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 俺の再手術が無事に終わり、裏デッキを翔に譲渡したことも伴い、近頃では発作を起こすこともなくなって、徐々に体調も落ち着いてきている。
 ──とは言えども、急に元の生活に戻れるかと言えばそうではないので、依然として病室暮らしではあるのだが。
 それでも、少し前までは「今はとにかく休んでいなさい」とに釘を刺されていた為に、新リーグ起業に纏わる準備は翔とを中心に話が進められており、俺は些か萱の外だったのだが、──近頃ではようやくからの許可も下りて、俺を中心として計画も順調に進行しているのだった。
 ──そして、それと同時に、俺の新しいデッキの構築についても、との相談を重ねている。
 そんな訳で今日も俺は、翔との打ち合わせを終えてから二人きりになった部屋で、の淹れてくれた茶を飲みながら、ストレージの中身を広げてデッキの構築に頭を悩ませているのだった。
 
「──亮は、やっぱり新しいデッキもサイバー・ドラゴン主体で組むつもりなんでしょう?」
「ああ。……他のデッキテーマという選択肢も考えはしたが……軽く回してみた印象では、あまり手に馴染まなくてな」
「あるわよね、そういうのって。気になるデッキと自分と相性のいいデッキって、また違うもの」
「……そういえば、も以前に、ハーピィを組んだが使いこなせないと言っていたな」
「確かにそんなこともあったけれど……よく覚えてるわね、そんなの……? 私、亮にそんなこと話したっけ?」
「高校三年の学園祭の時に、言っていただろう?」
「……あ〜! 確かに言ったかも! コスプレデュエルの時ね? 懐かしい……」
「……そうだ、
「? なに? 亮」
「……俺はあの時の写真を、今でも持っているぞ」

 脈絡なく放たれた俺のその言葉がにはピンと来なかった様子で、何の話だとでも言いたげな顔で首を傾げながら、俺の座るベッドの上に置かれたベッドテーブルの上へとカードを並べているに、「……コスプレデュエルの話だ」とそう補足してやると、どうやらも俺の言わんとしていることに合点が行ったらしく、──少し驚いた様子で、はカードへと落していた視線を俺へと向けるように顔を上げる。

「え、……写真って、ハーピィ・クィーンの……?」
「……他に何かあるか?」
「……未だ持ってたの?」
「そうだが……寧ろ、捨てる筈も無いだろう?」
「……私がデュエルマガジンの特集記事に載ったときは、あんなに嫌味を言ってきた癖に?」
「ほう? その言い草だと俺が学園祭で渋った理由にも、ようやく理解が及んだ様子だな?」
「ああ、もう……分かったってば……それはもうお相子でしょ? あなただって、あのときの写真を持ってるんだから……というか、急にどうしたの? そんな話して……」
「いや……当時は後ろめたくて思わず誤魔化していたが、最早そんな必要も無いだろうと思ってな。……俺達は、互いの人生を半分ずつ差し出すと言う契約なんだろう?」

 学園祭でのの写真──それは何も、隠し撮りだとかそういった類のものではなく、吹雪がを撮影した写真を、が見ている目の前で俺に手渡してきたと言うそれだけの経緯だったから、も嫌ならばその場で止めたのだろうし、そもそも当時の彼女は何ら気にしていない様子だったため、──これは只々、あの頃の俺が勝手に後ろめたさを感じていたという、それだけの話で。
 それでも、結局はその写真を手元にずっと残していることを、明確な理由もなくには言えないと俺はそう思っていたのだろうが、──そんな些細な隠し事はもう必要がないな、と俺は唐突にそう思ったのだった。
 此処にきて俺は、急激に吹っ切れてしまったのか、……或いはこれも、に対して、また見境が無くなってしまっただけなのかもしれないが。
 ──例えば、恋人のあられもない写真をずっと持ち続けていることだとか、そんな風にどうにも言い出せなかった、隠し事や嘘と形容するには甘すぎる、それでも彼女に共有できず仕舞いの事情も最早必要ないと、……今の俺は、そう思っている。
 元々、隠し事などと言うものが得意な性分でもないのだ、……きっと、俺はすべてを開け広げにしてしまった方が生き易いのだろうとそう思う。
 ──そして何より、ならば俺が何を彼女に見せようと失望するはずも無いのだと、──その程度のことも、とっくに理解できている。
 俺のこの激情は何も俺だけのものではなく、──もまた、こんな場所まで快く付き合ってくれるほどに、俺を得難く感じてくれているのだから。
 
