いくらかの恋心とプラチナの悪意

 此処、セキエイ高原ポケモンリーグには、カントー・ジョウト屈指の実力者が勢揃いしている。立地的にはカントーリーグなのだけれど、セキエイはジョウトリーグを兼ねて運営されていることや、昔からカントーは実力あるトレーナーが多いと言われていることからも、世界的にも此処、セキエイにはトップクラスの実力を兼ね備えたトレーナーが集っている、というのがもっぱらの評判だ。そして、うちに限ったことでもないのだけれど、ポケモンリーグという場所は大抵、エキスパートタイプを持つトレーナーが多い。これは、特別な規定……というわけでもないのだけれど、上を目指すトレーナーというものは、次第に自分の手持ちポケモンにこだわりを持つようになったりだとか、そういった傾向があるらしい。セキエイに属する四天王は現在、エスパータイプ使いのイツキさん、かくとうタイプ使いのシバさん、どくタイプ使いのキョウさん、あくタイプ使いのカリンさんの四名だ。それから、我らがチャンピオン・ワタルさんはドラゴンマスターと名高い、全てのドラゴン使いの目標とさえ呼ばれているひとで、我々職員としても、そんなワタルさんが君臨するセキエイで仕事をしているのは、ちょっとした誇りだったりする。

「あら、フェアリータイプが来たわよ」

 ……そう、このセキエイに在籍するトレーナーの方々は、それぞれがエスパー、かくとう、どく、あく、そしてドラゴンタイプのエキスパートで、それ以外にいるとすれば、かつて四天王だったこおりタイプ使いのカンナさんと、ゴーストタイプ使いのキクコさん……なのだけれど。……最近、四天王の方々、特にカリンさんとイツキさんが、よく、不思議なことを言っている。誰のことなのか、未だによくわからないのだけれど、フェアリータイプ使い? が、いる。という風に、みなさんが仰るのだ。

「カリン、そんな風に言ってはワタルさんが可哀想だよ?」
「あら、そう? ワタル、気にしてるの?」
「何のことかな、おれには関係ないと思うけれど。それより、、ご苦労さま」
「はい、お疲れさまです、ワタルさん。皆さん休憩されているようなので、お茶をお持ちしました」
「ありがとう、重かっただろう? 次はおれも手伝うよ、気軽に声を掛けてくれ」
「いえ、ワタルさんにそんな……あ、シバさん、いかりまんじゅうもお持ちしましたよ」
「なに! 本当か、!」
「はい。みなさんも召し上がってくださいね」
「有り難くいただこう。キョウ殿も如何か」
「うむ、ではいただこうか。うかうかしていてはシバが全て食ってしまうからな」
「な、お、おれはそこまで食い意地は張っていない……!」
「ファファファ! それはどうだか」

 そう言って、おまんじゅうの箱を開けて、シバさんとキョウさんへと差し出している間も、カリンさんとイツキさんはなんだか楽しげに、にこにこというよりも、どちらかといえば、にやにや、まるで悪巧みするみたいな顔で、フェアリーがどう、という話をしていた。二人は楽しそうに話しているけれど、なんだかワタルさんは居心地が悪そうで、どうかしたのかな、と心配になる。私にはいつも通り、優しく接してくださったけれど、もしかしてワタルさん、何かあったのかな。もしそうならば、秘書としてアフターケアをする義務があるから、どうにか確認したいところだけれど、キョウさんはキョウさんで、またか、という顔で二人を見ているし、シバさんは、……もう既におまんじゅうに夢中で、話を聞いてはいないみたい、だけれど……。

「ええと、フェアリータイプの話、ですか? どなたか使ってましたっけ?」
「あら、。あたくし、あなたをフェアリーって呼んだのよ」
「……? あ、手持ちの話ですか?」
「いいえ、あなた自身のことよ?」
「……ええと、私は人間ですが……?」

 カリンさんの言葉に、多分、手持ちのことを言わんとしているのかなあ? なんて思ったけれど、エキスパートなんて名乗れるほどにフェアリータイプで手持ちを固めているわけでもないし、そもそもそんな風に名乗るほどは、私はポケモンバトルだって強くない。四天王の皆さんとは、とてもじゃないけれど比べ物にならないレベルだ。けれど、カリンさん曰く、エキスパート云々という問題ではなく、どうやらカリンさんたちは私自身を指して、フェアリータイプ、と呼称しているらしい。うーん、どういうことだろう。カリンさんは酷く楽しそうだけれど、いまいち、何を言わんとしているのか釈然としないなあ。多分、からかれているんだろうなあ、という気はするけれど、意図がよく分からなかった。

