あなたの夢なんて壊れてしまえばいい

※キャラクターや作品に関する自己解釈を多大に含みます。


 シンオウリーグ・ポケモンチャンピオン──シロナさんの秘書として、チャンピオンの職務のサポートから神話の研究者としてのシロナさんの助手としてのお仕事、それに、しっかりしているようで私生活は結構ルーズなシロナさんのお部屋の掃除だとか、彼女の身の回りの世話までが私──に与えられた日々の業務で、当初は慣れずに逐一慌てていたそんな日々にも、私はこの数年ですっかり慣れてしまった。このシンオウに暮らすトレーナーならば誰もが憧れる我らがチャンピオン、シロナさんは、バトルの腕前も、堂々として物怖じしないスマートな立ち振る舞いも、中性的で涼やかな顔立ちも、彼女を形作るその何もかもが格好良くて、けれど秘書として彼女の傍で過ごすうちに、シロナさんにも片付けが苦手だったり、好奇心旺盛でブレーキが利かないことが度々あったり、それを理性でどうにか押し留めていることもあったり……なんて、遠巻きに見ているだけでは知り得なかった彼女の素顔を垣間見るうちに、私は何故だか、……シロナさんのそんな表情に不思議と懐かしさを覚えて、彼女のことがたまらなく大切だと思った。……きっと、私がシロナさんと巡り合ったことには何か意味があるのだと、そう、思いたかったのだろう。私はシロナさんのことが、本当に大好きだったのだ。それはもちろん、トレーナーとして、上司としてという意味合いではあったけれど、私にとってシロナさんが大切なヒトであることには、決して変わりがなかった。

「あ、どーもどーも! お仕事終わりましたか?」
「……えっと、何か……?」
「やだなあ、ジブンはアナタをお待ちしていたんですよ、さん! あのガキが居たのでは、アナタとまともに話も出来ませんからね!

 ──そんな私とシロナさんの平穏で幸福な日々に突然現れたのが、目の前の男性、ウォロさんだった。シロナさんにそっくりの顔立ちで、けれど少し色の抜けた薄い金色の髪はなんとなく、彼女よりも年上なのだろうと彼の風体を物語っていたから。突然出てきたシロナさん似のおとこのひと、ウォロさんのことを私も当初は、シロナさんのお兄様だとかご親族なのだと思っていたものの、シロナさんにそれを聞いても彼女は知らないと首を横に振っていたし。けれど、ウォロさんの方はあのシロナさんに向かって「ガキ」だなんて、とんでもない呼称を用いるものだから、……やっぱり、シロナさんとは親族なのでは? と、私はそう思っている。シロナさんの方でも再度、家系図を洗って調べてくれているそうなのだけれど、未だに正体不明の男性・ウォロさんについては、シロナさんだけではなく四天王の皆さんからも、ひとりでは絶対に会うな、と釘を刺されていて。──けれど、どうしてかウォロさんは、こうして今みたいに、私が仕事を終えてリーグ本部を後にした直後だとか──シロナさんが席を外していたたりと私がひとりきりになったタイミングを見計らって、必ずと言っていいほど私の前に現れるのだった。

「どうです? 何か思い出しませんか?」
「え、ええと……ウォロさん、前にも言いましたが、私は……」
「何を他人行儀な……私をウォロ、と呼んでいたでしょう? アナタは……」
「そ、そんな……」
「ハァ……さん、そろそろ認めましょうよ?」
「はい……?」
「アナタが好きなのはシロナじゃなくて……結局、彼女の顔だけなんですよ。アナタにとってシロナは、ジブンの代用品でしかないんです! ね? そうでしょ?」
「あ、あの……わ、わたし……」
「チャンピオンの秘書など早く辞めてしまわれては? きっと、彼女にとっても足手纏いですよ!」

 ウォロさんと顔を合わせるたびに、彼は私に詰め寄ってきて。……誰よりも信頼しているひとと同じ顔で、厳しい言葉を用いて責められるのは、どうしたってつらい。ウォロさんはどうやら、私がシロナさんの秘書をしているのが気に入らないみたいだけれど、かと言って彼がシロナさんのファンだとか、身内として私がシロナさんの傍にいることを嫌がっているだとか、そういうことではなさそうだったし。……ウォロさん、どうして、私にそんなこと言うんだろうかと、私にはどうしても、彼の意図が分からなかった。

「あの……ウォロさん、私のことが嫌い、なんですよね……?」
「……ハァ?」
「お気持ちは分かります。シロナさんの、ご親族なのでしょう……? 私がシロナさんの傍にいて、気分が悪いのだとは思いますが、私も職務は、投げ出せません、ので……」

 ──震える声で、何を言い出すのかと思えば、呆れたものだ。ほとほと呆れるところなのだが、どうやら本気でそんなことを宣っているらしいは、状況の本質がまるで読み取れていない。……ワタクシが疎ましく思っているのはではなく、彼女に纏わりついて我が物顔で振舞っているシロナの方だというのに。……どうして、そんなことも分からないのだろうか、この女は。忘れてしまっているから分からないのだと言うのなら、……どうすれば、ワタクシとの契りを思い出すというのだろう、彼女は。

「……つまり、アナタは、ジブンに見逃して欲しい、ということでしょうか?」
「……端的に言えば、そうなります……ウォロさんが私をシロナさんに相応しくないと思うのでしたら、も、問題点は直します! 善処しますので、どうか……」
「そうですね……では、ジブンの要望をひとつだけ。叶えられるのでしたら、ジブンも譲歩しましょうか、さん」
「! そ、それは、どのような……!」
「ええ……簡単なことです。どうか、ジブンを思い出してください、さん」
「え……」
「ジブンの意向はお伝えしましたよ。……では、また日を空けて会いに来ますので。それまでに、頑張ってくださいね! ジブンも応援していますので! それでは!」
「え、ちょ、うぉ、……ウォロさん! まって……!」

 ──待ってなどやるものか。ワタクシが一体どれだけの長い間、アナタを待っていたのかも知らないくせに。──既に猶予はない。アナタに残された選択は、ワタクシの手を取るという、たったのそれだけなのだ。 inserted by FC2 system


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