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 サイバー・ドラゴンによるヨハンへのダイレクトアタック──これが通れば亮の勝ちだと、そう思われたのも束の間。
 残念ながら、──ヨハンはリバースカード・虹の行方を発動することで、亮の攻撃を防いでいた。
 虹の行方は、相手モンスターの攻撃宣言時に、自分の魔法・罠カードゾーンに存在する宝玉を選択し墓地へ送ることによって発動する罠カード。その効果により、相手モンスター1体の攻撃を無効にして──そして、デッキからあるカードを選択し、手札に加える事が出来る。

「──礼を言わせてもらうぞ、ヘルカイザー亮……これで全て整った……」

 勝ち誇った笑みで、まるで勝利を宣言するかのようにそう語るヨハンが手札に加えたカード──それは、間違いなくこのデュエルの盤上をひっくり返すだけの、キラーカードであるはずだ。
 ──だとすれば、考えられる可能性は、ただ一つ。
 ──それは、ペガサス会長が見つけ出して、かつて亮がヨハンとの決闘により、異世界との間に発生した特異点の狭間を広げることでヨハンの元へと送り届けたあのカード──即ち、手札に加えられたのは恐らく、──レインボー・ドラゴン。

「俺のターン! ドロー! 自分のフィールドまたは墓地にA・宝玉獣が7体存在するとき、究極宝玉神 レインボー・ダーク・ドラゴンを特殊召喚できる!」
「──やはり、レインボー・ドラゴンを……!」
「……これが……宝玉獣の究極の姿……!」
「攻撃力4000をまともに受けたら、兄さんは……!」
「……すべてが実体化したこの世界で、そんなことになったーら! 今のカイザーの身体では、とても耐えられないノーネ!」
「カイザーは、死に場所を求めているのか……!?」
「……違う、亮は……」

 ──自らの最期の戦いを求めるかのように、この異世界まで彷徨った亮を傍で見ていたからこそ、──最初は私も、亮は死に場所を探しているのかと、そう思ったこともある。
 ──それならいっそ、今此処で、私がその命を終わらせてやろうかと、──そう考えたことだって、何度もあったけれど。
 でも、──恐らく、亮の真意は其処には無いのだ。何も亮は死に急ごうとしている訳じゃなくて、決闘者として己が何処まで行けるのかを、知りたかっただけなのだろう。……そして今も尚、亮は己の更なる高みを目指そうとしていて、だからこそ私には彼を引き止めることが出来なかった。
 ──だって、死に場所が欲しいだけならば、こんなところまで来なくたって、私の傍に居ればそれだけでよかった筈じゃない。……私の隣で、穏やかに死ぬことだって出来たはずじゃない。
 ──それなのに、亮はその選択を取らなかった。──だったら、あいつは、只、──最期まで生き抜こうとしているだけ、限界を越えようとしているだけだと、そう分かり切っている。

「──バトルだ! レインボー・ダーク・ドラゴンで、サイバー・バリア・ドラゴンを攻撃!」
「サイバー・バリア・ドラゴンが攻撃表示の時、1ターンに一度だけ、相手の攻撃を無効にする!」
「──フィールド魔法 アドバンスド・ダークの効果! 究極宝玉神が攻撃するとき、相手モンスターの効果を無効にする!」
「何……!?」
「サイバー・バリア・ドラゴンの効果は無効! レインボー・リフレクション!」
「っ、ぐ、ああ……」
「亮……!」
「──カイザー!」
「兄さん!」
「っはは……1枚カードを伏せて、ターンエンド!」

 サイバー・バリア・ドラゴンの効果発動を無効にされたことで、攻撃表示のサイバー・バリア・ドラゴンとレインボー・ダーク・ドラゴンの攻撃力の差分──3200のダメージが一気に亮のライフを抉り飛ばした。
 ──もちろん、戦い抜こうと言う亮の意志は、分かっている。……でも、今の攻撃が通ってしまったのは、流石に亮にとって痛手の筈だ。──だって、今の亮にはとてもじゃないけれど、あの衝撃は耐えられるようなものではないだろうから。
 現に亮は今も、心臓を押さえて呼吸を乱し、苦しげな声を漏らしながら、辛うじてフィールドに立っていると言うのに。
 ──果たして、如何に亮の意志が強固だとしても、──このデュエルの勝敗が付くまで、亮の心臓は持ちこたえられるの……?