「ほら? だってあなたってば、ドラゴンにこうかばつぐんじゃない」
「……ドラゴン……?」
「見てご覧なさいよ、そこにいるでしょ? あなたに弱いドラゴンが、ね」

 休憩所のテーブルに肘を付き、楽しげに微笑むカリンさんが、つい、と顎で私の背後を指す。そんな仕草のひとつひとつが様になるのだから、美人って羨ましいなあ、なんて思いながら、くるり、と振り返ると、……私のすぐ後ろには、いつのまにか、ワタルさんが立っていた。

、おれもいかりまんじゅう貰っていいかな」
「あ、どうぞ! すみません、ワタルさんに真っ先にお渡しするべきでしたよね……」
「ははは、いいよ、シバの好物だし。おれは実家からよく送られてくるからな、これ」
「まあ、ワタルの実家から送られてきた分も、シバが大半食べている気がするが……」
「そ、そこまでではないぞ! ……ワタルが差し入れに持ってきた分から、いただいているだけだ、半分ほど……」

 ワタルさんは、そう言ってにこやかに笑って、いかりまんじゅうをふたつ手に取ると、残りが入った箱をカリンさんとイツキさんの前に置き、そうして、ぽん、と手に持っていたおまんじゅうのひとつを、私の手に乗せてくれた。も少し休憩しなよ、と。こんな風に、さり気ない気遣いを回してくれるところ、さすがだなあ、と思うし、格好良いなあと思う。やっぱりワタルさん、憧れるなあと思うし自慢の上司だなあ、まあ、ワタルさんに憧れているのも、自慢の上司だと思っているのも、絶対私だけじゃないし、其処も含めて誇らしいところで、……あれ、だったらどうして私、今ちょっともやもや、したんだろう。

「……ああ、そうだ。、以前頼んだ件、どうなってる?」
「あ、はい。ワタルさんのご要望に沿えそうです。資料、ご用意できますが持ってきましょうか?」
「ああ、頼んでもいいかな?」
「はい、では今から取ってきますね」
「すまないね。用意するのに、どのくらいかかるかな?」
「30分ほどいただければ……休憩室までお持ちすればいいですか?」
「いや、それならおれの執務室に頼むよ。そこで説明してもらえるかい?」
「わかりました! では改めて、お茶もお持ちしますね」
「ああ。そのときについでに、も休憩していくといい。おれから上には上手く言っておくからさ」
「ふふ、了解です! ありがとうございます、ワタルさん」
「ああ、それじゃあ、また後でね」
「はい!」

 ……ワタルさんの、こういうところだよなあ、と思う。私みたいな一部下にも、こんなに親身に接してくれることも、彼から信用されていると実感させてくれるところも、全部。彼の元で働くのは、非常に心地が良くて、私もいつの間にかセキエイでの勤続年数は長くなってきたものの、今のところ、辞めたいなあ、と思ったことは一度もなかった。まあ、上席には理不尽なことを言われることだってあるけれど、そういうトラブルも全て、ワタルさんが手厚くフォローしてくれるから、大惨事になった試しがないのだ。こんなに素晴らしい上司、他に居るだろうか? と思うし、人としても尊敬できるし、ほんとにほんとに、私の憧れのひとなのだ、ワタルさんは。この後、デスクに戻って資料を印刷して、それからお茶を淹れて、ワタルさんとふたりでお茶会だと思うと、デスクに戻る足取りも軽くて、なんだかうれしい。四天王の皆さんとの休憩には、私も時々、同席させていただくことがあるけれど、ワタルさんとふたりっきり、なんてそうそうにあることじゃないから、どうしたって浮かれてしまう、なあ。なんて、ふわふわ浮かぶ胸を、つま先とともに踊らせているうちに、私はカリンさんに言われた不思議な問いかけのことなんて、すっかり忘れてしまっていた。



