vs.パラドックス

※超融合



 ──話は、今より少し遡る。
 出先からリーグ本部へと帰ってきた翔が、「サイバー・エンドのカードを奪われた」と、俺やに向かって涙ながらに告げたのが全ての始まりだった。
 敵対した決闘者の特徴を翔から聞き出す俺の横で、怒りに燃えて立ち上がったのは、であった。精霊と心を通わせる決闘者であるに──そしてサイバー・エンドが、俺達兄弟にとってどれほどの意味や価値を持った大切なカードであるのかを知るにとって、まだ見ぬ敵の所業が如何に許せないことであるかなどは、本人に語られずとも俺達にも分かり切っていた。

「待っていなさい翔くん! 私がサイバー・エンドを取り返してきてあげる!」
「えっ、ちょ、まってさん!」
「おい、!」

 ──とはいえやはり、を単独で敵の元へと行かせたのは間違いだったのだろう。……もしも、あの時に俺がを止められていたのならば、或いはこんなことには。……いや、そもそも、俺の言葉で止まるではないことは分かっているのだが。

「あ、さん! 大丈夫だった!?」
「一体何処まで行っていたんだ、怪我はないか? 
「……たし、の、……が……」
「……?」
さん? どうしたの? 何処か痛いの!?」
「……っ、私のっ、私の青眼がぁーっ!!」
「…………!?」

 ──常に荒涼とした風の吹く、龍のそれによく似た温度の冷たい色をした瞳を歪めて、わあわあとが泣き叫ぶのを見たのは、──本当に、久々の出来事だった。


 ──話は再び、今より少し遡る。
 翔くんが謎の決闘者に襲われたと話していた場所、それから対峙した決闘者の目撃情報を元に、その周辺で犯人探しに回っていたところへと、目的の人物はやってきた。
 ──そう、想定よりも早く、逃げ回っているものとばかり思っていた犯人──その未知の敵と、私は対峙することになったのだ。

「──ちょっとあんた! 一体、何のつもりで翔くんのサイバー・エンドに手を……」
「……ほう、まさかきみのほうから出向いてくれるとは……意外だった」
「はぁ……? 何をわけのわかんないことを……」
「フ、……伝説の青眼の白龍の使い手、海馬! きみもまた私の獲物に過ぎないというだけのことなのだよ!」
「! 何を、ふざけたことを……!」

 ──其処からの展開は余りにも一瞬で、正直なところ私は、何が起きたのかもよく覚えていない。。
 謎の決闘者と私は互いにデュエルディスクを構えたものの、交戦らしい交戦もなく、私が青眼を召喚した瞬間に、あの男は姿を消した。
 ──青眼を、黒いカードへと吸収して、男はそのまま巨大なマシンに跨り、まるで時空の彼方へと逃げたかのように、忽然と消え去ってしまったのだ。

 ──そうして、私の手に残ったのは薄茶色のフレームだけが残された空白のカードのみだった。
 その紙切れからは青眼の存在を一切感じられなくて、……それで私は、カイバーマンに支えられながらやっとの思いでリーグに帰って、……その間の記憶は、ぐちゃぐちゃに混濁している。
 私にもどうにか理解出来たのは青眼が私の傍に居ないという、たったそれだけの耐えがたい事実で、──私は、父の期待を裏切り、青眼の信頼を裏切ってしまったのだ。
 ──私にとってその事実は、死よりも遥かに耐え難いことだった。


 ──話は少し進み、また今より少し遡る。
 リーグ本部のカイザーから、俺の端末に連絡があった。……所属選手とはいえども、今日の俺はオフだというのに、一体何の呼び出しだと不満を募らせつつも、……カイザーの隣には、大抵さんが居ることも分かり切っているのだから、結局俺はあの先輩どもに、なかなか頭が上がらない。
 ……俺にとってあのひとは、特別だ。ずっと越えたかった憧れの決闘者であり、きっとかつては初恋の相手でもあって、他の誰よりも俺と言う人間を気に掛けて導いてくれた、卒業した今でも尊敬し敬愛する、大切な先輩。
 そして、そのさんがリーグ本部で泣いているから手を貸してくれ、という電話の主からの言葉に俺は当然、目を白黒させたわけだったのだが。
 ──実際、リーグ本部にすっ飛んできた俺を待ち受けていたのは、おろおろとさんを宥めようとするカイザーとカイバーマン、それにハンカチを握りしめて泣きじゃくるさんと共に、半泣きになっている翔という、……普段の連中からはまるで想像もつかない姿だった。

