165

 ──くるくると視界の端でナイフを操る、吹雪の器用な手さばきも、今となっては妙に懐かしい。
 そういえば、こいつは昔から何かと器用な男だったな、と思い返してみれば懐かしい記憶などはと二人、この男に振り回された思い出ばかりだったが、……それでも、今になって思い返してみれば、……それらもまあ、悪くない青春だったのだろう、と。そう、俺は静かに感じるのだった。

「──はい、亮! うさぎさんだよ!」
「……普通で構わんのだが……」
「ダメだって、せっかくが用意してくれたんだからね、ほら、食べた食べた」

 ──吹雪に言われるがままに口に運んだ林檎をしゃり、と咀嚼すると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、思わず眉をひそめる。……甘いものは、其処まで得意ではない。そして、それを俺へと差し出した吹雪はそれを承知の上だし、ましてやこれを差し入れたのはなのだ、俺の食の好みなど、彼らが知らないはずもない。
 そんな俺の意見を無視して、早く体力戻るようにちゃんと食べなさい、と俺を叱りながら食事の世話を焼いてくれている、近頃のはまるで姉のような顔をしていて、……これは本当に、いずれはしっかり者の姉になりそうだと思ったのを思い返して、思わず笑いが漏れた。

「? どうしたんだい、亮」
「いや……が、まるで姉のようだと思ってな。……あいつは一人っ子の筈なのに、いつの間にか成長したものだ」
「ああ、確かに昔は少しずれたお嬢様って感じだったよねぇ……でも今は本当、いいお姉さんになりそうだよ、……もちろん、翔くんのね」
「……ああ、そうだな」
「だからね、亮」
「なんだ?」
「きみが表現するには、お姉さんというのは不適切だよ。それを言うなら、良いお嫁さんになりそう、の間違いなんじゃないのかい?」
「! ゴホッ……突然、何を言うんだ……」

 吹雪の茶化すような言葉に思わず口に含んだものを噴き出しそうになったが、……まあ、確かに、何だ。吹雪の言うことも、決して間違いではないのだ。
 と長年を共に過ごして、彼女が根は酷く優しいひとで、ああ見えても実は心配性だったり、思いやりのある人物だったりすることも、俺達はとっくに知っている。
 しかし、普段の言動や行動はなんと言うか、毒っ気が多かったり手厳しかったり、或いは、彼女はそこらの男より余程男前なんじゃないのか、と思わせるような行動に出ることもあったし、……それに、決闘の場に置いて彼女は一切、女を持ち込まない。
 そんな風に、──揺るぎやすいが、揺るがない人でもあるのだ、は。
 ──だからこそ、その彼女が俺にだけその内面に見合った素の表情を見せてくれるというそれだけでも、俺としては心が満たされるどころか、優越感で背筋が震えそうだと言うのに。
 今はも席を外しており、留守中に吹雪にでも剥いてもらうといい、と俺に果物を押し付けるとさっさと出かけて行ってしまったが、……最近の俺の療養生活は、がその全てをほぼ一人で取り仕切っていると言って、過言ではない。
 鮎川先生も翔も忙しいのだから、と言って俺の身の回りの世話も洗濯も食事の支度も何もかも、が率先して行ってくれている。──自分は今、暇だから丁度良いのだと彼女は言うが、……そもそもその暇な期間が俺の為に用意されたようなものなのだから、それが嬉しくない筈がないだろう。……それに、忙しなく動き回る彼女の姿はまるで、と。……そんな風に思わない筈もまた、俺にはないのだ。

「いつかきみたちが結婚したとき、家事は大丈夫なのかなあ……と昔は思ってたけど、いつの間にかすっかり出来る女の子になっちゃったんだねぇ、なんだか寂しいよ……」
「吹雪、お前はそんなことを……」
「でもまぁ、……やっぱり最後には、君達は君達で落ち着いてくれそうで、正直……すごく、安心してる」
「……そうか」
「うん。……ほんと、特に亮にはハラハラさせられっぱなしだったからね! ……がいてくれて、本当に良かったよ。亮みたいな亭主関白を尻に敷けるのはきっと、くらいのものだからね、大切にしなよ」
「……分かっている」
「ならよかった! ……あ、ところで明日香にブーケトスしてくれるって話、まだ有効なんだろうね?」
「……よくも、そう昔の話を覚えていたな……?」