「──ドロー! サイバー・ドラゴン2体を生贄に捧げ、速攻魔法 フォトン・ジェネレーター・ユニットを発動! その効果により、サイバー・レーザー・ドラゴンを攻撃表示で特殊召喚する! サイバー・レーザー・ドラゴンの効果により、2400以上の攻撃力か守備力を持つモンスター1体を、破壊出来る!」
「──上手い! レインボー・ダーク・ドラゴンがアドバンスド・ダークの効果を使えるのは、攻撃宣言時だけだから、今なら効果は通る……!」
「何……!? レインボー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は、4000!」
「フォトン・エクス・ターミネーション!」
「……レインボー・ダーク・ドラゴンは、魔法・罠ゾーンの宝玉を墓地に送ることで、その破壊を無効にできる!」
「何……!?」
「アメジスト・キャットを墓地に送り、破壊は無効だ!」
「……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 アドバンスド・ダーク──あのフィールド魔法がある限り、ヨハンのターンには、亮がモンスター効果を発動することは出来ない。
 でも、それが亮のターンなら話は別で、攻撃力4000のレインボー・ダーク・ドラゴンに対して、真っ向からの攻撃ではなく効果破壊を狙った亮の戦術は流石だと思ったものの、──しかし、レインボー・ダーク・ドラゴン自体が破壊耐性持ち──それも、複数回発動できる効果ともなれば、話も少し変わってくる。
 ……であれば、亮に、この状況からの逆転の目があるとすると、──それは、只ひとつ。

「俺のターン! ドロー! ──バトルだ!」
「──永続罠、サイバネティック・ヒドゥン・テクノロジーを発動! 自分フィールド上のサイバーと名の付く機械族モンスター1体を墓地に送り、相手の攻撃モンスター1体を破壊し、バトルフェイズを終了する! サイバー・レーザー・ドラゴンを墓地に送り、レインボー・ダーク・ドラゴンを破壊する!」
「──自らのモンスターを破壊し、敵を倒す……!」
「カウンター作戦か……!」
「兄さん! レインボー・ダーク・ドラゴンは、また復活するのに……!」
「いや違う……! カイザーは、確実にヨハンを追い詰めた!」
「えっ……?」
「……今までカイザーは、死を覚悟し、死に場所を探しているのかと思っていたが……そうじゃないのかも」
「……ええ。亮は、嘘は吐かない。……何もあいつは、此処で死んでやろうと思って、自棄になっている訳じゃない……」
さん……?」
「ハッ……レインボー・ダーク・ドラゴンのモンスター効果! サファイア・ペガサスを墓地へ送り、破壊を無効とする! ……本当にしつこいなあ、何度やっても無駄さ!」
「……それはどうかな?」
「何……!?」
「お前のフィールドに、もう宝玉はない……」
「……!」
「これで……レインボー・ダークは復活する効果を使えなくなった!」
「貴様ァ……それが狙いだったのか!」

 レインボー・ダーク・ドラゴンの攻略法──それは、宝玉獣の弱点と同様に、一見すれば無敵に思えるレインボー・ダークの効果にも、必ず回数制限があり、──魔法・罠ゾーンに残った宝玉をすべてコストとして使い切ってしまえば、もうアドバンスド・ダークの効果による復活は使えずに、更にはレインボー・ダーク・ドラゴン自体に備わった、破壊耐性の効果も発動出来なくなると言う、その弱点を突くこと。
 ──何も亮は、闇雲にレインボー・ダーク・ドラゴンの破壊を試みていた訳じゃなくて、──最初から、ヨハンの残機を削り切った上で正面突破の強襲を掛けようとしていたのだ。

「……だが、モンスター尽き、マジック・トラップ尽き、手札尽き! ……それでどうしようと言うのだ? 悪足掻きに変わりはない!」
「……フッ、そうだ……俺の心臓はもうすぐ、鼓動を止めるだろう……」
「……何?」
「つまり、俺の戦いに未来はない……俺は今まで、只勝利することにだけ意味を見出していた……しかし今、そのこだわりから脱することが出来た……! ヘルカイザーとなって地獄を彷徨い、やっと今、勝利の喜びの為にも、敗北の恐怖でもない、この瞬間を輝かせたい……! そんな心境に達することが出来た……!」
「……ハッ、正気か? ならば俺が、この手で幕を下ろしてやる! ──ターンエンドだ!」
「……やっぱり、あれは死へ向かっている人間の顔じゃない!」
「……ええ……」
「カイザー……!」

