あなたを模したらわたしが生まれる

※百合



「ヒミコちゃん! す、すきです……!」
「……ごめんね、ちゃん。トガには、好きな男の子がいるのです」

 ひやり、冷たい空気が流れる廊下で、目の前に立つヒミコちゃんの表情は、逆光で伺えない。まるで、息が詰まるよう、だった。ヒミコちゃん、同じクラスの、ちょっとミステリアスな女の子で、私のお友達。そう、お友達で、……私にとっては、それ以上の女の子。卒業も間近に迫り、ヒミコちゃんにこの思いを打ち明けるべきか、打ち明けないべきか、悩みに悩んだ結果の告白だった、けれど。……私の気持ち、やっぱり、ヒミコちゃんには届かなかった、みたい。

「……ちゃんは、どうしてトガを好きなのですか?」
「……え?」
「どうして、……トガに、好きだって言ってくれるのですか?」
「それ、は……」

 女の子同士、だし、受け入れては貰えないかもしれないとか、裏切られたような気持ちにさせてしまうかもしれない、だとか。色々、たくさん、そんなことを考えて。それでも私は、ヒミコちゃんにだけは、はっきりと打ち明けないといけないような気がしたのだ。

「……ヒミコちゃん、何か、皆に言えないことがあるのかな、って」
「……どうして?」
「ときどき、ヒミコちゃんのことを遠く感じるの。どうしてかは、分からないけれど……でもね、私が好きになったのは、そういうヒミコちゃんなんだよ。いつも目の前の私じゃなくて、他の何処かを見ている気がして、そんなヒミコちゃんの目が、とってもキラキラしてて、キレイだなって……」
「…………」
「ヒミコちゃんが何を抱えているのか、私には分からないし……話して? とも言わないけれどね。もしも、私の考えが正しかったら、私がヒミコちゃんに隠し事をするのは、なにか違うって思ったの……って、ごめんね、べらべら喋って……」
「……いいえ。ありがとう、ちゃん」
「ヒミコちゃん……?」
「トガ、ちゃんにそう言ってもらえて、嬉しいです。……残念です、トガに好きな男の子がいなかったら、……ちゃんとなら、恋ができたのかもしれません」

 ……なんだかもう、それだけで十分だと思った。私は、ヒミコちゃんを好きになれて良かった、好きになってよかったのだ。
 それからもヒミコちゃんは、卒業までの間、今までと変わらずに私と友人付き合いを続けてくれたし、そんなヒミコちゃんの優しさに、彼女の好きなクラスの男の子とヒミコちゃんが上手くいくようにと、私も協力するに至ったのだった。……それは勿論、複雑な気持ちはあって、心から応援できたのかと問われれば、頷くのは難しい。……けれど、私の気持ちをちゃんと受け取ってくれたヒミコちゃんに、何かしてあげたい一心で、告白するなら手伝うよ、と。卒業までの短い日々を、私は、彼女の傍で過ごして。

「ーー誰か! 救急車呼んで! 警察も! 早く!!」
「……あれって、うちのクラスの……」
「卒業生の女子が犯人だって、すごい顔して、倒れてる男子の血を飲んでたって……」
「えっ! 怖! そんな人がうちの学校にいたの!?」
「なんだっけ……確か三年の、トガヒミコ? って人らしいよ? おまえ、知ってる?」

 ……何が起きているのか、分からなかった。告白に向かったヒミコちゃんを空き教室で待っていたら、急に廊下が騒がしくなって、慌てて廊下に出てみると、……其処には、ヒミコちゃんの好きな男の子だけが、倒れていて、ヒミコちゃんは何処にも居なくて。救急車が来て、警察が来て、……ヒミコちゃんは、指名手配犯になっていた。それでようやく、私は分かったのだ。ヒミコちゃんが誰にも話せなかった、彼女の真実と、……わたしの、ほんとうの気持ちを。

「……ヒミコちゃんが、あのひとに取られなくてよかったあ……!」

 そうして、ヒミコちゃんとは、それきり会えなくなってしまいました。……でも、私はそれで良いの、これで良かったのです。きっと、あの事件の現場を見た誰もが、ヒミコちゃんを理解できないけれど、私には、分かったのだから。ヒミコちゃんはきっと、好きな相手に“ひどいこと”をしたくてしたくてたまらない女の子、だったのです。ヒミコちゃんは、私となら恋が出来たかもしれないと言ってくれた。それは、私ならば彼女の度し難い性を受け入れられると彼女は思っていたからです。それでも、ヒミコちゃんは私を巻き込まずに、ひとりで何処かに行ってしまいました。きっとそれは、ヒミコちゃんが私を大切に思っていてくれたからなのです。……そうして、彼女のおかげで、私もまた、自分がどういう人間なのかを知りました。私以外の誰か、あの男の子と歩いているヒミコちゃんなんて見たくなかった、彼が死んでくれたほうがずっとよかった。救急搬送された彼が、無事に退院したと聞いたとき、思わず舌打ちをしました。大好きなヒミコちゃん、今何処で、何をしているのでしょうか。何処かで恋を、しているのでしょうか。いつか彼女が、私しか有り得ないのだと気付いてくれるその日まで、私と恋がしたいと望んでくれたとき、私を迎えに来てくれるそのときまで、私は今日もヒミコちゃんを好きでいます。私は、彼女だけに恋をして死ぬのです。 inserted by FC2 system


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