との間にあるものは、一体何なのだろうな。
 俺達は既に、只の友人などではない、──宿命のライバルであり、恋人同士で、──そして同時に、どうしようもないほどに俺達は、親友だった。
 俺ととの間には、確かに今でも友情があり、──そしては、俺へのそれらの情があるからこそ、終わりへと向かって突っ走る俺の身勝手に付き合って、異世界まで共に来てくれた。
 ──或いは、すべての情が邪魔をして、この場所まで共をする他に選択肢などは無かったと、そう言えるのだろうか。
 しかし、そんな俺達の間柄は、──きっと、健全なものではないのだろう。
 俺はきっと、どうかしている。……そして、それはも同じだ。
 俺も彼女も、──きっと、どうしようもないほどに、狂っている。
 
「……うん?」

 そうして、俺がエドと話し込んでいると、──不意に、前方から騒々しい声が聞こえたことに気付き、顔を上げてみれば、──なんと其処には、モンスターの群れに追われて必死に逃げ惑っているクロノス教諭の姿があった。
 ──何故、クロノス教諭がこの異世界に? と、目の前に突如現れた、見慣れた顔には流石に俺とて動揺したが、──しかし、そうは言ってもデュエルアカデミア在学中の恩師を、理由なく見殺しにする訳にも行くまい。
 クロノス教諭の姿に気付いた俺がサイバー・ドラゴンを召喚するのと同時に、エドもダイヤモンドガイを召喚し、──そして、二体のモンスターによって、クロノス教諭は無事に救出されたのだった。
 ──俺達に気付いて此方に駆け寄ってくるクロノス教諭は、エコーという女を連れ立っていた。俺にとっては見覚えのない人物だったが、なんでもエコーは、留学生であるアモン・ガラムの側近に当たるらしく、──この異世界にはアモンを追ってきたのだそうで、クロノス教諭も成り行きでそれに同行していたのだと、クロノス教諭は事の経緯をそのように語るのだった。

 ──やがて、陽が落ちる頃、俺達は十代から少し離れた場所へと火を焚き、野営の支度をする。
 その間、焚火の世話をしながらも、クロノス教諭へと異世界で俺らが体験したこれまでの経緯を説明すると、教諭は涙ぐみながらも俺達の話を聞いていた。……全く、こんなときにまで、何処までも気のいい先生だな、あんたは。

「シニョール亮、シニョーラ、二人が無事で本当に良かったノーネ……!」
「……クロノス先生も、無事でよかった。そちらも、道中は大変だったのでしょう?」
「そんなの、私にとっては造作もないノーネ! ……それよりも、二人は卒業した今でも後輩たちの世話を焼いて、此処まで引率を果たして……本当に、立派ナノーネ。やはりシニョール亮とシニョーラは、学園の模範に相応しいノーネ!」
「……それは……」
「……そうも、立派な話じゃない」
「何を言うノーネ! シニョール亮は先程も私を助けてくれて、シニョーラもシニョール十代の看病をしていたノーネ!」
「……褒めすぎですよ、クロノス先生。……看病なんて言えるほどのことが、出来ている訳でもないのに……」

 焚火から少し離れた場所へと外していたエコーの元へと、気を遣ってかエドは声を掛けに行き、十代の傍に残る翔と、その護衛に残ったカイバーマンも焚火の傍には居なかったからか、必然的にクロノス教諭の話題は、俺との異世界での動向へと移るが、──俺とは、自分達が年長者として褒められるような理由で異世界に来た訳ではないことを、自分達が誰よりも一番、よく知っているからこそ、──そうも絶賛されては、幾らか居心地が悪い。
 俺は、己の渇望を満たす決闘を求めてこの世界へと足を踏み入れ、──もまた、異世界で俺に引導を渡し、最期を見届ける為にこそ、この場所へと来たに過ぎないのだ。
 ──とは言え、現来から後輩想いの彼女は、先程に十代の看病に当たっていた際には、本心から十代の世話を焼いていたのだろうと思うのだが、──それでも、ぽつりと零した其方の方が、やはり彼女の本音であったのかもしれない。
 ──俺に対しては最早、看病など、延命措置などが出来る訳でもないから、──その分も十代に、手を差し伸べているだけなのだと、──まるで、そのような自嘲を滲ませるかのように小さく笑うの様子に、クロノス教諭は首を傾げている。
 俺は、そんなに対して何か言ってやるべきかとそう思ったものの、──その時だった。──突如、周囲がぼんやりとした光にも似た濃霧に、包み込まれたのは。
 
