言葉にしようとするから悪い

「……鷹の知り合いかな? はじめまして、俺は大和猛だ」
「わたし、です、よろしくね。鷹ちゃんとは幼馴染で……」
「へえ、鷹を追って帝黒を受験したのかな? その様子だと、合格したようだね。おめでとう、春から俺とも同級生だな」

 ──大和猛くん、同級生でアメフト部の仲間でもある彼と私が出会ったのは、入学式を控えた冬の終わり、15歳のある日のこと。それよりもずっと昔に幼馴染の鷹ちゃんとした約束を守るために、高校生活では帝黒アレキサンダーズのマネージャーを務めるべく、地元である京都府内の中学から帝黒の高等部を受験し、こっそり合格して鷹ちゃんを驚かせよう、と思って合格発表へ私がと出向いたその日の出来事だった。

 大和くんと初めて話したときに、彼は鷹ちゃんの隣に立っていたから、きっと鷹ちゃんの友達なのだろうとは思ったけれど、……まさか同い年だなんて、流石に思わなかった、なあ。……だって、鷹ちゃんだって同学年の中では背が高い方だし、受験の間少し合わなかっただけでまた背が伸びて、私は見上げるのも一苦労だったほどなのに、……大和くん、その鷹ちゃんより遥かに大きいものだから。てっきり私は先輩だと思って、気さくな様子で私にも話しかけてくれた彼に呆気に取られて、……でも、アメフト部でふたりの練習風景を見せて貰えたことで、……ああ、良かったなあ、と。心からそう思ったのを、よく覚えている。12歳でリトルリーグを制した鷹ちゃんは、もう野球では向かうところ敵なしで、最早、鷹ちゃんのお父さんくらいしか練習相手にだってならない有様だったけれど、……帝黒のスカウトを受けて、アメフトに分野を代えた今の鷹ちゃんには、大和くんという切磋琢磨し合える対等なチームメイトがいるのだということに、私はあのとき、どうしようもなく安心したのだ。……きっと、彼らが欲しているのは対等なライバルで、同じく帝黒アレキサンダーズに属してポジションを違えるふたりでは、彼らが真に望む相手にお互いがなり得ることは難しいのだということにも、私も次第に気付いていったけれど、それでも。……あのときは、鷹ちゃんと友達になってくれた大和くんに私も出会えたことが、嬉しくて仕方が無かった覚えがある。

 アメリカ帰りの大和くんは、背丈や体格に恵まれていて、天才と称される部類のひと、だった。──けれど、皆が賞賛するその裏で、彼が血の滲むような努力を重ねていたことに、マネージャーとして傍らで見ているうちにも、私だって気付いたし、……大和くんのそんな姿は、私にとってある種の衝撃だったのだろうと、そう思う。
 私は背丈も低いし、生まれつきに体も弱くて、野球のボールを上手く投げることすら出来なかったくらいだから、アメフトなんて過酷なスポーツに、選手として自分も踏み入ってみようだなんて考えたことは、当然ながらただの一度たりとも無くて。……だから、大和くんのように一見すると才能に恵まれたひとでも、努力で今の地位を勝ち取っているのだと、その自覚があるからこそ、彼は不遜に振舞って自分を追い込んでいるのだと知ったときに、……私には一生かかっても出来そうにもないそれを頑張る大和くんが、私にはどうしようもなく眩しく見えて、仕方が無かったのだ。
 ──彼が、鷹ちゃんの友達になってくれてよかった、と。そう思ったその日から、……私は次第に、鷹ちゃんだけじゃなくて、大和くんの力になりたいとも考えるようになって、それはいつしか、ヘラクレス先輩やアキレス先輩、……以前は棘田先輩もそうだったけれど、今は花梨ちゃんだとか。鷹ちゃんと大和くんの周囲にいるひとたちのことも、ぜんぶぜんぶ、私が助けたい、ほんの少しだけでも力になりたいって、……そう思えるようになったのは、大和くんのおかげなのだ。
 大和くんと出会う以前の私は、鷹ちゃんを背に庇った気になって、その実はきっと、鷹ちゃんの背に庇われているだけだったけれど。……彼らみたいに選手としてじゃなくても、私は私として、マネージャーとして。大好きな鷹ちゃんと、……尊敬する大和くんの力になりたいって、……本当に、私はそう思っているんだけど、なあ……。

 ──そんな気持ちが、どうにもままならなくなってしまったのは、花梨ちゃんがアメフト部に入部してきた、その少し後からだったと思う。

 大和くんは自己主張が強くて、はっきりと物を言うひとだし、私にはそれが合理的に見えるけれど、見るひとによっては彼の言葉は厳しいし、……それに大和くんは、相手の言葉を額面通りに捉えすぎるきらいがあるというか、真意を汲み取ってくれないところがあるというか、……ともかく、花梨ちゃんにはとってあまり好ましくない、横柄な態度を彼が彼女に対して無意識のうちに取ることがあって、私にとってそれは、どうしても容認できないこと、だったのだ。……だって、その場で大和くんの振る舞いを認可したのなら、私が花梨ちゃんに向ける友達としての好意を、私は自分自身の手で否定することになってしまう。それだけはどうしても嫌で、……かと言って、私の批難はいまいち、大和くんには届いていないらしかった。

「……すまない、。だが俺は、の気を損ねるようなことをしてしまったのだろうか……?」

 ──ああ、今日だって。大和くん、困った顔、してたな。そう思い返すと私だって胸が痛いし、何も私も、大和くんを只々批難したい訳じゃなくて。それでも、どうするべきなのかが分からないのは、……私が今まで、鷹ちゃんに守られて生きてきてしまったから、なのだろうか。私がもっと敏くて、素直で、思ったままに大和くんに言葉を伝えられるひとだったなら、……もう少し何かが、違ったのかなあ?

 私は、大和くんのことを尊敬していて、……彼のことをアメフト選手として、同級生として、友達として、……それに、男の子として、かっこいいな、と常々そんな風に思ってしまっている。彼は私の憧れのひとだったし、棘田先輩と私が口論になっているときなんかは、真っ先に庇ってくれるのだっていつも大和くんだし、……ちゃんと、分かっているのだ。大和くんだって何も悪気があって花梨ちゃんに嫌がらせをしている訳じゃなくて、これはきっと、ボタンを掛け違えてしまっているだけで。──彼はちゃんと優しいひとで、私が上手く説明できたなら、きっと分かってくれるのだろうに、どうしてか私、大和くんの一枚上手な態度に躍起になってしまって、……きっと、それだけ私は、彼に比べて子供なのだと、そうおもう。
 ──それでもやっぱり、花梨ちゃんへの接し方に納得が行かないのは事実で、どうにかして改めて欲しくて、また今日も、大和くんに突っかかってしまった。……何も大和くんにきつく当たりたい訳では無いのに、なあ。……これでは私、大和くんが花梨ちゃんにしていることよりも、彼に対して嫌なことをしてしまっているのだろうなと、それもちゃんと分かっているからこそ。……きっと、大和くんは私のことを、可愛くない女だと思っているのだと、そう思う。……本当は、こんなに彼を好きなのに、どうしていつも口論になってしまうのだろう。せめて明日は、今日よりも素直に話せたら、いいのに、なあ……。 inserted by FC2 system


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