地獄まで来て困らせないで

※2設定。



 霊山へと向かい、百鬼隊の参番隊に入る、と。──その結論に至るまでには色々と葛藤もあったし、何よりも、相馬に根負けしたようで悔しかった。──それで、そう答えを出したことで私は思い至ったのだけれど、……たぶん私は、相馬は自分にとって限りなく対等に近い存在だと感じていて、それで彼に親近感というか、一定の好感を抱いていたのだと、そう思う。

 相方の──うちの隊長も、隊長業を共に担っているわけだし幼馴染であるもまた、それに近い関係性だったと思うけれど、……それでも、ウタカタに就任してから、“今生のムスヒの君”なんて呼ばれるまでに至った隊長には、私はどうしても敵わない。
 けれど、そんなのことを一番信頼していて、と背を預け合う相手でありたいと奮闘して、相棒という役目を担いたいと思っている、──そういうところが、相馬と私は同じだったんじゃないかと思うのだ。そして、私も相馬にそういった気持ちを抱いていたし、相馬もそれはきっと同じで。同じ場所から隊長のことを見守りながらも、何かあったときに一番の力になってあげられるのは、きっと私と相馬なのだと自負していたし、その為にも今よりもっと強くなりたかったからこそ私は霊山に行くことを決めた、というのも理由としては大きい。

 それに、──私は、相馬のことが心配だったのだ。イツクサの英雄である彼は確かに強くて、隊長としての総合力で言えばうちの隊長よりも上かも知れないけれど、……でも、相馬は自分が人の身であることを自覚しているくせに、自身が英雄であることを望まれていると知っているからこそ、いつだって無茶をしてでも英雄としてどうするべきか、という判断で動いてしまう。
 百戦錬磨であるがゆえに、──かつて、仲間を全員失った経験があるがゆえに。どんな無茶をしてでも背に庇ったものを守り通そうとするこのひとに守られたことがあるからこそ、相馬のことが、私はどうしても心配で、──だからこそ、参番隊で、相馬の傍で見張っていようと。──そう思った私の判断は、どうやら、正しかったらしいということもまた、証明されてしまった。

 ウタカタの里を離れ、霊山へと身を寄せて暫く、──お頭が不在のマホロバの里では、お頭が選儀される運びとなり、その見届け人として、霊山から九葉殿が出向くことにもなり、現在、私と相馬、それから初穂は、九葉殿の護衛役の武官として、マホロバの里を訪れている。
 その最中、マホロバの内乱を誘導し、霊山君の勅命を騙り込んできた禁軍との揉め事があり、彼らにとって邪魔な存在だった九葉殿は、私と相馬が霊山まで参番隊を連れて戻る間に軍師・識による暗殺未遂に遭い、その後、霊山から戻った私たちは初穂とどうにか合流を果たすものの、霊山から休むことなく異界の中を駆けてきた私達は、行動限界が近い中、異界にてハクメンソウズに襲われたことで、遂には壊滅寸前まで追い込まれ──、

「──殿は俺が引き受ける! 初穂! お前は参番隊を連れて撤退しろ!」
「待って、相馬! 一人じゃ無理よ! キミだって行動限界が近いんだから!」
「なあに、ひとりじゃないさ。……なあ、?」
「!」
「……俺と残ってくれるか。無理にとは言わん、……本当は、お前を逃がしたい気持ちもあるが……」
「……ふたりなら、誰にも負ける気がしないって言ったの、相馬でしょ?」
「! ……ああ! ふたりですべて退けるぞ! !」
「初穂! 殿の役は私と相馬で引き受ける! 早くこのことをマホロバのモノノフに、──紅月に、カラクリ使いたちに伝えて!」
「っ……、絶対! ぜったいに助けに来るから! 死んじゃだめよ、! 相馬!」
「ッハハ! お安い御用だ!」

 ──ああ、やっぱり、思い過しなどではなかったのだと、そう思った。相馬はいつだって、──ウタカタの里から遠く離れた場所であっても、平気でこうして無茶をするし、それを咎めたところできっと、俺は英雄だから死なないだとか、そんなことを言うばかりで、──やっぱり、そんなに相馬のことが心配だったなら、傍に居るしかないのだとそう思った私の直感は、やはり正しかった。

