176

 十代からの指摘に優介は目を見開いて固まりながらも、弾かれたようにしてすぐさま反論の意を唱える。──そんな筈がない、有り得ない、と。

「──違う! 俺はに期待してなんかいない! 俺はもう、のことを忘れたんだ!」
「……ねえ、優介……私、あなたに聞きたいことがあるの」
「……さん?」
「あなた……ダークネスの中から、ずっと、私に向かって話しかけていなかった?」
「……は?」
「私はずっと、ダークネスの影響を拒めず、あなたについての記憶を封じられていた……でも、破滅の光を受け入れた後で……私は、毎晩のように夢の中であなたに会っていたわ……」

 ──ずっと、気になっていたことは、他にもある。
 破滅の光を心の部屋へと迎え入れた後──恐らくは、ダークネスの闇が破滅の光によって相殺されたことで、優介に纏わる記憶の紐が撓んでいた頃から──私は毎晩のように、優介の夢を見ていた。
 あの頃は、プロリーグチャンピオン──DDが失踪したことも伴いリーグ全体が忙しなく、仕事が慌ただしかったのもあって、原因不明の睡魔と頭痛に抗うことさえもままならず、それから少し過ぎた頃には異世界への旅立ちもあって──夢についても詳細には考えるだけの余裕がなかったけれど、──今考えれば、あの夢は、夢と呼ぶには些か精巧すぎたように思えてならない。
 目を覚ますたびに私は、自分によって有利な情報──優介にとって不利な情報だけを忘却していたし、あの夢の中で、優介と私はデュエルアカデミアの制服を着て学生時代のように語らっているのに、──彼の語る情報は、いつでも今現在に基づいていたのだ。
 流石にあれは、──夢と呼ぶには、幾らか鮮明過ぎる。
 
「……何が言いたい? 
「あれは、ずっと、夢だと思ってた……でも、あの頃の私が妙に体力を持って行かれていたのは、……あれが夢じゃないから、実際に心の部屋に訪ねてきているあなたと、毎晩密会していたからだって……あなたが私をずっと見ていたって、先程そう言っていたときに、思ったの」
「……っ」
「ねえ、優介。──破滅の光に苦しんでいたとき、異世界で亮や吹雪を失って傷付いていたとき、私が死にそうになったとき……私を助けてくれていたの、何度も助言をくれたのは、あなた自身なんでしょう!?」
「……戯言を! そんなもの、お前の身勝手な願望が作り出した虚像に過ぎない! 本物の俺は、お前のことなんか忘れたんだ! お前への想いなど、俺は……とうに断ち切った!」
「──だったら! 私を攻撃してみなさいよ、優介! ──吼えるだけじゃなく、私を殺しに来なさい! 私の首は此処よ!」

 ──こんなのって、全部、私の思い上がりなのだろうか、──あなたの言う通りに、只の私の願望なのだろうか。
 でも、私の言葉を黙って聞いている十代は──優介が私を攻撃できずに居るのは、私を忘れられずに居るからだとそう主張していて、──私は今このときも、それが真実だったらどれだけ良いことだろうかと、そう思い願ってしまっていた。
 ──心の部屋には、もう一人の自分だけが、無条件で立ち入ることが出来る。
 私にとって、魂の双子ともいうべき存在は、藤原優介、あなただけだから、──遊戯さんの話していたことが事実なら理論上、あなたは私の心の部屋へと訪れることが出来たはずだ。
 況してや、ダークネスの力を得て精神干渉が可能だった彼なら、──簡単に、私の深層心理へと訴え掛けることだって出来たはず。
 でも、無防備な私の心へと立ち入った上で、──私を助けてくれたのは、私が死の危機に瀕するその瞬間まで、只の一度も強引に連れ去ろうとしなかったのは、──あなたが今でも、私への情を抱いているからでは、ないの?
 
