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 ──騒々しい卒業パーティーから一夜が明けて、卒業生──翔や吹雪、明日香たちは本日、昼の便でフェリーに搭乗し、皆がこの島から旅立って行った。
 俺と共に新たなプロリーグを起業することになった翔は当分の間、童実野町とデュエルアカデミアの間を行き来するようになるが、俺の全快まではアカデミアで待機するか? という問い掛けに対して「大丈夫! ボクが兄さんの分まで向こうで頑張っておくよ!」──と、頼もしい返事をしてくれた翔も結局、アカデミアではなく童実野町を拠点にすることとなり、皆と同様に島を発ったのだった。
 他の皆も、吹雪と万丈目は夏季休暇明けにはプロリーグへ、明日香は海外留学、ヨハンとオブライエンは自分達の学校に帰り、皆がそれぞれの道に進んでゆき、──そうして、未だ療養中の身である俺とそれに付き添っているは、皆が去ったこの島にもう暫く滞在することとなっている。
 ──だから当分の間は、必然的に俺とと藤原との三人で過ごすことが増えるのだろうなと、俺はそう思っていたのだが、共に船着場まで皆の見送りに来ていた藤原も、来年度からの復学に向けての準備に追われており、この休暇中は忙しなくなるようで、──てっきりこの後は、藤原も俺たちの部屋に寄っていくものとばかり思っていたものの、今日はクロノス教諭たちとの話し合いがあるとそう言って、藤原は慌ただしく本校舎の方へと駆けて行ってしまった。

「──なんだか、こうしてふたりきりで一日過ごすのは、久々な気がするわね?」
「ああ……本土にいた頃は、それが当然だったと言うのにな、……すっかり、騒がしい環境に慣れてしまった気がする」
「ふふ、寂しい?」
「いや……むしろ、嬉しいくらいだな」
「あら、薄情なのね?」
「そうか? ……そういうものだろう、恋人同士というのは」
「あなたに一般的な恋愛論を語られると、妙な感じがするけれど……まあ良いわ、今日は何をしましょうか? デッキの調整? 散歩でもする? それとも、お茶を淹れて久々にゆっくり過ごそうか?」
「……そうだな、今日は……うん?」

 ──そうして、船着場から職員寮へと戻る道すがら、この後の予定についてと話していると、──何故だか今日は、ヘリポートの方に黒服の男たちの姿が、多く見える。
 ……それに、ヘリポートには見慣れない個人機が停まっていて、……と言うか、なんだかあのジェット機は、何処かで見覚えが……ああ、そうか、あれは、のデッキに……。

「……、向こうに留まっているジェット機だが……お前の使っているカードに似ていないか?」
「は? 私のカード?」
「誘発効果で手札や墓地から特殊召喚する……バウンス持ちの……」
「──ああ! ブルーアイズ・ジェット・ドラゴンのこと?」
「そうだ、……あれの処理には、いつも悩まされる……何しろ、除外されない限りは何度でも墓地から出てくるからな……」
「……本当ね、確かにあの機体、ブルーアイズ・ジェット・ドラゴンに似て……うん? あれ……?」
「……どうした? ?」
「似てると言うか……あれって、父様の自家用ジェット機じゃない……?」
「……なに?」
「だってあれって、青眼の白龍よね? んん……? というか、あそこにいる黒スーツの人達……うちの社員じゃない?」
「……確かに、黒服にサングラスで……皆、磯野さんと同じ服装をしているな……?」

