わたしはあなたの優しい心を包み抱きしめる唯一の人でありたい

※古代→現代 キサラ≠乙女



 貴女は私にとって、誰よりも大切なひとでした、憧れのひとでした。
 ──あなたはかつて、私の英雄だったのかもしれません。
 それは、此処ではない何処かでの思い出、……もしかすると、これは私が人間であった頃の記憶、なのかもしれません。
 私に言える確かなことは、あの頃も、私の側に貴女がいてくれたということ。あの頃の私も、貴女の手を頼もしく感じていたこと。……そんな貴女だからこそ、私は貴女を護りたかったのだということ。

「──ねえ、■■■! 聞いているの?」

 凛とした清らかな声に名前を呼ばれて、はっと貴女の顔を見上げると、そこに在るのは美しい瞳と艶やかな髪。……私の最愛の貴女が、私を見つめて穏やかに微笑んでいる。

「……様、どうして此処に……? 今日は王宮で宴があると仰っていたのに……」
「……だって、貴女は出席しないのでしょう?」
「当然です、私はただの村娘なのですから……でも貴女は、次代のファラオとなられる方なのに……」
「貴女が出席しない宴なんて、退屈なだけだわ……それに、最低限の挨拶は済ませてきたから大丈夫よ。……だから、ね? お話しましょうよ、私は貴女と過ごしたいの」

 貴女は美しい髪の姫君で、私は白い髪の村娘で、きっと誰もが、貴女が私を気にかけることをよく思ってはいなかったのでしょう。
 彼女は王の娘で、いずれはその座を継承する人物で、私などとは住む世界の違う神の末席で、けれど同じ瞳と肌の色をした、……あなたは、優しい少女だったのだ。

「貴女の髪、私は好きよ。とても綺麗な色……私ね、貴女の髪の色だから白が好きなの」

 ──優しいひと、美しいひと、私に希望を与えてくれた、光の色のお姫様。
 ……私は心の底から、あなたのことが大切だった。決して許されないことだとしても、どうか私は貴女の側に在りたかったのです。
 貴女がいてくれたからこそ、苦しい日々の中でも明日が来るのが楽しみで、貴女が好きだと言ってくれたから、迫害の原因であったこの髪のことも、嫌いではなくなった。
 ……彼女のお父上、我らがファラオは、私を見ると複雑そうな顔をしていらしたけれど、私と彼女が寄り添うことを咎めはしませんでした。

「家臣が言うには……あなたってね、父様の初恋の人に似ているらしいわ」

 ──そう、悪戯っぽく笑う彼女こそが、きっと私にとっては、初恋の人、だったのだと思う。

 ……彼女と過ごしていると、幸せだった。彼女に手を引かれて街を歩いたところで、私は彼女と生きられるわけではなくて、私が勝手に彼女に焦がれているだけ。
 貴女はどうにかして私が王宮で──せめて、城下町で暮らせるようにと取り計らってくれていたけれど、……私と彼女が同性である以前に、神たるファラオは人間と婚姻を結ばない。神同士での結婚しか認められてはいないから、彼女の近親者に産まれなかった時点で、私があなたと結ばれる道は存在し得なかったのだ。
 けれど、彼女は私の憂いなどは全て見透かしたように笑う。「私が貴女を親友だと思っているのだから、外野の声なんてどうでもいいじゃない」と、そう言ってあなたは微笑むのだ。
 ……その言葉が、どれほどに心強かったことだろうか。
 貴女という人の言葉には、妙な説得力がある。彼女の美しい声に耳を傾けてしまったが最後、その言葉だけが私の真実となるのだ。……彼女という輝きの、人生の一部となれるなら。彼女が私の人生の一部には決して成ってくれなかったとしても、……それでいい。
 ──私は、彼女を見つめているだけで幸せだったのだ。……けれど、如何に私が謙虚に努めたつもりでも、それは過ぎたる願いだったのだろう。……私の幸福は、決して長続きはしてくれなかった。

「──あの娘は、必ず姫様に害を与える、姫様のお側に相応しいのはあの娘ではない」

 ──最初にそう言ったのが誰だったのか、一介の村娘に過ぎない私には、最後まで知る由もなかった。
 私が覚えているのは、ある夜突然、私の暮らす村に火が放たれたこと。……熱くて、苦しくて、酸素と水を求めて差し出した手を、どうしてか、此処にいる筈のない貴女の清らかな手が、握ってくれたこと。
 私の手を引いた貴女は、自らが城から乗ってきた馬に私一人を乗せて、私を逃がしてくれたこと。──私は最後に、炎の中、剣を抜く、貴女の後ろ姿を見たこと。

「──決闘!!」

「──様ッ!!」

 ──そうして、怒りのままに、猛るがままに、逆臣を討ち果たした貴女は、……劫火に飲まれて、その夜から還らなかった。



「──ねえ、乙女! 聞いているの?」

 ──何処か、遠い日の夢を見ていたような気がする。……凛とした清らかな声に名を呼ばれ慌てて顔を上げると、幸福なことに、今日も其処には貴女がいる。

「マスター……」
「ぼうっとしてたけど、どうかしたの? 何かあったなら、私に話して頂戴」
「……いえ、何でもないんです……ただ、私は……」

 この美しい瞳を、私が見間違えるはずもない。貴女は間違いなく、かつて私を救ってくれたひとだ。……貴女の知らない貴女と私の物語で、儚くも散ったひと。
 私は貴女を、もう失ったりはしない。私を護ってくれた貴女が、今一度、私という新たな私を呼び寄せてくれた時には、運命さえも感じたのだ。
 ……ずっと、貴女にもう一度だけで良いから、お会いしたかった。今度は私が、貴女の守護者になりたかった。今の私は、一族総出で貴女を守護するカードとして此処に在る。──今の私には、貴女を護るだけの力が確かにあるのだ。
 ……貴女の輝きを、ずっとずっと、傍で見つめ続けたいと私は思う。その為にも、もう絶対に貴女という花だけは、誰の手にも摘み取らせたりはしない。

「……貴女の精霊で、貴女のパートナーで良かった、と……そう、考えておりました……」
「……急に、どうしたの? やっぱり、何かあった……?」
「ふふ、何故でしょうね、急に貴女に伝えてみたくなったのです……こういったことは伝えられる時に伝えておかないと、後悔するような気がして……」
「……やめてよね、私は貴女に後悔なんてさせないわよ……」

 私の言葉が気に障ったのでしょうか、少しだけ不機嫌そうな顔をして、……それでもマスターは、様は、私の手をそっと握ってくれました。
 ──優しい体温、確かな感触、彼女は今も、此処に居る。
 故に私は、きっと何度でも彼女に選ばれるのだという自信は、実感は、……祝福となって、確かに私を抱きしめてくれていた。

「乙女……貴女はずーっとずっと、私のパートナーでしょう! 私は貴女を離さないし、貴女は私の傍で私を守り続けるの。……それが約束でしょう?」
「……ええ、もちろんです、様」

 ──貴女のその力強い瞳が、今でも私の神様。 inserted by FC2 system

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