 ──そうして、私が優介との対話を試みている間、ヨハンと十代は、只黙ってそれを静観している。
 ……先程まで十代に攻撃しようとしていたヨハンは、未だその姿勢を緩めてはいないものの、──私と優介の会話を十代と同様に落ち着いて聞いているということは、──おそらく、彼はまだ正気だ。
 ──であれば、先程の攻撃は、何も私が妨害する必要もなかったのかもしれないわね。

「……俺がを信じている……? だから、攻撃ができない……? そんな筈がないだろ……? ──くだらない! ヨハン、さっさとこいつらを葬ってやれ!」
「──バトルだ! サファイア・ペガサスで──」

 やがて、ダメージ・キャプチャーの効果で攻撃力を加算した、攻撃力3000のサファイア・ペガサスで、ヨハンは十代に攻撃宣言をする、──かと思われたその時、十代とヨハンはどちらともなく笑いだしたかと思えば、──ヨハンは突然、優介へと向き直った。
 ──やはり、ヨハンは優介に操られてなどは居なかったらしい。──全く、ヒヤヒヤさせるんだから……。

「──まさか、お前ら!」
「サファイア・ペガサスで、クリアー・レイジ・ゴーレムを攻撃する!」
「……っ! お前ら、芝居を……!」
「……いや、違うんだな……本当に俺は、十代に勝ちたいんだ……だって当然だろ? デュエリストなら!」
「ヨハン……!」
さん、心配させて悪い。……でも、きっとあなたなら分かるだろ?」
「……ええ、その通りだわ」
「もちろんだ。俺だってヨハンに勝ちたい。負ければ悔しいし、こいつめ! と思うこともある。でも、それが面白ぇんじゃねえか!」
「ああ……そのワクワクを影と言うなら、闇と言うならそれでもいい!」
「俺達はそれを認めた上で、なお戦うことを下りない! ──だが! お前は戦いから降りたんだよ! ダークネスの世界なんか関係ない! お前はサレンダーしたんだ! デュエルから! 世界から! ──そして、お前自身から逃げたんだ!」
「──優介! あなたが何処まで逃げようとも……地獄の果てまででも、私は追いかけて絶対に連れ戻してみせる! 例え、デュエルから、世界から、自分から逃げたところで……この海馬から、逃げられると思わないことね!」
「──っ、何処までも、しつこい奴だな、……!」
「それはどうも! ──絶対に自分が勝つまでやるのが、私の良いところなの!」
「──行け! サファイア・トルネード!」
「ぐ……! 永続魔法、クリアー・ウォールの効果発動!」

 クリアー・ウォールの効果──自分フィールド上の“クリアー”と名のついた攻撃表示モンスターは戦闘では破壊されず、自分が受ける1000ポイントまでの戦闘ダメージを0にする──または、自分が受ける1100ポイント以上の戦闘ダメージが発生する場合、このカードを破壊してそのダメージを0にする効果により、サファイア・ペガサスの攻撃による優介へのダメージは無効となるが、その代わりにクリアー・ウォールの破壊には成功した。
 更にヨハンはカードを二枚伏せて、エンドフェイズ時にネガティブエフェクトによって、地属性のアメジスト・キャットが破壊されるものの、宝玉獣は宝玉の欠片となって、魔法・罠ゾーンに置かれる。
 そして、水属性のエメラルド・タートルが受けるネガティブエフェクトにより、ヨハンは手札を一枚捨てなければならない。
 その後、十代のターンにヨハンは罠カード サファイア・リバイブ──自分フィールド上にサファイア・ペガサスが存在する場合、相手の墓地からモンスター1体を選択して相手フィールド上に特殊召喚するカードを発動した。
 更に効果によりその後、サファイア・ペガサスと同じ守備力を持つ“宝玉獣”と名のついたモンスター1体を自分の墓地から自分フィールド上に特殊召喚される。
 これにより、ヨハンは十代の場にバースト・レディを、ヨハンの場にコバルト・イーグルを特殊召喚したのだった。

