きみをヒーローにしてあげる

 アメリカ校に残留したが、一足遅れて帰国することになった。
 吹雪も、それにマッケンジーやラブたちもが、本校へとやってきても。単身、アメリカに残り続けていた、。あちらにはエドをはじめとした強豪の決闘者も多く、その地に単身で留まり、研鑽に励むことで、必ず、見えるものが、掴めるものがある、と。そう、彼女は、嬉しそうに笑っていた。

「此処では誰も、私をレジーナとは呼ばない。彼等にとって私は只の海馬でしかなくて、お前が海馬なら、海馬瀬人を継ぐ者なら。そんなものじゃないだろう、って。……この地は、私に、そう問いかけてる気がする。だから私は、もう少しだけ此処で戦ってみたいの」

 そう言って、本校に戻る俺を見送った彼女を、アメリカに一人、残してゆくことが。ひどく、心配で、不安だ、と。そう、思ってしまったのは。……その、理由は。

 ──基本的には、しっかりとした奴だ。決闘一筋で、少し常識知らず、危なっかしく、抜けているところもあるものの、あの海馬瀬人の教育方針で、決闘者として、そして、後継者としての英才教育を、海馬の家に相応しい者としての教育を受けて育った彼女は、正しく文武両道である。
 頭は切れるし、決闘の腕も立ち、護身術の類も一通り叩き込まれているには、下手をしなくとも、並大抵の男では、何事においても太刀打ち出来はしないだろう。
 加えて言えば、日頃の立ち振る舞いや、細やかな所作にも、彼女はその育ちの良さを感じさせる。
 その立ち姿は、男から見ても非常に頼もしく、だからこそ彼女は、男女問わずに、生徒たちから慕われるのだ。決闘の天才、海馬二世。我らが女王、レジーナ、と。

 ──そこまで、理解していて、その上で。
 を一人で残すのが、と離れるのが、俺が、彼女の傍に居られなくなることが、心配だった、というのならば。

「──亮! 吹雪!」

 俺は、が一人でも無事にやっていけるかだとか、彼女のメンタル面や、身の安全だとかを、心配していた訳では、ない。
 俺は只、俺の知らない、ところで。……俺の知らない、何者かに。……彼女を奪われるのが嫌だったという、これはそれだけのことなのだろう。

「おかえり、! 元気そうで安心したヨ!」
「ただいま、吹雪! 吹雪が出迎えてくれるとは思わなかったわ、驚いちゃった」
「まさか! 親友の帰国だヨ? そりゃ出迎えるサ!」
「そう? てっきりマックの所に行ってるかと思ったわ」
「……、もしかして、それは嫉妬かい?」
「馬鹿言わないの。少しはマックの都合も考えなさい、って言ってるのよ」

 島内のヘリポート上空に、バラバラとけたたましく、プロペラの音が鳴り響き。──やがて、開いた白い機体の扉から、梯子を掴んだ彼女が、飛び出してきたときには、……流石に俺も、心底、肝が冷えた。
 そうして、地に降り立ったが、心底待ちきれない、といった様子で、俺と吹雪に向かって手を振りながら、白い制服の裾を翻し、真っ直ぐに駆けてくる。……変わらぬその姿を見つめながら、……俺は、少し、驚いていた。

「亮も! ただいま!」
「……ああ、おかえり、
「その顔、私がいなくてさぞかし寂しかったんでしょ?」
「な……」
「安心しなさい! 今日からはまた、いつでも私と決闘できるんだから!」

 悪戯っぽくそう言って、笑う彼女の、平時、人前では見せない、年相応に、子供っぽい、その表情だとか、俺よりもずっと小柄な背丈だとか、薄い肩に、細い手足、白い肌、それから、長い睫に縁取られた、透き通った瞳、だとか。
 ──そういう、彼女を構成する、すべては。こんなにも、眩しかっただろうか。

「……ああ、そうだ、な」

 瞼の裏にちかちかと、降り注ぐ星の雨。くらり、と、眩暈にも似た熱情に、只、頭の中が熱くて。
 ──ああ、やはり、そう、なのか、と。……俺は、思い知ったのだ。


「──レジーナ、争奪戦?」
「そう! キミの帰国記念、凱旋試合だネ!」
「俺の帰国時にも、やったぞ」
「え、吹雪は?」
「ボクはほら、急な帰国だったからネ!」
「……まさか、吹雪……」
「呆れたな……それが嫌で、急に帰ってきたのか……」
「やだなァ、ボクは愛しのマックと共に帰ってきただけだヨ! 他意はないサ!」

