キャンディも魔女と一緒に焚べなさい

 今年のハロウィンは、我がセキエイ高原ポケモンリーグでも、ちょっとした催しをすることになった。ジョウトやカントーでは、あまり馴染みがないイベント事……だったのは、もうずっと昔の話で、かつては海の向こうの縁遠いイベントだったハロウィンも、今ではこの地方でもしっかり根付いている。確か、発祥はガラル地方の方、なのだったっけ。
 ……さて、そんなハロウィンだけれど、そうは言っても昨年まではセキエイリーグとはほぼ無縁の行事だった。元々、セキエイには挑戦資格を持つトレーナーしか立ち入れないし、そんなトレーナーは、遊び半分の気持ちでこんなところまで訪れたりはしない。……そう、なのだが、四天王が再編されて、イツキさんとカリンさんが参入したことにより、彼らからセキエイの体制は何かと古臭い、という指摘が入り、我々職員としても、極力四天王の方々の意向は取り入れたい……ということで、新しい試みを、今年度は積極的に行っており、その一環で、セキエイを一日限定で一般開放した上で、ハロウィンのイベントをしよう……と、いうことになったの、だけれど。

「ワタルさん、お似合いです!」
「そうかな……?」
「寸法とかは大丈夫そうですか?」
「ああ、着慣れないものだから、勝手は良く分からないが……窮屈だったりはしないから、大丈夫そうかな……」

 黒と紫を基調に誂えたタキシードに、トレードマークの黒マントはいつもと違って、裏地を水色に、首元にはファーの代わりにジャボをあしらって。きっちりした正装……のようでもあるけれど、何処かゴシックホラーテイストのそれは、只の礼服ではなく、オンバーンをイメージして仕立てられた、ハロウィンの仮装。ワタルさんと言えばマント、ワタルさんと言えばドラゴン、ということで、イツキさんとカリンさん、それから私を中心に打ち合わせを重ねて、ワタルさんの為に用意された本日のコスチュームが、所謂ヴァンパイアを模したこの礼服なのだった。絶対に似合う! これしかない! と、我々企画陣……というか、主に私は自信満々でこの衣裳を用意したのだけれど、当のワタルさんはといえば、なんとなく居心地が悪そうに見える。……本日の、セキエイ高原ハロウィンイベントでは、四天王とチャンピオンの皆さんが、レクリエーションとして、子供達にお菓子を配ったり、彼らのポケモンとふれあいが出来たり……といった、主に子供向け、将来ポケモンリーグに挑みたいと考えている子どもたちに、セキエイ高原を見学してもらったり、チャンピオンや四天王の人となりに触れてもらったり、という、長い目で見れば、トレーナー育成の目的も兼ねた催しを大々的にやろう、という内容で、ワタルさんも名案だ、と私達の立案に頷いて、楽しみにしてくれていたと思うの、だけれど……?

「……あの、ワタルさん」
「ん? 何かな、
「……あんまり、仮装、乗り気じゃなかったですか? もし、気が乗らないようであれば、普段の服装でも……」
「ん、……ああ、否、そういうことではないんだ。嫌なわけではないんだが、故郷ではこういったイベント事は、全くと言っていいほど無縁だったからね」
「ああ、確かにそうですよね。どちらかと言うと、厳格なイメージがありますもんね」
「うちのじいさん、頭が堅いからな……まあ、そんな訳だったから、おれもあまり、こういうのは馴染みがなくて……子供達が喜んでくれるなら、と思って引き受けたんだが、……その、」
「? どうしました?」
「……案外、気恥ずかしいものなんだな、と思ってね……」

 ワタルさん、言ってしまえば普段から結構、派手な格好をしているように思うけれど、やっぱりこのひと、真面目な人なんだなあ、なんて思ってしまう。普段のコスチュームだってマントがよく目立って、かなり人目を引くという意味では大差はないようにも思えるものの、それはそれで、これはこれ。普段の装いは、故郷の伝統的な意匠だから、まったく気にも留めないし、彼の堂々と佇む立ち姿は、だからこそ風格を伴い威厳がある。……けれど、それはイコール、派手な服装に慣れているというわけでは全く無くて、……平時よりも少し泳いだ、落ち着きのない目元と、ほんの少し赤らんで見える頬。口元に手を当てて、咳払いをする仕草に、気付いてしまった。……ワタルさん、もしかしなくても、だいぶ照れてる!? 仮装が!? 恥ずかしくて!?

