愛にまみれた花束でぶん殴るように喧嘩をしてる

 ──私に、話したいことがある。
 ……亮からそう言われたときに、私の頭の中に真っ先に浮かんだのは、……一体、何を改まって? という素朴な疑問だった。

 私と亮とは、ジュニアリーグ時代からの付き合いで、もう結構長い縁になるし、学内外を含めても、一番仲の良い親友、と言っても構わない程度の仲……だと、少なくとも私はそう思っているし、これは思い上がりなんかではない、という確固たる自信があったのだ。
 親友、という意味では吹雪やエドも、私にとってその枠に該当するけれど、亮と私は自他共に認める終生のライバル、という間柄でもあるから、殊更に彼は私にとって特別な存在だった。
 決闘における思考パターンやカードを切る仕草の癖、食の好みだとか、口数が少ないように見えて、案外よく笑うところ、自分だって抜けたところがあるくせに、長男気質なのか世話焼きで心配性なところだとか。
 私は亮のことなら大抵は知っている自信があるし、それは逆もまた然りで、多分亮は、私のことなら大抵なんでも知っている。私自身、亮に何かを隠そうと思ったことなんて一度もなかったし、思ったことは全部包み隠さずに打ち明けてきた。
 ……それは、亮も同じだったはずなのに。畏まって、私に言いたいことがある、という彼の言葉に、私は言い知れない、不安を覚えてしまったのだ。
 ……だってそれは、私に黙っていることがある、隠しごとがある、ということでしょう? それなのに、結局その内容をなかなか打ち明けてくれないから、なんだか妙に、嫌な気持ちになってしまったのだ。

「――カイザーって、格好良いですよね!」

 それは、私の帰国記念、凱旋決闘から暫く過ぎた頃のこと。
 あれ以来も、亮とはほぼ毎日決闘はしているものの、公式試合が組めたとしても、あの時の規模に迫る舞台……と言う機会にはなかなか恵まれなくて、流石に勝ち越させてくれるほど亮は甘くないから、五分五分の結果、といった程度には亮に負けた日もあって、その度に亮が勝ったら私に話したかったこと、とやらを促しているけれど、何故か亮はなかなかその話題を切り出したがらない。
 何を隠しているのかは知らないけれど、何度促しても亮が、もっと相応しい機会に、だとかよくわからない口実を理由に逃げてしまうことに、私が不安を通り越して、苛立ちを覚え始めた秋口のことだった。……オベリスクブルー女子寮の談話室にて、後輩たちが亮の話をしているのが、聞こえてしまったのは。

「……ねえ、小日向?」
「なによ、海馬」
「あの……ちょっと、聞いてもいい?」
「だから、何よ?」
「……亮って、格好良いの?」
「……はあ……?」

 男女で寮が分かれている関係で、夜間は亮や吹雪と過ごせないことを、今までは不便だとばかり思っていたけれど、あちらで親しくなったマックの留学や、それから最近少し、以前よりも小日向と話をするようになってきたことも伴って、近頃の私は、女子寮で過ごすのも悪くないと思うようになってきていた。
 だから、今夜はこうして談話室で、小日向と紅茶を飲みながら休憩していたの、だけれど。
 ……今までだったら、あまりこういう時間を、同性と過ごすこともなかったから。私はブルー女子のトップ、なんて持て囃されているくらいだし、後輩たちとは全く交流が無いわけではないし、決闘のアドバイスをすることなんかはよくあるけれど、それは私的な交流ではないし、決闘一筋で此処まで来た私は、女子のお喋りに混ざることなんて、一切なかったから。……だから、私は、本当に知らなかったのだ。

「……海馬、知らないの?」
「なにを?」
「丸藤と天上院……学内の女子生徒人気は、二人で独占してる……と、思うけれど」
「! ……そ、そうなの……?」
「……逆に聞くけど、海馬、あなた、あの二人の一番近くにいるのに、知らなかったわけ? まあ、女子の噂話なんか、あなたは興味無いんでしょうけど。……海馬、あの二人のこと、なんとも思ってないの?」
「それは……、吹雪なら分かるわよ、だって吹雪、女の子好きだし……でも、私と吹雪はそういうのじゃなくて、吹雪も私には、そういう興味はないみたいだし、私も……」
「……まあ、天上院については、分かったわ。で? 丸藤はどうなの?」
「亮、は……」