「──俺はこの戦いを、十代の為に捧げる!」
「ヨハン……」
 
 ──ヨハンは、強い。
 確かに彼は、十代に勝ちたいのだろうに、それでも今この瞬間だけはその本心を押し殺してでも、彼は十代を勝たせようとしているのだ。
 私たちは三人とも精霊に選ばれたデュエリストだけれど、──ユベルと魂を融合させた十代は、恐らく私たちの中で最も精霊の側に近く、正しき闇の担い手でもある彼は、ダークネスに対する最後の切り札となるだろう。
 ──そう、ヨハンの言う通りにこの決闘の本質は、十代がダークネスに勝利することにある。
 私とヨハンは、十代に勝てば良い訳でも、それぞれの力で優介を倒せば良いわけでもなく、──私たちの勝利条件とは、十代を勝利に辿り着かせる道を作ることなのだ。
 ……ヨハンにそんな覚悟を見せられては、とてもではないけれど、──本心なんて、言えないな。
 ──本当は今だって、優介の味方になってあげたいのだと、出来れば世界を敵にしたって、彼の味方で居てあげたいなんて我儘は、──彼らの先輩として、言えるわけがない。
 私もまたヨハンと同様に、──このデュエル、何に変えても十代をその場所に連れていく。それこそが、優介を闇から救い出すことにも繋がるのだ。

 十代はバースト・レディと手札のフェザーマンを融合し、フレイム・ウィングマンを召喚する。
 風属性のフレイム・ウィングマンを召喚したことで、十代は魔法カードを発動できないネガティブエフェクトを受けるものの──そんなことはお構いなしに、十代はフレイム・ウィングマンでクリアー・レイジ・ゴーレムへと攻撃を仕掛けた。
 フレイム・ウィングマンの攻撃が通ったことに加えて、更にその追加効果──破壊したモンスターの攻撃力分のバーンダメージを与える効果によって、優介のライフは1600まで削られた。更に、クレイマンでのダイレクトアタックも通り──優介のライフは残り800まで減少する。

「貴様ら……!」
「俺の、宝玉獣の絆と!」
「ヒーローたちの、正義の想いと!」
「そして、俺と十代の友情と! さんのお前への友情が!」
「藤原! お前を、ダークネスの世界から引きずり出してやるぜ! 今度はサレンダーなんて認めない……!」
「──戻ってきて、優介!」
「マスター……頼む十代、マスターを……」
「……くだらん、お前ら如きが俺の何を知る……? 葬ってやる……消してやる! ゼロに……いや、無限の世界に叩き込んでやる! フフフッ……ハハハ、ハハハハ……!」
「……優介……!」
「俺のターン、ドロー! ──魔法カード、クリアー・サクリファイスを発動!」

 クリアー・サクリファイス──このターン、自分がクリアーと名のついたレベル5以上のモンスターをアドバンス召喚する場合、必要なリリースの数だけ自分の墓地の“クリアー”と名のついたモンスターをゲームから除外できるその効果により、優介は最上級モンスター──吹雪を苦しめたクリアー・バイス・ドラゴンを召喚した。

「墓地のクリアー・レイジ・ゴーレムと、クリアー・ファントムを除外して、──召喚! クリアー・バイス・ドラゴン!」
「……っ!」
「こいつは……!」
「クリアーと名の付くモンスターは、属性が無くなる。そして、このモンスターが攻撃するとき、その攻撃力は戦闘する相手モンスターの攻撃力の2倍となる!」
「く……!」
「──俺がに攻撃できないだと? ふざけるな! ならばお前から葬り去ってやる、! ──クリアー・バイス・ドラゴンで、青眼の亜白龍を攻撃! クリーン・マリシャス・ストリーム!」
「──さん!」
「お前も忘れさせてあげるよ……存在も、記憶も、全てをね!」
「──っく……、青眼の亜白龍が破壊された時、手札のブルーアイズ・ジェット・ドラゴンの効果発動! このカードが手札に存在し、フィールドのカードが戦闘で破壊された場合、このカードを特殊召喚するわ!」
「だが、お前は3000のダメージを受ける!」
「……くう……!」
「最早風前の灯だなあ、!? よく分かっただろう!? 俺はお前を攻撃できる……お前など、俺にとって最早ゴミと同じだ、!」

