きみと色違いになる覚悟はあるよ

 ──彼女がおれの弟子だったのは、旧セキエイ時代、まだおれが四天王の大将を務めていた頃の話だ。は元々、セキエイ高原に務めるリーグ職員で、おれとも比較的に接点が多く、彼女は他の一般職員に比べてバトルが強かったから、時々退屈凌ぎにおれの相手をして貰っていたのだ。
 ──最初は、それだけだったのだが。只々、おれに負ける為だけの接待バトルを選ぶような性格を、彼女はしていなくて。いつだって彼女の判断もポケモンへの指示も的確で、回を重ねるごとにどんどんと、彼女がおれに食らいつこうとしていることに、いつからか気が付いていた。きっと、おれの知らない場所で特訓をしているのであろう彼女がおれは気に掛かって、「……よければだが、おれが稽古を付けるか?」と申し出たのはおれの方からだったが、上司の提案だから断りづらい……なんてことも、彼女にはなかったようで、「はい! 是非お願いします!」と目を輝かせておれの弟子に志願してきたあの頃には、とっくに一般職員なんかで終わらせてしまうには惜しいほどのトレーナーとしての素養を、は持ち合わせていたよ。

 彼女は、磨けば磨いただけ輝いてくれる石英の原石のようなトレーナーだった。四天王を三人突破しておれの元に到達するトレーナーなど、滅多に現れるものではない。だから必然的に当時の体制下でおれは待機時間を持て余しがちで、を弟子に取ってからもそれはあまり変わらなかったから、熱心な彼女にじりじりと燻っていた頃の熱を煽られたのか気付いたときにはおれは真剣にを指導するようになり、──それからしばらく経った頃、セキエイの新体制への移行が決定した時期には、は見違えた強さを持ち、カントーでも指折りの実力者と言って遜色ないレベルまで仕上がっていた。

「──というわけで、リーグ再編に伴って四天王を再選出することになったんだ。が良ければ、おれはきみを新四天王として推薦したいと思う。どうだい? 
「わ、わたしですか……!?」
「ああ。……きみにはもう、おれの弟子なんて肩書きに留まらないだけの実力があると、おれは思う」
「……ワタルさんは、新チャンピオンに就任されるんですよね?」
「うん。……フスベに一度戻って、きみの修行も兼ねておれも研鑽を積めたからね。おれがチャンピオンになる暁には、共にセキエイを盛り立ててもらいたいんだ」
「ワタルさん……」
「どうだい、。……これからは同僚として、よろしく頼めるかな?」
「……ごめんなさい、光栄なお話だとは、思うんですが……私、ワタルさんに教わったことを試したくて、リーグはしばらく休職して、旅をしてみたいと思っているんです」

 ──だから、新体制への移行に伴っておれから彼女に伝えた申し出を、まさか断られるとは正直思ってもみなくて、動揺を気取られまいと片手で口元を覆い、静かに逡巡する。──正直なところ、おれは以前から、職員として励む彼女を女性として好ましく感じていて、師弟として親密に関わる仲で既にその想いは明確な愛情に昇華されていたものだから、……彼女のひとり立ちをいい機会と思って、そろそろこの気持ちを隠しておくのをやめてしまおうかな、なんて風にも考えていたのだ。……だが、そうか。確かに、彼女はトレーナーとして旅をしてリーグ本部に至った訳では無いし、数多のトレーナーが外の世界での修行を経て辿り着く場所である此処セキエイの外の世界の方を寧ろ、彼女は知らないのだった。セキエイの中しか知らない彼女がトレーナーとしての自我を得た今、旅に出てみたいと考えるのは、至極真っ当な発想であると言えるだろう。己が井の中の蛙であった、ということは、レッドとグリーンとの勝負を経た今、おれだって身に覚えがあるところでもあって、だからこそ気持ちを新たに修行に励みチャンピオンの座をおれは手に入れた訳だけれど、もそれに同行していたとはいえ、やはりおれの傍らで見える景色しか知らないことには変わりがない。……だから、おれは。本心では惜しい気持ちもありつつも、彼女を見送ることに決めた。師として名乗りを上げたからには、その役目をしっかりと全うするべきだと、そう考えたのだ。──が四天王になれば、今と同じかそれ以上に傍にいる口実が出来る、なんて思ってもいたけれど、やっぱりそれは狡い考えだったか。らしくもないことを、思うものじゃないなあ。……まあ、旅に出るなら最後にはリーグに挑戦するだろうし、そうなれば迎え撃つのはおれだ。……となると、それはそれで面白いかもしれないな。

「……そうかい、分かったよ。頑張っておいで、
「はい! 今までお世話になりました、ワタルさん!」
「それで、旅先はもう決めてるのかな? カントー? それともジョウトか?」
「いえ、パルデア地方に行ってみようかと思うんです」
「……パルデア? 随分と、遠くを選んだんだね?」
「はい。向こうは此方ほどバトルが盛んではないようなので、そう言った環境の方が精神的な修行にもなるかと思って……」
「そうか……確か向こうは、学生がジムに挑戦するんだっけ?」
「そうなんです、だから、もういい大人ですが、そういうことにも挑戦してみようと思って……一年だけ留学するつもりで」
「へえ! ……うん、良いと思うよ。挑戦しておいで、。……そして、いつかはきっと、おれに挑みにおいで。土産話の良い報告を、楽しみに待ってるからさ」
「……はい! 私、頑張りますね!」