「……なんだ? これは!」
「急に、視界が……」
「どうしたノーネ?」
「霧……?」
「何も見えないわあ!」
「急に何が!? ──っ、十代! 亮、! 気を付けろ!」
「シニョーラ・エコー! こっちへ来るノーネ!」
「──全員、十代の傍へ!」
「クロノス先生! エコーも! 早く、此方へ!」
「それが良いノーネ!」

 ──急な事態に慌てふためく皆をどうにか纏めて、未だ意識を失ったままの十代の傍へと避難を誘導するものの、──やがて、霧の中で急激に周囲の景色が歪んだかと思うと、──気付けば俺達は野営地から離れた洞窟らしき場所へと、その場の全員が飛ばされていたのだった。

「今のは……?」
「どうやら俺達は、別の場所へ運ばれたようだ……」
「全員、逸れていないわね?」
「……主よ、決してオレから離れるな」
「! カイバーマン……」
「──あ! シニョーラ・エコー! 無事だったノーネ!」

 ──どうやら誰一人逸れずに、共にこの場所へと転移した様子ではあったが、──明らかに、周辺の雰囲気が奇妙だ。
 十代も今の騒ぎで目を覚まして起き上がったものの、未だ苦しげな様相で、「──十代、大丈夫?」ともまた、その場にしゃがみ込んで十代へと向かって声を掛けながらも、周辺を警戒している様子で、そんな彼女を背に庇うカイバーマンも、明らかに外敵を注視するかのような振る舞いを見せていた。
 ──そうして、一行が警戒を強める中、──やがて、洞窟の奥から、一人の男が現れる。

「お前……アモン……?」
「アモン……!」
「シニョール・アモン! 生きていたノーネ! 君も異世界に置き去りにされていたノーネ?」

 岩屋の奥から現れたその男に向かって、十代やクロノス教諭は「アモン」という行方不明となっている留学生の名前を呼び掛けるが、──俺はその男の姿を見初めた瞬間に、只ならぬ気配を感じ、──もまた俺と同様に、十代とエドを庇うようにして身構えており、カイバーマンも、そんなを背に一歩前へと歩み出る。
 待て、──ずっとこの世界に居た、だと?
 ──右や左も分からぬこの異世界に、孤立無援にて取り残された上で、あっさりと生存し、──更には、救いの手であるかもしれない俺達を前にして、感情の起伏も一切見せないあの男は、──一体、この異世界で今まで何をしていた? ──あれは、一体何者だ?

「……置き去りにされたのではない。自ら、この世界に残った」
「自ら……!?」
「だったら、この世界でヨハンを……ヨハンを見なかったか!?」
「……さあ?」
「……っ、そうか……、!? その腕は……!? まさか、お前もコブラと同じように、ユベルの手下に!?」
「手下!?」
「……エコー、こっちに来るんだ。お前を迎えに来た」
「──アモン! どういうことなの!? あなたは、王になっている筈じゃ!?」

 見ればアモンの右腕は異形のように変質しており、奴は穏やかな口調でエコーに向かって語り掛けてはいるものの、明らかに様子がおかしい。
 奴の行方を追ってこの異世界にやってきたと言うエコーの言い分は、俺にはどうにも理解できなかったものの、それでもエコーもまた、アモンの様子には困惑しているらしい。
 人間のものとは到底思えぬ左腕──ユベルのそれを庇いながら、エコーへと歩み寄るアモンは、──誰の目から見ても明らかに、常軌を逸している。

「……様子がおかしい……!」
「みんな、下がって!」
……!」
「──アモン!」
「来るんだ、エコー」
「──嫌! 私は、そんなアモンを見たくなかった!」
「っ……来い!」
「エコー! ……アモン! 貴様何をする!?」
「お前たちに用はない、とっとと立ち去れ」
「ふざけるな! エコーはお前のために! この世界にやってきたんだぞ!」

 皆が警戒する中で、しかしエコーはどうにも、アモンを強くは拒否しきれない様子で、人とは思えぬ奴のその手で乱暴に引き寄せられ、その場に転倒したエコーを見て、──エドが、怒った様子で声を荒げる。
 エドのその反応には俺達も些か驚きはしたが、──恐らく、エドは先程の野営の最中にでも、エコーから詳細な事情を聞き及んでいたのだろう。

