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「──、残念だけどもう猶予はない……俺と一緒に来てくれ」
「■■……? 何を言っているの……?」
「もう駄目だ、……天上院が死んで、その妹も、万丈目も死んだ……その上、丸藤だって死んだ!」
「……なにを、いってるの……? 亮なら、其処に……」
「……、落ち着いて聞くんだ。……丸藤は……」
「……どうしちゃったの? ■■……」
「……、……丸藤は、もう死んだんだよ……」
「……いや、やめて……」
、……このままお前を置いてなんて行けない。……お前の心の部屋は、もう……破滅の光を抑え込めない……」
「……そんなこと、ない……」
「駄目だ、……今すぐ、全部忘れよう、。……そうじゃないと、お前は心の闇に圧し潰されるか、破滅の光に食われるか……」
「忘れる、って……?」
「全部だよ、……全部忘れよう、天上院と妹、万丈目、丸藤……何もかもを忘れて、……俺と共に行こう」
「……何処に?」
「ダークネスの元へ。──おいで、

 若草色の髪で、白い制服の──彼、■■■■──もう少しで名前が思い出せそうな、あのひとが、──紫色の目をした、あなたが。私に手を差し伸べて、──全部忘れろって、そうすればきっと楽になれるんだって、──ダークネスは、私を永遠の孤独から救ってくれるんだって。
 ……それって、ほんとうに?

「──行こう、

 ──彼の手が私をの指先を掴む。──駄目だ、私は亮と約束したのに。──あなたのことを、死ぬまで忘れないって、ずっと好きでいるって、──ずっとずっと、忘れないって、──確かに、そう約束した。
 ──約束、したのだ。
 ……一体、誰と?


「──! 起きるんだ!」
「……っ、う……うん……」
「! ……目覚めたか、我が主よ!」
「……かいばー……まん……」
「……寝ぼけているところ悪いが、……立て、我が主よ。……オレは決して、無抵抗なままで主を死なせるわけにはいかんのでな……」

 ──いつの間にか、私は意識を失っていたらしい。
 ……一体、今の夢は? 何時も夢で逢う、すっかり見慣れてしまった彼との夢だったけれど……彼はなんだか慌てているようで、いつもよりも様子がおかしかった。
 どうして彼は、こんなときにダークネス──吹雪へと憑り付いていたセブンスターズのあの男の話を、私に聞かせていたのだろうか。
 それに、──どうして、今目の前にいるカイバーマンは、私をその背へと庇っていて、──どうして、私は彼の背後に倒れて、意識を失っていたの?

「……カイバーマン……? 一体、誰とデュエルを……この世界での決闘は、精霊のあなたにだって、ダメージが……」
「……よく聞け、。──今すぐに、此処から逃げろ。オレのことは構うな、振り返らずに走れ、要塞の扉を抜けてから青眼の背に乗り、出来る限り遠くへと逃げるのだ」
「……逃げるって、なに……? 一体、どういうこと……?」

 混濁する記憶、読めない状況、──厳しい口調で、されど焦燥を滲ませるカイバーマンのデュエルの相手は、一体誰?
 どうして私は倒れて、意識を失って、──そもそも、最後に私の記憶に残っているものは、……私が最後に見た、光景は……。

「──やあ、お目覚めかい? 
「……ユベル」

 ──そうだ、思い出した。
 亮とユベルのデュエルが終わった後で、私は慌てて亮の元へと駆け寄って、必死で彼の心臓を叩き起こそうとしたけれど、……やっぱり、もう遅いということが、嫌というほどに分かってしまって、……だからせめて、最期に何か言ってやらなければならないと、……亮が、決して後悔なく逝けるように、……あなたは立派だったと、これからもずっと私のライバルはあなただけだと、大丈夫だって、恨んでなんかいないって、……ずっとずっと、大好きだ、って。
 そう、言おうとしていたことを何ひとつ伝えられないままで、──私は、ユベルの手によって門の中へと引きずり込まれたのだ。
 ──亮の最期を、見届けることも許されずに。

「──ユベル! あなた……!」
「おっと、……順番に相手をしてやるから、落ち着きなよ。……全く、君は良い精霊を持ったな、カイバーマンが居なければ、もっと早くお前を取り込んでやれたのに……」
「何を、言って……」
「よかったじゃないか、誇ると良い。……まあ、その分君は、恋人には恵まれなかったようだけど……」
「! なんですって……?」
「──、奴の挑発に乗るな」
「カイバーマン! でも……」
「オレの言うことを聞け、
「……待って、カイバーマン、あなた……どうして、身体が透けて……」
「頼む、……逃げてくれ、……不甲斐ない従者で、すまなかった……」

 ──そう言葉を言い残したきり、カイバーマンが光の粒子となってその場にて消えてしまったことに私は絶句し、──そして、急速に事態を理解する。
 見覚えのないこの場所──カイバーマンの言葉によれば要塞の内部、霧の深い鍾乳洞のようなこの場所に、ヨハン──いや、ユベルは何か目的があって、私を攫ってきたらしい。
 そして、気を失っている私に危害を加えようとするユベルから私を護る為に、カイバーマンはユベルとの決闘を行って、──そして、カイバーマンはユベルに敗北し、──私の目の前で、この世界から消滅したのだ。