「そういうことなら……私も、亮に言っていないことがあるわ」
「……ほう? 何だ?」
「あなたが異世界から帰ってこなかった間、その……寂しかったから、ずっと亮の家で生活していて……」
「ああ……その話なら知っているぞ」
「え、……は? な、なんで? だって私、このことは、家族にしか……」
「磯野さんから聞いた、と。……吹雪が、俺と翔に話してくれたが……」
「磯野から!? ……え!? な、なにそれ……ま、待って、翔くんも知ってるの!?」
「そうだが……」
「……しょ、翔くんはなんて……?」
「特に何も言わなかったが……心配はしていたぞ」
「そういうことじゃなくて……! ああもう! 磯野、なんでそんなこと話しちゃうのよ……!」
「聞かれて困る話か? 俺は嬉しかったが……」
「あなたはそうでしょうね! だから私も今言ったのよ! でも、翔くんにまで言わなくたって……!」

 心底恥ずかしそうにに打ち明けられた話だったが、生憎俺はその件についてはとっくに聞き及んでいるのだというその事実を俺から告げられて、は酷く動揺している様子で、普段クールを装うのが上手い彼女にしては、珍しく顔が赤い。
 その反応を見るからに、……気恥ずかしさから、余程隠しておきたかったのか、それでも、俺に隠し事をするのはやめようと彼女もそう思ったからこそ、話してくれたのか、……或いは、俺が喜ぶと思ったからこそ話したのか、──いや、この反応では、その全部か。
 ぱたぱたと小さく手を振って火照った顔を仰ぎながらもは、──ふと、何かを思い付いた様子で俺に向かって指を差したかと思えば、「──あなたも、他にもっと恥ずかしい話ないの!? 白状なさい!」──と、何やら趣旨が変わってきたような気がしてならないが、彼女は俺にそのような要求を突きつけるのだった。

「……急にそう言われてもな……?」
「……そうだ! 私、亮にずっと聞いていないことがあるわ!」
「? なんだ?」
「あなたって、……その、いつから私のこと好きだったの? どうしてだか知らないけれど、これだけは頑なに教えてくれなかったじゃない」
「……ああ、そうだな……そういえば、そうだった……」
「いい加減、教えてくれてもいいでしょう? ……というか、そもそもどうしてずっと渋ってたのよ? 後ろめたいことでもあるの?」
「後ろめたいと言う訳ではないが……そうだな、お前に俺の想いを伝えるよりも前に、俺がをいつから好きだったのかを友人に話したことがあってな」
「? ええ」
「その際に、にはそのことを言うべきではないと言われた。……それが妙に引っかかって、ずっと言い出せなかったんだ」
「……吹雪がそんなことを言ったの? どうして……?」
「いや、吹雪は肯定的だったが……もう一人が、にとって気分のいい話ではないだろう、と……」
「もう一人? 明日香?」
「違う、明日香でも吹雪でもない」
「……誰が言ったの? そんなこと……」
「……そういえば、あれは誰だったのだろうな……?」

 ──ずっと、頭の片隅に引っかかっていたその記憶は、まるで靄が掛かったように晴れなくて、──誰に言われたのかも思い出せないその言葉を、何故俺は、今までずっと真に受けていたというのだろうか。
 俺とにとって、最も親しい友人は吹雪くらいで、──何も他に親しい人間が居ない訳でもなかったものの、俺達が助言を素直に受け入れるとしたら、相手は吹雪くらいのものだろうと思うのだが、──間違いなくそのときに「には言うな」と俺に言ったのは吹雪ではない、他の誰かなのだ。……何故ならば吹雪はその際に、そいつとは真逆の反応をしていたという、それについては明確な記憶があるからな。
 しかし、その相手の名前さえも思い出せないと言うのに、それでも俺は何故だか律儀にその時の会話をずっと真に受けており、──それは、その相手が俺にとって近しい間柄にある人間だったから、という以外の理由などは見当たらないように思うのに、──それでも。
 ──どうしても、思い出せない。
 ……あいつは、一体誰だ?

