知らぬが仏

「……ほう、お前たちか。噂には聞いている」
「……? 噂……?」
「なんでも素手で鬼の腕を引きちぎり、その顎で鬼の角を噛み砕くそうだな」
「……ハァ〜〜!?」

 正直、第一印象は最悪だった。私と隊長に向かって放たれたその第一声に関しては、……まあ、霊山でそういった“如何にも猛者”と言ったでたらめな噂が流れているぞ、という補足も後から付け加えられていたし、何も相馬だって、悪意があってそう言ったわけではないのだって、ちゃんと、分かっていたけれど。……分かって、いたし、相方のは、まるで意に介していない様子だったから、……私だけが気にしているだけ、気にしすぎているだけだと、そう、分かっていたけれど。

「そうだ……あのときは悪かったな」
「……何の話?」
「初対面の折のことだ、お前に無礼な物言いをしてしまっただろう。女性に対して、あれはなかったな。失礼した」

 ……そう、分かっていたのだ。分かっていたからこそ、……まさか、こんな風に、正面切って謝罪される日が来るとは思っていなかった。気付けばこの第一印象最悪男……相馬との付き合いも長くなり、気心の知れた仲に、というか、友人と呼べる仲になったと思う。相方のも私も、何かと相馬には世話になっているし、ときには三人で夜更けまで飲み明かしたり、語り明かして過ごすこともある。友人どころか、親友とさえも呼べる存在。私と隊長にとって、隊長、という立場にある存在はお互いだけだったから、互いよりも広く世界を知る、隊長としての先輩、に当たる相馬からは、学ばせてもらうことも多い。私は、彼を信頼しているし、尊敬しているのだ、本当に。……只、どうしても、“あのとき”のことが引っ掛かって、何かと素っ気ない態度を取ってしまって、……それが、自分の幼さに起因していることも、理解できているからこそ、……なんとなく、こうして彼と二人きりになるのは、苦手だった。

「……別に! 気にしてないよ、そんなの」
「そうか? 気にしているように見えたから、俺は謝罪しているんだが……」
「……それ、隊長には謝ったの?」
「いや? あいつは気にしていないだろう、俺も気にしていない」
「……なんか、それって……」
「? どうした」
「……なんでもないけど……」

 なんだか、まるで、私の聞き分けが悪いから謝ってやってる、って。そう、聞こえてしまうのだけれど、……相馬のこういうところ、ちょっと、苦手だ。なんだか、に対する接し方よりも、私に対する接し方のほうが、甘い、というか、……子供扱いされているのだろうなあ、と思って、少しだけ、むっとしてしまう。

「……まあ、これは俺が言っておきたかっただけだ。はっきりと言っておかないと、俺がお前を、女扱いしていない、と。そう、勘違いされるだろう?」
「……? なにそれ、どういうこと……?」

 だって、それは当たり前のことでしょ。私と相馬は隊長同士の友人関係で、男とか、女とか、そんなのはどうでもよくって、

「ああ、……俺は、を女として好いている、という意味だ」
「……は……?」

 ……どうでも、よくって……?

「一応断っておくが、勿論、仲間として、友として、モノノフとして尊敬しているぞ? だが、それ以前にだな……」
「な……何いってんの!? 急に!?」
「急? 何も急ではないだろう、俺は前々から、お前のことを……」
「だ、だって、相馬が好きなの、木綿ちゃんでしょ!?」
「木綿殿? ……あのなあ、俺と木綿殿、いくつ年が離れてると思ってるんだ? 妹みたいなものだ、彼女は。見守りたいと思っている、見ていれば分かるだろう?」
「だ、からって……なんで、わたし……」
「ああ、……まあ、一目惚れだな。お前を可憐だと、そう思った。噂とは、似ても似つかぬとな。それから、人となりに惚れ込んで、今ではこの様だ。英雄も形無しだな?」
「この様って……」
「お前に惚れ込んでいる。だが、どうにもお前は初対面のことを気にしているようだったからな……」
「だから、それは気にしてないって言ってるのに……!」
「ん? 初対面の男に、女性として軽んじられたと傷付いていたんじゃないのか?」
「な……」
「違わないだろう? まあ、それは裏を返せば、男、と思われている程度の脈はあるということだ、と思っていたんだが……」
「……何いってんの!? さっきから!?」

 ……気が動転して、思わずその場から逃げ出した私を、……相馬が、取り逃がすはずはない。モノノフとしての実力はほぼ互角、逃げたところでどちらかが止まらない限りは、追いかけっこが続くだけだった。

「おい! 待て!」
「待……たない!」
「止まらないと、大声で吹聴して、里中追い回すぞ!」
「な、なにを!?」
「俺はお前を好きだ! ……そして、お前も満更ではないのだとな! そう、皆に言い触らす!」
「ばっ……何考えて、……わっ!」
「……、何してるの?」
「…………!」
「……相馬に追われてた?」
「そうっ、そうなの……!」
「おい、ちょっと待て、! そいつを巻き込むのは反則だろう……!」
「……相馬、うちのに何してるの?」
「お前のじゃない! 俺のだ!」
「……っ、少なくとも、相馬のじゃない! っ、、助けて……!」
「……相馬、覚悟しろ」
「おい、二人がかりか!?」
「自分達は、二人で隊長。……を泣かせたこと、覚悟は出来てるよね?」
「……ッハ、ハハハハハ! 上等だ! 奪い返してやる!」

 ……モノノフ同士の乱闘はご法度だから、たぶん最初は、軽いじゃれ合いじみた喧嘩、だったのだけれど。……隊長が三人揃って、戯れで済むはずがない。気付けば、里の人達が物見に集まって、は俺のだうちのだと言い争いながらの、相馬との乱闘が始まって、……結局それは、お頭に叱り飛ばされるまで続いたのだった。

「……はあ、とんだ災難だったな……」
「……これに懲りたら、もう変なこと言わないでよね……」
「は? やめんぞ」
「なんでよ!?」
「俺はお前を、霊山に連れて帰るからな」
「……は……?」
「言っただろう、参番隊に入れと。まあ、後悔はさせん。霊山も良いところだぞ?」
「……行かないって言ってるでしょ!?」
「ハハハ、照れるな照れるな」
「照れてないから!」

 ……やっぱり、相馬って、ちょっと苦手だ! inserted by FC2 system


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