 ──場所を移して、学内のカフェテラスにて。の帰国が決まった際に、鮫島校長から全校生徒へと発表のあった、明日幕を開けるデュエル大会へと、話題は移っていた。
 俺の帰国時に、大会優勝者の賞品として、俺との対戦権が与えられたのと同じように。の帰国記念には、との対戦権を掛けたトーナメント大会が行われることとなったの、だが。

「……で? ルールは?」
「参加資格は、留学生を含む全生徒が有している」
「トーナメントを勝ち抜いた勝者が、エクストラマッチで、レジーナと対戦できるのサ!」
「……つまり、私は優勝者の景品で、私に拒否権はないってことよね?」
「でも、断るキミでもないだろう?」
「まあ、そうだけれど」
「ああ、それともうひとつ」
「何よ?」
は、このエクストラマッチまで、私闘、公式戦含めた、決闘禁止!」
「……はあ!?」
「当然だろう? だって、優勝商品は、キミの帰国後初の対戦相手になる栄誉、なんだからサ!」
「そんな勝手な! ……だって、待ってよ、私は、帰ったら真っ先に──」

 ──そう、この大会の勝者は、帰国後初の、の対戦相手となる、権利を得る。
 アメリカに単身残った学園のレジーナが、一体、どれ程に腕を磨いてきたのか。それが、気にならない決闘者は、この島には居ない。誰だって、その最初の、対戦相手になりたい。
 ──例え、その権限が、本来は。無条件で俺が手に入れられたもの、だろうとしても。既に、その権利は、争奪戦の賞品となったのだ。

「──だったら!」

 ばっ、と俺の方を勢いよく向いて、じっ、との瞳が、有無を言わさぬ圧力を持って、俺を睨み付ける。
 ──そんな顔を、されなくとも。このまま引き下がる気がないのは、俺も同じだ。

「亮!」
「……ああ、無論、俺も参加する」
「! そうこないとね!」
「え!? ちょ、ちょっと亮!? 流石に大人気ないんじゃないかい!?」
「なんで?」
「なぜ?」
「だ、だって……この大会には後輩達も、大勢参加するんだヨ?」
「望むところだ」
「いやそうじゃなくて! キミと違って、後輩達は、と戦う権利なんて早々には……」
「──それでも、俺は出る」

 ──譲れない、譲りたくはない、のだ。俺とて、この日を、との再会を、──再戦を。心待ちに、してきた。
 俺がアメリカ校を去った前夜、悔し気な眼で、次はこうはいかない、と啖呵を切った、彼女が。どれほど強くなって、帰ってきたのか。それを、最初に体感する、その権利だけは。……相手が誰であろうと、俺は譲りたくはない。

「……何と言われようと、俺は、大会に出場するつもりだ」
「そうよ! 吹雪は? どうするの? あなたも参加するんでしょ?」
「え、ええ……ボクは、遠慮しておくヨ……」
「なんで?」
「なぜ?」
「いや、だからネ……」

 ──大人気ない、と。吹雪からの向けられる批難の声は、冷たかったが。……何故、俺がこうも頑ななのか、以前にも増して、との対局に執着しているのかを、……恐らく、吹雪は知っている。だからこそ、吹雪にはそれ以上、何も言われなかった。

「──亮……」
「なんだ、吹雪」
「……やるからには、勝てよ」
「──ああ」
「レジーナの隣に相応しいのは、カイザーなんだって皆に見せつけてやれ!」
「!? お、おい吹雪……」
「ちょっと、何の話をしてるのよ、二人とも」

 再会も早々に、翌日へと備えて寮に戻った俺は、デッキ調整へと取り掛かる。……本当は、もう少し、と話していたかった、が。そんなことで明日、戦いを通じての対話が、おざなりになったのでは、に、笑われてしまうことだろう。
 ──そうして、十二分に大会に備えて、デッキを、戦略を、備えて。──明けて、翌朝。

