きみへの不純も友情の日々も

 アカデミアで過ごす亮の療養生活も長くなったものだけれど、徐々に身体の自由も効くようになってきて、そろそろ日常生活に戻れそうだとようやく目処が立ち、私と亮は童実野町へと戻ることになった。
 あちらでは既に、アカデミアを卒業した翔くんが、先んじて新リーグの設立のために奔走してくれていて、私も度々、翔くんの手伝いで事務所に出向いていたけれど、亮が事務所を訪れるのはこれが初めてのこと。
 新リーグでは、亮が代表を勤めることになるわけだし、物件選びも亮が全快するまでは待とうか? ──と、当初、私と翔くんは、そう提案していたのだけれど、「いや、お前たちになら任せられる。頼んでも構わないだろうか」……なんて、あいつがそう言うものだから。
 リーグ本部の事務所兼、亮の自宅にもなる場所なのに、このひとって自分のことになると、どうしてこうも無頓着なのだろう……、とは思わなくもなかったけれど、その少ない言葉は、私と翔くんへの信頼に起因したものだと知っていたから。結局、事務所選びの際には、翔くんと私で物件の選定をしたのだった。

 ──そうして、アカデミアを発つ際、……最後に、優介とふたりで話す機会があった。
 ダークネスの呪縛から逃れ、アカデミアに帰ってきた優介は、現在もアカデミアで改めて勉学に励み、順当に行けば二年後に卒業ということになる。
 私がアカデミアに滞在していた数ヶ月の間は、私も優介の傍でバックアップに周ったり、相談に乗ったり、後輩たちとの仲を取り持ったりが出来たけれど、……優介の傍を離れれば、もう、そんなことも叶わなくなる、と思うと。……やはりどうしても、不安はあった。

「吹雪も卒業して、と丸藤もいなくなると、まあ、自業自得とはいえ寂しくなるな……順当に行けば、俺の卒業は二年後になるし……」
「順当に行けば、って……順当に行かないなんて許さないわよ、優介」
「……え……」
「……今度居なくなったら、許さないから」
「え……!? ち、違うよ! 居なくなるとかそんなんじゃない、でも、俺はずっと学園を離れていたし……普通に、授業についていけないかもしれないだろ……?」
「……まさか。優介は主席で卒業するに決まってるじゃない?」
「は、ハードル上げるなよ……! ……!」
「ふふ、だってあなたのこと信じてるもの、決闘者として、親友として……」
「…………」
「……だから、もう何処にも行かないでね。……私は、その、どうしても、アカデミアを離れるけれど……」
「……分かってる。一緒に卒業できなかったのは、俺の責任だ。お前を責めるつもりはないよ、。……すぐに、追いつけるように、俺も頑張るから……その、待っていて欲しい。こんなこと、言える立場じゃないんだけど……」
「何言ってるのよ……もちろん、ずっと待っているわ、優介」

 最後に静かな場所で話をしようと、廃墟と化した旧特待生寮を訪れて、想い出の何もかもに塵が積もり、過去の幻想となったこの空間で、──それでも、彼と話が出来ているということ。
 今の私にとって、それは掛け替えのない幸福で、──正直に言うと、優介を残して行くことに、私は、幾らかの不安がある。
 優介は精神的に不安定な部分があると私だって気付いていたはずなのに、優介なら大丈夫、なんて身勝手な信頼を寄せて見送ることしか出来なかったかつての自分を、私は、彼との和解と改めての歩み寄りを経た今でも、許せてはいないのだ。
 ──けれど、このまま私がアカデミアを離れて、それで、もう一度同じことが起きてしまったら? と、そう不安に思ってしまっている事実は、優介を信じていないからじゃないかと思う部分でもあって、……難しいなあ、本当に。彼を信じているから、きっと優介なら大丈夫だとは信じているし、私は本心からそう願っていて、──けれど、一度そうして取り零してしまったからこそ、彼への躊躇いを隠しきれない。

