みどりの瞳と新世紀の標本

 ガラル地方の少年少女は皆、チャンピオン・ダンデに憧れる。試合の配信を見て、ポスターを飾り、グッズを身に付けて。いつか、スタジアムでダンデの試合を見たい、叶うならば、その時対峙する相手に、自分がなりたい。――いつか、自分もダンデのようなポケモントレーナーになりたい、と。そう、少年少女は想い、願うのだ。

 だが、私はそうではなかった。
 私は、遠い異国、セキエイ高原ポケモンリーグのチャンピオン、――ドラゴン使いのワタルさんに憧れて、旅に出た。

『きみ、ヒトカゲ連れてるんだね。ダンデのファンなの?』

 パートナーにヒトカゲを選んだのは、ワタルさんが、リザードンを使っているのを、雑誌で見たことがあったからだ。メガシンカさせることで、リザードンはドラゴン複合タイプとなる。元々、ドラゴンタイプを持たないことが不思議なほどに、凛々しい飛竜の姿を持つポケモン、リザードン。ドラゴン使いの証である、翼のマントに憧れた私は、リザードンの姿に、自分の中にある情景を見た。
 だから私も、いつかメガシンカを使えるようになりたい、と。それを目標に、ヒトカゲを選んだのに、どこに行っても、ダンデが好きなの? とばかり言われるから、私はそれがどうしても、面白くなくて。セキエイ高原のポケモンリーグは、メディアへの露出が少なく、――というか、そもそも、こんなにメディア露出が多く、プロ選手という位置付けでジムリーダーたちが活躍しているのは、世界中でもガラルくらいだ、と聞いたこともあるし。
 ともかく、腹立たしくも、ガラルの人間は全然、ワタルさんのことを知らない。あの偉大なドラゴンマスターを知らないなんて、私にとっては信じられないこと、だったのだが。まあ、様々な事情を慮れば、確かにそれも無理はないから、特に意を唱えたり、躍起になって主張することもなかった。

 そうして、ジムチャレンジの後、私はナックルジムのジムトレーナーとして、ジムに配備されることとなる。ナックルシティは、その街の特性上、ジムトレーナーが宝物庫の番人を兼ねており、街全体の警備も、ジムがその一部を担っていた。そのため、他所のジムと比べても、ナックルジムは仕事量が多く、それは決して、楽な仕事では、無かったけれど。きっとこの経験は、ドラゴン使いとしての高みに私を押し上げてくれるはずだ、と信じて励んでいた。それに、ジムリーダーのキバナさんは、なんとワタルさんのファンで、私にとってはじめて、ワタルさんの話で盛り上がれる相手が、キバナさんだったから。ワタルさんの衣服を模した、ナックルジムのユニフォームを着られるのも、嬉しかったし、ジムトレーナーに就任してからは毎日が楽しくて、嬉しくて、一生懸命、職務に励んだ。街の番人、という役割は、何処かワタルさんの信念に通ずるものがあるような気も、していたから。

 インターネットや書籍の情報によれば、ワタルさんは非常に正義感の強い人物で、どんなときでも、人々を護るために戦ってくれるひとなのだ、と言う。私には、ワタルさんのような高尚な魂はないけれど、たとえ真似事でも、続けていれば、ワタルさんのようなトレーナーになれるような気がしたのだ。

 ナックルジムに勤務して、数年。
 転機は、突然訪れた。――ナックルジムが、他地方のジムとの間で、ジムトレーナーの交換留学を行うことになったのである。その計画は、――ジョウト地方、フスベジムからナックルジムへの提案を事の発端として、始まった。候補として、ナックルジムの他にも、イッシュ地方のソウリュウジムなどが上がっていたらしいのだが、ナックルジムとフスベジムは、伝統ある街の守護者、という観点から共通点がある、として対象に選ばれたらしい。それに、キバナさんがリーダーに就任して以来、ナックルジムの評判は上がり続けている。名実ともに、ナックルジムは現在、ガラル地方のトップジムに成長していた。
 フスベシティは、ドラゴン使いにとっての聖地である。
 昔は、フスベの竜の穴で修行をしたトレーナーこそが、真のドラゴン使いと考えられていた時代もあったほどで、現在はそこまで極端な考えはなくなったが、それでもやはり、フスベでの修行は、ドラゴン使いにとっての憧れなのだ。フスベにある竜の穴、その一族の長老に認められた者こそが、真のドラゴン使いだ、と。ドラゴン使いの間では、そう言い伝えられており、――そして、その一族の末裔こそが、ワタルさんだった。