「──亮」
「! ……」

 初戦へと赴く俺の前に、が現れた。

「……特設ギャラリーに、居るんじゃなかったのか?」
「この後はその予定よ、でも、私のライバルには、一声かけておこうと思って」
「そうか……」

 デュエルフィールドへと続く、選手用の通路で、ステージに溢れる光を、背に。は、楽しそうな表情で、俺に向かって語り掛けている。
 今回の大会、ラスボス役を務める彼女は、本来ならば、誰か一人を応援して、その一人が上がってくることなどを望んではいけない立場に在る。
 ──只、それでも。……それがどうした、自分のライバルはお前だ、と。俺はその時、の瞳が、そう、語っているような気が、したのだ。

「……
「何?」

 ──彼女と離れていた期間で、俺には気付いたことが、あった。それは再会を経て、確信となり、今、決闘への熱と共に、俺の心臓を強く、叩いている。……どうやら、俺にとって、お前は、親友であり、好敵手であり、それと、同時に、──大切な、たった一人であったらしい、と。

「……俺が勝ったら、お前に話したいことがある」
「あら、優勝宣言とは殊勝なことね?」

 ふっ、と。不敵に微笑み、その挑戦を受けた、に。……俺は今、伝えたいことが、あるのだ。

「まあ、いいわ、私に勝てたら、何でも聞いてあげる」
「……ああ、望むところだ」
「ええ。じゃ、楽しみにしてるわ、頑張ってね。……ああ、それと」

 その瞳は、いつも涼やかで。それでいて、決闘を前にすると、強い火が燈る。その青い炎の色が、俺と対峙したその時だけ。特別な色に揺れている気がする、等と。……これは、俺の思い込み、だろうか。

「──上がってきなさい、チャレンジャー!」


 大会を着実に勝ち進め、準決勝の相手は、小日向だった。
 普段、余りこういった大会に参加したがらない小日向が、珍しいこともあるものだ、と。……当初はそう、思ったが。

「──ああ、そうか、キミは、に憧れているのだったか」
「誰がよ、誰が!?」
「……違ったか?」

 ……はて、確か、決して違わなかったはずだと思うが、と。首を傾げていると、そういうところが気に入らない、と。小日向からは手厳しい言葉が飛んでくる。
 は、同じ学年で、決闘の腕も立ち、同性である小日向に対して友好的、というか、彼女と仲良くなりたい、らしいのだが。小日向の方はといえば、普段はに、攻撃的な態度ばかり取っている。
 ──しかし、恐らくあれは、憧れに起因するものだ、と。見ていれば、なんとなくだが分かった。ミスコンになど見向きもせず、毎年その時期は、学外──故郷である童実野町で開かれるデュエル大会に参加している、
 別に、にそんな気はなくとも、小日向にとっては、貴重な直接対決の場に出向かず、ストイックに決闘の道にのみ、直向きに生きるに、色々と、複雑な思いを抱いているのだろう。
 ──今年に至っては、ミスコンの時期、は留学していたからな。小日向が望むミスコンでのとの正面対決は、これで二度と叶わなくなったことになる。

「どうしてカイザーが参加してるのよ……! 大人気ないわね!」
「そうか?」
「私には、海馬と当たる機会なんて滅多にないのに……!」
「キミが本気を出せば、そんなこともないだろう」
「何よ! ……あなたって、こんな時までこれ見よがしに、海馬を独り占めして……」
「……そう、見えるのか?」
「とぼけてんじゃないわよ!」

 ──決勝への切符を、小日向との戦いで制し、そして、迎えた決勝の相手は。

「──デイビット・ラブ、お前か」
「聞いたよ、に勝って、伝えたいことがあるんだって?」
「お前には関係……いや、……関係がある、と言いたいのか?」

 ふと、アメリカ校を発った日に、この男が放った言葉を、思い出す。
 ──そうだ、思えば、俺は。この想いに、自覚が伴う前から。どうにもこの男が、気に食わなかったのだ。それは、ラブと言う決闘者自身がどうこうという意味では無いのだが。
 ──只、この男は。何かとに親しげで、彼女への態度が気安かったものだから。……が俺や吹雪と共に、アメリカ校へと留学に訪れた、その日から、ずっと。俺はどうにも、この男が気に入らなかったのだ。