 ──亮はずっと、勝利に固執して戦い続けてきたけれど、──でも、最高の決闘と言うものは、必ずしも勝利の向こう側にあるわけじゃないということに、──彼は、この局面で気付いたのだと言う。
 そうだ、──その感覚ならば、確かに私も知っている筈だった。
 デュエルアカデミアに入学したばかりのあの頃、──未だ好敵手などと言うものを知らなかったあの頃は、私は亮にデュエルで負ける度、本当に本当に悔しくて、亮のことをムカつく奴だとそう感じていた頃もあったくらいで、──思えば最初は、亮との決闘が楽しかったわけじゃなくて、五分五分でしか勝てない相手が突如目の前に現れたことが悔しくて、だから何度も何度もデュエルをして──そうしているうちに、私と亮は、いつしかライバルになったのだろう。
 亮との決闘に勝ちたかったから、──そうだ、勝つためにこそ、私は戦っていたはずだったのに、──勝っても負けてもデュエルは楽しいだなんて綺麗事は、私には未だに言えやしないけれど、それでもいつの間にか、──そうだ、それこそ、──デュエルアカデミア卒業式のあの夜に、ナイトスタジアムで戦ったあの時には、既に──私は、亮とデュエルしているこの時間が永遠に続けばいいって、──勝敗が付くことよりもずっと、その瞬間が永遠になることを望んでいたのだ。
 ──自分は、勝つためだけに決闘をしているのだと、ずっとそう思っていた。──でも、本当はとっくの昔に、──私は亮のお陰で、泥のようなその執着から抜け出せていた。
 決闘を楽しいとそう思えた頃にはきっと、──本当の私は、勝敗になんて、執着してはいなかった。
 ……只、私はあなたとデュエルをするのが好きなだけ、だった。

「俺のターン! ドロー! サイバー・ヴァリー、召喚!」
「攻撃力0のモンスター……何のつもりだ!? 既にお前のデュエルは終わっているのか!?」
「サイバー・ヴァリーのモンスター効果には、3つの選択肢がある!」
「……!?」
「俺は、第二の効果を選択! サイバー・ヴァリーと、サイバネティック・ヒドゥン・テクノロジーを除外し、デッキから2枚ドロー! 魔法カード、オーバーロード・フュージョン発動! 墓地のサイバー・ドラゴン3体とサイバー・バリア、サイバー・レーザー・ドラゴンを除外! キメラテック・フォートレス・ドラゴン、融合召喚! ──俺は未だ死なん! バトルだ!」
「……血迷ったか? 攻撃力ゼロのモンスターで!」
「キメラテック・フォートレス・ドラゴンが攻撃するとき、ダメージ計算を行わない! つまり、互いのモンスターは破壊されない……! だが、そのモンスター効果により、攻撃したとき相手に400ポイントのダメージを与える!」
「何……!」
「それだけではない……キメラテック・フォートレスは融合素材にしたモンスターの数だけ攻撃できる……! レインボー・ダーク・ドラゴンを攻撃! エヴォリューション・リザルト・アーティレリー! 第一打!」
「っうあああ……! ぐう……!」
「エヴォリューション・リザルト・アーティレリー! 第二打! 第三打! 第四打ァ……!」
「っぐああ……そんな……!」
「──トドメだ! エヴォリューション・リザルト・アーティレリー! 第五打ァ!」
「──亮!」
「カイザー、ヨハン……!」

 ──決して勝利には執着せずとも、──それでも、みすみすと敗北を受け入れる訳でもない。
 只、己の極致を目指し全力を叩き付けて、──限界の向こう側に在るものを見たかっただけ。──パーフェクトというかつての自分自身を、乗り越えてみたかっただけ。
 圧倒的な劣勢からも、限られた手札を駆使して最適解を導いていく亮は、──やっぱり、とんでもなく強い。
 それは、亮がデュエルを好きで、ずっとずっと弛まぬ努力を続けてきたからで、──天才だの秀才だのと持て囃されて皇帝として祭り上げられながらも、決して慢心せずに──どんな相手に対しても全力の決闘で応じるリスペクトデュエルの精神が、……結局、あいつの根っこにずっと根差しているから、だった。
 ──キメラテック・フォートレスの五回目のバーンダメージが通れば、今度こそ亮の勝利だけれど、──やがて、煙が晴れた先は、不敵な笑みでヨハンが立っていた。……やはり、彼の方にもそう易々と引き下がるつもりはないのだ。
 
