春の縁を縫いとめられない

 相馬はいつも、私の頼みであれば大抵のことは叶えてくれる。──出会いから約二年もの月日と紆余曲折を経て、結局は恋仲に収まったときだって、きっかけになったのは私が零した何気ない「髪飾りが欲しい」というひとことを相馬が覚えていて、私の為に見繕ったのだと言うその品を手渡してくれたから、だった。……だからこそ私も相馬に、ずっと思っていたことを言えたわけだし。

 ところでその節は、──相馬はあの髪飾りを、“よろず屋経由で、里の呉服屋が仕入れてきた品”だと、そう言っていたけれど、……実はあれは、そんなに簡単な代物では無かったらしい。──なんでも、相馬がカラクリ使いと共に異界を探索して、漂着していた素材を拾い集めたものを鬼の手で浄化して、元々の形に戻してから綺麗な貝殻やガラス細工、宝石なんかを選別して、紅月に造形を相談しつつ、博士の力を借りて、最後に呉服屋に確認してもらうことで、共に仕上げた髪飾り、──というのが、本当のところらしかった。
 ……もちろん、あの日から今日に至るまで、相馬が私に真相を話す気配はない。「に贈る品だ」とは相馬も彼らに話していたそうだから、……事の顛末を気に掛けてくれていた彼らから偶然、私が背景を聞いてしまっただけに過ぎなくて、──確かに、呉服屋から手に入れてきたというのは嘘ではなかったけれど。でも、想像を絶する事情を聞かされて私は呆然として、……それはまあ、其処まで想われているとは正直思っても見なかったから、悪い気はしないし嬉しかったけれど、……でも、それって私が知らないところで、私の為に相馬がまた危ない橋を渡っていたかもしれない、ということじゃない? ──と、そう思うと、どうにも素直に喜びきれないところでもあった。

 彼は基本的に義理難いひとなのだろうな、とそう思う。人の想いを背負って戦うから英雄だ、と自らを称して憚らない相馬は、私に限らず困ったひとは放っておけない性質だし、かつての参番隊で共に戦ったという十六人の願いを八年の歳月をかけて叶え切ったほどに、このひとはやるといったことはやり通すひとだ。
 その上、誰かのためにともなると、相馬は実力以上の力を発揮するらしいと言うことも、無理だ無謀だと言った断り文句は、彼の辞書には存在していないことも、私は知っているつもりだった。──知っているつもりだったけれど、正直なところ、私は二年と少しの付き合いを経て尚、相馬のその性格を甘く見ていたのだろうと、そう思う。

「……なあ、どうだ? 駄目か?」
「ええー……あ、それならさ……」
「おう」
「一人でハクメンソウズを討伐できたら、相馬の頼み聞いてあげる」

 ──その日、私は相馬にちょっとしたことを頼まれて、……まあ別に、素直に相馬の頼みを聞き入れても良かったのだけれど、すぐに人の頼みを安請け合いする相馬のそういうところを良くないと思うからこそ、そういうのはもうやめてよ、という意味も込めて、私は私で気軽に相馬の頼みを聞くべきではないのかもしれないなあ、なんて思って、私は断り文句のつもりで、そう口にしたに過ぎなかった。……まあ、私の方は相馬みたいに素直になり切れないから、というところでもあったのかもしれないけれど。

 ハクメンソウズとは、──かつて、相馬の命を奪いかけた鬼である。マホロバに滞在を初めて少し経った頃、霊山へと参番隊を呼びに戻っていた私と相馬がマホロバへと再び戻る間、識の謀略により九葉殿が襲撃され、里を脱出していた初穂と私たちは異界で合流した、……その矢先に、数日間の異界探索により消耗した一行の部隊は、ハクメンソウズに襲われたのだった。
 その折には、初穂と参番隊を逃がすために殿として残った相馬の隣に、私も彼に倣うように残ったけれど、──参番隊を呼びに戻るため、マホロバを発ってから既に十日以上が過ぎ、急いでマホロバへと飛び戻るために、霊山での休息も取らずに部下を連れて異界を駆けてきた私と相馬は、正直なところ、参番隊の皆や初穂よりも大分消耗しきっていたけれど、それでも、相馬を置いて逃げる選択肢などは私にはなく、意地で殿を務めた結果に、──カラクリ使いたちの救援によって九死に一生を得たものの。
 ──相馬は、あのときに死んでいても何ら可笑しくはなかったし、それは私の方にも同じことが言えた。私たちはふたりだったから死ななかったし、救援が望めたからこそ無事に帰ることも出来た、という只のそれだけで。
 ──つまるところ、ハクメンソウズという鬼は、私と相馬にとってある意味、因縁の存在のようなものであったのだけれど。