 当たり前のように隣に居たから、多分、考えたこともなかったのだ。
 ……彼が男で、私は女だという当たり前のことを、今までの私は一度だって、深く考えもしなかった。
 何も男に生まれたかった、と思っているわけでもないけれど、私だけ女だから、二人と行動を共にするのには不都合な部分がある、なんて思っていたくらいには、考えもしなかったのだ。
 ……そう、例えば、いつか、亮のことを好きだという女の子が現れたとして、亮がその子を選んだとしたら。……吹雪はそれからも、亮と並んでいられるだろうけれど、……もしかして、私はそうはいられないんじゃない? ということに、……私は、ようやく気付いてしまった。

「亮、は……親友よ? それ以外には、何も……きっと、亮だって、吹雪と同じで、私を異性とは思っていないと思う、し……」
「……学園のカイザーが聞いて呆れるわ、全く良い気味ね」
「え?」
「まあ、丸藤のことなんてどうでもいいのよ。海馬は? あなたはどうなの?」
「だから、どうって、言われても……」
「じゃあ、明日から急に一緒に居られなくなっても、平気なわけ?」
「? ど、どうしてそうなるの?」
「だって、もしも彼女が出来たらそうなるでしょ?」
「でも、私は親友だし、何も問題は……」
「その女が、嫌だって言うかも知れないじゃない。考えてみなさいよ、あなた、この学園の女王様なのよ? 文武両道、眉目秀麗で決闘も強くて、挙げ句に海馬瀬人の愛娘で……ああもう、言っててムカついてくる、本当にこういうところなのよ! 海馬って!」
「こ、小日向……?」
「……ともかく、あなたみたいな人間が隣に居たら、不安になるのよ、普通は。それは海馬も同じことで、もしもあなたに彼氏が出来たら、その男はきっと、カイザーと一緒にいるのやめろって言うわ。そういうことよ、あなたが思っている以上に、丸藤はあなたにとって貴重な相手だし、それは丸藤も……」
「…………」
「……海馬?」
「……それはつまり、小日向も、私と一緒にいるのがプレッシャーだったから、以前はあまり話してくれなかったってこと?」
「……ほんっとに、そういうところだから! 最悪! あなたってデリカシー死んでるわけ!?」

 ――結局、その日の小日向との会話では、それ以上の答えは出なかったけれど。……私はそれ以来、少し考えるようになったのだった。
 今までは、深く考えたことがなかったけれど、私は決闘の際の亮の表情が、好きだ。普段の涼しげで物静かな印象が、何処かに吹き飛んでしまったかのように、時に獰猛に、わたしをみつめるひとみに、永遠に射られていたいと思うときがある。
 かと思えば、一緒にカードパックを開けたりデッキを調整したりしながら、デュエルの話とか、互いの家族の話、明日の授業の話、そんな何気ない時間を過ごしている時に、穏やかに笑う表情も、好きだと思う。
 今までは、何も意識せずとも、彼のそんなひとつひとつは無条件で私の側に在るものだと思っていた、けれど。もしもこれが有限なら、今日が終わる日が来るのなら。……それは絶対に嫌だ、と。私は強く、そう、思ったのだ。
 毎日一緒にいることが叶わなくなる日が来たとしても、何も、それで私と亮が他人になるわけではないのだろう。
 けれど、いつか亮が他の誰かのものになるかもしれない、ということ。……私が嫌だと思ったのは、それ自体なのだと、気付いてしまった。
 吹雪やエド、小日向、マック、デイビットもそうだし、私の周りにいる、私の友人、隣人たち。もしも彼らに誰かパートナーが出来て、その人と連れ添って生きていくと伝えられたなら、私は快くその背中を送り出せると思う。
 ……でも、亮は、だめだ。亮だけは、私のものじゃないとだめ。絶対に、嫌だ。亮は私のものだ、なんて。今までそんなこと、考えもしなかった。だって、亮は物じゃないし、独占したいなんて、思ったことなかったはず、なのに。
 ……近頃、なんだかそんなことばかりを考えてしまって、変なのだ、私。もしかすると、何処か精神的にも肉体的にも、不調なのかもしれない。
 亮に名前を呼ばれると、ふわふわして、指先がぶつかると、それだけでそわそわしたりする。以前なら、徹夜で卓上デュエルをした際に、くっついて寝落ちたって、別に何も思わなかったのに。最近はそうもいかなくなってきて、……やっぱり、何か変だ、私。