『──Meはデイビット・ラブ。youの名前を聞かせてもらえるかな? 美しい人』

 唖然とするの手を取って、その手の甲へと無遠慮に口付けた、あの日のラブの笑顔を思い出して、──ちり、と、胸の奥で、何かに火が点いたような、気がした。

「さて? ……まあ、Meがそうはさせないさ、生憎Meもに大事な用があってね」
「……そうか、ならば、尚更負ける訳にはいかんな」
「さァ、やろうか、カイザー!」
「いいだろう──お前には、負けん!」

 ──その一戦は、正しく、決勝に相応しい激戦だった。
 だが、負けて良い理由や、食い下がって許される理由など、何処にも無くて。──やがて、紙一重で決闘を制したのは、俺の方だった。


「──来たわね、亮!」
「ああ、待たせたな」
「まあ……あなたには、挨拶なんていらないわよね?」
「無論、待ちきれないと思っていたところだからな」

「「決闘!!」」


「──フィールド魔法、光の霊堂の効果発動! このカードの効果により、私は、通常召喚に加えて1度だけ、光属性・レベル1モンスター1体を召喚できる! 私はこの効果で、青き眼の賢士を特殊召喚!」

 より腕を磨いて帰ってきたとの決闘は激しい攻防戦が続き、──やがて、この決闘の戦局が動いたのは、恐らく、そのターンだった。それまでは、互いに一進一退、リバースカードで応戦し、相手の二歩目を阻害する、静かな決闘が続いていたの、だが。……静かな戦いに先に痺れを切らしたのは、やはり、のほうだった。

「続けて、青き眼の賢士の効果! このカードが召喚に成功した時に発動できる。デッキから青き眼の賢士以外の光属性・レベル1モンスター1体を手札に加える! 私はこの効果で、青き眼の乙女を手札に加え、攻撃表示で召喚!」

 のデッキは、上級青眼モンスターを、下級青き眼モンスターでサポートし、一挙に大量展開、高打点での怒涛の攻めで畳み掛ける、強襲・速攻型のパワーデッキ。
 ──そう、俺とのデュエルスタイルは、よく似ている。よく似ていて、それでいて、は先攻を得意とする決闘者であり、対する俺は、後攻を得意とする決闘者。
 互いの利が分かっていて、自分の利を選べば、相手に利を与えることも分かっていて。──それでも、絶対には、先に動くと分かっていた。

「そして、手札より、もう一枚の青き眼の賢士の効果! このカードを手札から捨て、自分フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを墓地へ送り、デッキから青眼モンスター1体を特殊召喚する。私は青き眼の賢士を墓地に送り──」

 ならば攻めあぐねている戦況に退屈し、必ず先制攻撃を仕掛けてくると、読めていた。
 その行動が、結果として俺の優勢を招いたとしても、は、絶対に動く。本気を出していない相手になど、勝つ意味がない、と。間違いなく彼女ならば、そう考えるからだ。力尽くで、相手の本気を引き出し、それを凌駕した上で、一枚上を行く。その頂点の、奪い合い。──俺達の決闘は、いつだって、そうだった。

「──轟臨せよ、我が魂! 青眼の白龍!」

「──出た! レジーナのエースモンスター!」
「青眼の白龍!!」

 ──俺もも、酷く負けず嫌いで、それが、互いとの決戦ともなれば、それは尚のこと、矯激に過ぎる。
 ──君臨する白き龍の神々しさに、超満員のギャラリーは息を呑む。
 やがて、すっ、と目を細めたかと思うと、──白き女王は、龍に攻撃を命じた。

「サイバー・ドラゴンに攻撃! 滅びの爆裂疾風弾!」
「くっ……」

 ──だが、負けず嫌いなのは、何も、お前だけではない、と。……知らないとは言わせんぞ、

「──カードを二枚伏せて、ターンエンド!」
「俺のターン、ドロー。サイバー・ラーバァを攻撃表示、ターン・エンドだ」
「随分弱気じゃない、いつもの勢いはどうしたの?」
「フ、お前こそ、いつまでそう強気でいられるかな」
「あら、言ってくれるわね」

 場のサイバー・ドラゴンが倒されたことで俺のライフは、900減って、3100。対するのライフは、未だ無傷の4000。……だが、大差はない。元より、こんな小さな凌ぎ合いで、倒せる相手とは、互いに思っていない。怒涛の一手、圧殺の手立てを、常に、互いが考えている。
 ──一撃で、この強敵から勝利を奪い取るほどの、必殺の手を。俺達は常に、探り続けている。