「──そうだ。僕もエコーを待っていた……案ずるなエコー、僕は王になる。……だが、その為にはエコー、君という生贄が必要だ。お前の命が……」
「生贄……」
「──さあ! エコー!」
「アモン……!」
「っ、こいつは……!」
「──ふざけるな! エコーは……エコーはお前を愛して……その手を離せ!」
「……ほう?」
「エコーは渡さない! どうしてもと言うなら、デュエルでお前を倒す!」
「──エド!?」
「やめろ、エド……!」

 激昂し、アモンへと決闘を挑むエドに向かって、は驚いて声を上げ、十代も必死で止めようと 起き上がるものの、未だ回復しきれていない十代は立ち上がることさえも厳しく、敢え無くその場に崩れ落ちて、クロノス教諭によって体を支えられながら立っているのが、今の十代にとってはどうやら精一杯であるらしい。
 対するアモンはと言うと、明らかに様子はおかしいが、──それでも、奴の言い分からすると、アモンが欲しているのはエコーの命だけだ。
 それは、──言ってしまえば、俺達にとっては関係のない話ではある。……此処でエコーが死んだところで、それが俺達や十代にとって、直接の不利益になるわけでも、──増してや、それでヨハンが死ぬわけでもない。
 よって、このデュエルに俺達が命を懸けるなど、不要な真似に過ぎず、──それでも、D-HEROの担い手であるからこそ、エドにはアモンの凶行が許せんのだということは俺にも分かっており、──それは、も同様だったのだろう。
 はきっと、エドの決闘を止めたかった、──或いは、彼女が代わりに戦いたかったはずなのだ。
 ──それでも、逡巡し、躊躇して、──結局、俺達は互いにプロデュエリストと言う同業者であるからこそ、──エドの意志を邪魔することなど、出来なかった。

「──良いだろう、相手になってあげるよ。だが、ここは殺風景だ、場所を移そう……」

 ──そうして、始まったエドとアモンの決闘には、この世界のルールに則り、敗者の命が賭けられる。
 エドが勝てば、エコーの命は助かるかもしれないが、──その際には、アモンが死ぬのだ。……そんな決闘が、果たして彼女にとって意味のあるものであったのかは、──俺達には、知りようも無い。
 アモンのデッキは不明だが、初手から手札の入れ替えを行ってきたアモンに対して、エドは落ち着いていつも通りの戦術を展開していく。
 このデュエルは一見すると、プロとしての場数を踏んでいるエドの方が有利に見えたが、アモンは最初のターンに手札を入れ替え、更にはエドのエンドフェイズにてまた手札増強を行い、モンスターを伏せるのみで次のターンを終えたアモンの戦術は、……何かが、妙だった。
 ──更にターンを重ねる度に手札を増強し、入れ替え、まるで何かを待っているかのようなその戦術は──まるで、端から特殊条件勝利を狙っているかの、ような。
 ──奴には恐らく、何かしらの思惑がある。
 この攻撃が通ればエドの勝利だが、このデュエルは、……そう一筋縄ではいかないのかもしれないと、そんな虫の知らせがあった。

「──これが決まればフィニッシュ! ゆけっ! ドレッドガイ! プレデター・オブ・ドレッドノート!」
「──リバースカード、オープン! 次元幽閉!」
「カウンタートラップか……!」
「相手モンスターの攻撃宣言時に発動! そのモンスターを……」
「悪いが、ドレッドガイが特殊召喚されたこのターン、僕のD-HEROたちはバトルでは破壊されず、ダメージも受けない!」
「破壊ではない……除外してもらう!」
「……っ!」
「破壊され、墓地に置かれたディープ・ダイバーの効果により、バトルフェイズ終了時にデッキからカードを一枚選択! デッキの一番上に置く!」
「──!?」
「……異様。此処までの手札補強、第一に考えねばならないのは……」
「……まさか、アモンはエクゾディアを……?」

