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「──私のターン! ドロー! 私は手札の青眼の白龍を相手プレイヤーに見せることによって、手札から青眼の亜白龍を特殊召喚する! 更にカードを2枚伏せて、ターンエンド!」
「ボクのターン! ドロー! ボクは永続魔法 トライアングル・フォースを発動! このカードが発動した時、デッキから同じカードを2枚選択し、発動することが出来る! この3枚の永続魔法を墓地に送り、降雷皇ハモンを攻撃表示で特殊召喚する!」
「──!?」
「──出でよ、降雷皇ハモン!」
「三幻魔のカード……!? どうして、ユベルが……!」
「君はかつて、学園の為にこのカードを必死で守り抜いたんだろう! ボクの愛しい十代の御仲間面をしてくれた君に、これはほんのお礼さ!」

 ──そうして幕を開けた、ユベルと私の決闘は、互いの初動から激しい展開となった。私はブルーアイズモンスターを速攻展開し、盤面を固めて行くものの、──ユベルは何と、降雷皇ハモンを始めとした三幻魔のカードが組み込まれたデッキを使用してきたのだ。
 ──てっきり、ユベルはレインボー・ダークを展開してくるものとばかり思っていた私は、思わず一瞬動揺したけれど、──それでも、必死で心を落ち着けて、慎重な戦術を展開してゆく。

「……ユベル、あなたはどうして、其処まで十代のことを……」
「それは君も同じだろう!? ──只、愛しているからさ! 愛し合うって言うのは、傷付け合うってことだ! 君だって、愛しの彼とそうしていたじゃないか!」
「……ユベル……?」

 ──私は、ユベルという精霊のことを何も知らないし、……奴にどんな事情や道理があろうとも、──私は決して、ユベルを許さない。
 しかし、……そうだとしても、此処まで十代を付け狙う理由を、十代の先輩として、私は知っておきたかった。
 十代を絶望に突き落とすためだけに、十代の仲間たちを一人ずつ殺して、十二次元を統一し、彼を覇王に祭り上げて、自らの元まで導いた──そして、憎らしいことに、その作戦の中で万全を期そうとでも思ったのか、私という“非常食”までを周到に用意していたというその徹底ぶりは、──幾らなんでも、個人への執着としての常軌を逸している。
 ……デュエルモンスターズの精霊というものは、私にとって身近な存在で、……私の知る彼らは皆一様に、自分の使い手である決闘者のことを、心から愛していた。
 それは私の青眼の白龍も、──身を挺して私を守ってくれた、カイバーマンも同じこと。亮のサイバー・エンドも、吹雪の真紅眼も、準のおジャマトリオたちも、ヨハンの宝玉獣たちも、十代のヒーローたちとハネクリボーも皆一様に、──皆が、一様に彼らのことを大好きだった。
 ……でも、ユベルは、十代のモンスターであり彼の精霊だと言うのに、……彼らとは明らかに違う、異常な欲望を十代に向けている。
 
 しかし、それは、……果たして、単純な憎悪だと切り捨てられるようなもの、だろうか?
 ──私は、異世界を訪れるよりも前、こんなことになってしまうとは知らなかったあの頃に、──ユベルはもしかすれば、私と少し似ているんじゃないかと、……そう、思っていたのだ。
 ユベルもまた、──常軌を逸した愛情の為に、──十代の首を狙っているんじゃないか、と。
 
「……愚かだよ、君たち人間は、それしか愛し合う術を知らないんだから……更にボクは、手札抹殺を発動! 互いのプレイヤーは手札をすべて捨て、その枚数分ドローする! ──さあ、カードを棄てろ! !」
「……っ」
「バトルだ! 降雷皇ハモンで攻撃! 失楽の霹靂!」
「リバースカードオープン! プライドの咆哮! 戦闘ダメージ計算時、自分のモンスターの攻撃力が相手モンスターより低い場合に、その攻撃力の差分のライフポイントを払って発動! ダメージ計算時のみ、自分のモンスターの攻撃力は相手モンスターとの攻撃力差の数値プラス300ポイントアップする! ──迎撃してやるわ! ユベル!」
「──それはどうかな!? 装備魔法、エターナル・リバース発動! 降雷皇ハモンに装備! このカードの効果により、1ターンに1度、相手フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚をセットした状態に戻す事が出来る! ──ボクは、プライドの咆哮を元に戻す!」
「──!」
「この効果でセット状態に戻ったカードは、このターン発動する事は出来ない! モンスターを失った上、ライフまで無駄に失うことになったな、! ボクはこれでターンエンド!」
「……っ、く……!」