 ──ふと、その場に足を留めて、と二人で黒服の集団を観察していると、──やはりと言うべきか彼らは皆一様に、胸元に海馬コーポレーションのロゴを模したピンバッジを着けているのが見えて、──俺は思わず黙り込み、車椅子を押してくれていたを振り返ってみると、──彼女は少し青醒めた顔をして、黙り込んだまま些か駆け足で俺の車椅子を押し、職員寮へと向かうのだった。
 ──彼女のこの様子から察するに、きっと、に事前の連絡はなかったのだろう。
 ──しかし、恐らくだが現在、この島には彼女の父親──海馬瀬人が来ている。
 私用のジェット機が停められている上に、あの人数の護衛が同伴していることを思えば、まずその憶測にも間違いは無いことだろう。
 ──まあ、海馬さんはデュエルアカデミアのオーナーであり、この学園の運営における実権を握っている人でもあるので、俺達の在学中もへの連絡なしに海馬さんが突然学園を訪ねてきた前例は何度かあったし、今回もそれだけの話なのかもしれない。
 ちょうど現在は夏季期間中で、来年度の運営に関する打ち合わせの為に、海馬さんがアカデミアを訪問した可能性というものも、実際のところ高く、──だが、現在は、既に海馬さんとの話し合いが済んでいるとは言えども、家出同然に実家を飛び出してリーグを辞任し、アカデミアで俺の付き添いをしていると言う、些か複雑な立場にある。
 ……そして、俺も、その件について海馬さんに一度しっかりと話をして、筋を通さなければならない立場でありながら、──現在、療養中の身であるために、まだ俺の方から海馬コーポレーションまで出向くには至っていないのだった。
 
 要するに、──今、海馬さんがこの学園に来ているのであれば、俺達は、──いや、特に俺は、海馬さんに対する礼儀をきっちりと通す必要があり、──そうでもしなければ、彼女との今後が色々と不味いことになりかねない、そう言った状況にあるのだ。
 しかし、今の俺達は、吹雪たちの見送りのためにと外へ出てきただけだったので、とてもではないが海馬さんの前に出るような恰好をしておらず、──ともかく、一旦部屋に戻った上で、スーツに着替えてから本校舎に向かい、恐らくは、校長室か応接間を訪ねているのであろう海馬さんの元へと出向いて、しっかりと挨拶を──。

「──遅かったな、
「と、父様……!? どうして此処に!?」
「磯野から、貴様が職員寮に滞在していると聞いたのだ」
「で、でも、鍵を掛けてあったのに……」
「校長に話したところ、快く鍵を開けてくれたが? ……それがどうした?」
「……鮫島校長が……!? ど、どうして……」

 ──慌ただしく部屋に戻ると、何故か扉の鍵が開いており、しかし、それを気に留める余裕もないままがドアを開け放つと、──なんと、俺達が滞在している部屋には、既に海馬さんが訪ねて来ていたのだった。
 海馬さんがこの島に来ていること自体は、とっくに見当も付いていたが、──まさか、部屋に先回りされているとは流石に思いもよらず、は突然の海馬さんの登場にすっかり慌てており、俺も呆然と海馬さんを見つめることしか出来ずに、──しかし、流石は伝説のデュエリストと言うべきか、──海馬さんはまるで動じずに、ゆったりとソファーの上で足を組み寛いでいる。
 てっきり、護衛のひとりも付けているのかと思ったものの、部屋の中には海馬さん一人の姿しか見当たらず、──磯野さんが付いていないからか、……何時から此処に居たのかは不明だが、海馬さんは茶のひとつも飲まずに、が戻ってくるのを待っていたらしい。

「──、海馬さんに、何か茶を……」
「──あ! ごめんなさい、父様! ──私、お茶を淹れてくるわね!?」

 ──海馬さんは遠路遥々来てくれたのだろうから、誰かに頼んで、飲み物を出してもらった方が良いんじゃないか、──と、俺はにそう言いたかったわけなのだが、……に散々指摘されてきた、俺は言葉が足りなさすぎると言う悪癖を、よりにもよって、今此処で発揮してしまい、──この状況に混乱しているもまた、俺の言葉について深く考える前に俺を置いて給湯室へと飛び出してゆき、──俺はそのまま、の手で海馬さんの対面に車椅子を留められた状態で、──結果的には、海馬さんの目の前で、彼の愛娘に向かって茶汲みを命じたような格好になってしまった。
 ──、どうしてこんなときにばかり、お前は察しが悪いんだ……。
 俺も、どうしてこんなときにまで、言葉が足りないんだ……? まさか彼女に甘え倒してきたツケを、此処で払わされているとでも、そう言うのか……?