「──青眼が、奪われた……?」
も翔も、決闘の最中に奪われたそうだ、謎の決闘者にな」
「だが、相手が消えたって、一体それは……」
「本当だ。オレはの傍で見ていたが、あの男はカードの中に、青眼を取り込んだのだ」
「カードの中に……?」

 一体、どういうことだ。──話を聞いただけでは、とても状況は読めなかったし、その未知の現象に対してならば、この場の全員が同じ感想を抱いていることだろう。
 事実、自分たちで解決できる事件だったなら、きっとカイザーは俺を呼んでいないし、カイザーだけではなくプライドの高いさんだって、さんの泣き顔を俺に見せたがったりしないことだろう。
 ──それなのに、俺が呼び出されて、此処に居合わせてるということは、……この事態でこそ、俺には何か出来ることがある筈だと、この人たちが俺のことを信じてくれたからだ。

「──ねえっ、準!」

 さんの白い指が俺の腕を掴む。真っ赤に泣き腫らした目には、俺の前では頑なに格好良い先輩を気取っていたさんの面影はない。
 ……だが、意志の強い眼は間違いなく俺の慕う彼女のもので、色々と揺さぶられはしたものの頼れる後輩を取り繕いたかったからこそ、……はい、と。俺は平静を取り繕い、どうにか返事を紡いだのだった。

「万丈目グループのデータベースで、何か調べられない?」
「うちの、データベースで……?」
「何でもいいの、手掛かりになることなら! あいつの正体、目撃情報……なんだっていいわ! 私はあの子を取り返さないと、助けないと…!」
「わ、分かった。出来る限りのことはする。……力になるぜ、さん。今こそ、あんたに恩を返さなきゃな」
「準……」

 きっと、海馬コーポレーションのデータベースでも同じことは可能なのだろうが、──状況が状況だ。さんは極力、実家に迷惑を掛けずに解決したいのだろう。
 荷物から取り出したノートパソコンを起動し、データベースにアクセスする俺を横から覗き込む一同。──そして、情報に目を通す前に、俺は先客の存在に気が付いた。

「……あ?」
「どうした、万丈目」
「……十代の野郎が、アクセスした形跡がある……」
「……何? 十代が……?」


 ──話はもう一度、少しだけ遡る。
 遊星と合流して、童実野町へとやってきた俺は、遊戯さんを助けた際、人込みの中に見覚えのある姿を見付けた。
 ──見覚えがある、というのは少し、適切じゃないのかもしれない。けれど、一瞬だけ見かけた幼い女の子は、……俺はまだその子を知らないし、その子も俺のことはまだ知らないだろうけれど、……きっとあの子は数年後、確かに俺と出会うのだ。……この街の、海馬ランド。デュエルアカデミアの、入試会場で、──彼女が俺の決闘を見つめて、不敵に微笑んでいたことを、俺は今でも色鮮やかに覚えている。

「……なあ、遊星」
「どうしました、十代さん」
「これは、ぜってー護んねーとな、この街もここの人達のことも!」
「……? は、はい。そうですね……?」

 ──あれは、間違いなくさんだった。
 あれだけカードを交わして、激しい決闘を繰り広げる姿も散々目に焼き付けたあの人を、俺が見間違う筈もない。
 ……それに、さんが今この街にいるっていうんなら、余計に負けられないよな。……あいつの野望は、絶対にここで阻止してみせる。遊星と、遊戯さんと共に、俺がさんの未来を護るんだ。
 ──まあ、フィールドに現れた青眼を前にして、遊戯さんと俺が違う人物の名前を叫ぶのを聞いて、困惑する遊星を見た時には、思わず笑っちまったけどな。