 ──藤原優介という男は、私にとって家族だった。魂の片割れだった。
 海馬家の人間であることを誇りに思いながらも、……同時に、海馬家の人間として自分は相応しい決闘者だと、そう心から言い切る自信はなかったあの頃。……私にとって、藤原優介だけが、私が理由もなく側にいていい存在だったのだと、そう思う。
 ──けれど、一度は忘却を受け入れてしまったこの口で、そんな言葉を紡いでも許されるのかが、私には分からなくて、……きっと、優介はそんな私の心の内も汲み取った上で、待っていて欲しい、と。そう言ってくれているのだろう。……本当に、何処までもやさしいひと。その優しさが彼を傷付けても、彼は変わらず、私に優しいのだ。
 ……どうして、そんなに私に親身になってくれるのか。どうして、そんなに私の気持ちを気にかけてくれるのか。……その意味だって、愚鈍だったかつての私は、知らなかったし考えもしなかったけれど。

「……、俺はお前が好きだよ」
「……うん」
「お前のこと、家族みたいに思ってる。……でも、それと同じくらいに、俺は……」
「……うん、ずっと気付かなくて、ごめんね……」
「……いいよ。伝えられなかった俺が悪い。……なあ、
「……なあに? 優介」
「……こんな俺でも、これからも、友達で居てくれるか?」
「……あ、りがとう、ゆうすけ……」

 ……でも、今は、ちゃんと分かってるよ、……分かって、いるの。
 優介が私に向けてくれていた好意の意味を、あの頃の私には理解できなかったし、彼の真意に気付くことも出来なかった。けれど、恐る恐ると手渡されたその柔らかな気持ちの意味を、今の私が理解できるようになっていたのは、……私が、恋を知ったから、だった。
 優介の凶行に理解を示せるようになったのも、私が、愛を知って、その狂おしいまでの感情は、時にヒトを病的なまでに駆り立てるのだと、身を持って知ったから。
 ……だからこそ、私は、優介の気持ちには、どうしても応えられない。優介にだって、それは分かっていて、それでも気持ちを打ち明けてくれた彼に、私はどうしてあげることが出来るのだろう。
 困って、悩んで、口を閉ざしていると、「……どうして、お前が泣くんだよ……」と、少しだけ、呆れ気味に溜息を吐いた優介の言葉で、──私は、大切なことを思い出した。

「──優介! 私、私ね、優介の前でしか、上手く泣けなかった!」
「……は……?」
「……優介が居なくなってから、どんなに泣きたくても、我慢することしか出来なくて……この数年で、どうしようもなくなって泣いたの、全部、私のことじゃなくて、亮が居なくなったときとか、手術のときとか、ばっかりで……」
「…………」
「……あなたがいてくれないと、私、自分のためには、どうしても泣けなかった……だから、あのね、」
「……うん」
「……童実野町で、待ってる。……リーグ運営が始まれば、選手として矢面に立つのは私だし……泣きたくなること、たくさんあるかもしれないから、だから……」
「……分かった、それまでに絶対、お前に会いに行く。……も、俺に会いに来てくれたもんな、あんなことになっても、ダークネスの元まで、俺のためにさ……だから、今度は俺が追いかけるよ」
「……うん、ありがとう優介。私、ずっと待ってる。亮と、吹雪と、三人で……童実野町で待ってるから」
「……ああ、約束だ、。……俺は、お前に出会えてよかったよ」
「私もよ、優介に出会えてよかった……」
「……うん。俺はさ、お前を好きになって良かったんだって、これは悪いことじゃなかったんだって……今は、そう思えるよ……」

 ──砕け散った窓ガラスの隙間から、森の木漏れ日が差し込む廃寮は、至るところが壊れて朽ち果ててしまっていたけれど、……それでも、この場の空気は恐ろしく温かかった。
 差し出された優介の手に、そっと指先を重ねると、ぎゅっと手を握られて、暫くそうして、彼と静かに見つめ合った後で、どちらからともなく親愛を込めて、腕いっぱいにぎゅうっと互いを抱きしめて、……とくんとくんと衣服越しに彼の心臓の音を感じたら、どうしようもなく安心した。
 ──それで、ようやく私は、──こんなの、無責任かもしれないけれど。これからはずっと、優介は私達の傍に居てくれるのだと、思えた。……彼の腕の中にいると、なぜだか心の底から、そう信じられたのだ。