「……亮、大丈夫? 難しい顔をしてるけれど……具合が悪いの? 横になったら?」
「いや……そうではない。……、妙な質問だが、良いか?」
「ええ。……どうしたの、亮?」
「俺達は、俺とお前と吹雪とで……最初から、三人組だったか? ……もう一人、誰かが居たんじゃないのか……?」
「それは、明日香以外に……ってこと?」
「ああ」
「……私たち、ずっと三人だったと思うけれど……少なくとも私は、心当たりがないわ……亮と吹雪が仲良くしていた、特待生寮の男子生徒がいる、とかじゃなくて?」

 俺の質問に首を傾げているは、どうやら本当に心当たりがない様子で、それからしばらく二人で認識の擦り合わせを試みたものの、お互いに何故だかどんなに考えても“四人目”のことを思い出せなくて、──そうして、二人で話し合っている途中で俺は、以前にが妙な夢を見ると言う話をしていたことを思い出し、にその旨を訊ねてみたものの、──はその質問にも不思議そうな顔で眉根を潜めるばかりで、「……私、知らないわ……夢の話? なんて……その話は本当に、私がしていたの……?」と、──にそう言われたことで、俺も流石にはっきりとした違和感を覚える。
 ──しかし、確かに何かが妙だと言うのに。どうしてだか、この違和感を言語化することが叶わない。……真相に辿り着くことが叶わないのだ。
 まるで都合の悪い記憶だけをすっぽりと忘れてしまったかのように、との会話が噛み合わないことに俺が困惑していると、──やがて、は俺が術後の混乱で記憶障害を起こしているとでも思ったのか、酷く心配そうな顔で、俺をベッドへと押し戻そうとするのだった。

「亮、少し疲れてるんじゃない……? 調子に乗って色々と喋らせ過ぎたわね、デッキ調整はまた明日にしましょう?」
「……ああ、そうかもな。……少し、休むか」
「ええ、そうしましょう?」
「……も、隣で寝るか?」
「あのねえ……私だってそうしたいけれど、病人のベッドを間借りなんて出来ないわよ……そういうの、元気になってから言ってくれない?」
「……そうだな、善処する」

 ──一体、この違和感は何なのだろう。
 早急に突き止めるべきだとそう思いながらも、自らの不調や、何よりもにこれ以上の無茶や無謀をさせたくないと言う、そんな想いが今は何よりも強く、──これが本当に、俺の記憶が混濁しているだけという話なら、それに越したことはないかと己に言い聞かせながらも、……本当は、心の何処かでは気付いていたのかもしれない。
 この奇妙な認識の齟齬は、きっと偶然や誤認によるものではない、──第三者は、確かに其処に居たのだ、と。


「──そうね、一緒に寝てはあげられないけれど、寝かしつけくらいならしてあげるわ」
「……お前は、俺を幼子だとでも思っているのか?」
「あら、御不満? それなら、おやすみのキスでもしてあげようか?」
「……それはそれで、心臓に負担が掛かるな」
「そんなことで、今更動揺なんてするの? ふうん……あなたも可愛いところあるじゃない」
「そうか? 俺の部屋で生活していた奴の可愛さには負けると思うぞ」
「……やっぱり、全然可愛くないわ、亮……」
「それはどうも。……そうだ、
「? なに?」
「寝物語に、お前が俺の家でどんな生活をしていたのか聞かせてくれ」
「……私に、それを話せって言うの……!? 自分の口から!?」
「仕方がないだろう、お前以外の誰から聞けばいい?」
「そもそも、そんなこと聞こうと思わないでよ!」
「……聞けば、少し体調が良くなるように思うんだが……」
「また、減らず口を……」
「……、聞かせてくれ」
「……別に、亮の服を借りて生活したりしてただけ、だけど……」
「ほう、なんでそんなことを?」
「……あ、なたのにおいが、するから……安心して……」
「……ほう」
「……もー! 良いから早く寝なさい! もう終わり!」
「全く眠れる気がしなくなった。……責任を取ってくれ、
「病人が馬鹿言ってんじゃないわよ! 寝なさい! 馬鹿!」


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