「──から多少なりとも事情は聞き及んでいるが……少しは体調も落ち着いたのか、亮」
「え、……ええ、お陰様で、大分持ち直しました……」
「フン、そうか」

 ──流石に、困った。……この状況では、一体海馬さんと何を話せばいいものか、まるで見当も付かない。
 ……ともかく、謝罪するべきか? ……いや、謝罪と言っても、何から謝るんだ……?
 を散々に振り回している現状を鑑みると、俺には海馬さんへと謝らねばならないことが幾らでもある筈で、──しかし、入院用の部屋着に上着を羽織っただけのこの身なりで、……この状況で、頭を下げて謝罪をしたところで、其処に説得力など伴うのか? ……それは、寧ろ無礼に当たるんじゃないのか、……厳格な海馬さんが、それで納得してくれるものか……?
 ──海馬さんに謝るべきこと、と言うと……まずは、父親である海馬さんの許可もなく、を長期に渡ってアカデミアに引き留めてしまっている現状について、だが……初日には許可もなく外泊させてしまったこともそうだが、──最早、外泊などと言う問題なのか? この現状は……。
 何も隠すつもりは無かったものの、しかし、説明するよりも先にこの部屋を見られてしまったことで、言葉よりも余程雄弁に事実を知られたことだろうとは思うが、──の滞在先は俺が泊まるこの部屋で、海馬さんへの挨拶もなく共同生活を送っていたことにも、恐らく彼はもう気付いたのだろうし、……窓辺には洗濯物も干したままで、家事の類はがしてくれていたことも悟られただろう。
 ……その上、まるで海馬さんの目の前でを顎で使うようにして、今はに茶を汲みにまで行かせてしまっていると思うと、非常に気まずい……。
 それに何より、──現在のは、彼女にとっての夢であり父親である海馬さんとの約束でもあった、プロデュエリストと言う道を一旦外れてまで俺と共に過ごしてくれているのであって、──プロリーグを脱退したことで間違いなく海馬コーポレーションにも迷惑が掛かっている筈、彼女のスポンサーと言う立場からも、海馬さんは俺に言いたいことなど幾らでもある筈で、──俺が海馬さんに謝らなくてはならんことは、他にも、幾らでも──。

「亮。貴様は弟と共に新たなプロリーグを作ると……からそう聞いたが、計画は?」
「え? ……あ、はい……計画表は、此処に……」
「フン……そうも軽々しく外部に提示して良いのか? 貴様にはまだ、経営者としての基本というものが理解出来ていないらしい……」
「それは……確かに海馬さんの言い分が正しいと思いますが……しかし……」
「だが、何だ?」
「……あなたは、の……いや、さんの父親だから。海馬さんにならば、開示しても構わないかと、……そう、思ったんですが……やはり、軽率だっただろうか……」
「……フン、今更オレの前でばかり白々しく呼称を改める必要はない……良かろう、仔細を見せてみろ。……ふむ……」

 海馬さんにそう言われて、慌ててノートパソコンを開き、翔とと共に作っていた新リーグ発足に関する計画表の書式を開いて見せると、海馬さんは真剣な面持ちでその画面を見つめて、──それから、「勝算はあるのか」「現行のプロリーグとの差別化は?」「競合相手になる現リーグとの衝突は免れまいが、その点についてはどのように考えている?」「資本金は? スポンサーは既に見つけているのか」──と、海馬さんから投げかけられた新リーグの企業と運営に関する質問に、俺がどうにか一つずつ回答していくと、……まあ、海馬コーポレーションという世界的な一流企業の経営者である海馬さんにとっては、全てが納得のいく回答ではなかったのだろうが──それでも、一応は俺の考える計画が只の夢物語ではないと、そう納得してくれたらしい。

「──貴様の考えは、凡そ分かった。……だが、まだ粗が目立つな。素人のごっこ遊びにしては上出来だと思うが……まさか、そのような児戯で終わらせるつもりでは無かろう?」
「……ええ、もちろんです。遊び半分で、あなたの娘さんを巻き込んでいるつもりは、俺には無い」
「ならば良かろう。オレが指摘した箇所を詳細に詰め直し、もう一度持ってこい。……磯野に話を通しておく、その際にはを経由して連絡しろ」
「それは、また相談に乗って貰える……という意味で、合っているだろうか……?」
「他に何がある?」
「いや……まさか、海馬さんの助力が望めるとは、思ってもみなかったから……」
「フン、……オレは貴様とは違い、経営者としての技量も経験もある。愛娘の婚約者に多少の手を貸してやるくらい、造作もないわ」
「……うん……?」

 ──そうして、すっかり海馬さんとの話し合いが盛り上がり、計画で詰まっていた部分の相談に乗って貰えたことで見通しも立ち、思わぬ展開に俺が胸を撫で下ろしつつも、内心では少し喜んでいると、──どうにも、海馬さんから、今、……愛娘の婚約者、とそう呼ばれた気がしたんだが、……今のは、俺の聞き間違いでは、無いよな……?