 優介への挨拶も済ませて、新たな門出にと、鮫島校長やクロノス先生が送別会を開いてくれて、明けた翌日、私と亮は童実野町へと帰ってきていた。
 初日はともかく、新オフィスに手荷物を運び込んで、私は海馬の家に挨拶に出向いて、その間に亮は翔くんと荷解きを進めて、卒業後はリーグへと進み、既に童実野町に越してきていた吹雪も、試合の終わった夕方頃には、疲れているだろうに、わざわざ事務所まで手伝いに駆けつけてくれて、──そうして、夜になると、翔くんは隣町にある彼の自宅へと戻っていったのだけれど、吹雪は今日のところはこのまま、事務所に泊まっていくことになって。

「──それにしても、なかなかいい物件だね。と翔くんで見つけたんだろう?」
「ええ。自宅兼オフィスになるのは決まっていたし、なるべく広いところを探したの。私も此処で暮らすことになるわけだし……」
「……ん? 待て、……、お前も、此処に住むのか?」
「……? だって、そうしないと亮が困るでしょ、まだ不便なこともあるだろうし」
「いや……それは、そうなんだが……てっきり、実家に戻るものだとばかり……」
「今更戻らないわよ、半ば家出同然に出てきてしまったのだし。……まあ、父様とはもう話を付けたし、仲違いをしたわけでもないけれど……これは、私なりのケジメね。父様に胸を張って帰れるまで、本邸には戻らないつもり。父様は、いつでも帰ってこいって言ってくれてるけれどね」
「……そうか」
「……だからもう、私の荷物も実家から運び込んであるんだけど……まあ、そうね? 亮に不都合があるって言うなら、話は別よね……」
「は?」
「──まさか! 、よく考えてごらん? 亮に不都合なんてあると思うかい? 可愛い可愛い恋人と、ふたりいっしょに仲睦まじく暮らせるのに?」
「な、おい、吹雪……!」
「……そんなの、数年越しの悲願に決まっているじゃないか。……なあ、そうだろ? 亮」
「……ああ、そうだな。……すまん、俺は少し、驚いただけだ。まさかこれ以上、お前を独占できるとは思ってもみなくてな……」
「……よく言うわよ。ま、私もあなたが何を言おうと、出ていく気はないけどね。……ああ、そうだ、シャンパン買ってきたんだけど、ふたりとも飲める?」
「……酒か、あまり好んで嗜んだことはないな……」
「はは、確かに亮は好んで飲んだりはしなさそうだなあ」
「そういう吹雪はどうなの?」
「僕はまあ、普通にかな。皆でにぎやかに飲むのは好きだよ」
「そう、それなら開けましょうか」

 気付けば私達も既に成人していて、……二十歳になりたての頃は、亮と吹雪の関係も少しギスギスしていたし、三人で飲むような機会には恵まれなかったけれど。
 ──こうして改めて、三人で集まることが出来るようになった今、お祝いの席にはやっぱりお酒があったほうがいいかな、と思って。奮発して、ちょっといいシャンパンを買ってしまった。
 栓を抜いて、グラスにしゅわしゅわと泡立つプラチナの液体を注いでから、二人にシャンパングラスを配ると、いい香りだ、と微笑む吹雪に対して、……亮は、なんだか不思議そうな顔をしている。

「……、飲むのは構わんが、何故シャンパンなんだ?」
「は? だって、お祝いの席じゃない、今日は」
「祝いごと……? ああ、引っ越し祝いか?」
「え!? ……違うよ亮! 今日はきみの誕生日だろ!?」
「……あ。そ、そうか……そういえば、そうだったな……」
「それに、昨日は吹雪のね。……亮、昨日の内に、吹雪の誕生日はメールで祝ったって言ってたくせに、自分のは忘れてたわけ……? 一日違いよ? そんなことある?」
「す、すまん……今日は慌ただしかったからな……つい……」