「──!」 
「……気が済んだか? 手札を1枚捨てて、罠カード レインボー・ライフを発動していたのさ! このカードの発動前に、このターンで発生したダメージをすべて無効として、発生したダメージ分のライフを回復する! ……ッハハ、ヘルカイザー亮、お前の輝きは消えた! デュエルと共に消え失せろ!」
「……最後の、手札の1枚をセットして、ターンエンド」

 今度こそは決着かとそう思われたものの、──レインボー・ライフの効果により、この期に及んでヨハンのライフは3100まで回復してしまった。
 只でさえ亮はライフが1000を切り窮地に立たされているところに、一気にヨハンのライフが回復したことにより、翔くんは愕然と震えて、──最悪の想像を前に、彼は今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

「兄さん……もう分ったよ……兄さんの戦いへの執念は……! だからもういいよ、其処までして戦わなくて……!」
「……俺は死なない……この輝く瞬間を感じている限り、俺に死の闇は訪れない……瞬間は永遠となるのだ!」
「……亮、あなたは……」
「……っ! そうか……!」
「……嫌だよ、兄さん……」
「──泣くな! カイザーは、死ぬために戦っているんじゃない。逆だ! 自らの命を必死になって燃やし尽くし、生きていた証を、永遠に残そうとしているんだ!」
「え……」
「……翔くん、見てあげて、亮のデュエルを……」
さん……」
「この瞬間を、私たちは永遠に記憶し続けなきゃいけない……それが、私たちが今、亮のためにしてあげられる唯一のことだと、私は思うわ……」

 ──亮は、自分が死んでも私には亮のことだけを好きでいて欲しいと、……そんなことを、以前に言っていた。
 彼からそう告げられたとき、そして、自分が死んだら他の男に靡くのかとそう言われたときにも、──本当に、仮にも可愛い恋人に向かって、よくもまあそんな呪いを軽々と吐けるものだとそう思ったけれど、──末恐ろしいことにあれは軽口や悪い冗談ではなく、──亮にとっては、本心でしかなかったらしい。
 丸藤亮という決闘者が、此処に確かに生きていたこと、──彼が私にとって最強の宿敵で、──他の誰よりも、鮮やかな戦術を展開する、最高の決闘者だったことを、この瞬間に爪痕として確かに刻み込んで、──そうして、亮は私たちの記憶の中で、永遠の存在になる。
 ……本当に、酷い奴だ。こんなことをされてしまったなら、こんなにも色鮮やかなままで、あなたの生きていた色彩が私の中で永久に残ってしまったなら、──私は本当に、もう二度と他の誰のことも愛せなくなってしまう。
 亮のせいで私は生涯、心臓の奥に灯った仄明かりだけを頼りに生きていかなければならないと言うのに、──あなたってば、本気で、私がそうして生きることを望んでいたのね、亮。
 
 ──分かったわよ、……本当に最後まで仕方のない奴ね、私の可愛い宿敵は。
 ……それが亮の最後の望みだと言うのなら、……良いわ。
 だって、何か私にして欲しいことがあるなら、何でも叶えてあげるって先に言ったのは、……私の方、だものね。
 好きなだけ、持っていきなさいよ。──引導を渡してやれない代わりにせめて、──私の人生と魂はすべて、……あなたが、地獄に持っていくと良い。

「……フッ、良いだろう。この瞬間が永遠なら、永遠の苦しみを味わわせてやるさ! ドロー! ──バトルだ! レインボー・リフレクション!」
「──速攻魔法、次元誘爆! 自分フィールド上の融合モンスター1体をデッキに戻し、発動! お互いの、除外されているモンスターを可能な限り特殊召喚する!」
「! ……あの、カードは……」
「何……!?」
「そして、サイバー・ヴァリーの第一の効果を発動! サイバー・ヴァリーをもう一度除外し、デッキからカードを1枚ドロー! バトルフェイズを終了させる!」
「……チッ」

 ──次元誘爆、これは、以前にが俺へと譲ってくれたカード。
 俺のデッキと相性がいい筈だと言って手渡されたこのカードには、のエースモンスターである青眼の白龍の姿が描かれている。……確か、次元誘爆は彼女自身もデッキに入れていたはずだから、恐らくはその効果だけではなく、このカードの絵柄もは気に入っているのだろう。
 ──全く、自らのデッキを信じるらしい発想だが、……お陰で俺も、まるでこのカードのことを、彼女自身であるかのように思ってしまっている。──この状況で、俺にはこのカードが逆転の女神に見えていると言うのだから、焼きが回ったものだ。
 キメラテック・フォートレスによる逆転の可能性までをも潰されたこの局面で、──しかし、次元誘爆のカードが俺の命を繋いでくれた。
 そして、──次元誘爆によって呼び出したサイバー・ヴァリーの効果で引いたカードは、サイバネティック・ゾーン。
 サイバネティック・ゾーンは、自分フィールド上に表側表示で存在する機械族の融合モンスター1体を選択し、発動ターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する効果を持つカード。更に、ゲームから除外されていたモンスターがフィールド上に戻った時、サイバネティック・ゾーンの効果により、そのモンスターの攻撃力は倍の数値となる。