「何だ? 妙な顔をしおって……」
「いや、その……聞き間違えだったら申し訳ないが……今、の婚約者と……?」
「何を言っている? 在学中、との結婚の許可をオレへと求めに来たのは貴様の方だろう、亮」
「……それは、高等部の二年生の頃の話で合っているだろうか……?」
「他に何がある? ……まさか、今になって気を違えたとは言うまいな……? そのように、いい加減な考えでと交際していると……?」
「いや、違う! ──そんなつもりは無いんだ、俺は今でも、真剣に彼女との将来を考えています……」
「フン……ならば良い」
「あ、ああ……」

 ──海馬さんが言っているのは、恐らく、……在学当時、俺がと恋人同士になって少し過ぎた頃に、その旨を伝えるべく彼へと挨拶に出向いた時の話、だと思うのだが、──全くそのつもりがなかったと言う訳でもないものの、当時は何も、結婚の許可を貰おうとまでは──そもそも、そんなものが易々と貰えるとはまるで思っていなかったし、──当時の俺は、プロリーグで名を上げてから、将来的にまた改めてその許可を貰うために頭を下げに行こうと考えており、──そして、最近の俺は、リーグ運営が安定した頃にでも改めて挨拶に出向こうと考えていた訳で、──しかし、現在の俺は海馬さんに謝罪すべきことが山程あるため、いずれ結婚の許可を得るのも一筋縄ではいかないことだろうと、……そう、思っていたのだが……。

「──海馬さん、俺は……」
「何だ、亮」
「……あなたに謝罪すべきことが幾らでもある、……だが、あなたは俺ととのことを認めてくれて、それに……」
「勘違いするな、──は既にオレの手を離れ独り立ちしたのだ、……逐一、オレが口を出すようなことではあるまい? 謝罪するべき相手を間違えるな、亮」
「……海馬さん……」
「ま、父親としては……貴様より優れた結婚相手を見繕うことも出来ようが……ライバルとしての役割を兼ねるとなると、腹立たしい話だが……貴様を除けば、遊戯くらいしか適任者はおるまい」
「……ま、まさか、遊戯さんを、の相手に……?」
「冗談ではない、……遊戯から義父と呼ばれるなど、考えただけで吐き気がするわ。……そういう訳だ、オレは何も反対する気はない。……亮よ」
「……はい」
を、……娘を任せたぞ」

「──父様! お待たせ! あのね、給湯室に行ったら、ちょうど鮎川先生が居て、それでね、父様が来てるって言ったら、ケーキをくれてね!」
、悪いがオレはもう帰る」
「──え!? ど、どうして……!? 紅茶、淹れてきたばかりなのよ!? ケーキも、食べて行かないの……!?」
「それは、貴様の婿とどうにかしろ。──今日は、空き時間に寄っただけだ。この後に商談がつかえていてな……悪いが長居は出来んのだ。……許せ、
「そんな……せっかく、久々に父様と会えたのに……」
「すまんな。……偶には、屋敷にも顔を出せ。……モクバが、に会えなくて寂しがっている」
「……うん……ねえ、父様! せめて、ヘリポートまで見送るから……!」
「気を遣うな、紅茶が冷めるだろう。……ではな、
「……分かった……父様、またね? 帰り道に気を付けてね……?」
「ああ」

 ──そう零すと、海馬さんはその場から立ち上がり、それとほぼ同時に茶の支度に出ていたがトレーを抱えて戻ってきたものの、──海馬さんはと幾つか会話を交わすと、──そのまま、嵐のように立ち去って行ってしまった。
 そして、──その場に取り残された俺はと言えば、呆然とその様子を見つめていることしか出来なかったが、──海馬さんを見送った後では、テーブルに三人分の紅茶とケーキを並べながら、計画書の開かれたノートパソコンの画面をちらりと一瞥し、──それから、相変わらずに放心している俺を見て、……心配そうな顔で、俺へと言葉を掛ける。