 ──11月1日、今日のこの日を引っ越しの日に決めたのは、元々私の発案だったのだけれど、新しく何かを始めるなら、節目の日が良いと思って、わざわざ手配したこの日程も、……どうやら、亮には意図が伝わっていなかったらしい。
 ……だとすると、日中に「兄さん、おめでとう」と言って、翔くんが亮に渡していたプレゼントも、亮の方は引越し祝いか全快祝いだと、思いこんでいた可能性がある。
 今日のこの席も、私は亮の誕生日パーティーのつもりで、慌ただしい引っ越し初日から、水道や電気が開通するように事前に手配を進めて、片付けの合間にご馳走を拵えたわけなのだけれど、……これも、引っ越し祝いか三人の同窓会、だと思われていた可能性がある。……なんだか、そう考えると、少しだけ面白くないわね……。

「……へえ、そうなの」
「……? ?」
「亮は、私が頑張って作ったご馳走も、引っ越し蕎麦程度に思ってたわけね?」
「な、……違う! リーグ発足の記念に、腕を振るってくれたものだとばかり……翔も食っていけばいいものを、何故帰るのかと……」
「あのね……翔くんは気を使ったのよ。誕生日なんだし、ふたりきりがいいだろう、って……」
「……まあ、僕は其処で空気を読まずに、君たちの愛の巣に居座ったわけだけどね? 僕の誕生日も兼ねて、ってに誘われたからだけどさ」
「……そう、なのか……」
「昔は三人とか、四人でお祝いしてたのにね……二年空いただけで忘れるなんて、亮ってば、薄情な男よね、吹雪……」
「ああ、全くだね……今からでも、他の相手を探すかい?」
「な、……それだけは駄目だ! すまん、考え直してくれ! 俺が悪かった……」

 ──少し冷静に考えれば、からかわれているのだと、すぐに気付けるだろうに。
 私と吹雪の茶番に慌てて取り乱して、必死に説得を試みようと身を乗り出す亮に、……私も吹雪も、笑いを堪えられなくなって吹き出してしまって、それでようやく、からかわれたことに気付いた亮が拗ねて、そっぽを向いてしまう前に、彼の皿に料理を取り分けている間も、……ああ、三人でこんなやり取りをするのは、随分と久しぶりだなあ、なんて、噛み締めてしまって。

「ごめんなさい、亮。ちょっとだけ腹立ったから、意地悪言っちゃった」
「……お前というやつは……いや、だが忘れていた俺が悪いな。……すまん、、吹雪……」
「全くだよ、……亮、きみはもう少し自分のことに興味を持たないと。そうじゃなきゃ、も翔くんも気が気じゃないだろうさ。……それに、僕もね」
「む、……善処しよう」
「本当に、吹雪の言う通りよ。……私が亮を大切にしても、あなたがあなたを大切にしてくれないと、どうしようもないことだってあるんだから。……しっかりしてよね、代表さん?」
「……ああ、肝に免じておく」

 テーブルいっぱいに用意したご馳走は、食の好みがややこしい亮でも食べられるものだとか、彼の好きなものばかりで、これ以上説明しなくとも、今日にかける私の気持ちは亮に伝わっているだろうけれど。
……でも、異世界でのことや、ダークネスとの戦いを経て、今の私が思うのは、……どうしたって。