 私が、憧れないはずがない。
 ――だから、それを知っていて、キバナさんが指名してくれた、という事情も、あったんじゃないかと思う。

 ――交換留学のナックルジム代表に、私が選ばれたのは。



 半年の任期で、ガラル地方からジョウト地方へと渡り、フスベジムに赴任することになった。代表者を選出し、留学先で得たものを持ち帰ることで、双方のさらなる成長と発展を目指す、というのが今回の留学の目的で、決して遊びに来ているわけではないから、浮かれては居られないけれど、フスベのジムリーダー・イブキさんの指導の元で過ごす日々は、新鮮で、目に映るもの全てが、書籍や映像で憧れていたものばかりだったから。どんなに苦しい修行でも、私は楽しんで行っていた。

「あなた、全然弱音吐かないわね。ウチの修行、結構ハードでしょ? 途中で脱落するトレーナーも少なくないのよ?」
「それは、そうですけど。それ以上に楽しいですよ、ずっと、憧れていたので……」
「そ、それって私に?」
「いえ、ワタルさんにです」
「何よそれ! フン……まあいいわ、でも、ガラルってかなり遠いじゃない。、ワタルのこと、何処で知ったのよ」
「ああ、子供の頃に偶然、セキエイ四天王の試合の中継を見たんです。それからずっと、憧れてて、竜の穴に一度来られただけでも、感激なのに、……だって、ワタルさんもここで同じ修行をしてたんですよね!?」
「え、ええ。そうよ、私の兄弟子だから」
「ですよね! すごいなぁ、同じ修行が出来るなんて、思ってませんでした! ふふ、キバナさんにも自慢しないと……」
「……ふうん?」

 慣れない土地で、ひとりぼっちでも、毎日が楽しかったから、ホームシックだとか、そういったものには、一切ならなかった。そんな私を見て、イブキさんはどうやら、根性がある、と。私を気に入ってくれたらしい。勤務時間外、修行時間外の、空いた時間に、イブキさんは時折、私にワタルさんの話をしてくれるようになった。イブキさんの話はだいたい全てが新鮮で、何を聞いても私が大はしゃぎするから、イブキさんも得意げになってきたのか、面白くなってきたのか、――ともかく、留学から、数週間が経った頃のこと。イブキさんが、とある人物を見学に招いたのだ。

「――やあ、きみがちゃんだね? イブキから話は聞いているよ。見所のあるトレーナーだ、ってね。あ、ごめん。名乗るのが遅れてしまったな、おれはワタル。セキエイ高原のチャンピオンをしている」
「ぞ、」
「ぞ?」
「……ぞ、存じております……っ!」
「そっか、光栄だな。ガラル地方の、ナックルジムから来たんだよね? まさかおれのことを知っているとは、嬉しいな」

 ――知らないわけがない。親の顔より見た憧れのひと、なのに。実際、対峙してみると破壊力が凄まじかった。威力150の必中で、何故かこちらが反動を受けるチート砲、これが本場のはかいこうせんか……、なんて、気が動転して混乱した頭でも、凛と響く低い声は、よく脳に届く。ワタルさんが、私の名前を呼んでいる。――見所があるって、嬉しいって、褒めてくれた、なんて、こんなの、うそみたい、ゆめみたい、だ。

