あの輝きはさよならを知っている

「──強くなれ、。貴様はオレが見込んだ王者、戦いのロードを歩むべき資格を持った者なのだ」
「……はい、とうさま」

 ──我が主。オレがそう呼び従う、たった一人の決闘者。名を、海馬
 オレは、その少女の手に抱かれるために、その少女を護るためにと、創造主によって生み出されたカードだった。
 オレが少女と出会った日、幼い我が主は既に今と同じく気丈で強気な、子供らしくない子供だったのを良く覚えている。
 滅多なことでは泣かない、甘えない、縋らない。──主をそうさせたのは、きっと生まれ育った環境だったのだろう。
 養父である海馬瀬人への恩義に報いるために、海馬家の人間として誇れる決闘者であるために。──そう呪文のように自分に言い聞かせては、涙を堪えて我慢ばかりを繰り返して、子供らしい我儘のひとつも唱えない。
 ……あの頃の主はきっと、周囲の大人からすれば可愛げのない子供だったのだろうと、そう思う。
 しかし、オレはあの頃から、主のそんないじらしさが愛おしくてたまらなかった。彼女こそがオレの仕えるべき主、いつかの王者足り得る存在なのだろう、と。──そのように、信じ続けていた。
 故にこそオレは、主の騎士でありたい。どんな時でも主の傍を離れずに、全ての災禍からこの王を守り抜きたい。──そう、小さな主君の寝顔を見守る度に、オレはそんな風に思い願っていた。

「……カイバーマンは、ずっと昔から、私の傍ににいてくれたわよね」
「……どうした、主? そのような、今生の別れのようなことを言うな、縁起でもない」
「そういう話じゃないわよ。……でも、カイバーマンはね、ずっと私を護ってくれたのよね、って……急にこんな感慨に浸ったりして、明日は大切な日だから……もしかして、弱気になっているのかしら」
「まさか。貴様に限って、弱気などに飲まれるはずもない。……まあ、オレとていつも貴様こそがオレの女王であると慕い上げている。だからこそオレは貴様を護ってきたのだ、主よ」
「あら、私はあなたの女王なの?」
「そうに決まっているだろう」
「それは残念だわ、私にとってはあなたは王子様なのに。……私、あなたにとってはお姫様じゃないのね」

 ──故に、貴様がそのような世迷言を唱えたあの日には、……どくん、と。心臓が跳ねて、平静を装う声が果たして、よもや震えてはいまいかと気がかりでならなかった。

「……ほう。貴様は姫様扱いがお望みだったのか? 主よ」
「当然でしょ? ……酷いわ、カイバーマン」
「……フン、主の望みならば、別に対応を変えてやっても構わんが……」
「でも、カイバーマンは私を女王と呼びたいのでしょう?」
「……それは、当然だ」
「それなら、あなたの好きにすればいいわ。私は変わらず、あなたを王子様だと思ってるけれどね」
br> 「……でも、女王か……そうね、確かにあなたが騎士というのは、素敵ね」

 ──貴様は酷なことを言う、惨いことを言ってくれるな、よ。
 貴様は確かに精霊と心を通じ合わせた決闘者で、オレは貴様の守護者だが、──それでも、主は人間だ。いずれ主は、オレなどの姫ではいられなくなる日が必ず来ると分かっているからこそ、……オレは、己の立場を弁えた感情以上の何かを貴様に抱いては成らんと己を律してきたと言うのに。
 そもそも主は、王子様とやらに護られて生きられるような人間ではない。自らがカードの剣を抜き、勇猛果敢に突き進む女王なのだ、貴様という魂は。
 ──例え、どのような王子が現れようとも、貴様はその手を払いのけてしまう癖に。……そうだ、主の対の玉座に座るのは、王子などでも、オレなどでもない。貴様の玉座の片割れには、何時か皇帝が座することだろう。
 オレは所詮、主の僕。……オレがどれだけ願ったところで、主よ、貴様の剣にしかオレでは成れんのだ。──その境界線を見誤ったのならば最後、……オレは貴様が望むような忠実な僕のままでは、いられなくなることだろう。

「──お喋りはここまでだ、主よ。明日はアカデミアの実技試験だ、夜更かしは体に障るぞ」
「それは、分かっているけれど……今夜はもう少しだけ、カイバーマンと話していたいの」
「……我が聡明な主君よ、オレの忠告を聞いていなかったのか?」
「何よ……カイバーマンにだけは甘えてもいいって、あなたが私に言ったんじゃない。……それに、少し、緊張してるの。……らしくない、けれど……」
「そうでもなかろう? 主は昔から本番に強い癖に、前夜に緊張して眠れなくなることが多かったからな」
「なっ……そんなことないわよ!」
「いいや、ある。……だが、こうも言っただろう、我が主は本番に強いとな。……故に安心して眠るがいい、我が主よ。朝までオレが傍に居よう、いつものようにな」
「……もう、分かったわよ……」

 そう不満げに零しながらもちいさく唇を尖らせる主を宥めて、寝室へと誘導する。……薄着の寝巻の肩が冷えてしまう前に、さっさと寝て貰わなければ困る。主が風邪を引けば付きっ切りで甘えた声を聞いてはいられるものの、明日は大事な日。……万が一にでも倒れられては、主が一番後悔することになるのだ。間違いなく貴様は、不調を無視してでも試験に向かうのだろうからな。

「……おやすみなさい、カイバーマン」
「おやすみ、我が愛しの女王よ」

 あの澄み切ったまでの凶悪さを孕んだ眼に射抜かれたその日から、オレは主にどこまでも着いてゆくことを決めた。
 ──いつか必ず、この主は化ける、いつか主は真の王になる。オレはその努力を、無茶を、我慢を、傍で少しでも分かち合いたい。そう思い願うのはすべて、オレが貴様に魅入られてしまっているからだ。
 ……敬愛する、我が主よ。だからオレは、あなたの剣でいいのだ。
 その清廉なる信頼で、貴様がどれほどオレを縛り上げていたとしても、そんなものは捨て置いて先に突き進んでしまって構わない。
 貴様が何処へ行こうとも、オレはいつでも、主を追いかけよう。それがオレに与えられた権利であり、主から受け取り続けることの出来る忠臣としての誉れなのだ。
 故にオレは、それ以上のことは決して望まない。──望んでも、叶わない。
 それが望んで手に入るものならばどれほどよかったことだろう、されどオレは所詮カードの精霊。人である主の対の王にオレは成れんのだ。
 ……だから、そうだ。……オレは主のたった一人の騎士で在りたいと、それだけを永久に願うのだろう。 inserted by FC2 system

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