 ──そうは言ったものの、吹雪なら覚えていて当然か、と思う。こう言ったことに関して吹雪は誰よりもマメな男だ。
 ……だからきっとこれからもずっと、俺とは吹雪に世話を焼かれ、同時に、振り回され続けていくのだろうな。……そうして、吹雪に苦言を呈しながらも、昔から結局、最後には吹雪の言った通りに事が運んでいて、俺は、それに恐らくはも、そうしてこの男に振り回されていることが、何だかんだで嫌ではなかったのだろうと、そう思う。
 ……不思議な奴なのだ、吹雪は。はた迷惑なほどに自由奔放なのに、どこか憎めなくて、そして底抜けに人が良い。今だってこうして、長い間散々な態度を取ってきた俺に対して、何事も無かったかのように接してくる。
 それはそれでどうなんだという気もするが、俺としては特に、吹雪に悪意を向けてきたつもりはないので、正直なところ、此方の世界で再会した後にも、吹雪に謝ろうという気は一切なかった。
 その再会とて、只、もう二度と会うことも無いだろうと思っていた友人に、死ぬ前に偶然再会した、という程度の感覚でしかなくて。……病室で目を覚ましたとき、ベッドの傍らで座っていた吹雪と目が合っても、ああ、また会ったのか、としか、俺は思わなかったのだ。

「……良かった、きみまでを置いて行ってしまったなら、どうしようかと思っていたよ……」

 ──だが、それでも確かに、……吹雪からそう声を掛けられた時、確かに思ったのだ。……ああ、俺は、良い友人を持ったのだろうな、と。


「亮、……僕らはずっと、を振り回しっぱなしだっただろう?」
「……ああ、そうだな。あいつには悪いことを、したと思う」
「本当にね。……でもはいつも、僕らをずっと待っていてくれてた。……勝手にいなくなってを置き去りにした僕らのことを、いつも、彼女は……」
「……そう、だったな」
「きみのことも、僕のことも、……それに、あの時、はあいつのことだって、あんなにも……」
「……あいつ?」
「あ、いや、……何でもないんだ、ごめんよ、こっちの話さ!」

 ──ふっ、と吹雪の表情に陰りが差すものの、……まるで、この件にはそれ以上触れるな、と言わんばかりに、吹雪は其処で話を打ち切ってしまう。
 ……もしや、吹雪にも近頃、何かがあったのだろうか。……ぱっと笑みを作り直す吹雪には妙な不安が過るものの、……恐らく吹雪は、俺が追及したところで口を割らないことだろう。……俺が今、この様なのもあるし、俺とがやっと落ち着くところに落ち着いた今、……吹雪はきっと、自分の抱えているものを打ち明けたりはしない。
 俺は、恐らくそれなりに我の強いタイプだ。そしても、他人を尊重はするものの、俺と似たところがある、はっきりと自己主張するタイプで。……だが、吹雪は、こう見えてもこの男は、決して、他人を押しのけてまで自分を押し通すということをしないのだ。
 博愛精神、などという綺麗事が本当に存在するのかどうか、そんな精神などと程遠い気質をした俺には知る由もないが、吹雪は例えるならば、それに近い気質を持つ男だと、そう思う。
 そして、その吹雪の中で俺とは、この男の優先順位における限りなく上位に存在している。……だから、絶対に吹雪は言わない。俺達を不安にさせるようなことを、こいつは言わない、水を差すようなことも言わない。……あのときも、それは同じだった。……だから、だからこそ。

