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 購買部のトメさんに頼んでいた品物が本土から入荷したと連絡があって、亮を部屋に残したままで、荷物を受け取りに出ていた、その帰り道。
 デュエルアカデミアの校舎内を歩いていると、私は廊下の先で見慣れた白い制服──吹雪と鉢合わせたのだった。

「──おや? じゃないか!」
「──吹雪!」
「どうしたんだい、こんなところで……亮の傍に居なくていいのかい?」
「少し購買に用事があったのよ、……そのついでに、ちょっと人を探していて……」
「人探し? ……一体誰を探しているんだ? 手伝おうか?」
「あのね、特待生の制服の男子生徒で……というか、吹雪も会ったことあるわよね? 私が保健室で療養していた頃に、私を訪ねてきた、若草色の髪で紫の目をしている……こんな感じの、癖っ毛で……」

 ひらりと手を振りながら、人懐っこい笑みで私の方へと駆け寄ってきた吹雪は、そう言って話しながらも私の手から荷物を攫って、「重いだろう? 僕が運ぶよ」と代わりに持ってくれようとする。
 ──そんな風に気を遣ってくれなくても、そのくらいは自分で運べるのだけれど。とは言え、吹雪に対してその手の反論はするだけ無駄で、彼にとってはこの程度のレディファーストは自然体なのだと分かっているため、私は大人しく吹雪の手に委ねるのだった。
 そうして、廊下で立ち話をしながらも、身振り手振りで説明する私の言葉を聞いていた吹雪は、──どうしてか、私の探し人について聞いているうちに、少しだけ表情が強張っていた。
 
「……どうして、あいつを探しているんだ? 、あいつのことを知っているのか?」
「いえ……名前も知らないわ、……だから探すにしても難儀してるのよ……生徒名簿も確認してみたけれど、それらしい生徒は見当たらなくて……」
「……そうか、知らないのか……」
「ええ……彼、目立つ風貌だったし、いっそのこと校舎内を探し回った方が見つかるかしら? と思ってときどき探してるのだけれど……なかなか、そう上手くはいかないわね……」
「……あいつを見つけて、どうするつもりなんだ? ……彼は、君に乱暴しようとしたんだぞ」
「それはそうだけど……でも、彼はあのとき、私に対して妙なことを言っていたのよ」
「……妙なこと……?」
「なんだったかしら……確か、マスターがどうとか……誰の話だか分からないけれど……私に何かを言わんとしていたのは確かなの」
「……まさか、それを確かめるために、彼と会おうとしているのか?」

 ──吹雪は、先日に保健室で起きたことを知っている、その場に立ち会っているからこそ、余計な心配をさせてしまっているのかもしれない。
 けれど、何も私だって只の親切心で行動しているだとか、お節介だとか、それだけの話ではなくて、──失意に沈んでいたあの時、彼に突然掴み掛かられたのは今にして思えば、私だってきっと怖かったはずで、そんな相手に対して無条件で善意を施せるほどに、生憎、私は人間が出来ていない。
 ──でも、確かに怖かった、はずだけれど。……何故だか私は彼に対して、得体の知れない懐かしさを覚えてもいたような、そんな気がする。
 私は彼のことを知らないし、会ったこともないし、私たちの間に一切の面識はない筈だけれど、──それでも、彼の振る舞いを見ると、まるで私たちが旧知の仲であるかのようにも思えて、──もしも、私たちは只の他人じゃなくて、彼の側には何か理由があるのならば、──私の知らない事情が其処にあるのならば、私はそれを知っておかなければならない筈だ。
 
「そうよ。……もしかしたら、私に何かして欲しかったのかもしれないでしょう? あのときはそんな余裕もなかったけれど……今なら、話くらいは聞けるかもしれないじゃない」
「…………」
「吹雪は今もこの学園の生徒だし、もしかして、彼と面識があったりするの? もしも、吹雪が何か知っていたら……吹雪?」
「……、本当に彼について、何も知らないんだな? 何も心当たりはないんだよね……?」
「……無いわよ……? どうしたの、吹雪……今日、なんだか変よ……」
「いや……それなら良いんだ……」

 ──そう、私はどうにも彼のことが胸に引っかかっていたから、どうにかしてもう一度会って、詳細な事情を聞きたいとそう思ったに過ぎないのに、──どうして、吹雪は。……私が彼を探していると聞いただけで、こんなにも表情を曇らせて、焦燥を滲ませていると言うのだろう……?
 ……もしかして、あの日、保健室で起きた出来事を、吹雪は私以上に深刻に捉えているのだろうか?
 確かに、あのときは亮が消息不明のままだったし、私も大怪我で療養を余儀なくされていて、吹雪だって心理的な負担が大きかっただろうし、そんな中で私が男子生徒に叱責を受けていたあの現場を目撃している吹雪は、──もしかすると、私が思っている以上に激しいショックを受けたのかもしれない、けれど。
 ──でも、“それだけ”の理由に起因した庇護欲と呼ぶには、──吹雪の狼狽は、私には些か異常に思えてならなかったのだ。
 或いは、吹雪は、──何か、私たちには言い出せずに居る事情を、抱えているのだろうか……?
 
「……吹雪、なんだか疲れてる? あなたも卒業後のことで忙しいものね? もしも時間があるなら、亮の部屋に寄っていく? お茶でも飲んでいかない?」
「ああ……そうだね、お邪魔しようかな……少し、二人の顔を見ていたい気分だ」
「? そんなに疲れてるの……? 確か吹雪も卒業後はプロになるんでしょう? スポンサー探しが難航してるとか……?」
「いやいや、そんなことはないさ! プロのアイドルデュエリストとしての未来は順風満帆だとも!」
「……それって要するに、アイドルなの? それとも、プロデュエリストなの……?」
「何言ってるんだい? ……もちろん、両方さ!」

 顔色の悪い吹雪をそのまま廊下に立たせておくのは忍びないし、──何よりも、吹雪が何か困っているのなら、力になりたいとそう思ったからこそ、私は吹雪をお茶に誘って、そうして彼と共に亮の部屋に戻り、三人で他愛のない話に花を咲かせたものの、──私が誘導尋問めいた話題を挙げる度に吹雪は徹底して会話を逸らして、……結局その日、私は吹雪から事情を聞き出すことが叶わなかった。
 ──もしも、それが最後のチャンスなのだと知っていたら、あの日、私はなりふり構わずに、吹雪にすべてを吐かせようとしていたのだろうか。
 

「……ねえ吹雪、さっきの話だけれど……」
「──そんなことより! その服、似合っているよ、!」
「え? ……そう? ありがとう」
「なんだか君がカジュアルな服を着ているのは珍しいね、少し新鮮だ」
「亮の世話を色々焼いてやらないといけないもの、動きづらい格好だと困るでしょ?」
「うんうん、亮もさぞかし喜んでいただろう? 可愛い、って!」
「吹雪じゃあるまいし、亮はそんなこと言わないわよ……」
「そうかい? 亮もきっとそう思っているよ? ……でも、やっぱりにはそう言った明るい色の方が似合うな、……君に黒は、相応しくない……」
「……吹雪……?」


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