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「──サイバー・ドラゴンを主体にデッキを組むとして、構築はどうするの? また光と闇とか、機械族とドラゴン族とか、混合の構築?」
「いや……一度、原点に立ち戻ろうかと思い、純構築で考えている」
「純構築と言うと、光属性機械族が主軸よね……そういえば、今度発売するパックに関連カードが収録されるんじゃなかった?」
「そうなのか?」
「ええ。……これよ、サイバー・ドラゴン・コアって言うの」
「ほう……サーチ効果付きの低級モンスターか……」

 サイバー・ドラゴンは元々一般流通しているカードで、サイバー流という流派がサイバー・ドラゴンの関連カードに関するすべての権利を有している訳では決してなく、──よって、こうしてパックに新規カードが封入されることも往々にしてある。
 今日も俺の新デッキについて、職員寮の俺の病室でと相談していると、ふとその会話の流れでが思い出したかのようにノートパソコンを開き、次回パックの発売情報が纏められたページを見せてくれた。
 其処には、サイバー・ドラゴンの関連カードが幾つか掲載されており、テキストを読んでみると、──なるほど、確かにこれはサイバー・ダークが軸であれば候補から外れたかもしれないが、純構築ならば、かなり重要な動きをするように思える。

「フィールドだけじゃなくて墓地でもサイバー・ドラゴンの扱いになるのが強いわよね、墓地融合にも対応できるし」
「そうだな……サーチ対象も幅が広いようだ」
「その他にも、サイバー・ドラゴン扱いになるカードが何種類か出るみたいよ」
「……これか? サイバー・ドラゴン・ドライと、サイバー・ドラゴン・ツヴァイ……」
「これだけ増えると、今後はサイバー・エンドが今よりも出しやすくなるんじゃない?」
「ああ……サイバー・ツインを出す機会が減るかもしれないな……」
「ね? あとこのカードたちって、打点が低い分、サポートカードの選択肢が増えるんじゃない? ほら、前に惜しいって話してた……」
「……ああ、地獄の暴走召喚か?」
「そうそう! 対象に取れるカードが増えたから、もしかしたら暴走召喚も選択肢に入るかもしれないわよね」
「確かに……暴走召喚ならストレージに予備があった筈だ」
「このパック、もう予約できるみたいよ。しておこうか?」
「良いのか?」
「ええ。予約しておいて、購買で受け取れるようにトメさんに頼んでおくわね」
「ああ、助かる。……ありがとう、

 ──翔が新たな可能性を提示してくれたことで、最早これが限界かと思われていた俺のデッキにも、未だ可能性が眠っていたことを、俺は知った。
 そんな矢先に、サイバー・ドラゴンの関連カードが新たに収録されると知ったことで思わず高揚し、──俺もまだ幾らでも、過去の自分を越えてみたいのだと、──サイバー・エンドと共に到達したい地平があるのだとそう思い知り、思わずパックの発売が待ち遠しくなってしまう。
 が見せてくれたノートパソコンの液晶を眺めつつ、発売日を確認すると、──発売日はまだ数ヶ月先で、すぐに手元に確保できないのが些かじれったいが、──しかしながら、元々デッキ構築とはこういったものだったことを、──もしかすると俺は、学生ぶりに思い出したのかもしれない。
 それは当然ながらプロになってからも、市販のパックから手に入れたカードでデッキを強化する、という行為は幾度となく繰り返してきたものの、──それでも、サイバー・ダークの主なパーツに関しては、決して胸を張れない方法で奪取したものだったからな。
 久方ぶりに思い出した“デッキを組むのが楽しい”、“パックの発売が待ち遠しい”と言うこの感覚に俺が思わず頬を緩めていると、それを見ていたは、嬉しそうにまなじりを下げて小さく笑いを漏らしていた。

