あなたのラスボスでいさせて

「──本当に、アメリカ校に残るのか?」

 ──此処はアメリカ・アカデミア。デュエルアカデミア本校から遥かに離れた、土地は違えど、そして分校と言えども紛れも無い、デュエルの強豪校である。

「ええ、もう少し此方で実力を試してみたいの。海馬が只のになる、この異国の地でね」
「……此方でも彼方でも、お前がレジーナであることには変わらんだろう?」
「そうね、でもそれなら尚更。レジーナの肩書きに相応しい決闘者に、此処での刺激は私を押し上げてくれる気がしているから……」

 ──海馬、それが私の名前だ。
 幼少期に養父、海馬瀬人の養子に入った私は、以来、父に叩き込まれ、そしてあの人が私に無限の可能性を見出してくれた決闘の世界、その果てない道を歩き続けている。
 元々それは、父の意志だ。しかして、私の意志でもある。
 幼い頃よりデュエルモンスターズの精霊と会話が出来た私にとって、決闘は彼らが手繰り寄せてくれた、私の歩むべき道で、歩みたかった世界。
 その道標になってくれたのが私の父で、父も私の背を喜んで押してくれた。父の後押しで、子供の頃からジュニア大会に出場して、勝ちも負けも味わって、そこで出会ったのが亮だった。
 同時期に出会った吹雪も含めて、以来、私達の腐れ縁は今日まで続いている。そしてきっと、明日も続くのだ。私達が同じく、決闘の道を志す限りは。
 そんな私達三人は、校長から仲良く揃ってアメリカ・アカデミアへの留学を勧められ、そして、今日でその期間は満了した。アメリカ校でもトップの成績を残し、最後の交流試合も終えて、後は本当に、帰国するだけ、だったのだけれど、……なんだか私は、もう少しだけ、アメリカに残って決闘をしていたいような気がして。此処で得られるものがまだ残っているような気がしてしまって、もうしばらくはアメリカ校に残留することになったのだった。
 同じく、残留を申し出た吹雪に便乗して、私も吹雪同様に、帰国前日の土壇場になってから、急遽、もう暫く、此方に残る許可を、両校の校長より得ていた。
 そして今は、既に帰国の手続きを終えていた亮に、呆れたような、困ったような顔をされながら、亮の帰国前夜、アメリカ校における彼の部屋で、荷造りをする亮の姿を眺めている。

「……そうか、其処まで言われては、仕方がないな」
「亮はやっぱり戻るの?」
「ああ。此方で出来ることは終えたからな、それに、少し気掛かりもある」
「……ああ、確かにそうだったわね」

 気掛かり、というのは恐らく、本校に入学したという弟のことだろう。暫く会っていない訳だし、亮の弟──翔くんというらしい、その男の子は、少し決闘者にしては優しすぎる節がある、と亮から聞いたことがある。
 今頃、本校で揉まれているであろう翔くんのことが、きっと亮は心配なのだ。
 決闘者としての腕も資質も確かだと、亮は翔くんの話を誇らしげに語っていたし、なるべく、力になってあげられる距離に居たいのだろう。
 ──それに比べて、吹雪ときたら……。

「──しかし、吹雪も残るのか……だがあいつは、恐らくだがお前とは、残留の理由が違うのだろう……?」
「まあ……そうでしょうね。今もマックの所に行ってるもの、明日には亮は日本だって言うのに、今夜くらいはって誘ったんだけど……」
「まあ、別にまたすぐ再会するわけだからな。吹雪は何て?」
「気を利かせてるんだ、って言われたわ」
「……何が?」
「さあ……?」

 留学先のアメリカ校で、吹雪は同じ学年の決闘者、レジー・マッケンジーに一目惚れしたらしい。その彼女と共に過ごす為、と残留を希望した吹雪の気持ちは、正直、私にはよく分からなくて、そしてそれはどうやら、亮も同じらしい。
 私は、決闘一筋でこの道に打ち込んできたし、多分それは亮も同じだ。だからこそ私達は、気が合った節も大いにある。……まあ、吹雪は私たちとは全く違うタイプだったものの、彼はあの気質こそが人を惹きつけるのだと思う。
 私も吹雪のあの明るさは嫌いじゃ無いし、結局は三者三様、それでも何かを感じていたからこそ、ずっと三人で友人として、ライバルとして、付き合っているのだ。
 本校にいた頃はそれこそ、常に三人で行動していたものだけれど、アメリカ校に来てからは、吹雪に放って置かれた者同士、私と亮は二人で行動することが増えて、だからなんとなく、亮が一人で帰国してしまうことに対して、妙な寂しさ、のようなものがあった。
 ──確かにカイザー、レジーナ、キング、なんて称号で呼ばれて、私達三人は、私と亮は、いつも一緒だったけれど。ライバルなら、此方には他にも居るというのに。それこそジュニア時代からの顔馴染みであるエドもいるし、デイビットもいる。マック──は、個人的にも仲は良い方だと思うものの、現状、吹雪のあの様を見る限り、私が近付けるかどうかは分からないので、ノーカウントになるけれど。

