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 異世界でユベルに囚われていた僕達が、無事に元の世界へと帰還出来たのは、十代くんが身を挺して僕達を助け出してくれたお陰だった。
 だと言うのに異世界での僕たちは、彼の友情を疑ったりして、──特に僕は、彼らの中では年長者だったと言うのに、……それなのに僕は、皆を元気付けたり不安を取り除くどころか、彼の為に何もしてあげられなかったな。
 そして、そんな己の不甲斐なさに打ちひしがれる僕へと追い打ちをかけるように、──現実世界に戻った僕は、親友たちが──亮とが異世界でのデュエルで死んだことを、翔くんやクロノス先生から聞かされたのだった。

「……え……?」
「……兄さんは、ヨハンをユベルから助け出して、アニキを立ち直らせるために、必死で戦って……」
「……でも、異世界で死んだはずだった僕たちは皆、此方に帰ってきているだろう? それなら、亮だって……」
「……兄さん、ずっと心臓を悪くしていたらしいんだ。……だから、最期は本当に、立っているのも苦しそうで……」
「そんな……だが、は? 彼女が、どうして……」
さんも、ユベルと戦って、……それで、最期は崖から突き落とされたんだって、ユベルが、言ってた……」
「……そう、か。……ありがとう、翔くん……つらいときに、僕に事情を話してくれて……」
「ううん……吹雪さん、大丈夫……?」
「……大丈夫さ。翔くんも、何かあったら僕に相談するんだよ。……亮は昔、僕の代わりに明日香の兄さんをやってくれたからね。……今度は、僕の番だ」

 肩を落とす翔くんに向かいそう言って慰めながらも、──本当の僕は、果たして、今の僕にそんなことが出来るのだろうかと、……そう、考え込んでしまっていた。
 だってさ、──決闘を誰よりも愛していたあの二人が、決闘の最中で死んだ、なんて。
 そんな酷い話が、……あっていいのか? ……良いわけがないだろう? ……信じられる訳が、受け入れられるはずがないだろう。
 それも、亮は心臓を患った末に苦痛の中で──に至っては崖から突き落とされて、最期を迎えただなんて、──どうして、彼らがそんなにも凄惨な目に遭わなければならなかったんだ?
 頼る者など何も無かったあの異世界で、そのような逆境の中で、それでも、最期の瞬間まで、誇り高く。──命を賭して生存者たちを護り抜いて散った親友たちに比べて、……僕の、なんと情けなかったことだろう。
 ──もしも、あの時に心が折れてしまわなければ、強い気持ちで前に進めていたのなら、……何か、何か一ミリだけでも、この結果を揺るがせたんじゃないかって。
 ……そんなもしもの話をしたところで、もうどうにもできやしないと、分かっていたとしても。……物分かりが良くなんて、なれないよ。
 
 ──は、知っていたのかな。亮が、病に蝕まれていたことを。
 僕は全然、そんなことも知らなかったけれど、……いや、でもあいつなら、にだけは話していたんだろうなあ。
 亮って、のことを危険から遠ざけたがるくせに、──それ以上に、彼女にだけは隠し事をするのが心底嫌だったみたいだから。……彼女の為に隠しておきたかったとしても、最後まで黙っていることは難しかったんじゃないかな、あいつにはさ。
 ふたりが異世界に来ていたことすら知らなかった僕には、彼らが何を思って異世界を訪れていたのかも、それがどれほど壮絶な最期だったのかも知る由はなかったけれど、──でもね、これだけは、分かるよ。
 きっと彼らは、──勇敢に、立派に、戦い抜いたのだ。
 ──僕とは、違って。

 亮と──そして三沢くんとアモンくんの捜索は現在も続けられていて、特にが失踪していることで海馬コーポレーションの捜索班までもが動いてくれてはいたけれど、何しろ一連の騒動のすべては異世界で起きた出来事だったから、海馬コーポレーションの力を持ってしても、捜査は難航している様子だった。
 僕は、きっと彼らは生きて帰ってくると信じたかったけれど、──僕らの中には日に日に諦めだとか、そう言った気持ちも、生まれてしまっていたのかもしれない。……或いは、失った人たちを引き摺るよりも、生き残った責任を果たすためにも前に進もうと、そんな心境に達しつつあったのかな。
 ──それでも、僕はずっと、彼らが好きだった灯台の元に、毎日足しげく通い詰めて花を供えては、夜の海を眺めて彼らのことを考えていた。
 それは何も、灯台を彼らの墓標に見立てていた訳ではなくて、かつて僕がダークネスによって失踪していた頃、なんでも明日香は祈りを捧げるように、僕の無事を願って廃寮に花を供えてくれていたらしいのだ。
 だから、僕もそれを見習ってみたかったのだけれど、──当時の明日香は、廃寮に立ち入ったことで、闇の決闘者であるタイタンとの闇のデュエルに巻き込まれてしまったわけだし、それと全く同じことしたのでは、兄妹揃って何を考えているんだと彼らに叱られそうだったから、僕は廃寮ではなく、彼らが好きだった灯台をその場所に選んだのだった。
 