「……ふふ」
「? どうした、?」
「いえ……亮が、先のことを楽しみにしてくれているから、それが少し嬉しかっただけよ」
「……そうか」
「ええ。……ねえ、亮。あなたはサイバー流、私は青眼のカードたちのことが大好きで……自分の好きなデッキテーマが強化されたら、やっぱり嬉しいじゃない?」
「……ああ、そうだな」
「それでね、そんな風にデュエルモンスターズはきっとこれからも幾らでも広がっていくのよね、ってそう思うと……もしかしたら、今後は新しい召喚方法とかも増えるかもしれないって、思わない?」
「召喚方法が増える? ……通常、儀式、融合の他にか?」
「ええ。無い話でもないと思わない? だって、最初は通常召喚しかなかったのよ?」
「……確かに……そうだな。今後、召喚方法が増える可能性は、まだ残っているのか……」
「ね? それで、そのときには……私の青眼やあなたのサイバー流に、その召喚方法のカードが増える可能性だって、あるかもしれないじゃない?」
「……ああ。今の俺は融合、お前は儀式を主体でデュエルしているが……」
「そう、全く違う戦術、召喚方法、考えも付かないようなカードで……十年後の私たちは、デュエルしてるかもしれないの。……それって、考えたらワクワクしない?」

 ──そう言って、はまるで子供のように笑って、丸い瞳を輝かせながら、“もしかしたら”、“そうなるかもしれない”,“ありえない話じゃない”と、──夢物語のような空想ばかりを楽しそうに語って、──それを聞いている俺はすっかり彼女に当てられてしまったのか、本当にそんな未来が待っているような、そんな気がしたのだ。
 まだ知らない召喚方法で、知らないカードで、──俺の信じたサイバー流の可能性が、もしも切り拓かれ続けると言うのなら、──俺は、確かにそれを見てみたいし、この手に握ってみたい。
 そして、十年後、二十年後のその日にも、──俺の眼前に対峙する決闘者は、──最高の宿敵、終生のライバル──海馬であってほしいと、……その為にも俺はその日まで生きていたいと、──少し前までは死を覚悟していた俺が、こんなにも光を胸に抱けているのは、きっと。
 が、俺の心臓の空洞に輝かしい燐光を何度でも埋め込んでくれていたからなのだと、──そう、思った。

「……ああ、想像しただけで、興奮する」
「ね! ──だから亮、約束しましょう。もしも、それが現実になったら……お互いの最初の相手は、絶対に……」
「俺はと、は俺と、最初に決闘する。……そうだろう?」
「察しが良くて助かるわ! ……ねえ、前は言えなかったけれど……私、本当はそんな風に、十年後も二十年後もその先もずっと、ライバルはあなたが良いな、亮……」
「……ああ、分かっている。……俺も、今はそのつもりだ。五十年、百年後も……隣で俺と競い合っていてくれ、
「……百年は、ちょっと大きく出過ぎじゃない……?」
「そうか? 健康で長生きをしろと俺に言ったのはお前だろう? あと百年くらいは付き合ってもらわねば困るぞ」
「……まあ、それなら仕方ないわね。……良いわ、望むところよ。……百年後も、私の隣にいなさい、亮」

 ──明日の約束さえもまともに出来なかった俺が、百年後にお前の隣にいることを約束しようとするとは、──本当に、人生と言うものは、何があるか分からんものだ。
 俺は冗談の趣味が悪いと、やエドから繰り返しそう指摘されていたのも記憶に新しいが、──そんな俺が冗談のつもりなどは毛頭なく、このような契約を交わそうと言うのだから、──彼女が俺へと与えてくれる影響は、今までもこれからも、永遠に果てない。

「……そうだわ、この間十代に話したから、あなたも察しているとは思うのだけれど、私、破滅の光と……」
「ああ。……縁が切れたのだろう? 経緯については、まだ聞かされていなかったが……」
「ええ。……まあ、要約するとね、私は異世界でユベルに攫われた後で、ユベルが狙っているのは、私の心の闇だと聞かされたの」
の、心の闇……?」
「ええ、……それはもう、食べごろだったらしいわ。……誰かさんのせいでね?」
「……すまん」
「まあ、それでね……私はユベルに心の闇を食べられるときに、破滅の光を内包してぶつけてやったのよ。それで、ユベルの消滅を狙ったんだけど……」
「……失敗したのか?」
「弱体化程度は、出来ていたみたいだけれどね。そのときに、破滅の光はユベルを弱体化させる形で、対消滅したわ」
「……その後、お前はどうなったんだ?」
「……聞きたい?」
「……教えたくないのか?」
「心臓に悪いかもしれないわよ? ……翔くんも、だからこそ、あなたには言わなかったんだと思うわ」