「……ふうん? 上手くデートの約束を取り付けものね?」
「上手く、話題も逸していたしね。流石だなあ、チャンピオンは」
「これ。ぬしらも揃ってワタルをからかうではないぞ」
「……む!」
「どうした、シバ」
「……今日のいかりまんじゅうは格別に美味いな!」
「……それは、よかったな」

 リーグ職員であり、おれの部下でもある。おれは、彼女が好きだ。……何も、好意を隠しているわけではなく、適度にアプローチをしている方だとは、思う。だが、場所の分別は付けていたし、表面上では当たり障りのない会話しかしていなかったはずだ、……とも、思う。まあ、おれとていずれは想いを告げる算段でいるものの、上司部下という関係上、あまり軽率な行動も考えものだな、と思って。おれが彼女への好意を告げることで、が仕事の面でやりづらくなってしまったのでは、監督役として申し訳が立たないし、そんなことはあってはいけない。だから、急がず慌てず、少しずつ、おれの好意を知って、気づいてもらえれば、……と、旧セキエイリーグ時代から、慎重にやってきたつもりだった。当時は、キクコとカンナからの横槍が凄まじく、口を滑らせてはいけないことを直感的に感じていたから、今より必死だったように思う。……まあ、だからこそ、おれも最近は少し、油断していたのかもしれない、と……この惨状を前に、まあ、認めざるを得ないよな。事の発端は、おれのへの好意に感付いたカリンとイツキが始めたことだったの、だが。四天王、というよりもほぼ内二人の間で、――最近、を「フェアリータイプ」と揶揄するのが、流行っているらしい。

「それで? 勝算はあるのかしら?」
「……勝算……?」
「フェアリー対策はしてあるの? って聞いてるのよ、まさかこうかばつぐんで目を回す訳にはいかないでしょ?」
「……カリン、その呼び方はやめないか。に失礼だろう」
「あら、そう? 可愛いじゃない、フェアリータイプ。ねえ、イツキ?」
「だめだよ、カリン。ワタルさんの前でを可愛いなんて言っちゃ」
「あら、そうね。はかいこうせんが飛んでくるかもね?」
「……だから、二人とも! やめないか!」

 経緯は簡単で、要はそういうことだ。おれがに滅法弱くて、ベタ惚れだから、ドラゴンにこうかばつぐんで有利を取れるは、フェアリーだ、という。それだけの、本当にくだらない与太とも呼べないような、一種の冗談なのだが、……何も間違っていないからこそ、否定しきれずに困っているのだ、おれは。このままでは、カリンとイツキの言っている言葉の真意が、に知られてしまうのも、時間の問題のように思う。そんな形で知られてしまうのは、おれの本意ではないし、……それがわかっているからこそ、二人も此処までしつこく、この件を引きずっているのだとも、思うのだが。

「だが、ワタルは彼女が好きなのだろう?」
「シバまで、何を言い出すんだ……!」
「旧セキエイ時代から、仲睦まじかっただろう」
「そうなのね」
「そうなんだね」
「そうなのか」
「……ああ、そうだよ!!」

 そうだよ、ずっと好きだからこそ、しっかりと伝えたいし、の負担にならない形で、って。そう、思って、やってきたの、だが。……もう、そろそろ、頃合いかもしれない。これ以上、二人を誤魔化して話を逸らすのも限度があるし、おれ以外の口から彼女に知られてしまうのは、もっといやだ。……それに、おれだって、いつまでも自分の気持ちを誤魔化しておけるほど、辛抱強くは、ないさ。

「……はあ、では、おれはと打ち合わせをしてくるから……」
「いってらっしゃい、頑張ってね」
「頑張りなさいな」
「検討を祈っているぞ」
「良き報告を聞かせてくれ」
「……さあ、どうだろうね」

 聞かせるような報告を、持ち帰らないとな。……そう思いながら、執務室への帰り道に、ふと思ったけれど。カリンはカリンで、のことを妙に気に入っている節があるんだよな。おれに、彼女を独り占めにされるのが、面白くないのかもしれない。嗚呼、確かにそれならやっぱり、きみはフェアリーなのかも、しれないよな。

「――ワタルさん、いらっしゃいますか?」
「……ああ、どうぞ。待っていたよ、

 ――さて、それでは。いざ、油断ならないこの一戦、……一体全体、先手はどう打ったものか、なんてね。 inserted by FC2 system


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