 ──そして話は、今に至った。

「はい、さん。翔もさんも、もう手放しちゃ駄目だぜ?」

 ──そう言いながら茶化すように笑って十代が私に手渡したのは、今、誰よりも会いたかったあの子のカードだった。

「じゅう、だい、これ、どうして……」
「ん? まあ、ちょっと色々あってさ! 安心してくれよな、もうあいつは俺達でやっつけたからさ!」
「うわーん! 僕のサイバー・エンド! アニキ、ありがとう!!」
「十代……ありがとう、本当にありがとう……!」

 ──周囲の目も気にせず、誰への配慮も何も無く、自分の立場も顧みず。──そうしてあの子を呼び出したのは、これが初めてだったのだと気付いたのは、私がちゃんと落ち着いた後のことだった。

「青眼……わたし、あなたに……」

 ──何もしてあげられなかった、父様は私に、あなたを託してくれたのに。
 ──そう呟いた途端に、情けなく零れ落ちてしまったそれを至極当然のように舐め取る彼女は、暖かくて。……擦り寄る冷たい体温が愛しくて、心から安心して、……一度溢れてしまったものは、何一つ止まらなくて。

「……よかった、あなたが無事で、本当によかった……!」

 首に向かって腕を回し、ぎゅうっと抱きしめてやることさえままならない、矮小で情けない主に向かってぎゃう、と優しく鳴くあの子の眼は、あの時と変わらず、何者よりも美しい青色をしている。
 彼女がいなくなったことに散々慌てて、泣いて暴れて、この子にも父様にも顔向けできない、私は情けない主だ、と。──悲観して絶望していた私を、それでもあなたは、優しい目で見ている。

「よかったなー、青眼。お前、さんと引き離されて寂しかったんだもんな?」
「ぎゃーお!」
「ふふ、ふ……嬉しい、ありがとう、青眼……私の元に帰って来てくれて……」
「ぎゃぎゃう!」
「……もう一度、私を選んでくれて、ありがとう、青眼……」

 ──この子のマスターとして、果たして今の私は彼女に相応しい決闘者になれたのか、本当はいつも不安だった。
 勝ったり負けたりを繰り返して、どれだけ先に進んだって、この子に相応しいのは今でも、私よりも父様なんじゃないかって、心の何処かではそんな風に思っていた。
 ──けれど、それでも。精霊の気持ちを理解している十代が、青眼を返す相手は私だと思ってくれたこと。青眼を失った私を支えようと手を貸してくれた彼らが居たこと、それに何より、──青眼が私の場所に帰って来てくれたことが嬉しくて、今もまだ私は無力で情けないマスターには違いないだろうけれど、……これからいくらでも、あなたに相応しい決闘者になろうって、私は改めてそう思えたのだ。

「おかえりなさい、青眼……私の、大切なパートナー」
「ぎゃーう!」

 ──私の口元へと鼻先を押し付けるあなたのその仕草は、親愛のキスに似ていた。



「しかし、お前がああも取り乱すとは、流石に予想できなかったな……」
「な、なによ……仕方ないじゃない……」
「いや、責めてはいないぞ。いい事なんじゃないか、青眼もお前のような主を持てて、幸せだろう」
「そ、……そう、かしら……」
「ああ、そうだ」
「……あ、それより、亮……」
「どうした?」
「……ありがとうね、あの時、冷静に準に連絡してくれて。私一人じゃ、きっと泣いてるだけだったから……」
「いや……俺は何も……」
「あんたのそういう咄嗟の判断力には、いつも救われるわ。……だから、ありがとう」
「……そうか?」
「ええ、そうよ」
「そうか……」
「だから亮も、これからもよろしくね」
「……ああ、勿論だ」 inserted by FC2 system

close
inserted by FC2 system