「もう見てられないノーネ……」
「このままでは、カイザーの身体が……」
「もう、駄目か……!」
「そんな……!」
「……駄目なんかじゃない、まだ亮の眼は死んでない……あいつのデッキには、まだ、あのカードが……」
「ああ。……まだある、カイザーの命を、今一度輝かせるカードが!」
 
 サイバネティック・ゾーンは、全てが切り崩された状況を打ち壊すほどの力を秘めたカードであり、──そして同時に、このターンでサイバー・ヴァリーの効果を使用したことで、デッキは1枚分圧縮され、──俺は次のターン、更にもう1枚、最後のカードを引くことが出来る。
 この盤面をすべて覆す効果を持つカードなど、決まり切っている。
 ──そうして、次のターンに俺が引き寄せたのは──。

「ドロー! ──フッ、マジックカード パワー・ボンド発動!」
「……!」
「亮……!」
「──パワー・ボンド!?」
「兄さん……!」
「──亮! やってやりなさい!」
「──ああ! 3体のサイバー・ドラゴンを墓地に送り、サイバー・エンド・ドラゴン、召喚!」
「……ぐう……!」
「──パワー・ボンドにより特殊召喚したモンスターは、攻撃力が倍となる!」
「……すげえ……!」
「──攻撃力、8000だと!」

 次元誘爆がデッキに入っていたことで、そして、パワー・ボンドを引き寄せたことで──此処まで、戦局を立て直すに至った。
 だが、──此処までやれたのならば、俺はもう十分だ。俺の信じる最強のカードであるパワー・ボンドとサイバー・エンドによってこの境地に至れたこと──そして、から受け取った次元誘爆がこの活路を開いたこと。……間違いなく、これが俺にとって最高のデュエルだったと、心からそう思う。──正しく最期の決闘に、相応しい。
 ……俺の最期のデュエルに、ヨハンまでを付き合わせるつもりはない。──共に居次元に消えるのは、ヨハンに取り付いている邪悪なる意志──ユベルだけで十分だ。

「──ヨハンに憑り付きし者よ! バトルに持ち込めば、お前も供に死ぬことになるぞ!」
「……!」
「ヨハンから離れろ!」

 ──もう、これでいい。ヨハンに憑り付きし者さえヨハンの身体から離れてくれれば、……俺の死により、この決闘はヨハンの勝利で終わる。
 最期に、と戦えず仕舞いだったことだけが心残りだが、……この身体で死に損なったとて、の相手は今の俺では満足に務まらんことだろう。
 ──だから、俺はこれでいいんだ、……最高の瞬間をに刻み付けてやることで、彼女の中で生きている俺はきっと、いつまでも鮮烈なままで、……そうして俺には、お前の魂を縛り付ける事も叶うのだから。

「……カイザーは、最後の力を振り絞り、ヨハンからユベルを引き離して、自らの命と引き換えに、デュエルを終わらせようとしているんだ……」
「そんな……!」
「……本当に、なんだかんだ言っても、面倒見のいい奴なんだから……これじゃ私だけが、悪者みたいじゃない……」

 ──しかし、ユベルに引き下がる気は無いようで、奴は安い挑発で俺の忠告を退ける。
 だが──お前がその気ならば、俺にも躊躇はない。……元より、鬼となろうと決めていたのだ。──その結果に、ヨハンが死のうとも、……俺は、決して引き下がらない。

「ッフッフッフ……その手は食わん。この男を、ボクごと殺してみろ」
「……フッフッフ……ヘルカイザーを舐めるなァ! バトルだァ!」
「──罠カード、カウンター・ジェムを発動! 墓地の宝玉獣と名の付くカードを、可能な限り魔法・罠ゾーンに置く! レインボー・ダーク・ドラゴンのモンスター効果! 自分のフィールド上の宝玉獣と名の付くカードをすべて、墓地に送る! 墓地に送った宝玉1個につき、レインボー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は、1000ポイントアップする!」
「これで、レインボー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は、9000……!」
「──マンマミーヤ!」
「そんな……!」
「──カイザー!」
「──どうした? レインボー・ダークで迎撃してやるぜ! お前の望み通り、永遠の苦痛が味わえるだろうよ! フッフッフッフ……ハハハハハハ!」