『吹雪のバカ……どこ行っちゃったのよ……』

 ──それはまるであの頃を思い出すようで、ほんの一瞬でも確かに、……何処か嫌な予感が、してしまったのだろう。

「ただいま、亮。……あら、やっぱり吹雪も来てたのね。良かった、早く帰って来られて」
「おかえり、
「やあ! お邪魔してるよ! おかえり! !」

 ──ガラ、と亮の病室のドアが引かれる音がして、亮と同時にそちらを向くと、そこにはが立っていた。
 今日は所用があって彼女は本島まで出向いている、と聞いていたが、存外、早いうちに帰って来られたらしい。
 ──正直、このタイミングでが帰って来てくれたのは、僕としても助かった。……今はまだ、この胸の内に留めておきたい記憶を、このまま亮と二人でいたなら、きっと僕は、洗いざらい吐かされてしまっていたかもしれないからね。
 ──まあ、僕には話すつもりなどはなかったけれど、きっと亮はそれでは納得してくれない。……そうなればもう、どちらが先に音を上げるかの根競べになっていただろうし、……僕は正直、亮ほどの粘り強さは持っていない。
 ──でも、今はどうしても、彼らにだけは話したくなかった。……出来るなら、あいつのことは僕一人で解決したいと、そう思っていた。
 だって、そう思ってしまうのだって、仕方がないじゃないか。亮とが並んで笑っている姿なんて、それこそ、昔は飽きるほど見ていられたけれど、……こうして、今再び二人の穏やかな表情を間近で見ていられるようになるまで、……どれだけ、一体どれだけの時間が掛かったと思っているんだ。──どれだけ、ふたりが苦しんで、……そして、その間も僕がどれほど無力だったことか。
 だから今度は、僕が二人の平穏を護りたいんだ、って。……そう言ったら彼らは、どうして相談しないのだと怒るのが目に見えているけれど、何も二人を信じていない訳でも頼りにしていない訳でも無くて、これは僕のワガママなのだ。
 ……大丈夫だ、全てが終わった後で、きっときみたちも思い出せるよ。……だから、だから僕は、……もう君たちが傷つくのは、見たくないんだ。

「──!」

 ──あの日、灯台で。
白い光の中に包まれるきみを、見つけた時に。

「……ただいま、吹雪……」

 ──そして、あの日、病室で。
白い包帯に身を包まれたきみを、見た時、──本当に、僕は自分の不甲斐なさを呪った。

 ──思えば彼らは、昔からそうだった。只、何があっても前に進むという意志で、運命を切り拓く力を、何が何でも掴み取ろうとするんだよ、きみたちは。
 例え手足が折れても心さえ折れなければ、痛みなどはなりふり構わずに突っ走って行ってしまう彼らとは、……僕はいつからか、並走することが叶わなくなって。──どうか足を止めてくれ、と。そう縋る声はその背中には、いつの間にか届かなくなった。
 ……けれど、それでいい、と。僕はもしかすると、そんな風に思ってしまっていたのだろうか。止められなくとも、先導は出来なくとも、後方から見守り続けることならできる、と。
 そうして、諦めてしまっていた僕は、受け入れがたい真実を突きつけられた時に、つくづく思い知らされたのだ。……ああ、誰も彼らを止めることは、出来なかった。本当に彼らは、手足をもがれても、その身を焼かれ切り裂かれても、その先へと走って行ってしまったのだ、と。
 ──そして、彼らが辿り着いてしまったのは、僕には見ることさえ叶わない、地平の果ての果てだった。

 だからこそ今度は、僕が立ち向かおう。──きみに、きみたちに再度火の粉が降りかかるなら、僕は彼らの剣となり盾となろうと。……知らない内にきみたちに救われていた僕だから、今度は、僕が必ず。──二人を護るのだと、そう、決めたのだ。

 ……そう、確かにあの日、僕はそう決めたのだから。……きみたちを決して、巻き込まないよ。

「本島に用事って亮に聞いたけど、何か急用だったのかい?」
「まあね、前リーグに所属してた頃に受けた仕事は、色々と片付けなきゃならないし……ねえ、ちょっと、そんな顔しないでくれる?」
「あ、ああ……すまん」

 むっ、とした顔で亮のベッドに腰掛けながらもはそう言って、けれどすぐに笑ってみせる。
 ──は先日、正式に、現プロリーグから除籍するという意向を発表した。
 そして今は、ファンから電撃引退を惜しまれながらも、残りの試合や取材を片付けつつ、アカデミアと本島の行き来を、忙しなくも繰り返しているらしい。