「ねえ……亮、もしかして父様と喧嘩でもしたの……? 一体、何があったの? どうして、父様ったら急に……」
「……いや……喧嘩はしていない……」
「じゃあ、何の話だったのよ? ……というか、もしかして父様は、私じゃなくてあなたに用事があって、アカデミアに寄ったと、そういうこと……?」
「ああ……多分、そういうことになるな……?」
「多分、って……本当に、何の話をしてたわけ……? 大丈夫だったの……? 咄嗟にお茶を淹れに行っちゃったけれど、私、席を外さない方が良かった……?」
「いや……只、リーグ経営について、相談に乗って貰っていたんだ」
「……は?」
「計画の仔細は出来ているのか、とそう聞かれてな……詰まっていた箇所についても、幾つか助言を貰った」
「……なにそれ、どういうこと……?」

 ──どういうことだ、説明しろ、と。──まるで納得のいかない様子で、つい先ほどまで海馬さんが腰かけていた場所に座りながらカップに紅茶を注ぎ、は首を傾げているが、──一体、どういうことなのか教えて欲しいのは、正直に言って俺の方、だった。
 俺とて彼女同然に、未だ事態が飲み込めずに居るのだが、──恐らく、海馬さんはの顔を見るついでに、俺の相談に乗ろうと考えてアカデミアに立ち寄ってくれたのだと、……これは、そういった解釈で構わないのだろうか……?
 極自然な流れで「の婚約者」とそう呼ばれたからには、彼女に関する宣戦布告だとか、その逆に改めて結婚の許可を与える為、俺と話し合いに来たといった雰囲気でもなかったが、……であれば、これは、……有難いことに、俺はとっくに海馬さんにとって身内も同然なのだと、……これは、只それだけの話で、……俺は、とっくの昔から知らないうちに、……喉から手が出るほど欲していたものを賜る許可を、あの人から得ていたのだと、……つまりは、そういう、ことか?

「……ふは」
「……ちょっと、何笑ってるの? 亮……」
「いや、少しな……」
「……なに? 父様とそんなに楽しい話でもしてたの? ……ずるいわよ! 私は全然話せなかったのに……!」
「悪い。……侘びと言っては何だが、海馬さんの分のケーキはが食っていいぞ」
「何言ってるのよ、それとこれとは別でしょ! あなた、病人なんだからたくさん食べなさい! 三つとも半分こにするわよ!」
「……っふ、はははは……」
「だから、さっきから何を笑って……ねえったら! 本当に、父様と何を話したのよ……!? ──白状なさい、亮!」

 ──尊敬する父親と俺とが自分の知らないところで盛り上がっていたと、どうやらそのように状況を誤解しているらしいは、三種類のケーキを丁寧にすべて半分ずつに切り分けながらも、何処か釈然としない顔で、──それからずっと、俺に向かって「何を話していたのか、全部吐け」と迫っていたが、──流石に、今は未だ、彼女には言えないな。
 海馬さんと話していたことをに教える為には、今はまるで何の準備も整っていなくて、──流石に、貰い物の小さなカットケーキでは、役不足と言うものだろう。
 だが、そうだな。──俺たちの夢が無事、軌道に乗ったならその時は、──今日のことを、に話してみようと、そう思う。
 ──何しろ、デュエリストたるもの、勝負には万全の準備を整えてから望むべきだからな。……それまでに、必要なものを全て整えて、俺の新しいデッキも完成させて、──そうして、俺はこの愛しい宿敵に改めて、決闘を挑むこととしよう。
 ──その日の勝利に賭けるものなど、俺にとってはとっくに決まり切っているのだが、……さて、一体はその時、どんな顔を見せてくれるのだろうかとそう思えばこそ、とっくに諦めていた未来はこの期に及んで、幾らでも明日が楽しみになるものだから、──本当に、俺はお前に出会えてよかったと、──昼下がり、甘ったるい砂糖の香りがする、俺には似合わないこの部屋で、──俺は、苦手だったケーキや紅茶と共に、この眩い燐光を噛み締めたのだ。


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