「いや、違うヨ! 何も変じゃないサ、それは恋してるってことだろう?」
「……鯉? 急に魚の話なんてどうしたのよ、魚族デッキでも組むの?」
「うーん、予想通りのリアクションをありがとう! まあ、そうじゃなくてネ、……、亮のことが好きなんだろう?」
「? それは、そうでしょ? 亮も吹雪も、私、大好きよ」
「はは、それは光栄だけれどネ、そういう話じゃなくて……、亮を他の女の子に取られるのが嫌、なんだよネ?」
「……そう、ね。よく分からないけれど……もやもや、したの。亮、女の子に人気あるのね、って知ったときも、小日向から、亮だっていつか彼女が出来るかも、って言われたときも……なんで? 私がいるのに? って……」
「そう、そういうことだヨ、。それはキミが、その席に座りたいと思ってるってことじゃないか?」
「……え?」
「素直になれよ、レジーナ。カイザーの隣に相応しいのはキミだって、……後悔したくはないから、僕に相談したんじゃないのか?」

 そうして、ぐるぐると悩み続けたものが、全部繋がったのは、吹雪に相談を持ちかけたときのこと。
 ――ああ、そうだ、言われてみれば確かに、……その通り、これはそういうことなのだろう。

「……そうね、そうだわ。ありがとう、吹雪。そっか……私、好きなのね、亮のことを、誰より一番に……」

 ――彼にとっても、私が一番じゃなきゃ嫌だ、と。そう、思う程度には、強く。……どうやら私は、ずっと前から、亮のことを好きだったらしい。


 その後、自覚が出来たとは言え、善は急げだとは思ったものの、何かと注目を浴びる機会の多い立場であることや、今年で三年生になる私達は、卒業後の進路が目前に迫っていることもあり、秋を過ぎた頃にはなかなか、丁度いい時間というものが取れなかった。
 只、打ち明ければいいだけの話だとは思うけれど、私だってこんなのは初めてだから、どんな風に伝えるのがいいのか分からなくて、二人だけの時に言うべきなのかな、とも思ったけれど、二人になると結局決闘の話に熱中して、毎回タイミングを逃してしまう。
 ……タイミングを逃した決闘者に勝利は回ってこないのが相場だというのにこの様なので、流石に焦りも生じてくる。
 私は卒業後、プロの道に進もうと思っているけれど、同時に父様の会社の手伝いも本格的に始めるつもりでいるから、亮もプロ志望だけど、プロ同士、試合会場やリーグ本部で会うことはあっても、きっと、今みたいには、亮に会えなくなると思う。
 だから、伝えるなら学生のうちに、どうにかして言質を抑えておかないといけないと、小日向に言ったら、……到底、恋愛相談の内容ではない、と一刀両断されたりもしたけれど。そうはいっても、何が定石なのかが全然分からないのだ。
 そうして、そんなことをしているうちに、今年も後二ヶ月と少し、というところまで来てしまって、どうして、決闘での思い切りの良さをこういうときに発揮できないのかなあ、なんて思い始めていた頃。……10月31日、吹雪の誕生日を記念して、彼主催の盛大なパーティーが行われ、私と亮も出席していた。
 海外校やプロリーグへのアプローチも兼ねた席だったので、だいぶ忙しなく立ち回って、会合が終わる頃には、主役の吹雪も疲れ切って、寝落ちしてしまっていて。学外での催しだったために、取っておいたホテルの部屋に吹雪を運んで寝かしてから、私も自分の部屋に戻ろう、……と、私はそう、思ったのだけれど。

「……、これから散歩に出ないか? 少々、気疲れしてな……夜風に当たりたい」
「え? 今から? もう大分遅いけれど……」
「童実野町の地理は、お前のほうが詳しいだろう? 頼めないだろうか」
「……まあ、私は構わないわ。じゃあ、行きましょうか?」
「ああ、助かる」

 突然、亮がそんなことを言い出したものだから、……それから小一時間後、私と亮はその足でホテルを出て、人通りの少ない夜道を、二人で歩いている。
 吹雪が開催地に選んだ童実野町は、私が育った街でありプロリーグの拠点でもある。
 だからこそ、プロ入りを意識するこの時期、リーグ関係者へのアプローチとしてこの街での開催が順当、というのが吹雪の考えで、それなら亮と私も便乗させてもらおう、というか、吹雪に比べてそういったフットワークの軽さに少々欠ける私達の背を吹雪が押す形で、卒業後のためのコネクション作り、……という名目の席が、今夜のパーティーだったのだけれど。