 青眼の亜白龍のステータスを参照した結果、クリアー・バイス・ドラゴンの攻撃力は6000となり──その差額分の3000ダメージが私のライフから一気に削られてしまった。
 
さん、大丈夫か?」
「っ、ええ……」
「──フン! クリアー・バイス・ドラゴンが攻撃した時、バトルフェイズ終了時、守備表示となる」
「守備力ゼロ……」
「カードを一枚伏せて、ターンエンド。……何が絆だ、何が想いだ……そんなものは、道端に捨てられたゴミと同じ……いずれ忘れ去られるんだよ! ……そんなゴミが大事だと言うのなら……良いよ、持っていろよ。大事にさあ……」

 ──優介には私を攻撃できない。十代の指摘が余程気に障ったのか、それからの数ターン、優介はひたすら私へと攻撃を仕掛け、私は防戦に回ってそれを凌ぎ、十代とヨハンも私へと加勢して、優介の攻撃から私を庇ってくれた。

「──、お前はいつもそうだ……お前の周りにはいつも、他の奴がいて、お前は俺なんか居なくても平気なのに、俺ばかりが……!」
「……優介……?」
 
 ──しかし、十代とヨハンの私へのアシストは、更に優介の苛立ちを煽ったらしい。
 何事かを呟きながら優介は尚も執拗に私への攻撃を繰り返し、──そうして、やがて私は手札を使い切り、場にはリバースカードが一枚──クリスタル・アバターが伏せられているのみとなってしまった。
 しかし、私を着実に追い詰めているのは優介の方だと言うのに、──私が劣勢に立たされる度に、どうしてか焦燥を募らせているのは私ではなく優介の方で、……この後に及んで十代の言葉を信じたいだなんて、能天気にも程があるかもしれないけれど、……でも、やっぱりあなたは、……私に攻撃したくないのだと、私にだけは彼の味方になって欲しいのだと、……そう思いたくなるのは、私の傲慢なのだろうか?

「──これで分かっただろう? 絆など、想いなど、そんなものがあるから人は苦しみもがく……どうせ忘れるんだよ! ……だったら……最初から、忘れてしまえば良いんだ……」
「……藤原……?」
「マスター……やはりあなたは、両親の死を忘れられずに……」
「なんだって……!? 両親の……死……?」
「──忘れたよ! いや……彼らの方が、忘れて行ったんだ……俺を置いて……」
「マスター……」

 ──オネストが語る、優介の過去──それを、私はよく知っている。
 かつて、特待生寮が健在だった頃──優介は自らの過去を周囲には語りたがらなかったけれど、──それでも、私にだけは話してくれた。……だって、私たちは境遇がまるで同じだったから。
 ──幼い頃、私は火災によって生まれ育った家と実の家族を全て失った。
 そして、頼る先もなかった私はそのまま孤児院へと預けられて、──現在の養父である海馬瀬人に拾われるまでは、ずっと家族や友もなく孤独な日々を送っていたのだ。
 ──優介も、それは同じで、私たちは共に寂しい子供だった。
 だからこそ、デュエルアカデミアで出会った私たちはお互いを片割れなのだとそう信じていたし、私は彼のことを本気で家族や兄弟にも等しい存在だと思っている。
 きっと優介だってそれは同じだったからこそ、私にだけはその悲しい過去を打ち明けてくれたのだ、──そうだ、忘れてしまえば楽だとそう言いながらも、……それらの過去を忘れたくないからこそ私に語り聞かせたのは他でもない、あの頃の彼自身だった。
 
