147

「──具合は、どうナノーネ?」
「……俺には、分かる……」
「?」
「この命、そう長くはない……」
「……亮……」
「諦めてはいけないノーネ、元の世界に戻れレーバ、治療できるノーネ!」
「クロノス先生……」
「人間はー! 最期の一瞬マーデ、充実して生きなければならないノーネ! それが人間の義務でアーリ、権利ナノーネ!」
「義務であり、権利……?」
「…………」
「……ナーンテ、偉そうに言ってーも、説得力はゼロナノーネ」
「……クロノス、教諭……」
「これでもむかしーは、理想に燃えていた時代も、あったノーネ……」

 ──翔たちが去った後、暫くとふたりで話していたものの、やがて戻ってきたクロノス教諭は俺の容態を心配してか、そのように励ましの言葉を掛けてくる。
 ……最期の一瞬まで、充実して生きなければならない、か。
 教諭の言ったその言葉を俺が反芻していると、──周辺の警戒に当たっていたカイバーマンが、突如として聳え立つ門を睨みつけたかと思えば、「──! オレの傍から離れるな!」──と、そう叫びながら、の傍へと駆け寄ってきた。
 ──何かが、来る。
 カイバーマンの言葉と、周囲を包む異様な雰囲気に──扉の向こうから、確かな気配を感じて起き上がる俺へと手を貸しながらも、もまた眼前の禍々しい門を睨みつけており、──彼女も、その向こうに何者かの気配を感じているらしい。
 
「クロノス先生! 亮を、私とカイバーマンの後ろへ!」
「いや……そういう訳には行かんなあ……」
「亮……!」
「駄目ナノーネ! 安静にしてるノーネ!」
「……この気配は……」
「ああ……扉が開くぞ、我が主」
「奴が、来る……! 俺が戦うべき敵が……!」
 
 そうして、警戒を強めた俺達がその場に身構えていると、──やがて、扉が開いた向こう側から、ヨハンが現れた。
 ──いや、あれは確かにヨハンだが、以前に戦った奴とはまるで雰囲気が違う。……それは決して服装だけの話ではなく身に纏った空気が、まるで別人だ、──一体、行方不明だったヨハンに、この世界で何があった?

「──ヨハン! 本当に、ヨハンナノーネ!? やっぱり生きててくれたノーネ! 嬉しいノーネ!」
「──待って、クロノス先生! 様子がおかしい……」
「どうしたノーネ?」
「……教諭は、此処に居てくれ」

 警戒心もなくヨハンへと駆け寄ろうとするクロノス教諭を制して背に庇い、前に歩み出る俺と共に、もヨハンの元へと近寄っていくが、──は俺よりも更に、明らかなまでにヨハンを警戒している様子だった。
 彼女には、他人とは違う力──デュエルモンスターズの精霊と心を通わせた、特別な素養がある。そんなが、こうも身構えるということは、──やはりあれは、ヨハンではなく、精霊──或いはそれに類似した存在によって、ヨハンは意識を乗っ取られているということか……?

「──十代は何処だ?」
「いきなりご挨拶だな、次元を超えて迎えに来たと言うのに……」
「……フ」
「今まで、何処で何をしていたんだ?」
「フフフ……もうすぐ分かるよ、ヘルカイザー」
「どういうことだ?」
「もうすぐ、全ての次元は統一される。そうすれば、みんな一つになれるのさ。──愛の名の元に!」
「……お前は、誰だ?」

 確かに様子がおかしいとは思ったが、ヨハンは言動も何処か支離滅裂で、──目の前の男は、俺が以前に言葉を交わしたヨハンとは、やはり別人のように思える。
 俺の投げ掛けたその言葉に対して、ヨハンが返事をすることはなかったが、──しかし、その代わりに、が俺の質問に答えをくれた。
 
「……亮、彼からは、精霊の気配が……」
「フフフフ……流石に勘が良いな、……」
「……いや、誰だっていい。俺が戦うべき最期の相手は……お前だということなんだろう?」
「! 亮……あなた……」
「な、何を言い出すノーネ!? シニョール亮!」
「例え未来はなくとも、今この瞬間を、最も充実して生きなければならない。……そうだろう? 教諭」
「そ、そうだケード! 未来がないナンーテ!」
「今でも立派な先生だよ、クロノス教諭。俺に目的を思い出させてくれた……最強の敵と最高の決闘をする、俺にとって、それが生きる目的……!」