「……私は、亮にも、吹雪にも、優介にも……ずっと、笑っていてほしいの、三人のことが大好きで、本当に大切で、特別だから……私のためにも、ちゃんと自分を大切にして」

 ──どうしても、結局はそういうこと、なのだ。

「──ッ、ごめん! ! 僕達、もう本当に、絶対に! のことを、置いていったりしないから! なあ、亮!?」
「あ、ああ……勿論だ。もう、俺は何処にも行かん。それに吹雪も、藤原もだ。……すまん、、俺が無神経だった。謝らせてくれ」
「わ、分かってるってば……! ……ちゃんと、そう言ってくれるなら良いの。……ご、ごめん、なんか、わたし、変な空気にしちゃった。……あ、あの、ケーキ切ろうか!?」
「……いや、こういうことは、ちゃんと話しておくべきだ。……、俺はお前を置き去りにするつもりなど、二度とないが……」
「……うん……」
「……もしも、この先、俺の行動で、お前が不安になるようなことがあれば、すぐに言ってくれ。その際には行動を顧みて、考え直し、に相談することにする。……だから、頼む、隠さずに伝えてくれ」
「……わ、かった……」
「ああ、頼んだぞ。……俺の命は、とうにお前のものだ。俺を気遣わずに、正直に言ってくれ」
「ちょっと、亮! それはなんか……重いよ!」
「重い……? なんで?」
「誕生日なんだから、楽しく行かなきゃ! ……だって、三人でこうしてお酒を飲んでいるなんて、なんだか想像も出来なかっただろう? ちょっとした奇跡みたいじゃないか、こんなのって……」

 亮がいつもより少し饒舌なように思えるのは、アルコールが入っているからなのかな、だとか。吹雪はいつもとあまり変わらないように見えるけれど、お酒に強かったのかな、だとか。……優介は、お酒を飲んだこともあんまりなさそうだけれど、酔うとどうなるんだろう、笑い上戸かな、泣き上戸かな、それなら、フォローしてあげないとな、……だとか。
 ──確かに、そうだ。気付けばいつの間にか、四人での付き合いも長くなって、学園を卒業して大人になって、お酒が飲める歳になってもいっしょにいて、亮とはこれから一緒に新たなプロリーグを作って、その未来にはきっと吹雪と優介もそのステージに立っていてくれて、って。
 ……それは、考えてみれば本当に夢のような話で、……でも、確かに夢じゃない。遠回りはしたけれど、大変な旅路だったけれど、それでも、私達の道は、此処にちゃんと繋がっている。……それが今は、たまらなく愛おしいと思う。

「……来年も、三人で祝ってくれるか? ……次は、31日から祝いたい」
「……当たり前だろう? 僕の方こそ、二人が構わないのなら、お願いしたいくらいさ」
「何言ってるの、……吹雪抜きで、なんてあり得ないでしょ? 来年も三人で……それから、その次は四人で! 盛大にお祝いしましょ」
「……ああ、藤原が来るまでには、リーグも形にしておかないとな」
「そうよ、優介にがっかりされちゃわないようにね!」
「……そうだね! よし! 明日からも頑張ろうか!」

 ──事務所内の住居スペース、リビングのカーテンは、明日にでも店舗に出向いて、亮と相談しながら選ぼうと思っていたから。
 まだカーテンの引かれていない新居の窓には、童実野町の夜のネオンがきらきらと差し込んで、長いこと離島暮らしだったから、三人でそんな夜景を眺めるのすらも、私達にとっては物珍しくて。
 ──空っ風が吹く11月の寒空の下、思わず三人でベランダに出て、寒い寒いと騒ぎながら、寝室から持ち出してきた二枚の毛布に三人で包まって、寒いけれど、夜景が綺麗だと笑ってお酒を飲んでいたら、暖を取ろうと思ったからか、思わずペースが早くなって、……まだそこまでお酒に強いわけでもないくせに、そんな飲み方をしたから、翌朝には三人揃ってはじめての二日酔いを経験して、予定が狂ってカーテンを買いには出掛けられなくて、事務所に出てきた翔くんには呆れた顔をされて、翔くんが買ってきてくれた、インスタントのお味噌汁とコンビニのおにぎりで朝ごはんを食べながら、なんだかちょっとだらしないね、って笑って。
 ……ああ、でも、こんな風になんでもない日々が続いて欲しいと、私はずっと願っていたような気がする。……わたし、確かに泣き方も知らない、寂しい子供だったはずなのにね。……それなのに、今の私には約束されたこんなにもやさしくて穏やかな明日が其処にあるって、……本当、人生って計り知れないなあ。 inserted by FC2 system


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