「……なるほど、承知した」

 ──そのときは、相馬もそう言いながらもそのまま飛び出していったりはしなかったものだから、てっきり諦めたものだと、私はそう思ってしまったのだ。


「──相馬なら、さっきひとりで任務に行ったけど……」
「……え?」
「珍しい、はいっしょじゃなかったのね? 私も行こうか? って言ったら平気だって言うから、てっきりもいるから大丈夫、って意味だと思ってたわ」
「…………」
「ひとりってことは、丘陵地あたりにでも行ったのかしらね?」

 ──諦めたものだと、そう思っていたのに。翌朝、身支度を終えて宿舎を出た私が、食堂まで朝食を食べに行くのに、いつものように相馬といっしょに向かおうと部屋を訪ねると、もう相馬は部屋に居なくて。いつもは相馬の方が私の部屋を訪ねてくるのに、珍しいこともあるものだけれど、ひとりで先に食べに行ってしまったのかな? なんて思っていたのに、相馬は食堂にも居なくて。
 朝食後、モノノフ本部に顔を出せば見つかるかと思ったけれど、やっぱり相馬は本部にも居ないし、参番隊の誰も相馬を見ていないと言うし、九葉殿といっしょかと思えばそうでもないし。──それで、一体何処に行ってしまったのだろうかと里を一周して本部に戻ってきた私は、其処に初穂の姿を見つけて相馬を知らないかとそう訊ねてみたところ、……初穂からは、とんでもない答えが返ってきたのだった。

「……あの、馬鹿!」
「え、ちょっと!?」
「ありがとう初穂! ちょっと出てくる!」

 ──ひとりで異界に出向いたと聞いて、一瞬で相馬が何処に向かったのか分かった私は、一目散に駆け出して。本部を飛び出し、丘陵地を下り乱の領域まで一気に駆け抜けて、緑の寄る辺を越えた先の、因縁の軍艦砂漠に、──案の定、相馬が居た。相対するハクメンソウズは既にタマハミ状態に移行し、瞬時に鬼の目を用いて確認したところ、大分消耗してはいるみたいだったけれど、──それでも、相馬だって、それは同じでしょう。──とはいえ、私のミタマは相馬を回復できるような能力を持ち合わせていないし、私も相馬も攻撃特化で守りは不得手だから、──だったらもう、此処は一気に制圧するしかない。

「──相馬! あんた何やってんの!?」
「! か!? 何故お前が此処に……」
「何故、じゃないでしょ!? 何考えてんのよ!?」

 相馬の姿を視認して、少し離れた距離から駆け寄るのすらも焦れったくて、鬼の手を起動した私が遠距離から鬼返でハクメンソウズをひっくり返すと、援軍に気付いたらしい相馬が此方を一瞬振り向いて、──けれど、そのまま鬼の手でハクメンソウズに飛び掛かって斬り付けた私に倣い、相馬もすぐに攻撃に戻るや否や、破潰の三連撃を叩き込み、──まあ、それで。元々弱っていたハクメンソウズは、程無くして無事に討伐完了した訳なのだけれど、怒り心頭の私を見つめる相馬は金砕棒を地面に降ろすと、「よく俺が此処に居ると分かったな……?」と、──あまりにも暢気なことを言い出すものだから、私はもう頭にきて、がっ、と乱暴に相馬の襟首を掴むと、怒鳴りつけるように大声を上げてしまった。

「……あなた、何考えてるの!? なんで、こんな……前に此処で死にかけたの、ちゃんと分かってる!?」
「分かってるさ。だがまあ、前回は既に消耗した状態だった訳だからな、万全な状態であれば敵ではなかっただろう?」
「そういうこと言ってるんじゃなくて……!」
「それに、ハクメンソウズを倒せば頼みを聞いてくれるんだろう? この程度安いものだ」
「……ばっかじゃないの……ほんとに……」
「? ?」
「あんなの、冗談に決まってるじゃない……なんなの、相馬のことが心配だから、傍にいるのに……あなたって、どうして、こんなことするわけ……?」