 異世界での戦いの顛末について、は淡々とそう語るが、──それでも、確かにその声は微かに震えていて、──彼女にとって、間違いなくその決戦は、恐ろしい記憶ではあったのだろう。
 は言いたくないのかもしれないし、俺に聞かせたくはないのかもしれない。──だが、再手術も無事に済んだ後で、最早過剰に俺の心臓を案じてもらう必要はなかったし、──何よりも、俺はしっかりと聞いておかなければならない。
 俺が強さだけを追い求めて独善に走り、の強さを過信して置き去りにした結果、彼女に招いた結末を、──あと一歩で、或いはどんな地獄が待っていたのかと言う、事の真相を。

「……態とデュエルに負けて、破滅の光をぶつけて殺そうとしたことがユベルにバレて……激昂したユベルに、蹴り飛ばされたわ」
「…………」
「それで、最後は……崖から、突き落とされて……」
「……すまん、……」
「どうしてあなたが謝るのよ……? それに、私は無事だったでしょ? 何もユベルに殺されたわけではないのよ?」
「……それと、殆ど同義だろうに……」
「大丈夫よ、……私には、頼もしいパートナーが居るから。青眼が助けてくれたのよ、お陰で私は無事だったもの」

 ──異世界から帰ったばかりのは、見慣れぬ黒い衣裳を身に纏って、プロリーグへと復帰したのだと言う。
 ──恐らくは、彼女の傍らから俺が消えたからこそ、心の隙間を埋めるかのように、見慣れた色をは羽織ったのだ。
 だが、表舞台から降りた最近の彼女は「……黒い衣裳? もう着ないから処分したわよ?」──と、あっけらかんとそう言って、近頃では舞台衣装とは違う、軽やかで動きやすそうな服を着て、穏やかな光の中で、何事も無かったかのように笑っている。
 ──しかし、そっと触れるあたたかなこの手はもう少しで、二度と動かなくなるところだったのかもしれないのだと、──そう思うほどに、隣でが笑っている今をとてつもない奇跡のように感じて、──俺が、思わずその輪郭を確かめるようにの白い手をなぞり握っていると、も俺の意図を凡そ汲み取ったのか、──一切茶化すこともなく、彼女は努めて穏やかに、微笑むのだった。

「……私の気持ち、少しは分かった?」
「……ああ。良く、分かった……」

 地獄の寸前まで彼女の手を引いて、──されど、その直前に手を離してしまった俺のことを、は結局、本気で咎めることはなく。それどころか、厚顔無恥な俺が白々しくも彼女へと永遠を誓うことを、こんなにもあっさりと許してくれる。
 俺は今まで、何もかもを顧みずに生きてきてしまったが、それでも、──の言葉だけが俺に未来への未練と希望を与えるものだから、俺は今、確かに、永遠が欲しいとそう思い願っている。──の傍でだけ手に入る、本物の永遠こそが。……今の俺は、心の底から欲しいのだ。


「──そうだ、サイバー・ダークから純光軸の構築に戻すのなら、あのカードを入れるのはどう?」
「あのカード、というと……?」
「オネストよ! 光属性の汎用サポート! 私、予備持ってたかしら……」
「……オネスト?」
「ええ。私のデッキにも入っているでしょう? ほら……あれ?」
「……入っていないな?」
「え……どうして? 私、確かに……」
「……何処かで落としたのか? 近頃、誰かとデュエルをしたか?」
「いえ……最近はあなたに付きっきりだし……」
「……勘違いをして、ストレージに戻しただとか……或いは、デッキ調整で抜いた記憶は無いのか?」
「無い……と思うのだけれど……」
「……どうかしたか?」
「……何か、忘れているような気もする……私、何か……」
……?」
「……そもそも、私はいつからオネストのカードを持っていたのかしら……?」


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