 あの頃、きっと、明日香と、──亮とは、僕のことを諦めないでいてくれたんだろうな。
 だったら僕も、諦めてはいけないんだと、二人が帰ってくることを信じ続けるべきなのだとそう思っている。
 ──でも、一体僕には、信じる他に何が出来るって言うんだろう。僕はや十代くんたちとは違って、精霊が見える訳ではないし、精霊界への扉を開いて、彼らを助けに行くことが出来る訳でもない。
 ──それに、彼らは死んだのだと、翔くんも、クロノス先生も、……その場に立ち会った皆が、そう証言していると言うのに。

 ──しかし、そんな僕の孤独の日々は、唐突に終わりを迎えた。
 それは、僕たちが異世界にから戻ってきてから一ヶ月ほどが過ぎた頃。──あの後、旅に出ていた十代くんも戻ってきて、皆の置かれた環境が徐々に変化しつつも、幾らかの日常も戻ってきていたその夜、──自室でアルバムを広げていた僕は、島が震えるほどの龍の咆哮──妙に懐かしいその声を聞いたような、……そんな気がした。
 ──一体、今のは?
 そう思って、僕が慌ててオベリスクブルー寮の自室を飛び出すと、廊下には最近ブルー寮に復帰した万丈目くんが居て、同じくブルー寮に昇格した翔くんの部屋の扉を叩いて、大声で彼を呼んでいるところだった。

「──万丈目くん!」
「師匠!」
「今のは一体……? ドラゴンの咆哮が聞こえなかったか?」
「師匠にも聞こえたんですか!? 俺とおジャマ共も確かに聞いて……それで、おジャマイエローの奴が、今のは青眼の白龍の声じゃないかって言いやがって!」
「……青眼の、白龍の……?」
「俺も確かに、青眼の咆哮に似ていると思ったんです! ──師匠は!? 師匠なら、青眼の咆哮も聞き慣れていますよね!?」
「──ああ、確かにあれは、青眼の白龍の咆哮だ……! 万丈目くん!」
「行きましょう、師匠! ──おい、翔! お前も手を貸せ!」
「……ああ、行こう、万丈目くん……! ──きっと、彼女は灯台に居る!」

 もうこの世界では僕にその姿は見えなかったけれど、万丈目くんの精霊であるおジャマイエローの先導の元、皆で声の聞こえた方向へ向かって彼女を探しに、ブルー寮を飛び出したとき、──考えるよりも先に口から転げ出た、彼女の所在について、──何故、あんなにも確信を持って僕がそんなことを言い切れたのかは分からないけれど、──それでも、君がこの島で一番好きな場所は、灯台か、廃寮か、──その二択に、決まっているもんな。……だったら、やっぱり先程の咆哮が聞こえた場所なんて、決まり切っているよ。
 ──そうして、とうに陽の落ちた夜、遠くに見える灯台の明かりに向かって走る僕たちは、──やがて、暗い海を照らしている輝きの正体が灯台の明かりよりも白く輝く、別の光彩であることに気付いた。
 白い光は激しく強く、灯台の柔らかな光を容易く上書きする。その光源は、確かに竜の形をしていて、──もう一度、泣き叫ぶかのような咆哮が島中に轟いたそのとき、──僕たちは其処に、ひとりの人影を見つけた。

「──吹雪さん! 万丈目くん! あれって!」
「ああ……間違いない!」

 ──僕が、僕達が、彼女の姿を見間違える訳なんて、ありっこない。
 僕達が駆け付けたことで、やがて光の翼は弾けるように消えてしまったけれど、──でも、僕には、精霊が見えないから。もしかすると、あのときに、──まだその龍は其処に居て、彼女の魂を守護していたのかもしれないと、──そう、思うよ。

「──!」

 傷だらけでぐったりと倒れこむ彼女に意識はなく、──しかし、そっとその身体を抱き起こして呼吸を確認すると、──は、ちゃんと息をしていて、……彼女の心臓は、弱々しくもしっかりと脈を打っていた。

「あ、……ああ……! ……良かった……君が無事で……!」
「酷い怪我だ……早く保健室に連れて行かないと!」
「ああ、俺が保健室まで……」
「いや、僕が運ぼう。……もう少しだけ頑張ってくれ、!」
「──吹雪さん!」

 の身体を横抱きに抱え上げて、僕は必死になってその場から駆け出す。──頼む、お願いだ。どうか、死なないでくれ。生きていてくれ、──死んじゃ駄目だよ、。……君は僕の掛け替えのない親友で、僕たちの大切な女の子なんだから。


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