 そう言って、ヨハンに扮する何者かに向かって、決闘を持ちかける俺を傍らで見上げるは、──一瞬だけ、不安げな表情で瞳を揺らしたものの、──静かに息をついて、再び瞼を開いたとき、──其処には、見慣れた我が好敵手の、気高い龍の眼差しがあった。
 ──きっと彼女は、俺を快く送り出そうとしてくれている訳じゃない。幾らでも葛藤や躊躇があって、──只、それでも。俺のことを一番理解しているのは、他でもないだからこそ、……彼女にだけは、分かっていたのだろう。
 俺は、強引に止めたところで決して止まりはしないということも、……此処で立ち止まれば、俺は俺ではいられなくなるのだということもには分かっていたからこそ、──結局、彼女は最後に、俺の背を押してくれたのだった。

「──、俺は行く」
「……分かった、此処はあなたに任せるわ、亮」
「シニョーラ!? どうして止めないノーネ!? シニョーラは、シニョール亮の……!」
「……だからこそです、クロノス先生。……亮、此処で見てるから……必ず、ヨハンに勝って」
「……ああ」
「……でも、ひとつだけ訂正よ」
「……訂正?」
「あなたの最期の敵はあいつじゃない。……私でしょ、亮。……私、此処で見てる、此処で待ってるから……必ず、次に私を殺しに来て」
「……ああ、そうだったな、悪かった……ヨハンを倒したら次はお前だ、
「ええ。……やってやりなさい! 亮! 私のライバルが最強だってこと、あいつに思い知らせるのよ!」
「──ああ、行ってくる」
「行きなさい、──亮!」
 
 そう言って俺を送り出すは、今にも泣き出してしまいそうで、──それでも、晴れやかに笑い、俺に向かってひらりと手を挙げて、──ぱちん、と軽快な音を立てて、俺と彼女はハイタッチを交わす。
 ──そうだ、次元を越えたモニター越しのあのデュエル、中断を余儀なくされたあの日の決闘が不完全燃焼に終わって以来、俺はずっと、……ヨハンとは、何れ決着を着けなければならないと、そう思っていた。
 あの決闘で俺が味わっためくるめくような興奮──俺にそれを与えてくれたのは、と十代──そしてヨハンとの決闘のみだった。
 故にヨハンならば、俺の最期の相手にも相応しい。それどころか、──ヨハンを倒せば、俺には最期のデザートが、──との死闘が待っている。
 ──今のヨハンが何者であるのかは分からない。……だが、ヨハンの顔をし、ヨハンの力を持っているのならば、奴には俺と戦う義務があるのだ。──俺はヨハンを打ち倒し、必ずやとも今生の決着を着ける。

「──良いだろう、お前にも愛を与えてやろう。お前が苦しみもがく様子を、十代に見せてやる! ──! お前にもだ!」
「──!」
「悲しみ、苦しみ、痛み……それが、十代が教えてくれた、愛の表現だから!」
 
 ──そうして、俺とヨハンとの決闘の第二幕が始まった。
 ヨハンは初手からフィールド魔法 アドバンスド・ダークを発動し、恐らくは自らの操るA・宝玉獣にとって有利となる戦況を作り上げようと試みているのだろう。
 宝玉獣は場持ちの良い特殊なモンスターだが、同時にモンスターの攻撃力の低さという致命的な欠点を持っている。
 単純なデッキ相性の話で言えば、高い火力を誇る俺のサイバー流は宝玉獣に対して有利ではあるが、──どうやら、A・宝玉獣とやらは、以前にヨハンが使っていた宝玉獣のモンスターとは、些か効果が異なる様子だった。
 恐らく、アドバンスド・ダークは、A・宝玉獣の耐久の低さをカバーするフィールド魔法だろう。──効果の不明なフィールド魔法を前にして、此処は当然ながら慎重に打って出るべきで、様子見が順当ではあるのだが、──しかし、未来無き者に恐れも無ければ、この決闘を不用意に長引かせるような理由も、俺には無い。
 俺は後攻でサイバー・ドラゴンを攻撃表示で特殊召喚すると、躊躇なくアメジスト・キャットへと攻撃を仕掛けることにした。

