思い知ったが百年目

! 俺は、お前が好きだ! ……どうだ? お前も満更ではないんだろう? ハハハ! そろそろ素直に認めたらどうだ?」

 相馬から、好意を伝えられて暫く。……あれ以来、相馬は、人目もはばからずに私を口説いたり、迫ったりしてくるようになってしまった。お陰で、モノノフの本部では、すっかり私と相馬の仲が噂されるようになってしまって、ウタカタの隊長としての面目は丸つぶれだし、それどころか、あの姉妹が発行している新聞にまで、「ウタカタ隊長・殿、百鬼隊参番隊長・相馬殿と熱愛発覚!?」……なんて、馬鹿みたいな取り上げられ方をしてしまったから、もうすっかり、里中で誤解されているし、木綿ちゃんや橘花ちゃん、梛木などには祝福の眼差しで見つめられてしまって、……息吹や初穂からは、完全に、同情の目で見つめられている。……そして、相方の隊長──は、どうにもそれが面白くないらしく、近頃では妙にピリピリしているし。……本当に、ろくなことがない。ろくなことが、ないのに!

「……おう、。こんなところにいたのか、探したぞ。……どうだ? そろそろ、俺と霊山に来る気になったか?」

 ろくなことがない、っていうのに! どうしてこのひとは、懲りないかなあ!

「……相馬、何度も言ってるけれど……!」
「なんだ? いつもの照れ隠しか?」
「照れてない! ……私は霊山には行かないし、何度言われても、答えは変わらないから……」
「だから、こうして、お前を口説き落とそうと試みているんだろう?」
「……あーもー!」

 ……どうして、分かってくれないのだろうか、このひとは。友人としては、かなり気が合うと思っていたし、話しているだけでも楽しいし、相馬といっしょなら、どんな鬼にも負けないって、そう思うけれど。……そんな間柄の相手から、突然、こんな風に接されるようになったなら、誰だって困るって、……どうして、わからないのかなあ……!

「だから、そういうのが困るんだってば……! 大体、連れて帰るなら、私じゃなくても……」
「冗談だろう? ……俺は、オオマガトキで参番隊の仲間を全員失った。それは知っているな?」
「知ってる、けれど……」
「だからこそだ。……俺には、お前が必要だ、。お前となら、どんな鬼にも負ける気はしない。……そんなお前が俺に着いてきてくれたなら、生涯、共に居られるだろう? お前ならば、失わずに済む。俺がお前を死なせないし、お前も俺を死なせんだろう。どうだ、お前以外の人選が在り得るか? あるわけないだろう」
「……それなら、だって……」
「……ま、そうだな。流石にウタカタの隊長を二人引き抜くわけには行かないが……どちらか、という条件なら、は同じだ」
「…………」
「……だが、俺はお前に惚れている。どうだ? 他に理由が必要か?」

 ……いつもは、あんな風に茶化して、からかって、私を困らせたがるくせに。急に真剣な表情になるから、このひとって、苦手だ。……相馬が、そんな顔をする事情のその背景をも私は知っているから、尚更に。……ううん、それも少し、違うのかもしれない。……別に、相馬のことが、苦手なわけじゃなくて、私は、只、

「……っ、そういうの……なんで皆の前で言うの……?」
「ん?」
「……こういう、ふたりきりのとき、だけにしてくれれば、いいのに……」

 相馬にそういうことを、言われると、……何故だか、無性に恥ずかしくなるから、取り乱してしまうから、皆の前でそういうことを、言わないでほしく、て。

「……は?」
「……え、」
「……お前、今……」

 ……でも、これじゃまるで。……私も、相馬を、すき、みたい、だ。

「……わ、私、今なんて言った……!?」
「……お前も俺を好きだと、そう聞こえたが」
「ち、ちがう……!」
「……俺の嫁になりたいと、今そう言ったよな!?」
「そ、……それは絶対に! 言ってない!」
「だが、逢引は人気のないところでしたい、と言っただろう?」
「な、なんで急に事実に寄せてくるの……!」
「お。やはりそれが本音か! ……いやあ、やはりな! 照れ隠しだったか、ハハハ、ずっと恥じらっていたんだな?」
「違うってば……!」
「……本当に?」
「っ、」
「本当に、恥じらいなどではないのか? ……俺のことが、嫌いか?」

 ずい、と顔を寄せて、瞳を覗き込んでくるその顔立ちが、凛々しいなあ、だとか、間近で聞こえる、その耳馴染みのいい声を、好きだなあ、だとか、……そんな風に思ってしまった時点で、……多分、私はもう、……相馬に、負けている。

「……き、らい、じゃ……ないよ……」
「……なら、参番隊に入るな?」
「……は?」
「輿入れはいつにする? ああ、そうだ。お前、猫は平気か?」
「ね、ねこ? 好きだけれど……うちには、天吉もいるし……動物は好きだよ」
「そうかそうか! いや、何、俺は猫を飼っていてな、まあ、普段は家を空けがちで、お前も参番隊に入ればそうなるだろうが……そうか、よかった! うちの化け猫も、きっとお前を気に入るだろう!」
「は、……え、っと……」
「ま、とりあえずは報告に行くか」
「ほ、報告?」
「ん? 皆に言わねばならないだろう?」
「な、なにを?」
「お前が、俺の嫁になるという件だが?」
「件だが、って何!? そんな話してない! やだもう! 離してよ!」
「おい、何処に行く、、……おい、待て! 俺から逃げるとはいい度胸だ! 夫婦喧嘩には少し早すぎるんじゃないのか!?」
「あーもー! そういうのじゃないってば!!」

 結局、その日もまた、とお頭に止められるまで、鬼ごっこは続いて、……と、思われたのだけれど、……今日はどうしてか、相馬の足のほうが早かったらしく、その場から逃げ出してからすぐに、あっさりと、私は相馬の腕の中に捕まえられてしまって。

「……ほら、誰もいない場所でなら、こうしてお前を抱きしめても構わんのだろう?」
「……そんなこと、言ってないってば……!」
「なら、嫌なのか?」
「……そ、れは……」
「ハハハ! ……可愛い奴だな、

 相馬にそういうことを言われると、耳の奥がくすぐったくて、わけがわからなくなるから、……本当に、やめてほしいのに。私がそう言ったら相馬は、ますます意地の悪い表情を浮かべて、笑うのだ。「それは光栄だな」って。……本当に、いじめっ子みたいな顔で、いたずらっぽく、子供みたいに、笑うものだから、……なんだか私は、それを嫌じゃない、と。……思わず、そう、思ってしまって、いつの間にか、抵抗する気すらもなくなってしまっていた。 inserted by FC2 system


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