「私のターン、ドロー!私は手札より、正義の味方カイバーマン、召喚! カイバーマンの効果により、このカードをリリースして、青眼の白龍を特殊召喚!」

 二体目の青眼の登場に、ギャラリーが騒然とするのを聞きながら、驚くのはまだ早い、と。昂る心は、確信めいたものを抱いている。
 ──二体目を出したということは、来るのだろう。俺の場の、棒立ちのサイバー・ラーバァ。……まさかに限って、俺の壁モンスターを2ターンも保たせてくれるとは、決して思えないからだ。

「装備魔法、ワンダー・ワンドを発動! 対象に選択するのは青き眼の乙女! そして、青き眼の乙女が効果の対象になったとき、乙女の効果発動! 自分の手札・デッキ・墓地から青眼の白龍1体を選んで特殊召喚する!」
「……やはり、来るか! !」
「行くわよ! 亮! ──デッキより、三体目の青眼の白龍、召喚!」

「並んだ! 三体の青眼の白龍!」
「レジーナも、本気で来てるってことか……!」

 猛々しくも神々しい、三体の白龍が並ぶ姿は、圧巻だった。スタジアムの興奮は最高潮で、──それもそうだろう、青眼の白龍は、全ての決闘者にとって特別な、憧れのモンスターだ。
 かの海馬コーポレーション社長、海馬瀬人のエースモンスターであり、世界にたった三枚しかないそのカードは、デュエルキング・武藤遊戯の中に居たという、名もなきファラオとも、幾度もの激闘を繰り広げた、最強のドラゴン。
 ──そうだ、彼女は。
 それだけの重圧を背負いながら、その白き龍を右手に、海馬という名を胸に。誰よりも、誇らしく。誰よりも、毅然と。……いつでも、凛とした龍の瞳で。俺に対峙し続ける、我が最高にして、……最強の宿敵。

「バトル! 青眼の白龍で、サイバー・ラーバァを攻撃!」
「──サイバー・ラーバァの効果発動! このカードが攻撃対象に選択された場合に発動する。このターン、自分が受ける全ての戦闘ダメージは0になる!」
「バトル続行! 青眼! 滅びの爆裂疾風弾!」
「サイバー・ラーバァ、第二の効果! このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた時に発動できる。デッキからサイバー・ラーバァ1体を特殊召喚する!」
「だったら、あと二回攻撃するまで! 続けて爆裂疾風弾!」
「サイバー・ラーバァ第二の効果! 三体目のサイバー・ラーバァを特殊召喚!」
「三体目の青眼の攻撃! 滅びの爆裂疾風弾!」

 ──ならば、俺は。その信頼に、その期待に、応えねば、なるまい。

「ターンエンド! ……首の皮一枚ってところかしら? まさかこのまま終わらないでしょ? 亮!」
「……無論だ、! 俺のターン、ドロー!」

 ──このまま、やられっ放しで終われる筈が、無いだろう。
 が怒涛の展開を続ける中、整いつつあった俺の、逆転の一手。今のドローで、パーツは完全に揃った。……決闘者たるもの、引きの強さも実力の内、だ。

「エマージェンシー・サイバーを発動! デッキからサイバー・ドラゴンモンスター、または通常召喚できない機械族・光属性モンスター1体を手札に加える。俺はサイバー・エルタニンを手札へと加える」

 は、割って入る訳でもなく、楽しげな表情で、俺の戦略を見つめている。
 ──が、腕を磨くためにと、アメリカ校へと残り、俺は、先に本校がある日本へと帰国した、この少しの期間。──時間としては、そう、長かった訳ではない。だが、入学以来、……否、もっと以前のジュニア時代から数えても、今回ほど、との再戦に間が空いたことは、なかった。
 ──故に、あれは、挑発の眼差しだ。は、アメリカ校に残った間も、確実に腕を上げて、本校に帰ってきた。ならば、俺も。……成長している筈、強くなっている筈だろう、と。あの瞳はまっすぐに、俺を挑戦的な眼差しで射抜いている。

「続けて手札より、ボーン・フロム・ドラコニス発動! 自分の墓地及び自分フィールドの表側表示モンスターの中から、機械族・光属性モンスターを全て除外して発動する。手札からレベル6以上の機械族・光属性モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する!」
「……! 来るわね! あなたのエースモンスター!」
「出でよ、サイバー・エルタニン!」