『──私は何も、これでプロを引退するわけではありません。また次のステージに、プロとして舞い戻ります。今はまだ、これ以上のことは言えませんが……楽しみに待っていてください、私は必ず、今より強くなって、皆様の前に帰ってきます』

 ──記者会見にて、取材陣からの質問攻めに遭いながらも、毅然とした態度で、それでいて穏やかにそう答えたの、……何と、美しかったことだろう。
 だって、そのときの彼女の笑顔は。つい最近まで真っ青な顔をして、デュエルフィールドに死者のように立ち尽くしていた彼女が浮かべていた表情とは、まるで見違えていて、晴れやかで。……何か、憑き物が落ちたかのようだった。
 もうは、二度と笑ってくれないかもしれない。海馬として、ただ機械的に、笑わなくてはならないから笑うだけの人間に、……はそんな風になってしまうのではないかと、一度はそう思っていた。
 ──そして、僕ではもう、そんな彼女を案じるばかりでどうにもできないのかとさえ、……確かに一度は、思ってしまったのに。
 あとはもう、これ以上彼女が傷つかないようにと必死に露払いをすることしか、僕には出来やしないと、……そう、思っていたはずのは確かに、あの日、心からの笑顔で笑ってくれた。
 ……そして今も、僕の目の前で、きみは楽しそうに表情をころころと変えながら、笑っている。

「でも、それよりね、今回はエドのところに行ってきたのよ、私」
「エドのところ……? 一体、何の用で……」
「準の就活でね、エドが付き人として準を雇ってるらしいの。プロの世界を教えてやる、って言って……」
「ああ、そういえば確かに、万丈目くんからそんな話を聞いたね」
「そうなの、それで少し手伝い……というか、様子を見て来ようと思って。……案の定、準は年下に使われて不満そうだったけれどね」
「はは、万丈目くんなら確かにそうかもしれないなあ……」
「……でも、確かにいい機会だと思うわ、プロの世界は学園とはまた別の、年功序列とは無縁の実力社会だし、準もそういうものだと理解しておくべきなのよ。……あの子、気難しいから最初は思い通りに行かなくて戸惑うと思うし。……エドも、プロ生活が長いからこそ、思い付いたんでしょうね」

 病人用のベッドの上のテーブルから、先ほど僕が剥いた林檎を一かけら手に取って、しゃり、と咀嚼しながら、は楽しげな表情で、饒舌に後輩の話をする。
 ……先程、一瞬だけ、エドの名前が出た時には亮もむっとした表情を浮かべていたけれど、万丈目くんの話をするを見つめているその目は、既にいつも通りの色を取り戻していた。
 その様を見ていると、やはり亮も、今度はちゃんと、落ち着いたのだな、と思う。が、亮が必ず其処にいるというその事実に落ち着きと安息を取り戻したように、……亮も、が必ず自分の元へと帰ってくる現状には、きっと誰より、安心している。
 ──だからこそ、彼らは今ようやく、真に心の余裕を手に入れたのだろうと思う。それもその筈だ、……だってふたりは、今までどれだけ回り道をして、散々衝突して、和解してはすれ違って、……それをひたすらに、何度も何度も繰り返してきたのか、僕は知っている。
 ──それが、落ち着くところに落ち着いて、多少ふたりの立場は逆転したものの、だからこそ、自分がその立場へと一度相手を追い詰めている彼らは、必ず帰らなくては、必ず待たなくてはと己に誓って、絶対にその信頼を、互いに裏切らなくなったのだ。
 ……だからそう、そんなふたりを見ていると、……やはり、今は何も言いたくはないな、と。……今は只健やかなだけの彼等でいてほしいと。……そう、どうしたって願ってしまうのだ。