「──絆や想い、友人や家族……そんなものに縋っても、いずれは俺のことなど忘れ、通り過ぎて行ってしまう……だったら、こっちから忘れてあげるんだよ! そうすれば、苦しくなんかないじゃないか! ゴミだと思えば良いんだよ、ゴミと!」
「僕は忘れなかった! マスター、あなたを! それに、だって……なのに、なんであなたは……」
「ダークネスの意志に従ったまで! 今の俺は……苦しくない……」
「……本当に?」
「……何?」
「優介……私には今のあなたは、あの頃よりずっと苦しそうに見える」
「……黙れよ、
「どんなにあなたが忘れて、私も忘れてしまっても……それでも、現に私はこうしてあなたを思い出したわ。何度通り過ぎたとしても……私は必ず、あなたの元に戻ってくる。私が、あなたに手を差し伸べる!」
「──煩い! 煩いんだよ、お前は! ゴミの癖に! 俺のことなんて、平気で忘れられる癖に!」

 ──確かに、優介の言う通りに、他者を心の拠り所にすることは時に辛く苦しい。
 ──現に私は、亮を失ったそのとき、もう立ち上がるのも辛いと思うほどに打ちのめされてしまった。
 ……でも、結局私は、亮のことを諦められずに、地の果てまでも探しに行こうと、そう思ったのだ。
 それは、吹雪が居なくなった時だって同じことで、私と亮は吹雪のことを諦められずに、必死で手掛かりを探し続けた。
 だから、──もしも記憶を失うことがなければきっと、優介のことだって私はダークネスの世界まででも探しに行ったはずだと、……今は、胸を張ってそう思える。
 私の人生には、亮が必要。でも、私に必要なのは彼一人じゃなくて、──私には、吹雪が必要で、そして──。

「ゴミでもクズでも好きに言いなさいよ! あなたにとって私が塵芥だろうと、私にはあなたが必要なの! 何を言われても、何度でも私はあなたを迎えに行くわ! 優介!」
「煩い、煩い……! ダークネスの真理を知ればお前も必ず目が覚める……他人に寄りかかって生きるなど馬鹿げていると、それがよく分かるはずだ!」
「生憎だけれど……私、今幸せだし充実してるの! だから、ダークネスに何を言われたところで私の理想は変わらないわ!」
「笑わせるな! お前の幸福はもう砕け散ったんだよ! 丸藤も吹雪も、もうダークネスと一体化したんだ!」
「ええ、そうね! だから……あとはあなたを引きずって帰ってから、二人を返してもらうだけだわ!」
「──もう良い! これで終わりだ……クリアー・バイス・ドラゴンで青眼の白龍に攻撃! クリーン・マリシャス・ストリーム!」

 私のライフは残り700──この攻撃が通れば、私は再度3000のダメージを受けて、ライフが尽きる。
 だが、私の場にはリバースカード、クリスタル・アバターがある。
 このカードは発動後、自分のライフポイントの数値と同じ攻撃力の効果モンスターとして特殊召喚されて、更に、攻撃対象を青眼の白龍から移し替えてダメージ計算を行なった後、戦闘破壊されたこのカードの攻撃力の数値分──つまり700のダメージを優介に与えることが出来る。
 優介のライフは残り800で、削り切ることはできないけれど──それでも、最後にライフを削ることは可能だ。
 ……クリスタル・アバターは最初のターンに場に伏せておいたカードだから、優介はこのカードがなんなのかをまだ知らない。
 よって、この伏せカードは最後の逆転の目だと彼は読んでいる筈で、──十代の予想、彼には私を倒せないと言う仮説が正しければ、……優介はこのカードを、私の身を守る術だとそう考えているはず。
 ──だったら、もしも最後の盾なんてものが存在せずに、その剣を振り抜けば最期、私は簡単に斬り伏せられるのだと知ったなら、……彼は、どうするのだろう?
 十代の考えが正しければ、……幾らかの動揺くらいは、誘えるのだろうか?