 フィールドに襲雷するは、巨大な機光竜。──それが俺の切り札であることも、その効果をも、知っていながら。の不敵な表情は、決して崩れない。それどころか、雷を携え蹂躙するそのモンスターを前に、その瞳には、眩しい程の星が降るのだ。今、この瞬間が、心の底から楽しくて堪らないとでも、言うかのように。

「このカードの攻撃力・守備力は、このカードを特殊召喚するために除外したモンスターの数×500になる。俺が除外したモンスターは8体。よって攻撃力は4000!」

 ──だから、俺は。……否、俺も。全力でこの決闘、愉しませて貰おうか。

「サイバー・エルタニンの効果、コンステレイション・シージュ発動! このカードが特殊召喚に成功した場合に発動する。このカード以外のフィールドの表側表示モンスターを全て墓地へ送る」
「くっ……」
「さあ、三体の青眼を墓地へ送ってもらおう、
「……言われなくとも、分かってるわよ!」
「サイバー・エルタニンで、プレイヤーにダイレクトアタック! ──この勝負、貰った! ドラコニス・アセンション!」

 の場はがら空き。この攻撃が通ればライフは一撃で消し飛ぶ。──だが、きっと終わらんのだろう。、お前は。──そうも呆気ない決闘者では、ないはずだ。

「──それは、どうかしら?」
「何……?」
「流石ね、と言いたいけれど……甘いわ、亮! リバースカード、オープン! 速攻魔法、青き眼の威光、発動! 手札・デッキから青眼モンスター1体を墓地へ送り、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる! そのモンスターはフィールドに表側表示で存在する限り、攻撃できない!」

 ──あれは、あのとき伏せていた二枚のリバースカード、か。……無論、何かあるとは思っていた、が。その周到さには舌を巻き、俺は思わず、口角が上がるのを感じていた。

「私はデッキから青眼の亜白龍を墓地へ送る!」
「む……」
「対象は勿論、サイバー・エルタニン!」
「……流石、用意周到だな」
「当然でしょ、エルタニンに場をリセットされるのくらい、計算済みよ」
「フ、そうでなくてはな」
「あなたとの決闘、一撃で終わらせるなんてもったいないもの。それで? このターン、まだ手はあるの?」
「……いいだろう、俺はこれでターンエンド。──さあ、お前のターンだ、!」

 戦況が動いても、相変わらずの一進一退。──只、その攻防は、次第に激しく、荒々しくなってゆく。息も吐かせぬ怒涛の攻めを、互いに、繰り出し合いながら。心臓が、跳ねる。呼吸が、弾む。今俺は、そして、は。──確かにこの瞬間、この決闘の中に、互いの命を叩き付け、生き様を刻み込んでいる。
 お前のライバルは俺だ、と。──互いにそう、叫びながら。此処が、何処よりも自分の生きる場所だ、と。──そう、俺達は高らかに謳うのだ。

「いくわよ亮! 私のターン! ドロー!」

「──レジーナはこの劣勢、どう引っ繰り返すつもりなんだ?」
「青眼は三体とも墓地に落ちて、攻撃力4000を越えられると、したら……」
「究極竜、くらいだが……」

 を劣勢と見て、俺の勝利に対局が動いていると、そう、思い込んでいるギャラリーに、果たしてそれはどうかな、と。そう、俺が思うのは、可笑しなことだろうか。……可笑しい、かもしれない。だが俺は、この程度の優勢でから勝利を奪い取れるとは、が、膝を付くとは。到底、思えやしなかった。

「手札よりカオス・フォーム発動! このカードの効果により、自分の墓地から青眼の白龍を除外し、手札から“カオス”儀式モンスター1体を儀式召喚する!」
「……!」
「完全なる敗北という鞭を振り下ろしてあげるわ! 儀式召喚! 降臨せよ、ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン!」
「──真打ち、登場か!」

「攻撃力4000が並んだ…!」

 ──白銀と黒鉄の、二体のモンスターが、咆哮を上げる。互いの使い手に、勝利をもたらすのは自分だ、と。──まるで、そう、吠えるかのように、高らかに。

「まだまだ行くわよ! 罠発動! “強靭!無敵!最強!” 自分フィールドの青眼モンスター1体を対象として発動できる。このターン、その表側表示モンスターは自身以外のカードの効果を受けず、戦闘では破壊されず、そのモンスターと戦闘を行ったモンスターはダメージステップ終了時に破壊される!」

 ──それは、以前ののデッキには、入っていなかったカードだった。得意気に、発動を宣言する彼女は──なるほど、そのカードは、俺のエルタニン対策の為に投入してきた、新カード、と言う訳か。
 今までも何度か、エルタニンとカオス・MAXが対峙する盤面はあった。その局面を想定して、俺を打倒すためにこそ、が投入してきた、新たなカード。
 ──ああ、そんなものは、どうしたって、──胸が躍って、仕方がない!