 ユベルの召喚したモンスターが私の青眼の亜白龍の攻撃力を上回ったとしても、カウンターで跳ね返そうと考えてセットしていたプライドの咆哮だったけれど──この分では、まずはエターナル・リバースを破壊しなければ、私の攻撃どころか妨害は簡単には通らない。
 ──それでも、何も得ずに敗北するなど決して許されない。此処で簡単に引き下がってしまったら、──私は、ライバルとして、亮に顔向け出来なくなってしまう。

「攻撃力4000の降雷皇ハモンの前では、君の可愛らしいドラゴンなど到底及ばない! ──さあ、もっと心の闇を見せろ! !」
「──あら、たったの攻撃力4000? 随分と可愛いモンスターなのね」
「何ィ……!?」
「私を倒したいのなら、16000くらいは持ってきなさい! ──私のターン! ドロー! 私は手札から、カオス・フォームを発動!」
「カオス・フォームだと……!? 儀式召喚の魔法カードか!」
「効果により、レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、自分の手札・フィールドのモンスターをリリースする! 私は手札から深淵の青眼龍をリリースし、手札から“カオス”儀式モンスター1体を儀式召喚! ──ユベル! どうやらあなたには完全なる敗北という鞭を振り下ろしてやらないと、十代の足枷は外れないようだわ!」
「何だと、貴様ァ……!」
「──出でよ! ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン! ──カオス・MAXで降雷皇ハモンに攻撃! 混沌のマキシマム・バースト!」
「馬鹿な、攻撃力4000同士では、相打ちだ……!」
「更に墓地から深淵の青眼龍の効果発動! 墓地に存在するこのカードを除外することで、自分フィールドの全てのレベル8以上のドラゴン族モンスターの攻撃力は1000アップする!」
「何だと!? ──っくう……!」
「4000程度で粋がるんじゃないわよ! ──私はこれでターンエンド!」

 プライドの咆哮が空打ちになったことで、1000のライフを無駄に失いはしたものの、其処から畳みかけてどうにか降雷皇ハモンの撃破には成功した。
 私のライフは残り2000。そして、このターンでユベルのライフを3000まで削ったが、このペースでライフを削りながら戦っていたのでは、到底保たない。──しかし、ユベルはその後のターンに神炎皇ウリア、幻魔皇ラビエルを立て続けに召喚するのだった。
 私は残り二体の幻魔に対して、冷静な対応に努め、ダメージを極力は抑えながら撃破まで持ち込みはしたものの、──流石に、決闘でのダメージがすべて実体になる異世界で、──増してや、今のこの状況──皆を失い、孤立無援でユベルと対峙した状態で、世界を破壊するだけの力を持つカード・三幻魔を相手にすると言うのは、──流石に、私でも骨が折れる。
 破滅の光と心の闇を抑え込んだままで、失意の中、三幻魔と戦えだなんて、──幾らなんでも、滅茶苦茶だ。
 尤も、それもすべてユベルの策略なのだろうけれど、──唯一ユベルが知らないとすれば、私が破滅の光を抱えているということだろう。ユベルは闇に連なる使徒であるからこそ、心の闇には敏感だが──恐らく、光と相対する奴には、私の心の部屋に居る先客の存在を察知することは出来ないのだ。

「──、君もそろそろ実感できている筈だ。……君の中にある心の闇の胎動は、今にも君を食い破って噴き出しそうになっている……そうだろう?」
「……っ、く……」
、君は炉心なんだ。……今にも爆ぜてしまいそうな、危うい君を……ボクが美味しく食べてあげるよ」