「明日香のこと、心配じゃないのかしら。全く、吹雪ったら……」
「さあな。……しかしお前も、後輩が入学してきているんじゃなかったか? ほら、ジュニア大会で何度か見かけた……」
「ああ、準? 大丈夫よ、あの子は強いから。私が見張っていなくても、大丈夫」
「……やけに肩を持つな?」
「? だって父様の会社絡みでの付き合いもあったし、弟みたいなものよ? 当然でしょ?」
「……まあ、確かにそれもそうか」
「それがどうかしたの?」
「……どう、したのだろうな? 俺は、何を……?」
「……? まあいいわ、……? でもね、亮、私が帰る前に準に負けたりしないでよね。……私のライバルの強さ、あの子に思い知らせてやりなさい」
「……ああ、当然だ」

 ふ、と不敵に笑ってみせるライバルの姿に、私も負けてられないな、と改めて思う。亮と吹雪は、私にとって一番のライバルだった。掴み所のない吹雪とは逆に、亮は決闘への熱意も、打ち込み方も、人一倍分かりやすい。
 周囲はそんな亮を分かりづらい男だと言うけれど、私はそうは思わないので、多分私達はよく似ているのだろうと思う。決闘者としての姿勢だとか、その内に秘めるもの、身に纏うものだとか、そう言った、いくつもの何かが。
 ……だから、私も実は少し不安なのかもしれない。亮を見送り、私は、実質一人で、アメリカ校でやって行けるのか、と。だけど、──だけど、そうじゃないのだ、不安だから一緒に帰る、と言う選択をしてしまうのは、違う筈だ。私は、決闘者だから。彼の好敵手で、最高の宿敵だから。

「……さて、荷造りも済んだしな。……どうだ、一戦。帰国前にお前と決闘しておかなくては、気合いが入らん」
「あら、いいわね。私もその方が明日からのやる気が出そうだし」
「ならば卓上……というのも味気ないな。デュエルフィールドの使用許可を取りに行くぞ」
「この時間から?」
「まあ……誰かしら、許可をくれる教師がいるだろう」
「それもそうね。……ああ、でも本当に、これで最後なのね……」
「……どうした?」
「……ねえ、私、やっぱり少し寂しい。……なんでかな、明日からは亮と決闘出来ないからなのかしら……」
「……奇遇だな」
「え?」
「俺も、妙に心残りだ、を此方に置いて行くことが。別に、またすぐに会えると言うのにな……」
「そうよね、変なの」
「ああ、全くだ」
「……あ、そう言えば、向こうに帰ったら小日向によろしくね? 私、小日向と会うの楽しみなの」
「ああ、そうだったな。お前の活躍、伝えておく。まあ、小日向は良い顔をせんとは思うがな……」
「ふふ、小日向ともずっと会ってないし、私のこと話しておいてね。私のこと待っててくれるかしら、きっとまた強くなってるだろうし、小日向とも決闘するの楽しみだわ」
「……向こうは恐らく、お前がミスコン前に留学したことを恨んでいると思うぞ?」
「そう? 私は小日向のこと、結構好きなんだけどな……でもそれって、小日向は私のことライバルだと思ってくれてるってことよね? 嬉しいわ」
「……お前は、小日向に関してはやたらと前向きだな……」
「そう? 私はいつでもポジティブよ?」
「……まあ、確かにそうだが」

 そんな風に、他愛もない雑談をして、決闘して、翌朝、亮が乗り込むヘリを見送って。
 結局、私があの妙な寂しさの理由に気付くのは、──もう少し先のこと、此方に残留を決めて暫く経ってからのことだった。


「それじゃあ亮、気を付けてね」
「ああ。も、体調には気を付けるんだぞ」
「フン、キミは何も心配しなくて良いぞ、カイザー? にはMeが付いている、……そうだろう? ?」
「うん……? そうね……?」
「まァ、にはボクも付いているよ、亮。ボクはプロの仕事で空けがちだが、僕が付いていれば何も心配ないだろう?」
「……そうか……?」
「あははは! まァ、これもキミたちには良い機会サ! 離れて気付くことって、あるだろう? 亮?」
「……? どういうことだ?」
「だからネ! キミたちは鈍すぎるってことサ! いつも言ってるじゃないか!」
「……! ……待て吹雪、つまり、それは……お前が言いたかったのは、気を使ったというのは、まさか、俺は……?」
「さァ! 早く行った行った! カイザーの凱旋をきっとみんなお待ちかねだからネ!」
「ハハハハ! その通りだカイザー! 邪魔者はさっさと帰るんだなァ!」
「邪魔者……? デイビット、亮とそんなに仲悪かった?」
「くっ……吹雪! くれぐれもエドとラブを見張っておけ!」
「それはどうかなァ?」
「おい! 吹雪!」
「何喧嘩してるのよ、別れ際だって言うのに。……まあいいわ、亮!」
「なんだ!?」
「私、もっと強くなるから! 昨日の借りを返しにすぐに追いかけるわ! ……だから、あなたも」
「……ああ、先に向こうで待っているぞ、!」

 ──そして、俺がこの理由にはっきりと気付くのは、別れ際にもう一度、ハイタッチを交わした彼女の手を離して、アカデミア本校へと帰った、──その朝のこと、だった。 inserted by FC2 system

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