「やはり、疲れたな……吹雪は飄々としていたが、俺はああいった席は苦手だ」
「そうね、私も父様の関係で、全く不慣れな訳じゃないけれど、得意ではないわ。吹雪に世話かけてしまったと思うもの」
「そうだな、俺達の分も立ち回って、吹雪も疲れているのだろう……明日は、チェックアウトの時刻までは、ゆっくり休んで帰るか」
「でも、吹雪のことだから、明日は早起きだと思うわよ。だって明日は、……」

 休日の夜で、ハロウィンの夜でもあるから、全く人気がないわけでもないけれど、やっぱり夜道は人通りが少なくて、そんな風にふたりで歩きながら、なんでもない話をしているときに、はっ、とした。
 ……そうだ、私には、亮に伝えるべきことがある。……もしかして、今がそのタイミングなんじゃない? と、……突然にも、そう思ったのだ。

「……?」
「……亮、以前に、私に話したいことがあるって言ってたわよね?」
「……ああ、言ったな」
「あのとき、私が勝ったじゃない? つまり、裏を返せば、私はあなたに、話を聞いてもらう権利があるわよね? だって、私が勝ったんだもの」
「……まあ、その通りだが。何か俺に、言いたいことがあるのか?」
「そうね、言いたいこと、というか……」

 言おう、言わなきゃ、と思っていて、けれど、どうやって切り出すのかだとか、どう伝えるべきなのかなんてことまでは、考えが及んでいなかった。
 好機だと思って咄嗟に切り出してしまったけれど、こういう時には、何から伝えるべきなのだろう、と一瞬考えて、隣を歩く亮を見上げると、彼は不思議そうな顔で私を見つめている。
 普段の制服とは違う、グレーを基調にしたスーツ姿がよく似合っていて、……ふと、私は、卒業したら亮もこうしてスーツを着る機会が増えるのだろうな、だとか、それを一番近くで見たいな、なんて思って。
 ……同時に、その時私は、普段と違う装いに身を包む亮を格好良い、と感じている自分自身が居ることに気付いた。今まで全くそう思ったことがなかったわけじゃないけれど、今までは、決闘の最中でそう感じたことがあった、という程度だったように思うのに。いつの間にか、私、こんなにも亮を好きだったのだな、と思ったら、……そのまま、考えなしに言葉が溢れてしまっていたのだ。

「……ねえ、亮、」
「……なんだ、?」
「卒業したら、海馬家の人間に、ならない?」
「……何?」
「考えてみてほしいのだけれど、あなたにもメリットはあるのよ? まず、海馬瀬人が義父になるでしょ、それって決闘者としては、思ってる以上に大きなことで、例えば……」
「い、いや、……待ってくれ。そういうことを聞きたいのではなくてだな……おまえは、どういうつもりで俺にそんな提案をしている?」
「どう、って……」
「……勘違いならすまない。それではまるで、プロポーズのように、聞こえるのだが……」
「…………」
「……?」
「まるでも何も、そういうつもり、なのだけれど……」

 考えなしに出た言葉は、あまりにも突拍子がないもので、多分、この場に吹雪や小日向が居たなら、私は叱られていたのだろうと思う。けれど何も私も、まるで無策で打って出たわけでは、決して無いのだ。
 私は、亮の人生が欲しい。法的にパートナーという役割を得ることで、生涯、彼を私のものにしたい。亮を、独り占めできる権利が欲しい。
 でも、それは飽くまでも私側のメリットに過ぎないから、亮が私の提案を呑まない、という可能性だってある。そうなった場合、大丈夫だから気にしないで、なんて言って諦められるような域に、私のこの感情が留まれていない自覚も私にはあった。
 絶対に断らせない、亮を頷かせるために、私が見返りとして差し出せるもの、として一番効果的なのは、海馬家の婿、というブランディングだと、そう思ったのだ。
 ……まあ、亮がそんな世間体に左右される人間かと言うと、それもまた難しい問題だから、効果がなければ、他の何かを提示する必要があるのだけれど、他に何か、私の提案に乗ることで得られるアドバンテージと言うと……。