 ──ユベルの言っていることは、多分、本当だ。
 どんなに表層を取り繕い、闇になど屈しないと吼えたところで、──誰の心にでも存在する闇を、容易く打ち払えるわけではない。
 ……現に夢の中の彼も、何度も私に忠告していた。これ以上、心の闇を貯め込むと破滅する、と。
 だと言うのに、今の私は、魂を守護するカイバーマンの支援が望めないどころか、──私の生きる目標はもう二度と叶わないのかもしれないと、そんな絶望の前に、立たされてしまっている。
 ──あのあと、亮は本当に死んだのだろうか。
 私はきっと、それを自分の目で確かめなければならなかった。……そうじゃないと、例え元の世界に戻ったとしても、日常に帰ったとしても、──私はいつまでも亮の死を受け入れられずに、亡霊に憑りつかれて生きることになる。
 何も、彼を過去にしてしまおうとなんて思っていなかったけれど、それでも、──彼の記憶を抱えたままで共に未来へと進むためには、私は亮の最期を見届けなければならなかったのに。
 ──それなのに、その機会は最早、永遠に刈り取られてしまったのだ。

 もしも、私がユベルの言う通りに、──このまま、心の闇に意識を食われたのならば、──私は、ユベルにとって格好の餌食となるのだろう。
 それを回避できたとしても、──今度はきっと、心の闇を餌にして復活した破滅の光が、私の意識を飲み込む筈だ。
 ……そうすれば、かつての斎王のように破滅の光の使者となった私は、再度ユベルと戦おうとするのか、或いは、──新たな覇王としてこの世界に君臨するのだろうか。
 考えなさい、。──この決闘における、最適解は、一体何処にある?
 怒りのままに復讐心を振りかざすのが、──果たして、私のすべきことなのか?
 違う、私に今出来ることは、──勝利と敗北、どちらに転んでも、最早、闇に呑まれるか光に食われるかの選択肢しか残っていないと言うのならば、──私が選ぶのは、──例え刺し違えてでも、確実にこの場でユベルを地獄に連れて行き、そして私もまた十代にとっての障害にならないように努める、第三の道。
 勝利や敗北というこだわりの向こうに在る、──未来へと、バトンを渡すための道が、確かに目の前に存在していることに、──私は、気付いてしまったのだ。
 
「──良い顔だ、! ボクが憎くって堪らない……愛する者を殺したボクを、殺して踏みつけてやりたいって目だ、!」
「……だったら、どうだと?」
「ッフフッフ……本当は、君だって分かっている筈だ……復讐したって、彼が帰ってくるわけじゃない! ヘルカイザーはもう死んだ! ボクが殺してやったのさ!」
「そうね、復讐したって亮は帰ってこない……その通りだわ。──でも、どうせ帰ってこないなら、復讐した方がスッキリするでしょう? お前をぶっ飛ばして後輩を守って、あいつよりも私の方が強いって証明するのよ! この決闘は、それ以上でも以下でもないわ!」
「アッハッハハ! ──本当に、愚かだな! そうやって、殺意を振りかざして闇を解放すればいい! ボクはそれを待っていたんだ! ──ボクのターン、ドロー! ボクはトーチ・ゴーレムを召喚! 自分フィールドに“トーチトークン”2体を攻撃表示で特殊召喚する事によって、相手フィールドに特殊召喚できる!」
「……何を……!?」
「そして、2体のトーチ・トークンを生贄に、ユベルを攻撃表示で召喚!」
「! ……ユベル!? まさか、自分自身を……!」
「見せてあげるよ、……本当のボクを……! 君の悍ましい本性をボクに見せてくれた礼だ! 本当の愛を君に教えてあげる! ──ボクはユベルで、青眼の白龍を攻撃する!」
「!? ──ユベルの攻撃力はゼロのはず……! 一体何を!?」
「──ユベルの特殊効果! このカードが戦闘を行う場合、発生するダメージはすべて相手が受ける!」
「……何ですって……!?」

 ──私の場には今、リバースカード 威嚇する咆哮が伏せられている。
 これを発動すれば、戦闘ダメージ計算を行わずにバトルフェイズを強制終了し、次のターンまで繋げることが出来るけれど、──でも、……もう、私は気付いてしまった、……私が破滅の光を受け入れたのはきっと、……すべて、このときの為だったのだ、と。