 ──そうして、彼女がパルデアへと旅立ったのが、もう一年と少し前の出来事になる。留学期間は一年と聞いていたが、偶の便りにも未だに此方に帰ってくる詳細な日程は書かれていなくて、どうにも落ち着かない。──向こうは此方とはチャンピオン制度が少し違い、チャンピオンと言う肩書きそのものにランク制が取り入れられているそうだから、リーグを制覇しても他地方のようにチャンピオンの玉座に収まる訳ではないらしいが、無事にジムへの挑戦を終えた彼女はリーグをも制覇したと聞いた。海の向こうから遠い距離を渡って届けられた便箋は、雨風で少し傷んでいて、それほど遠くに彼女が居ると思うと、なんとも複雑な心持ちにもなる。の師として、上司としてのおれは、彼女の成長を望んでいるけれど。……やっぱり、早く顔を見たいと願ってしまう気持ちもまた、会えない間にも少しずつ降り積もっていて。きっともうじき帰ってはくるのだろうけれど、いつ頃になるのかをそろそろ教えてもらえないだろうかと、そわそわしながら日々を過ごしていたある日、──久々に、おれのポケギアへとからの着信が入ったのだった。

「──ワタルさん! お久しぶりです!」
「……ああ、久しぶりだね、。元気そうな声で安心したよ」
「えへへ……あの、今大丈夫ですか? どうしても、これだけは直接伝えたくて……」
「ああ、なんだい?」
「あの……私、こっちで四天王に採用していただけることになったんです!」
「……うん?」
「パルデアリーグは、まだ四天王が揃ってない状態なんです。ドラゴンタイプの四天王は私の他にも候補が居るそうで、その方との競合になるので、もしかすると、ひこうタイプが担当になるかもしれないんですが……」
「……待ってくれ、
「? ハイ?」
「……きみは、一年したら此方に帰ってくる予定じゃなかったか?」
「そのつもりだったんですが、トップ……ええと、リーグチャンピオンに勧誘されてまして。それもいいかなあ、なんて……まだ迷ってはいるんですが、ワタルさんも以前に、私を四天王に推したい、って言ってくれたので……」
「……ああ、確かに言ったな」
「ね? でも、セキエイの四天王の席はもう埋まりましたし……だから、もしも此方に残ることになっても、ワタルさんは賛成してくれるかもなと思ったんです。ワタルさんに背中を押してもらえたら、決心が付くかもしれないと思って……なんて、ワタルさんに決断を委ねるのはよくないですね、頼りすぎちゃいました。でも、ともかくスカウトの件はまずワタルさんにお伝えしたくて……」
「…………」
「……あのう、ワタルさん? ワタルさーん?」

 ──これは、どうしたものだろうか。そりゃあ、おれだって相手が只の弟子だったら、遠い地方で四天王に選ばれた、と報告されたものなら手放しで喜んでいるよ。だが、……はそうじゃないだろう? きみを四天王にスカウトしたのは、おれのほうが先だったのに? おれの誘いを断っておきながら、帰ってくると約束しておきながら、……おれに挑戦しにくると誓っておきながら? ……他のチャンピオンからの誘いに、靡いたって?

「──
「は、はい」
「うん……そうだね、きみには、多少思い知ってもらう必要があるようだな」
「お、思い知る……?」
「此方には帰らないつもりだというのなら、分かった。……戻るまでは待つつもりでいたが、おれの方から会いに行くよ、。覚悟して待っていると良い」
「え、……あ、あの、ワタルさん、怒ってます……? 私、ワタルさんの気に障るようなことを、何か……」
「いや? そういう訳じゃないよ、……だが、師匠として、ちゃんと教えてやる義務はあるだろ?」
「教え、て……?」
「ああ。……よく教え込んであげるから、待っていてくれ。……まさか、シッポまいて逃げたりはしないよな?」
「は、……はい、わ、わかりました……」
「よし。……いい子だ、

 ──ああ、おれは今、柄にもなく。というよりも年甲斐もなく、かな、……自分の中にある餓鬼っぽさや高慢さなどというものは、チャンピオンに就任した折にすっぱりと切り捨てたつもりだった、けれど。残念ながら、嫉妬だとか独占欲だとか、おれがきみに向け続けたそれらは既に幾重にも折り重なって、なかなかに厄介な感情として膨れ上がってしまっていたようだ。そんな滓に沈み眠っていた獰猛な竜を起こしてしまったのがきみだとは言えども、……まあ、悪気はなかったのだろうし、を責めるつもりはないさ。……だが、おれの気持ちを教えてやる必要は、あるよな? 何しろおれは、きみの師匠な訳だからさ。……約束を違ってはならないと、龍の逆鱗に触れてはならないと。それを、きみの身を以て教えてあげよう、 inserted by FC2 system


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