「──アメジスト・キャットのモンスター効果! バトルで破壊された場合、墓地へ送られずに自分の魔法・罠ゾーンで宝玉となる!」
「……何故、お前のライフは減っていない?」
「フィールド魔法 アドバンスド・ダークの効果が発動したのさ! A・宝玉獣と名の付くカードが戦闘で破壊されたとき、宝玉獣を一枚墓地へ送ることで、俺のダメージは、ゼロになる……」
「……ハッ、そう来なくてはなぁ……カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 ──そして、そのバトルの最中に、十代を見つけて戻ってきた翔たちが、俺とヨハンのデュエルに気付き、慌てた様子で駆け寄ってくるのが見えた。
 とカイバーマン、そしてクロノス教諭の元まで駆け寄ると、状況の仔細を奴らは聞いたようで、……十代は、ヨハンと相対する俺から見ても、明らかに取り乱している様子だった。

「……ヨハン、生きていてくれたんだ……! だけど、これってなんだよ? なんで、カイザーが……?」
「兄さん……そんな身体で……!」
「……どういう意味だ?」
「カイザーは……シニョール亮は、自分の最期の相手は、ヨハンだと言っていたノーネ……」
「最期……!?」
「……その後で、ヨハンを倒したら、その次は私だって、訂正してもいたけれどね」
「どういうことだよ、さん……!? 翔!」
「……っ」
「……ずっと黙っていて、ごめんなさい。私と亮は、端からユベルと……強者と戦うために異世界に来たの」

 ──この場において、俺の身体に関する事情に一番詳しいのは、間違いなくだ。──であれば、必然的に、十代たちはへと詰め寄る形になり、……は何処か苦い顔で、淡々と彼女の知る事実を供述している。
 
「ユベルと、戦うため……?」
「ええ……以前から亮は、心臓の不調を訴えていて……決闘を手放さない限りはもう先は長くないと、そう言っていた……でも私は、亮にデュエルを辞めろとは言えなくて、亮の望み通りに二人で異世界に来た。最高の敵と最強の決闘をしたい、って、あいつの渇望を、諦めろとは言えなかったの……」
「……、さん……」
「……だって、私が好きなのは、何よりもデュエルが好きな亮なんだもの……ごめんね、この決闘だって、止めるどころか私は応援してしまった。……私は今も、亮がヨハンを倒して私を殺しに来ると、そう信じてる」
「……なんでだよ、さん……? そんな、どうしてそんなこと……カイザー! やめるんだ! このままじゃ、あんたか! ヨハンか! どちらかが死んでしまう!」
「……十代、たとえお前の頼みでも、このデュエルを辞めることは出来ない」
「そういうことだ十代、再会の挨拶は、改めてゆっくり、な……?」

 十代による必死の仲裁も、最早俺とヨハンの耳には届かず、次のヨハンのターン、奴はA・宝玉獣を複数召喚した上で、速攻魔法 M・フォースの効果によりA・宝玉獣の攻撃力を上げて、サイバー・ドラゴンへと攻撃してきた。
 それに対して、俺は罠カード アタック・リフレクター・ユニットを発動し、サイバー・ドラゴンを生贄にすることでデッキからサイバー・バリア・ドラゴンを守備表示で特殊召喚する。
 これにより、攻撃によるサイバー・ドラゴンの破壊は免れたものの、──アメジスト・キャットの効果によるダイレクトアタック──数百程度のダメージが、今の俺にとっては身を引き裂くほどの苦痛となって襲うのだった。
 そんな俺の様子を見かねて、翔や十代は声を荒げるが、──これも、無理はない。何しろ俺の心臓は、……もう何度も動きを止めては、その度にが必死になって動かしてくれたからこそ、今もどうにか動いていて、俺は辛うじて此処に立てていると言う、……最早、時限爆弾を抱えたこの心臓は只それだけの代物なのだ。