「対象は勿論、ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン!」
「……そうこなくてはな! お前との決闘、やはり心が躍る!」
「行くわよ、亮!!」
「来い! !!」
「ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンの攻撃! ──混沌のマキシマム・バースト!」

 ──暴力的なまでに一面の、白、白、白。の攻撃宣言により、光の洪水に咽まれた世界が、色を取り戻したとき。……俺は、フィールドに、どんな色を刻み込んでやろうか。彼女の白を、全て、塗り潰すほどの、反撃を、魅せたい。──まだまだ、この決闘は終われない。終わるには、余りにも惜しくて。……光の中に完結しかけた、この決戦を。俺は、最強のカードで切り裂くのだ。


「──いやあ、凄かったなさっきの決闘!」
「ああ、流石はカイザーとレジーナだ!」
「もう、あのままレジーナの勝ちかと思ったら……」
「そうそう、カイザーが逆転してさ!」
「でもレジーナもその次、ディープアイズ? ってスッゲーモンスターを出してさあ!」

 ──未だ、熱狂の渦巻くデュエルフィールドより、少し離れて。選手用の通路にて、生徒達の歓声を聞きながら、二人の決闘者は戦いの熱に酔う。
 激闘の高揚感は、未だ引かず。弾む息と、滲む汗に、まるで、魂か意識が、体の外に在るかのような感覚で、ひどく眩暈がする。……まだ暫くは何処か、地に足着かない心地が、抜けそうにない。それ程までに、互いの限界を叩き付け合った一戦は、此処に決着した。

「──楽しかった!」
「……ああ、俺もだ」
「アメリカでも、色んな決闘者と決闘したわ、楽しい決闘も、熱戦も、沢山あった、でも……」

 晴れやかな表情で、は笑う。この高揚感の、せいだろうか。それとも、デュエルフィールドから差し込む照明の光か、頬を伝う汗のせいか。そのとき、俺には。を描く輪郭が、ぼうっと、白く、眩く。……透き通り輝いているように、見えたのだ。

「──こんなに楽しかったのは、久しぶり……亮との決闘が、やっぱり一番ね!」

 俺も、と同じことを考えていた。──圧倒、圧殺。暴力的なまでの強さは、研ぎ澄まされ、限界を超えた先で、美しささえをも、纏う。彼女という決闘者は、正しくそれだ。……俺は、きっと、何よりも。の戦う姿が、好きなのだろう。

「──そういえば、話ってなんだったの?」
「話?」
「あなたが勝ったら、話したいことがあるって、そう言っていたじゃない」
「……ああ、そうだったな」

 ──いつから、そうだったのかは分からない。……だが、お前の戦う姿こそを、俺は好いたのだから。この想いは、戦いの果てで、に告げたいと思ったのだ。

「特別に、聞いてあげてもいいわよ」

 決闘に熱が入る余り、にそう言ったことさえも、言われるまで忘れていたが、俺はに、伝えねばならないことがある。
 只々、と凌ぎを削り合うその時間が、楽しくて、気持ち好くて、すっかり、頭から飛んでしまっていたようだ。
 親友で、ライバルで、それだけでこうもお前が眩く見えるというのに。……俺はどうやら、あとひとつだけ、彼女の隣に在る理由が、欲しいらしい。

「……いや、今回は辞めておこう。次こそは、俺が勝つ」
「そう? まあいいわ、いつでも受けて立ってあげる」
「──ああ、次は、必ず」

 ──今はもう少しだけ、戦いの余韻に浸りたい。──だが、それは今だけだ。次は必ず、俺が勝ち、最高の決闘、最高の勝利で、お前の視線を、釘付けにしてみせる。──きっと、その瞬間こそが、俺とお前には相応しいことだろう。 inserted by FC2 system

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