 ──俺の胸倉に掴み掛かったかと思えば、急激に意気消沈して、……半ば、泣きそうな顔でそう零すには、……いや、お前が言い出したことだろう? と正直なところ、幾らか腑に落ちない気持ちはあって、……だが、「俺のことが心配だ」と、そうはっきりと言われるとまあ、悪い気はしないのも、正直な話だった。そもそも、を泣かせるのは俺の本意ではないしな。

「……すまない、悪かったな、がそうも心配するとは……」
「するに決まってるでしょ!? ……ほんと、なんなの、なんで安請け合いするわけ……」
「安請け合いでは無いぞ? の頼みだったからこそ、俺は……」

 ぎゅっと俺の外套を握り締めるの指は震えていて、俺が生きていることを確かめようとしているのか、心臓の音を聞くように俺の胸元に耳を当てようとするをそれとなく抱き寄せてみると、長時間の戦闘を終えた俺よりも遥かに、の心臓は、ばくばくと早鐘を打っていた。
 それは、里を飛び出して此処まで必死で走ってきたから、というのもあるのだろうが、──それ以前に、彼女に心配をかけてしまったのだということは俺にもよく分かるし、……ああ、そうか。──今や、にとって俺を失うかもしれないと言うことは、そこまで恐ろしいことなのか、と。……仲間として、戦友として以上の情が、彼女から向けられていることを実感して嬉しくなってしまった、と。もしも俺が正直に今それを口にしたのなら、……まあ、間違いなくは泣いて怒るのだろうと思ったからこそ、俺もそれ以上は何も言わなかった。……しかしながら、今後も。こんなにも全幅の信頼を傾けてくれているの為であれば、俺は何度でも喜んで、死線へと飛び込むのだろうがな。

「……まあ、悪かった。……戻るか、マホロバの里に」
「……戻ったら、じっくり説教するから……」
「お前が俺に? ……一応、俺はお前よりも結構年上なんだぞ……?」
「悪童みたいな真似しておいて何言ってるの、……九葉殿にも報告するからね」
「なに……?」
「格好付けて、供のひとりも連れずに誰にも言わずに……これって、百鬼隊・参番隊の隊長がすることじゃないと思うけれど?」
「……いや、それはだな……」
「……まあ、私も焦って飛び出してきちゃったから同罪ね。初穂くらいには、状況を説明するべきだったわね……きっと初穂は、迷わず付いてきてくれたのに……そんな時間すら、惜しかったから……九葉殿と初穂には、いっしょに怒られてあげるわよ」

 だからもう、心配かけないで、と。──再度、念を押すように俺に零すは、ウタカタの里で隊長職を務めていたくらいであるし、あのの制御役をこなしていたのも彼女なのだから、平時のは他と比べてもかなり冷静な部類だ。戦場を俯瞰して状況を冷静に分析できる彼女だからこそ、俺が乱の領域に居ることにも即座に気付いて、此処まで駆け付けたのだろうが、──そんな彼女だと言うのに、俺の危機に慌てた状態では焦りのあまり、援軍を連れてくることも出来なかったのだと、自嘲するようには零す。……それで、まあ。俺の方はと言うと、ますます己がに愛されているのだと言う、そんな実感を得てしまい、にやけを押し殺すので必死になって片手で口元を抑えている訳だが、……この状況で笑っているのが知られたのなら、鉄拳制裁では済まんだろうな。

「……ともかく、次に同じことしてみなさい。素っ首刎ねて異界に転がしてあげるから」
「お、おお……お前、意外と尻に敷く性質か? ……そうだ、ところでだな」
「なに? 相馬」
「……冗談だった、ということは、まさか俺の頼みは最初から聞き入れないつもりだったのか?」
「…………」
?」
「……そんなくだらないことでは、こんな真似を二度としないって言うなら、それに関してはもう、いくらでも好きにしたら?」
「! 言ったな!? 言質は取ったぞ!」
「はいはい、……ほんと、あなたって馬鹿なんだから……」
「ハハハ、何とでも言うがいい!」

 ──その後、九葉殿に事の顛末を事後報告に向かった俺たちは、発端になったのが、“ハクメンソウズを一人で討伐できれば、が同衾を許してくれる”という、冗談半分の口約束だったことを聞かされた九葉殿に、「……参番隊は、何故阿呆しかおらぬのだ?」と、そう盛大に溜息を吐かれたが、……鬼との戦いで疲れた日々に、毎晩の穏やかな体温と共寝が許されるなどと。……これ以上の報酬など、他に無いというのにな? inserted by FC2 system


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