「ヨハン! やめるんだ! カイザーの身体は、デュエルに耐えられない! 仲間同士で傷付け合うなんて、やめてくれ!」
「……フッフフ、このデュエルは十代、君の為なんだよ?」
「なにぃ!?」
「孤独が作り出す、苦しみや悲しみ……それこそ、君が教えてくれた、愛の形……!」
「……お前、ユベル……!」

 十代が目を見開いて告げた名前に、場違いにも俺の心は騒ぐ。が今のヨハンからは精霊の気配があるとそう言っていたが、──やはり、奴の正体はユベルか。……これで探す手間が省けたな、このデュエルで俺は、ヨハンとユベルという敵を纏めて葬れるということか。

「──ユベル! 戦うなら俺と! カイザーのデュエルは、俺が引き継ぐ!」
「──余計なことをするな! 十代! ……お前なら分かるだろう? 俺は今、最高の充実感を味わっている……! この大事な一瞬を、邪魔はさせん!」
「カイザー……!」
「──行くぞ、俺のターン! ドロー! ──攻守変更! サイバー・バリア・ドラゴンを、守備表示から攻撃表示に! そして、マジックカード、融合を発動! 手札のサイバー・ドラゴン二体を墓地に送り、サイバー・ツイン・ドラゴンを召喚! サイバー・ツイン・ドラゴンでサファイア・ペガサスを攻撃! エヴォリューション・ツイン・バーストォ!」
「──無駄なことを! フィールド魔法 アドバンスド・ダークの効果発動! デッキから、A・宝玉獣 エメラルド・タートルを墓地へ送り、そして、破壊されたサファイア・ペガサスは宝玉となる!」
「フッフッフッフッフッフ……サイバー・ツイン・ドラゴンは、一度のバトルフェイズ中に二回攻撃することが出来る……!」
「何……!? 無駄だと言っているだろう!」
「どういうつもりナノーネ!? 幾ら攻撃しても、ダメージを与えられないノーネ!」
「違う……あれは……」
さん……?」
「亮は一度宝玉獣と戦っているから、その利点も欠点も知っている……破壊された宝玉獣は宝玉として魔法・罠ゾーンへと置かれるけれど、其処には、五枚の枚数制限がある……」
「! そうか、ヨハンが兄さんの攻撃を無効にできるのは五回までだ!」
「ええ……それに、ヨハンのデッキに入っている宝玉獣は、七枚のみのはず……宝玉が溢れ返るよりも先に、デッキから宝玉獣のカードが尽きるわ」

 サイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃によりアメジスト・キャットを破壊し、──しかし、アンバー・マンモスをコストとして墓地へと送ることでアメジスト・キャットは宝玉となってその場に留まったものの、──の言う通り、宝玉獣には、枚数の上限という致命的な欠点がある。
 次いで、サイバー・バリア・ドラゴンによってルビー・カーバンクルを破壊したことにより、ヨハンの場には宝玉が三つ。
 しかし、──奴の場にはリバースカードが一枚あり、どのみち宝玉はあと一枚しか置けない。
 俺がサイバー・ツイン・ドラゴンに融合解除を発動し、──あと二回の攻撃を確保することで、間違いなく、俺の攻撃はヨハンに届く。

「──サイバー・ドラゴンでダイレクトアタック! エヴォリューション・バーストォ!」

 やはりヨハンは宝玉獣を墓地へと送ることが叶わず、サイバー・ドラゴンの攻撃が通ったことで、ヨハンのライフは一撃で2100が吹き飛び、残りは1900──俺の場に居るもう一体のサイバー・ドラゴンの攻撃で、ヨハンはライフが尽きて死ぬ。
 ──だが、もう誰にも止めることは出来ない。俺は其処で見ている宿敵の首を取るためにも、──此処で、ヨハンを殺さねばならない。送り出してくれた彼女の元に辿り着くため、──俺はこの決闘で、例え鬼になってでも──貴様を、葬り去る。

「──エヴォリューション・バーストォ!」


close
inserted by FC2 system