「それで、準が──……」

 準が、学園に滞在している私の元を訪ねてきて、プロの道に進みたいのだと、私に相談してきたとき、……やはりそうなるのだな、と静かに思った。
 不正と不公平に塗れた今のリーグへと準を送り出すのは、少し不安ではあったけれど、……それでも、それが準の望んだ道で、きっといつか再び、私と準はその道で会いまみえるのだと思うと、……その背を押してやりたい、と私は確かに思ったのだ。
 その選択は、或いは少しばかり非情なのかもしれない。だって私は、準とプロのステージで再会したいから、決闘者としての彼の可能性を見たいからというそれだけの理由で、準を千尋の谷へと突き落すのだ。
 ──けれどそれは、私も一度通った道で、何も私は準の親でも姉でもない。……ならばきっと、其処から先は私が気にかけるほどのことではないのかも。……私は只、その日を楽しみにしていればいい。準が立派なプロ決闘者になることを、信じてやればそれでいい。

「……亮?」
「……ん、……ああ、すまん」

 ──話を続けながらも、ふと、亮を見やると、……付き人としての準の様子を語り聞かせる私の言葉に静かに耳を傾けながら、亮が微かに微笑んでいたことに気付いて、不思議に思って声を掛ける。
 それは、それこそ私や吹雪しか気付かないだろうなと思うような、微かな表情の変化ではあったが、……確かに今日の亮は、やたらと穏やかな表情をしているのだ。

「どうかしたの?」
「いや……お前が楽しそうに、万丈目たちの話をするものだから」
「……だから、何?」
「お前も変わったんだな、と思ってな。……何と言うかこう、丸くなった。……穏やかに、なったな」
「はあ……? 何それ、どこが……? 私、何も変わらないでしょう?」
「いやいや、亮の言うとおりだよ、!」

 ──亮は一体、急に何を言い出すのだろうか、と。……そう首を傾げる私と、それから亮へと腕を伸ばして、乱暴に肩を組みながら吹雪は笑う。
 吹雪の急な行動に、……けれど見慣れた彼のその仕草に、お互いに少し驚いた顔をしながら、……きっと私も亮も、本心ではその仕草に驚いくどころか、幾らかの安堵すらも感じていたのだろう。

「……きみは最初に出会った頃はもっと、冷徹で、厳しい目をしていたから」

 ──そう言って吹雪は、穏やかに、優しく笑う。
 その目があんまりにも、優しかったから、私は、……私、は。

「きみには笑顔が似合うよ、。それに、亮の隣で笑っているきみが、一番可愛い!」
「あ、ありがとう……?」
「……急にどうした? 吹雪?」
「ふふ、ちょっと伝えておきたくなっただけさ!」

 ──あの時、その笑顔に、甘えて、大切なものを見落としてしまったのかもしれない。


「ねえ、
「なあに、吹雪?」
「……きみは、その……今でもまだ、覚えているのかい……?」
「…? 吹雪? 何の話?」
「……ううん、やっぱりなんでもない! ねえ、それよりその箱なんだい? お土産?」
「あ、そうだったわ、これケーキ買ってきたんだけど、」
「ケーキ……?」
「……それは……」
「分かってるわよ、ふたりとも其処まで好きじゃないのよね? でも、亮って結構オーソドックスな味は好きでしょう? まかないパン、良く食べていたし」
「……言われてみると、確かにそうか?」
「だから、ショートケーキとかなら実は好きだったりするんじゃない? と思ったの。どう? 駄目だったら他のを試してもいいから、食べてみない?」
「そうか……ならば、ひとつ貰おう。物は試しだ」
「吹雪の分はこっち、チーズケーキ。……あんまり甘くないのだって言われたからこれにしたんだけど、平気?」
「……っ、! ありがとう! 愛してるよ!」
「おい、吹雪……」
「もう、分かったから座って。はい、どうぞ」
「ふふふ、ありがとう! ……でも、どうして急にケーキなんだい? お見舞いの鉄板だから?」
「んー……なんかね、昔は良くこうして三人でケーキを食べなかった? と思って……チョコレートケーキを、特に……」
「……そんなことがあったか?」
「……、それは、三人じゃなくて……」
「え?」
「……ううん、やっぱりなんでもない! 僕の思いすごしさ!」
「変な吹雪……」
「いつものことだろう」
「ひ、酷いなあ、亮……」 inserted by FC2 system

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