おまえの中にきちんと沈むまで待つよ

 ……確かに、自分からは来ないんだね? なんて言った手前、本当に来てくれたから、これはちょっと平等じゃないな、だとか、負い目みたいなものを感じた、というのはある。あの日、ウタカタを突然訪ねてきた相馬を、そのまま任務へと連れ出して、異界では相馬もいつも通り、……というか、いつも以上に張り切って、元気だったのだけれど。里に戻って禊を済ませ、久々の再会を祝して、皆で宴会の席を設けて、それから、私の家で相馬と飲み直そう、ということになったものの。

『……相馬?』
『…………』

 ……あっさりと、それはもう、綺麗に、囲炉裏の傍で寝落ちしてしまった相馬に対して、……正直、悪いことをした、という気持ちはあった。百鬼隊参番隊、という霊山でも屈指の実力部隊を統べる相馬は、常日頃から、各地を旅して忙しなく働いている。そんな彼に、実地からその足でウタカタへと出向かせた上、寝落ちするほど疲れているところを、任務だ宴会だと連れ回したのは、……流石に、私だって、罪悪感くらい覚えた。

『……相馬、朝だよ、そろそろ起きて』
『……あ?』
『今日、霊山に戻らないといけないんでしょ? 支度しないと』
『……朝だと!?』
『……覚えてない? 昨日、うちに着くなりすぐに寝ちゃって……』
『……お前との甘い一夜は!? どうだった!?』
『そんなものないけど!? すぐに寝たって言ってるじゃん!?』
『そんな……馬鹿な……くそっ、もう一日泊まっていく!』
『九葉殿に怒られるよ……』
『……事後報告だ!』
「またそうやって……』

 ……まあ、罪悪感はあったけれど、そんなの感じなくても良いのかなあ、という気持ちもままあって。だから、何よりも、……たまには、自分が優位に立ってみたかった、というだけなのだ、結局のところは。驚かせてみたかった、……急に私が霊山を訪ねていったなら、少しは驚くかもしれない、と。そう、思って。相馬には内密に、参番隊副官の彼女から、霊山に戻る日程を教えてもらって、相馬が帰る日に合わせて、霊山を訪問したという、それだけ、だったのだけれど。

「なんでそんなにびっくりしてるの…」
「い……いや、まさか本当にくるとは……」

 ……此処まで驚かれるのは、少し、想定外だった。

「相馬が来いって言ったくせに」
「それは、そうなんだが……」
「ふーん……じゃあ帰ろうかな、ばいばい」
「いや、おい、待て! 帰るな! な!? ゆっくりしていけ!」
「……ゆっくりしていくだけでいいの?」
「は?」
「帰ってもいいんだね。……参番隊に、入らなくていいんだ」
「な、……は、入るのか!? 入るんだな!?」
「入らないけど」
「入れ! そして帰るな!」
「なんなの……?」

 久しぶり、なんて。おつかれ、なんて。白々しい挨拶をした私を、ぽかん、とした顔で見つめて、それから、相馬は、ずっと動揺している様子だった。暫くすれば落ち着いて、いつもの調子を取り戻し、目をキラキラさせながら笑っていたけれど、少年みたいな顔で笑ったかと思えば、もう帰るのか!? と狼狽える相馬は、何処か新鮮で、いつも振り回されている分、……何処と無く、気分が良くて。

「……まあ、見識を広めるために、暫くは滞在させてもらおうと思ってる。よろしくね、相馬」
「お、おお……! 願ったり叶ったりだ! 帰りたくないと言わせてやろう! 俺の傍に居たいとな!」
「それは言わないと思う」
「よし! 今夜は宴会だ!」
「聞いてる?」


 ……俺を訪ねて、が霊山を訪れたのは、正直、不測の事態だった。その晩は、参番隊の連中に九葉殿も誘って、盛大な宴会を開き、今夜は飲み明かそうじゃないか、と大層盛り上がって。……まあ、九葉殿は途中で切り上げたが、それでも、が訪ねてきたことを、あの御仁も喜んでいたのだろう。参番隊の連中もそうだ、あいつらはモノノフとしてのを尊敬しているし、俺を支える役目を担って欲しい、という期待をに掛けている。全く、よく出来た部下たちだ。さて、宴は大いに盛り上がった……のはいいが、夜も更けてくると、俺の隣に座していたが、少しぼうっとしているのに気付く。ウタカタから霊山までは、それなりに長旅だ。やはり、疲れていたのだろう。それでも来てくれたのだと嬉しく思うばかりに、はしゃぎすぎてしまったか。

「……、眠いのか? 部屋に案内する、もう切り上げるか」
「……うん……」
……?」

 うとうと、船を漕いでいたは、こてん、と首を傾げると、……そのまま、俺の肩に頭を預けて眠ってしまった、……ことに、俺は些か感動して、思わず感嘆が漏れる。

「お、おお……!?」

 ……正直なところ、俺はから嫌われていないし、寧ろ、好かれている部類だという自負がある。俺からの好意に対して嫌そうな素振りをしていても、本当は迷惑になど思っていないことも、俺には分かっている。まあ、そのつもりじゃなかったとしても、いずれはその気にさせてやるがな。……だが、こいつは本当に素直じゃないから、こんな風に甘えてくることは、滅多に無い。寝ぼけている、酔っているからだとしても、この状況はなかなかに感慨深いものが、あるな……。

「……ん、んん……」
「……なんだ、寝言か……?」

 直ぐ側にある、の小さな唇がかすかに動いて、何かを言っている。……寝言、だろうか。誰かを呼んでいるような気もするが……まさか、俺の名前を呼んだのか? 俺の夢でも見ているのか? ハハ、本当に可愛いやつだ……、

「……ん…………」
「……ハァ!?」

 な……!?


「……なあ、は日頃、お前の肩で寝たりしているのか……?」
「は……? まあ、時々あるかな。寝ぼけてるときとか……」
「……まさかあれは、俺をお前と勘違いしていたのか……?」
「何の話?」
「……いや……」
「……まあ、自分がの膝で寝ることの方がよくあるかな」
「ハァ!? くっそ、なんだその羨ましいのは……!」
「フッ、相馬には真似できないね?」
「……なあ、お前まさかと思うが、あいつに手を出したりしていないよな……?」
「……さあ?」
「おい」
「どう思う?」
「おい、まさか本当に……」
「相馬の想像に任せる」
「おい……! 否定してくれ……!」 inserted by FC2 system


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