「……、」
「な、なによ?」
「その、……なんで、だ? 何故、急にそんな話に……俺が、名誉だとか、そんなものの為にお前と友人で居るように、見えるのか?」
「……見えないから、困ってるんじゃない」
「何?」
「だったら教えてよね、……どうしたら、あなたは私のものになるわけ? 私、これでも、大分考え、て……」

 考えて、考えての提案だったのに、……何か、違ったのだろうか。最善手は、他にあったのかな、なんて。
 下手したら決闘の最中以上に、頭をフル回転させて考えて、最適解を探して、……探そうと、していたら。突然、亮の手が私の肩に伸びて、ぎゅう、と。つめたい空気が支配する路地の真ん中で、私は彼に、抱きしめられていた。
 薄手のドレスの肩が、背中が、少し冷えてしまったせいで、びっくりするほど亮の体温が熱く感じられて、その事実に困惑していたら、――彼の心臓が、ばくばくと煩いのに気付いて、動揺する。……なんで、どうして、……亮、そんなに、どきどきしてる、の。

「……、その……お前は、俺のことを?」
「好き、よ。だから、考えたんじゃない……どうしたら、亮は私のものになるのか、って……」
「……俺は、以前に、お前に話がある、と言っただろう」
「……ええ」
「俺はが好きだ、と。そう、伝えるつもりだった」
「……は?」
「絶対に勝つ気でいたんだが……ああ言った手前、気軽に伝えられなくなってしまっていてな、機を見て伝えるつもりだったんだが……まさか、に先を越されるとは。流石は、先攻を得意とする決闘者だ、俺は後攻を得意としているからな……」

 それ、関係なくない? と流石に私も思ったし、ボケてるの? なんなの? とも思ったけれど、この展開を踏まえた上で私が先程言った、プロポーズというには色気が無さすぎる求愛のほうが余程、お笑い草、だったものだから。亮のその言葉を茶化したり弄ったりなんて、私にはできなくなってしまった。……まあ、そんなことする気だって、更々なかった、けれど。

「……あの、それはつまり、亮は私のものになってくれる、ということ?」
「ああ。俺はそもそも、とっくにお前のものだ、ということだ」
「……そ、うなの?」
「ああ。それで? お前も、俺のものだということで構わないのか?」
「……ええ、構わないわ、亮」
「そうか。……ふ、これ以上のプレゼントは、他にないな。ありがとう、
「は? 何それ、どういう……」
「もう日付が変わっている。今日は俺の誕生日だからな、……誕生日を、と迎えたくて散歩に誘った訳だったが、思わぬ収穫だった」
「な、ちょ、ちょっと! 違うわよ! そういうつもりじゃないから!」
「違うのか?」
「違うわよ! 大体、プレゼントはもっといいものを用意してるし、明日吹雪と二人で祝……あ、」
「……明日、二人で祝ってくれる予定なのか?」
「……聞かなかったことに、ならない?」
「……ふ、はは、ははは、そう、だな。……まあ、善処しよう。プレゼントも、先んじて貰ってしまったからな」
「だから、こんなのプレゼントでもなんでもないって……」
「そうか? 俺にとっては、これ以上のプレゼントはないぞ。何しろ、一番欲しかったものが手に入ったからな……だが、それよりも良いものだと言っていたな、二人からのプレゼントとやらは」
「はぁ? 亮、何言って……」
「楽しみだ。一体、何を貰えるのだろうな、……以上のプレゼントとなると、俺には思いつかんのだが」
「だ、だから! そういうつもりじゃなかったんだってば……!」
「では、やはりお前は貰えないのか?」
「……まあ、あげるけど!」
「ふふ、ははは、」
「ちょっと! 笑わないでよ!」
「いや、すまん、つい、な……」

 誕生日には私をプレゼント、なんて安っぽくてふざけた言葉、私が言うとでも思ってるの? と聞いたら、言わないだろうが聞きたいな、なんて返してくるの、こんなにずるい男だと知らなかったわ、私。
 ……でも、きっと、誰も亮のこんな顔は知らなかったのだろうな、って。……まあ、そんな一面を知れたこと、独り占めしていることを、嬉しく思ってしまう程度には、私、悔しいことに、ね。……あなたのことが好きで仕方ないみたいなのだけれど、ね! inserted by FC2 system


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