「──さあ、遺さず食べてあげるよ、!」

 残りライフもわずかな状態で、青眼の白龍の攻撃力分のダメージ──3000の打撃を思い切り食らえば、……幾ら私が亮とは違って健康体だったとしても、……それはもう、立ち上がれないくらいに痛くて、──ああ、私も此処で死ぬのだと実感した瞬間に、心の部屋から噴き出したふたつの気配を、──私は、確かに感じた。
 それは、愛する人たちを失ったことで膨れ上がっていた心の闇と、──そして、私の中に残留し続けていた、破滅の光。
 
 ──ユベルはかつて宇宙空間にて、破滅の光を浴びせられたことで激しい苦痛を覚えて、邪悪の使者へと変貌したのだと、以前に鮫島校長が言っていた。
 ──ならば、恐らく、──ユベルにとって、心の闇がご馳走であるのとは真逆に、──ユベルにとって、破滅の光は劇薬である筈だ。
 
 つまり、私が心の闇を解放し、破滅の光に身を委ねることで、──ユベルは知らず知らずのうちに、捕食した心の闇と同時に破滅の光を体内へと取り込むこととなり、──恐らく、そうなれば、苦しみもがいて奴は死ぬ。
 ──宇宙の危機を導く破滅の光の残滓と、十代を殺そうとしているユベルを、私が此処で纏めて始末した上で、私の身体を破滅の光に渡さない、たった一つの方法。
 ──私がこの世の破壊者とならずに、……亮に望まれた通り、人間の理に収まったままで、生涯を終える唯一の方法。
 
 それは、──私という炉心をユベルに取り込ませて、此処で奴と心中するという、第三の選択肢に他ならなかった。

「っぐ、ああああ……! 貴様、一体、何をした……!?」

 私の思惑通り、私の心の闇を喰らい尽くそうとしたユベルは、その中にあった破滅の光をも同時に体内へと取り込み、内側から光によって焼かれる激痛に絶叫し、その場に崩れ落ちる。
 
「ふ、ふふ、……やっぱり、知らなかったのね。……私、破滅の光の使者とやらなんですって……あなたとは相性が最悪ね、ユベル?」
「貴様、よくも……! 、貴様だけは……! ボクが手ずから、地獄に送ってやるよ!」
「──っ! く、ああっ!」

 ──決闘の勝敗はとっくに着いた後で、きっと私は放っておいても、これから光に融けて消えるのだろうに、──それでも、それしきの痛みでは私を赦してはおかないとそう言って、ユベルは、洞窟の岩場に崩れ落ちた私の身体を思い切り蹴飛ばすと、──そのまま、崖下に向かって私を突き落とした。

「──あ」

 ──墜ちる、多分、この高さから落ちれば、──まず間違いなく、私は死ぬ。
 ……まあ、どのみちユベルとの決闘に敗北した私は、此処で死ぬ運命だったのだろうし、もうその結末は覆らないのだろうけれど、……そうか、死ぬのか、私は。
 この決断に間違いはなかったと、──此方に来てからはずっと、亮の為にばかり立ち回って、十代たちにとって先輩らしいことなど何ひとつ出来ていなかった私だけれど、──もしも、ユベルを今のダメージで殺し切れていなかったとしても、十分すぎる打撃は与えられたはずだし、何よりも破滅の光との因縁を、此処で完全に断ち切ることも出来た。……大丈夫、あとはきっと、十代が上手くやってくれる。
 亮との約束をこんな形で叶えたことを、地獄であいつに知られたなら、──亮は、怒るだろうか。こんなにすぐに会いにきたこと、きっと亮は呆れて怒って、あいつの機嫌を損ねた私は、また嫌味を言われることだろう。
 ……でも、許してよ。少しくらいは、先輩らしいことがしたかったの。あなたのことで嘘を吐いて騙して欺いて、たくさん酷いことをしてしまった分、最期に翔くんたちの力になりたかったの。
 私は、本当に酷い奴だから……あなたとは違って、こうして誰にも看取られることもなく、暗い場所、ひとりぼっちで死ぬことになってしまったけれど、──許してよ、亮。
 だって、──あなたのいない世界なんて、寂しいもん。


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