「そ、そんな、お似合いですよ……!? ワタルさんにしか着こなせないです! 絶対! 格好良いです!」
「そ、そう、かな……?」
「勿論です! ワタルさんには絶対、マントが良いと思ったんですよ、だからヴァンパイアの役をお願いしよう、って、私が言い出しっぺだったんです、えへへ……」
「……が? おれにこの格好をしてほしい、と?」
「はい。ふふ、なんだか照れますね……」
「そ、……そう、か……なるほど……」
「……あ、そういえばワタルさん、牙、着けられましたか? 牙があったほうがそれらしいと思って、用意してみたんですが……」
「……あ、ああ。ここ、ちゃんと付いてるかな?」
「……んーと、大丈夫そうですが……」

 んあ、と小さく口を開けて、付け爪ならぬ付け牙をお披露目してくれるワタルさんは、平時であれば口を大きく開けて、真っ白な歯を惜しげもなく見せて笑うひとなのに、今日はと言えば口の開け方は控えめだし、ちゃんと目線を合わせてもくれないし、……やっぱり、かなり照れている、らしい。……ええ、なんか、意外だ。ワタルさんっていつでも自信満々で隙がなくて、そういうところに翻弄されっぱなしで、だから、……多分私は、調子に乗ってしまったのだと、思う。

「……ワタルさん、よく見えないです。もう少し口、開けていただけますか?」
「……あ、ああ……」
「うーん、もうちょっと、ちゃんとついてるか確認、させていただきたいんですが……」

 顔を寄せて、覗き込んで見る。控えめに開けた口でも、きらりと光る牙は十分に確認できていたのだけれど、ワタルさんがどんな反応をするのか気になって、見えないふりをして、至近距離で、ワタルさんの顔を見上げたなら。

「……え?」

 突然、ぐあ、と大きく開いた彼の口に、……そのまま、口を塞がれていた。私よりも、ワタルさんのほうが体温が高いから。熱いくらい暖かく感じる舌が唇に触れて、ぬるり、と口内に入り込むのを、彼の寵愛と蹂躙に慣れきった私の身体は、反射的に拒めない。歯列と上顎を丹念に舌で撫でられて、とん、とん、と舌先に力を込めて、舌を叩かれるのは、キスに応えてほしい、私の方からも求めてほしい、という彼なりの合図だ。それを知っているからこそ、私に拒否権はなくて、おそるおそると彼の方へと差し出した舌に、そうっと優しく、牙が付き立てられる。痛みなど感じるほどのものではないけれど、喰むように繰り返されるその愛撫が、先程の答えだと分かってしまったから、なんだかもう、とてつもなく恥ずかしくて、頭に籠もる熱を逃したくて、ぎゅう、と握りしめた彼のジャボブラウスは、長いキスから開放される頃には、見事に皺になってしまっていて、たまらなく恥ずかしくなる。

「……どうだった?」
「ど、どう、って……!」
「牙、ちゃんと付いてるだろ?」
「……わ、わたるさんの、いじわる……」
「先に意地悪をしたのは、のほうだろう?」

 あっけらかんと笑って衿を正すワタルさんの横顔からは、もう先程のような照れや幼さなんて微塵も感じられなくて、ニイ、と笑みを深める目元が、……光の加減か、一瞬だけ、真っ赤な血の色に、見えた。私はと言えば、心臓がばくばく煩くて、目が回っていて。だから、かな。ワタルさんが他の誰かに見えた気がしたのも、その瞳から視線を逸らせなくて頷いてしまったのも全部、……きっと、あたまがぼんやり、していたからで。

「……そうだ、の仮装、よく似合っているな」
「ほ、ほんとうですか? えへへ、私のはムウマージを模した魔女なんです、カリンさんたちと考えて……」
「すごく、可愛いよ。……そうだ、今日のイベントが終わったら、衣装を持って、おれの家においで」
「へ、」
も、おれの仮装が気に入ったんだろう? 好きなだけ見せてあげるから」
「え、あ……」
「な?」
「は、い……」
「……よし、良い子だ、

 もう十分、悪戯したじゃないですか、と言ったら、ワタルさんは意味ありげに笑って、それ以上はなにも、言ってくれなくて。……ハロウィンのこの日は、あちらとこちらが繋がって、見てはいけないもの、普段は見えないものが、私達に触れられるようになるって、そんなふうに、言うけれど。赤い目で笑った悪魔みたいなあのひとと、あたたかなふすべいろのあのひとが、おなじひとだったのか、なんて。……そんなの、だれにも、わかるはずが、ないだろう? inserted by FC2 system


close
inserted by FC2 system