いつかを待つのに疲れたときは

 参番隊に入れ、という相馬からの誘いを、私は結局断った。……正直、着いて行っても良いかもしれない、と。少しだけ、そう思っていたのだ。相方の……隊長は、本当に強くて。モノノフとしての実力だけなら、私もに並べるかもしれないけれど、今世のムスヒの君である隊長と私とでは、やっぱり、に分がある。……隊長は、いつも無理ばかりするから。私のことも、何時でも護ってくれるから。私だって、を護れるようになりたくて、……そういう意味では、霊山に赴いて修行をするのも、ありだと思ったのだ。ウタカタを不在にすることは、隊長としては正直、負い目があったけれど、私が不在になっても、この里にはもうひとりの隊長、が居る。……でも、私が参番隊に参加しようかと迷っている理由は何よりも、……相馬の存在でしかないのだと、どうしても、自分では認められなかったのだ。ウタカタを発つ寸前まで、相馬は私への勧誘を続けていたけれど、結局、私はそれを断り続けてしまって、……それでも、相馬は未だに、私に文を送り続けている。自分だって、各地を転々と飛び回って、霊山に常駐しているわけでもないくせに。それでも、霊山に戻るたびに、私に文を寄越すのだ。旅先での話と、見聞きしたもの、私に教えたかったことに、……決まっていつも、参番隊に入る気に、霊山に来る気にはなったか、という挨拶を添えて。……その文に、先日、意地の悪い返事を返してしまったのは、……ほんの気まぐれだったように思う。でも、もしかすると、私は、ウタカタに留まっていた頃は、必死に私を構っていた相馬が、あっさりと任務に復帰して、ウタカタを離れたことに、心の何処かで、ふてくされたような気持ちが、あったのかもしれない、……我ながら本当に、勝手な話だけど。

「……よお、会いに来てやったぞ! !」
「……は?」
「ん? どうした?」
「ど……どうした、じゃないでしょ……!? な、なんでウタカタに……え? ほ、本物?」
「……お前、まさか……幻を見るほど、俺が恋しかったのか……?」
「そんなわけないでしょ!?」

 ……私、本当に勝手だから。別に、相馬が勝手なことをしたって、本気で責めていたわけじゃないんだよ。だから、本当にちょっとした意地悪のつもりだったの。いつもいつも、私ばかりが振り回されているから、たまには振り回したかっただけ。「参番隊に来い、って毎回言う割に自分からは会いに来ないんだね」……なんて、本当に、冗談だったのに。相馬は、満面の笑みで私に言うのだ。

「どうした? 会いたかったんだろ? 会いに来てやったぞ」
「な、……んで、任務で出払ってる、はずじゃ……」
「ああ、……ウタカタのから文が届いたら、すぐに俺に届けてくれと言ってあったからな。お前からの返事もすぐに受け取れた、という訳だ」
「なんで、そんなこと……」
「……俺の大切な相手だから、と。そう、伝えておいた」
「……本当、勝手だよね、相馬って……!」
「はは、そうか?」

 顔を合わせたのは、久方ぶりで、……話したいこと、本当はたくさん、あったのに。全部、全部、……吹っ飛んじゃったよ。……本当に、会いに来るなんて思わなかった。……其処まで本気だったとは、正直、思ってもみなかったのだ。

「……さて、俺は霊山に戻ることもなく現地から真っ直ぐウタカタに来た。つまり、分かるな? 
「うん……? 何を?」
「つまり、俺は今夜泊まるところがない。泊めてくれ」
「……はぁ!? なんで、私が……!」
「そう焦らすな。今更、遠慮するような仲でもないだろう?」
「それは、そうかもしれないけれど……ああ、もう……わかった、いいよ……泊まっていきなよ……」
「! 本当か!?」

 そう言って表情を明るくして、満面の笑みでまなじりを下げるこのひとが、……こうは言っても、私の嫌がることは絶対にしないのも、とっくに分かっていて。私が対応を変えない限りは、今夜も飲み明かして語り明かして、それだけで終わるのも分かり切っている。……だから、気に入らないのだ。……私がどれだけ意地を張ったって、私が相馬に大切にされているのは事実なのだ、と。嫌と言うほどに、毎度思い知らされるから。

「……ただし、今日は絶対に、鬼千切外さないでよね。それが条件だから」
「おっ……お、おお……いや、待て、任務に行くのか? 今からか? おい、俺は今里に着いたばかりなんだぞ……?」
「…………」
「……おい、……?」
「……鬼千切、外さなかったら、今夜は参番隊の話、聞いてあげてもいいよ」
「! 、それはつまり……!? 参番隊に入るということか!?」
「さあ? 相馬次第かな」
「よし、任せろ! 今日こそお前に頷かせてみせる! 俺との婚儀の件もな!」
「件、ってなに!? そんな話してないけど!?」
「ハハハ、照れるな、照れるな」
「照れてないから!」

 ……その日、相馬は珍しく鬼千切を外さなかった。 inserted by FC2 system


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