「──優介、あなたの目を覚まさせる方法……色々考えたけれど、私に出来るのはきっと、これだと思うの」
「……は?」
「残念だけれど、やっぱり、今はあなたの味方をしてあげることはできない……世界の破壊に加担するのも、亮や吹雪を諦めるのも嫌……でも、あなたを諦めるなんて出来ないから……私の勝利を、あなたに譲ってあげるわ」
「一体、何を……」
「優介、言ってたわよね。私はずっと勝ちとか負けとかそればかりに拘ってた、って……その通りだわ。デュエルの楽しさを知って、少しはその執念からも脱却できたけれど……でも、やっぱり私はデュエルに勝ちたい! 誰にも負けたくない! ……だけど……」
「……
「……いいわ、あなたになら勝ちを譲っても。……こんなこと、亮にだってしてあげないんだからね? 私があなただけに差し出せるとしたら、きっとこれしかない……」
「……待て、……」
「大好きよ、優介。あなたはダークネスに身を委ねることで勝利や敗北という争いから降りたと言ったけれど……そんなものに頼らなくても、私は勝利くらい手放せるわ。……だって、他でもないあなたのためだもの……」

 ──私の言っている言葉の意味がわからないという顔で、優介は私を見ている。
 ──でも、最早クリアー・バイス・ドラゴンの攻撃は止められない。
 吹雪は身を挺して、優介と共に心中する道を選んだけれど、──それでも、彼の心には届かなかった。
 だったら、──もう、これしかない。自ら進んで彼に命を差し出すという、……私に出来るのは、きっとこの選択なのだ。
 フィールドに伏せられていた十代とヨハンのリバースカードは、既に私のフォローの為に使い切られており、──私が抵抗を試みない限り、私は負ける。
 でも、私には抵抗する余力は最早残されておらず、──それどころか、クリスタル・アバターを発動すれば私は5300のダメージを受けてオーバーキルで敗北する。
 ……発動しなければ、青眼の白龍で攻撃を受ければ、ダメージは3000で済むし、3000のダメージですら既に死ぬほど痛い思いをしたのだけれど、──ああ、やだなあ、そんなものを今から受けたら、既にライフを削られている私は果たして、ダメージが実体として肉を貫くこの決闘で、果たして立っていられるのだろうか。

「…………十代、ヨハン! 悪いけど、後は頼むわ! この戦い、最後に私たちの誰かが立っていればそれでいい! ──リバースカードオープン! クリスタル・アバター発動!」
「何!? そんなカードでは、俺の攻撃を防ぐことなど出来ないだろ!?」
「だから、負けてあげるって言ってるでしょ!? まあ、あなたのライフも残り100まで貰っていくけれどね!」
「有り得ない……何を考えているんだ、!? どうしてそんなカードを、この局面まで出し渋った! もっと早く、お前のライフが削られる前に使っていれば、お前はその効果で俺を倒せたんだぞ!」
「馬鹿ね! ブラフで残しておいたに決まってるでしょ!? ──だって、そうでもしないと優介には私を殺せないし、正気に戻っていないあなたを倒したんじゃ、まるで意味がないもの!」
「は……」
「……大丈夫、私には青眼とカイバーマンがついているから、負けてもダークネスに取り込まれたりはしない……只、死ぬほど痛いだけよ!」
「駄目だ、さん! そんなの無茶だ!」
「──さぁん!!」

 ──大丈夫、落ち着きなさい、。あの攻撃をライフで受けたところで、只ちょっと痛いだけで、消滅するわけでもダークネスに取り込まれるわけでもないのよ。
 5300のダメージは確かに痛いだろうけれど、青眼の攻撃を跳ね返したユベルのそれを受けたことだってもうあるでしょう、──それに、異世界で亮が受けた16000のダメージとはとてもではないけれど、比べものにさえもならないわ。──だったら、負けてられないでしょう? 十代の推理を聞いた瞬間から、心の準備くらいできていたでしょう、……優介の目を覚まさせるにはこれしかないと、想像くらい付いていたでしょう。
 腹を括りなさい、。──只、少しだけ、──あの時の二倍、痛いだけなんだから。
 優介は、吹雪は、──亮は、──ずっと、もっと、痛かったに違いないのよ。──度胸を見せなさい、

「──!」


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