 そうして、たったふたりで鬼を相手取り、異界の瘴気の中を彷徨ったあのとき、私だって相馬が居なければ死んでいたかもしれないし、相馬だってそれは同じで。──だから、私は、参番隊に来て良かったのだとそう思ったし、──あのときに、相馬が迷いもなく私に「殿に残ってくれ」と言ってくれたのが、私はどうしようもないくらいに嬉しかったのだ。
 相馬に好意を告げられた際に感じたのは、動揺と困惑と、──それと同時に、彼に女として見られることへの抵抗、だった。初対面の時のことをあんなに気にしていたくせに、我ながら身勝手だとそうは思うけれど、──どうにも私は、ウタカタの里で共に過ごす中で相馬のことを、もうひとりの相棒のように感じてもいたようで。……だから、思いを告げられたときには悲しかったし、悔しくて、咄嗟に彼から向けられた想いを払いのけてしまった。
 相棒、と。そう思っていたのは私だけで、相馬にとっては私は只の女だったのだろうかと、……まあ、そんな私の憂いなどは、既にマホロバの里での任務にて、吹き飛んでしまったけれど。

「……今回のこと、ウタカタに戻ったら、隊長たちに報告するから」
「は? 何をだ?」
「相馬が死にかけたってこと。あーあ、皆怒るだろうなあ……」
「な……ま、待て。それはお前も同じだろう? それに、俺がお前を死なせないし、お前も俺を死なせない。そうだろう?」
「……それとこれとは、別でしょ。あんまり心配させないでよ……目を離せなくなるじゃない……」
「それは俺としては、願ったり叶ったりだが……いや待て、今ウタカタに戻ると言ったか? どういうことだ、お前が戻るのは霊山だろう」
「……正式配属じゃないし、私はウタカタのモノノフだから」
「おい、まだそんなことを言っているのか……!?」

 ──正式配属ではない、とは言うものの、私が霊山勤務になってから、既に二年近い歳月が過ぎている。──まあ、ウタカタに戻りたいと言えば九葉殿が取り計らってくれるとは思うけれど、既に私は正式に百鬼隊の一員として所属が変更されている。……が、正式配属ではなく修行の一環だと、当初その一言で相馬を押し切ってしまっていたところに、それを聞いた初穂が、「仮配属で修行なんてできるの!? 私もやりたい! 霊山で修行する!」と、私に便乗して霊山に派遣されてきたために、……私の立ち位置は余計に曖昧なものになってしまい、実際に初穂は、派遣期間が終われば私は初穂と共にウタカタに帰還するものだと、そう思っているようで、ウタカタに帰ったらまずは何をするか、という話をよく私へと振ってくる。

 ──だから、どのみち、この辺りが潮時なのだと、そう分かってはいるのだ。マホロバのお頭選儀と一連の事態も収束し、カラクリ使いがモノノフ部隊の隊長に就任した今、九葉殿も元部下であるカラクリ使いのことは気がかりだろうけれど、もうしばらく様子を見た後に我々はいずれ、霊山へと帰還する。そうなれば、初穂がウタカタに戻ることにもなるから、「、早く帰りましょ! 隊長たちが待ってるわ!」と、──そう、彼女に手を差し伸べられたときに、私は。──自分の言葉でちゃんと、結論を出さなければならない。

「──なあ、本当にウタカタに戻るつもりなのか」
「それは……だって私は、ウタカタの隊長だから……」
「隊長業は、あいつに任せてきているのだろう? ……それとも、俺から目が離せないと言うのは嘘か?」
「な……、嘘じゃないよ! 相馬って本当に、誰より強い癖に目を離したら死にそうで、放っておけなくて……」
「……ああ」
「……だから、……私は、相馬の傍で……」
「……俺の、傍で?」
「……力になりたいと、そう思っているけれど……」
「そうか。……ま、そういうことなら安心しろ! 俺は、お前が傍に居る限りは死なんさ」
「……そう言われると、困る」
「ハハハ! 気にするな!」
「気にするよ!」

 ──相馬って本当に勝手だけれど、私も、相馬のことをとやかく言えないくらい、身勝手だ。……只、傍に居たいのだとそう告げてしまうことには未だ躊躇いがあって、彼に女として欲されたいのか、相棒として欲されたいのかもよく分からないと言うのに、どうやら相馬はその双方の意味で私を好いて、重宝しているらしいというのだから手に負えない。──もしも、参番隊に入れ、だとかそんな言葉ではなく、只、あなたが、側にいてくれと私に告げていたのなら、……私は、どうしていたのかな。或いは、素直に頷けていたのだろうか。 inserted by FC2 system


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