 俺も、も、──そしてエドも、その瞬間、間違いなく同じ可能性を考えていたことだろう。
 プロリーグで積み重ねた経験が、この戦況で警鐘を鳴らしている。──これは恐らく、次のターンにエクゾディアが完成する布石だ、と。
 ──そして、全員が思い浮かべた、その嫌な予感は、命中する。
 しかし、やはりエドもプロだ。エクゾディアの可能性に気付いたエドは瞬時に、魔法カード フォース・オブ・フォーを発動し、互いの手札を四枚までに制限することで、アモンが決してエクゾディアのパーツ五枚を手札に揃えられないようにと対策を切るが、そうして、エドがエクゾディアの完成を阻んだのも束の間、──アモンの墓地からは魔法カード・究極封印解放儀式術が発動されるのだった。

「なんだ!?」
「あれは……!」
「エクゾディア……!」
「──アモン!」
「……この世界を統べるためには、エクゾディアを我が掌中に収めねばならない。……だが、エクゾディアを解放するためには、生贄が必要だ……」

 究極封印解放儀式は、手札及び墓地に“封印されし”と名の付くカードが5種類ある際に、墓地で発動できるカード。墓地に存在する“封印されし”カードを全てデッキに戻すことで、手札から“封印されし”カードを2枚墓地に送り、 ──そして、条件を満たした際に、手札、またはデッキから、究極封印神エクゾディオス1体を特殊召喚する。
 ──そして、このカードを発動した上で、扉の向こうに封印されるエクゾディアをこの異世界で復活、解放するためには──生贄を捧げる必要があるのだと、アモンはそう語った。

「……それは、僕の愛する人でなければならない」
「愛する……」
「僕が愛した、只ひとりの女性……エコー、君でなければならないんだ……!」
「アモン……!」

 ──それは、この場の全員の想定を上回る事態だった。……なるほど、エドが決闘に勝てば、エコーは死なずに済むなどというのは、とんでもなく甘い考えだったらしい。恐らく、奴は此処で──儀式を達成し、エクゾディアを解放するつもりだ。

「まさか……此処で……!?」
「デュエルの最中に、生贄の儀式を……!?」
「そんな……!」

 ──確かに、エクゾディアは、強力なカードだ。
 だが、──愛する者を犠牲にした上で得たその力に、何の意味が在る? 自らの力でフォース・オブ・フォーを破り、エクゾディアを揃え直す戦術を取らないのは一体何故だと、俺はそのように思う。……それは、決して己の力で到達した極地などではないだろうに、と。
 ──それでも、恐らくアモンの目的は、そのような精神論には依存していないのだろう。──奴は本気で、エコーを犠牲にしてでもこの異世界を統べようとしている。
 あの男は、勝敗や己のプライドを賭けて戦っているのではなく、──アモンの目には、最早ちっぽけな玉座しか、見えてはいないのだろう。

「エコー! 駄目だ! 行くな! 戻ってこい!」
「どういうことナノーネ!? デュエルで人の命を生贄にするナンーテ!? そんなコトーガ!?」
「この世界では、起こり得る……奴は本気だ!」
「ええ……実際に私たちは、セブンスターズとの戦いでも、似た事象を見ている……!」
「アモン……」
「っ……アモン貴様ァ! エコーを愛しているなら、どうして! いや……貴様は彼女を愛してなどいない! エコーの気持ちを利用しているだけだ! 愛しているならこんな真似は……! 答えろ、アモン! エコー……!」

 エドの叫びも虚しく、エコーは涙を流しながらも、扉の向こうへと封印されたエクゾディアに歩み寄り、──生贄の条件を満たした究極封印解放儀式術は、発動されてしまった。
 そうして、エクゾディアの右手によってエコーが囚われた後に、召喚された究極封印神エクゾディオスの攻撃により戦況は瞬時に逆転し、フォース・オブ・フォーによって無効となっていたエクゾディアの特殊条件勝利だったが、究極封印神エクゾディオスの特殊効果──このカードの効果で“封印されし”モンスター5種類が自分の墓地へ送られ全て揃った時、自分はデュエルに勝利する、というその条件をアモンが改めて満たしたことで、──この決闘におけるアモンの勝利が、決定した。
 奇しくも、エドがフォース・オブ・フォーを発動したことにより──皮肉な話だが、エコーが生贄となる結末が、決定したのだ。

「エコー……もうすぐだよ、もうすぐ僕は王となる。僕の本当に良しを縛り付けていた鎖から、解放されるんだ! 僕は、僕の本来の力を手にする!」

 ──アモンが零したその言葉に、十代は幾らか思い至る節がある様子で、嗚咽を上げながらも愕然と打ち震えている。
 力に溺れ、力を手にする為にとすべてを犠牲にするその姿勢は、……俺にも、幾らでも覚えがある。──だが、確かにアモンの取ったその選択は、俺の求める純粋な力とは決して違う。──俺は何も、自分の為にを犠牲にしたくて異世界へと連れてきたわけではない、──しかし、それでも。