 ──心臓は激痛を訴え、今にも鼓動を止めようとしている。
 ──だが、それでも。──俺はこの死闘にどうしようもないほど高揚し、心臓は歓喜を刻んでいるのだった。
 目の前に立ちはだかる攻撃力9000のレインボー・ダーク・ドラゴンは、最期の敵に相応しい、間違いなく最強のモンスターだ。
 そうか、──これ以上の極点などは最早ないものかと思ったが、──お前がそのつもりならば、俺はもう一段階、上に行く切り札を、──この手に握っていた。
 
「さあ……遠慮するなよ、俺が地獄行きの手伝いをしてやるぜ!」
「フッ……俺に介錯は要らん。──速攻魔法 サイバネティック・ゾーン、発動! サイバー・エンド・ドラゴンを除外!」
「何……!? 自ら、バトルを終了させようと言うのか!?」

 最早立っている事さえも儘ならずに、俺はその場へと膝を着き崩れ落ちながら、サイバネティック・ゾーンを発動し、その効果によってサイバー・エンドは一度除外されるが──俺のエンド・フェイズに再び舞い戻り、──その攻撃力は更に倍の数値、──16000となる。

「──なんだと!? 攻撃力16000のサイバー・エンドだとぉ!?」
「ああ……!」
「スゲェ……!」
「……見事ナノーネ! カイザーは最期の力を使い、最高の輝きを見せてくれたノーネ!」
「……それでこそ、私のライバルだわ、……亮……!」

 ──パワー・ボンドは、俺の信じる究極の融合カード。──だが、力あるカードにはリスクが伴う。パワー・ボンドを発動した者は、特殊召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。
 ──そうだ、これでいい。
 俺はと、彼女以外の誰にも殺されてはやらんと、そう約束した。──ならば、最期は己の手で幕を引くのが、お前への誠意と言うものだろう。

「──決闘は終わった。俺の勝ちだ」
「──亮!」
「カイザー!」
「兄さぁん!」

 ──そうして、ユベルの決闘は、俺の敗北、──死によって、幕が引かれた。
 心臓が鼓動を止めるのを感じながら、その場に崩れ落ちる俺は、──最早、己に残された時間などは幾許も無いことを強く実感する。
 皆が俺に駆け寄る中、真っ先にその場を飛び出したは、──泣きながら、俺の側へと頽れて、手馴れた延命措置を施そうと反射的に試みるものの、……最早、それも意味を成さんことにも、彼女はどうしようもないほどに気付いてしまったのだろう。

「……亮、……良い、デュエルだった……だから、……だから……」
「……、……すまん、俺はお前に……」

 ──最期に、お前に何を言うべきだろう。
 最期に、──お前は俺に、何を言いたかったのだろう。
 恨み事でも言われるか、俺が言うべきは謝罪の言葉か、──或いは、……俺がお前に言いたかったのは、言って欲しかったのは……。

「──待て、ヨハン! ……いや、ユベル! お前、なんで……なんで、こんなことするんだ!」
「……あの男如きに、これほどの力を使ってしまうとは……お楽しみはお預けだ、十代……」
「ユベル!」
「──おっと、そうだった……お前はこっちに来るんだ、
「──え」

 ──それは、一瞬の出来事だった。
 振り向いたヨハンが不意に、へと向かってそう言葉を投げ掛けたかと思えば、彼女の身体を包むように突風が起きて、ぶわり、との身が浮き上がったかと思うと、──あと少しで俺へと触れるところにあった、彼女の手が、急激に遠ざかって──俺の頬に、ぽたりと冷たい雫を一滴だけ残して、──彼女の身体は、見えない力によってユベルの元へと引き寄せられていく。

「──!?」
「……十代、上で待っているよ……」
「──待て! ユベル! どうしてさんを!?」
「待て……! を返せ……! ──ユベル!」 

 力の入らぬ指先を必死で伸ばしたところで、あっさりと空を掻き、──もまた、必死に俺へと手を伸ばすものの、その手は届かずに、──は、悲痛な声で叫んで、──叫んで。

「──亮!」

 ──彼女は、そのまま、──門の向こう側へと、引きずり込まれた。
 その場に、死にゆく俺だけを残して。


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