「今日の修行、見学させてもらおうと思って来てみたんだ。きみの力を見てみたいな」

 ――ナックルジムに就任後、毎日、様々なチャレンジャーと対峙して、バトルを交わしていれば、――まあ、繋がりは多々増えていく。その日々の中で、私はどうやら、ナックルジムのそこそこ強い奴、と認識されることもあったらしく、まあ、なんというか、そういったアプローチを受けたことが、何度かあった。例えば、戦っている姿が好きです、素敵です、とか、そういうものだ。でも、私は別に、そう言われても、だから何? としか思わなかったから、キバナさんに、オマエ男に興味ねえの? と、聞かれたことがあって。実際、キバナさんも格好良いジムリーダー、と評判らしいけれど、私はキバナさんに対しても、上司でうちのジムリーダー、仲良くしてくれてるキバナさん、以上の感情は一切無かったから。――もしかしたら、キバナさんの言う通りなのかも知れないな、と思っていた。バトルと育成に、ドラゴンタイプを極めることに、ストイックになりすぎて、

「――うん、確かに筋が良い。判断力も、適応力もある。きみはまだまだ伸び代があるね。会いに来て良かったよ」

「リザードンが、キングドラの水技を受けたときの対処、見事だったね。あれほど素早く的確に指示を飛ばせるのは、きみがポケモンと真摯に向き合ってきた証拠だよ」

「おれは、きみのようなトレーナーを見ると嬉しくなるんだ」

 バトル以外のことには、興味がない。自分は、そういう人間なのだ、と。――そう、思っていました。思っていたんです、本当に。

「――ちゃんは、なかなか筋が良い。……うん、そうだな。きみさえよければ、時々こうして、おれが稽古を付けよう」
「え、」
「きみはまだまだ強くなれる、おれは、きみが羽撃くところを、見てみたいんだが……どうかな? きみが迷惑じゃなければ、だけど」
「め、」
「め?」
「め……っそうもないです! 迷惑なんて! 絶対ないです! あの、あの……! ワ、ワタルさんが、もしも、よろしいなら、迷惑ではないのなら、わ、わたし、」
「うん、良かった。それじゃあ、毎週金曜の夜に、竜の穴で落ち合って、一緒に修行しようか」
「は、はい……!」
「あ、……そうだ! ちゃん、ジョウトに来てからはずっと修行ばかりだろう? イブキは多分、そういう気遣いは出来ないだろうし……観光とか、まだだろう?」
「え、あ、はい。特に、そういうのは……毎日修行が、楽しいですし、休日も、大体はトレーニングをしています」
ちゃんは、努力家なんだね。でも、それは勿体ないな……、息抜きもたまには必要だよ。よし! それならおれが、ジョウトを案内するよ」
「……え!?」
「せっかくだから、ジョウトを好きになってもらいたいからね」
「……こ、」
「こ?」
「こ、これ以上好きにさせて、どうするおつもりですか……!?」
「へえ、もうそんなにジョウトを気に入ってくれてるのか! 嬉しいな、だったらますます、ちゃんと案内しないと!」

 ――前略、キバナさん。もうすぐ、ジムチャレンジも佳境に差し掛かる頃と思いますが、いかがお過ごしでしょうか。以前、キバナさんに、私には恋愛感情がないのではないか、と指摘されたことがありましたが、この度、その指摘をはっきりと、否定させていただきたく存じます。――私にはどうやら、ワタルさん以外の男性が、じゃがいもに見えていただけ、のようです。キバナさんも、じゃがいもです。それでは、本題です。じゃがいもと罵った手前、申し上げにくいのですが、どうか私に、服を見立てていただけないでしょうか。キバナさんをガラルのファッションリーダーとお見受けして、どうかお願いいたします。緊急事態なのです。

「――あ、すまない。初対面でこんなこと言われても、困るかな。デートの申し込みのように、なってしまったな」
「え!? い、いえ、そんな、とんでもないです、そんな風に思い上がったりしません、お気になさらず!」
「そうか、それなら改めて、――おれとデートしてもらえるかな? ちゃん」

 ――私の命が掛かっているのです。よろしくお願いします。追伸、――ところで、どうにかして私の任期伸ばせませんか? より。敬具 inserted by FC2 system


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