「そうか……貴様は、貴様は! 只力を手に得たいが為にエコーを!」
「力は既に、我が内にあった。僕はその堰を壊そうとしているだけ……」
「同じだ! 貴様のその力が、エコーを殺すんだ! 犠牲なんかじゃない、殺すんだ!」
「……その通りだな、僕は、僕のために、エコーを殺す」
「貴様……! それが貴様の、本心か!」

 それでも、──今にもエクゾディアが内側から扉を破ろうと胎動する中で──エドがそう叫び、アモンが肯定したその欲望を、──どうすれば、俺には一切の無関係だなどと、そう言えるのだろうか。
 俺はきっと、アモンに何かを言えたような立場ではない。あいつがエコーに抱く愛情が歪んでいるのだとして、──俺がに向けるものはそれと違って誠実である等と、どうすれば言えるのだろう。
 故に、エドが悲痛な声で叫んだその言葉には、俺とて幾らでも考えさせられる節があり、──だが、そうだとしても。──俺には、最早立ち止まることなど出来はしないのだ。
 きっと、俺はこのまま、──もうじき訪れる最期の瞬間まで、の手を引き、共に地獄へと駆け抜けるのだろう。
 ──俺の愛もまた、きっと歪んでいる。

「──最後のエクゾディアパーツ、封印されしエクゾディアを墓地に送ることで、僕の勝利は確定した! ハッ……エクゾディアを解放する!」

 ──しかし、今はそのような感傷に浸っているような余裕はない。エクゾディアの手に握り潰されたエコーが事切れたのと同時に、エクゾディアは解放され、──そうして、今度こそ決定的に、エドの敗北が確定した。
 だが、それでもエドは、ライフが尽きるまでのほんの僅かの間に退路を確保すべく、──十代を背に庇い、アモンへと立ち向かうのだった。──最後まで敗北を認めずに、迎撃の姿勢を構えて、──エドは、仲間を守って此処で己が死ぬことを選んだ。

「──エド!」
「──みんな逃げろ! 早く!」
「シニョールエド!」
「エド……! なんでお前までが!」
「──行くぞ、十代!」
「十代、走って……! 此処から逃げるの!」
「──エド!」
「──僕が犠牲になったなんて思うなよ、僕は、やれるだけのことをやっただけだ……」
「エドぉ!!」
「──繋げてくれ、十代! 僕の、いや僕達の想いを!」
「……あ、ああ……」
「──ヨハンを! 友を救え!」

 そうして、遂にエクゾディアは攻撃を放つ。──最早、一刻の猶予も無い。──今すぐにでもこの場を立ち去らなければ、デュエルの当事者ではなかろうが、問答無用でこの場の全員が、エクゾディアの一撃にて消し飛ぶ。
 ──俺達は、その場から動けなくなっている十代の腕を掴むと強引に引き摺り、エドに向かって叫び続ける十代をその場から連れて──決して振り返らずに、洞窟の出口へと向かって一心不乱に駆け抜けた。

「──亮! ! 早く、みんなを!」
「……ああ」
「──任されたわ、エド!」

 ──最期の時、エドはそれでも、決して降伏の道を選ばずに、Bloo-Dによる迎撃の体制を崩さなかった。
 ──そうして、奴がサレンダーを選ばない限りは、俺達が逃げる為の時間を僅かにでも確保できるはずだと、──きっと、エドはそう信じたのだろう。
 エドの悲鳴と弾ける光を背後に俺達は、洞窟を後にする。──何とも、妙な気分だ。あいつと初めて出会ったのは、まだ一年半程も前の出来事で、俺とエドも当時は敵同士だったと言うのに、──何時の間にやら、この異世界での共同生活がそうさせたのか、──どうやら俺達には、奇妙な信頼感さえも生まれていたらしい。……エドが最後に、俺とに皆を託したことが、その証拠だろう。

「……エド……どうして、あなたまで……」
 
 カイバーマンに無事を確認されていたがその場に崩れ落ちて、小さく啼くような声で頼りなくそう零す程度には、──俺達の間には、……確かに、何かしらの情があったらしい。


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