「ユベル……お前、よくも……!」
「フフフフフ……逃げなくていいのかい? ……君の従者は、君を逃がすために戦っていたようだけれど……?」
「……あなたの方こそ、一体私に何の用?」
「さあ? ……用なんてないのかもしれないね、只、君とヘルカイザーとの別離を邪魔してやりたかっただけかもしれないなァ……?」
「……軽口を叩くのはやめなさい、……殺されたいの?」
「ッハハハ! ……俺を殺せるのか? お前に?」

 ──落ち着いて、この状況を見極めろ、
 今この場に居るのは私一人で、十代たちはあの場所から攫われずに済んだらしい。恐らくは、私だけがユベルの手で此処まで連れて来られて──そして、私の精霊としてこの世界に顕現していたカイバーマンは、既に消えた。……でも、恐らくデッキにはまだカイバーマンのカードがあるはず。……そうだ、カイバーマンは殺されたわけじゃない、……しかし。
 ──人懐っこい笑みが印象的だった、ヨハンの顔を歪めて笑い、憎らしく笑う目の前の男は。
 ユベルは、──亮を決闘で下し、──そして、恐らく、……亮は、もう……。

「──まあ、良いか。此方にも時間が無いんだ……もうじき、十代が此処に来る」
「……十代が……?」
、君は異世界に来てから妙だと思わなかったかい? 確かに彼らは十代の周囲を飛び回る目障りな羽虫だったけれど……同時に、君にとっての友人だったんだろう? 
「……何を、言っているの、ユベル」
「吹雪、明日香、万丈目、エド……すべて、君の大切な相手だったんだろう? ……どうだった? 彼らを失った気持ちは……ボクに大切なものを壊された気持ちは?」
「……ユベル、お前」
「まあ、何よりの目的は十代にボクの愛を分かって貰うことだったけれど……そのついでに、彼らを利用して君の心の闇を増幅してやることが出来た。……、君の心の闇は素晴らしい……君がずっと押し殺してきた痛み、苦しみ……それらはこの世界で解放された。──そうだ、俺がお前の闇を解放してやったのさ!」

 ──ユベルの言っている言葉の意味が、まるで理解できない。
 いや、違う。──これは、本能的に理解を拒んでいるのだ。
 だって、ユベルの言っていることが確かなら、……ユベルは十代を傷付ける為、そして、私の心の闇を増幅させる為に、わざわざ、──その為だけに、吹雪や明日香、準を殺したって、エドは死ぬことになったんだって、……まさか、ユベルはそう言いたいの? ……どうして、そんなことを、……一体、何の意味があって……?
 
「……一体、何の為に……」
「決まっているだろう? 十代と戦うために、ボクは力を得なければならない……、君の抱えた心の闇ならば、十代と傷付け合う力を得るための糧に相応しいからさ!」
「……糧?」
「その通りだ。……まあ、ヘルカイザーのせいで無駄な体力を使ってしまったからね……想定外の事態もあったけれど、……お陰で君の心の闇は更に潤った、無事に収穫の時期を迎えたから、此処へと連れてきた訳さ」
「…………」
「さて、。……どうだった? ボクに愛する男を殺されて、悔しかったか!? !」
「──お前、人の命を何だと思っているのよ!」
「ッハハハハ! 俗人どもの語る善悪など、ボクの知ったことか!」
「殺してやる……お前は絶対に、私が地獄に叩き落す! ──決闘よ、ユベル!」
「説教の舌の根も乾かぬうちに、殺意を振りかざすとはね! ──良いだろう! ──君の心の闇、じっくりと味わってあげるよ、!」

 ──カイバーマン、ごめん。あなたが身を挺して私に残してくれた逃げ道だったのに、……私、言うことを聞かずに壊してしまった。
 それに、夢で忠告してくれたあなたも、──ごめんね。ダークネスの元に行くと言う彼の言葉の真意は、私には理解できなかったけれど、──でも、きっと、彼は目を覚ました私が直面するこの過酷な現実を、──精霊・ユベルと殺し合う展開を知っていたからこそ、私を何処かに逃がそうとしてくれていたのだろうと、そう思う。
 ……吹雪も、明日香も、準も、ごめんなさい。あなたたちが消えてしまったときに、せめて私や亮が傍に居たのなら、事態は幾らか変わっていたのかもしれないのに、──私が身勝手な行動に走ったばかりに、何も出来ずに死なせてしまったこと、……本当に、ごめんね。
 エドも、ごめんね。──あなたは誰かのための犠牲になった訳じゃないって、エド自身が最期にそう言ってくれたって言うのに、──ユベルに好き勝手なことを言わせてしまって、本当にごめん。
 それと、──亮、ごめんなさい。
 私、あなたのことを忘れないままで、この先の人生をちゃんと生きるって、あなたとそう約束したのに、──こうして結局は、簡単に命を賭けようとしている。こういうの、私の悪い癖だってあなたは何度もそう言っていたのにね。
 それでも、──このまま、あいつに好き勝手な真似を許すわけには行かない。私の大切なものを踏み躙り、亮との最期の決闘の機会どころか、亮を送り出してやる機会までをも悪意で奪い取ったあいつを、──更には、これから十代に手を出そうとしているあいつを、──このまま、只で生かしておくわけには行かない。

「「──決闘!」」


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