永遠の真夏を氷に閉じ込める

「──ユウディアス、もう少し腕を上げていてくれる?」
「むむっ……これで良いだろうか?」
「そう、少しだけそのままでいてね?」
「うむ! UTS!」

 窓の外ではみんみんじわじわと煩いくらいに蝉が鳴いている夏の日、六葉町で行われるお祭りにユウディアスたちと共に遊びに行くために、扇風機が羽根を鳴らす室内で汗を拭いながらも、私は彼の腕へと浴衣の袖を通し、せっせと着付けている。
 ──二年前、ユウディアスが六葉町にやってきた当時は色々と彼を取り巻く事情も忙しなくて、彼を夏祭りに案内してあげることも叶わないまま、ユウディアスは六葉町を離れてしまった。
 それから、二年の歳月が経った現在、MIKによる一連の騒動も収束したこの夏は、ギャラクシーカップの開催に合わせてか、MIKやムツバ重工、ゴーハ堂の協賛により、六葉町の夏祭りも例年より盛大に執り行うことになったらしい。

 それを知ったユウディアスが、夏祭りの張り紙を見て目をきらきらとビー玉のように輝かせていたものだから。それならば、是非とも私たちでユウディアスを案内してあげようと言うことになり、今日は遊歩ちゃんと遊飛くんと、四人で夏祭りに行く予定なのだった。
 地下居住区に送られてからは、大変な日々が長らく続いていたこともあるし、今日、久々にみんなでお出かけするのが私はずっと楽しみで、せっかくならみんなで浴衣を着ようと言う話にもなっていたから、プリ崎さんがみんなに仕立ててくれた浴衣を、私がユウディアスに着付けている。

「しかし、この浴衣と言う装束は不思議なものだな……ソレガシ一人では、着用は難しそうだ」
「ちょっと着るのにコツが要るからね、でも、浴衣って涼しいでしょう?」
「うむ! やはりは器用なのだな、着用を手伝ってもらい助かった、感謝するぞ!」
「もう、大袈裟だなあユウディアスは……」

 プリ崎さんに着付けを四人分お願いするのは大変だから、だなんて。それらしいことを言って、大急ぎでプリ崎さんから習った浴衣の着付け方だったけれど、──本当は、こうして、ユウディアスの前で少しは良い所を見せたかったから、という理由でこの役目を申し出たに過ぎないし、更に言えば恥ずかしいことに、浴衣で着飾った彼の格好良い姿を、私が一番に見たかったという只のそれだけだった。
 そんなことも知らずに、にこにこと楽しげなユウディアスは、勿忘草色を基調としたシンプルな浴衣がとても似合っていて、思わず見惚れてしまうほどにかっこいい。そんな内心をどうにか彼には気取られないようにと、「髪、下ろしたままでは暑いから結ぶね」と私が言えば、「うむ!」と元気に微笑んで、無警戒で気を許した風にユウディアスは私の前に腰を落としてちょこんと座る。私はそんな彼の癖のある毛を手櫛で解きながら低い位置で結ぶと、仕上げに彼の角を隠すように、シックなカンカン帽をユウディアスに被せるのだった。

「おお! この帽子は実に涼しそうだ!」
「いいでしょ? これ、私からのプレゼントね」
「なんと! ソレガシが貰っても良いのか?」
「うん、ユウディアスに似合うと思ったから……」
「……そうか、は優しいのだな……」
「大袈裟だなあ……それじゃ、ユウディアスの着付けは終わったから、私も着替えるね? 遊歩ちゃんはまだ着付け中だと思うから、遊飛くんとふたりで、少し待ってて!」
「うむ! 心得た!」

 そうして、部屋を出て行ったユウディアスの次は、自分の浴衣を着付けて行くことにする。事前にたくさん練習したからか、ユウディアスだけではなくて自分の分もちゃんと綺麗に着付けられていることに、思わずほっと胸を撫で下してしまった。
 それにしても、この浴衣は、──なんだか、ユウディアスの隣に立つために選んだかのような色味とデザインで、今更になって照れ臭くなってくる、なあ。「絶対に、にはこれが似合うヨ!」と遊歩ちゃんに強く勧められて選んだ反物だったけれど、──もしかしなくても遊歩ちゃん、最初からそういうつもりでこの柄を選んでくれたんじゃないか、なんてようやく彼女の思惑に気付きながらも、──着付けを終えて、みんなが集まっているUTSの応接間に戻った私を待っていたのは、……まさしく遊歩ちゃんの目論見通りの展開で、……同時に、私にとっては想定外の事態だった。

「悪いんだけど、私と遊飛はちょっと遅れて行くネ! マニャちゃんたちも夏祭りに来るって言うから、せっかくならそっちとも合流して行こうって話になったんだヨ!」
「む? それならば、ソレガシたちも此処で待った方がいいのでは?」
「マニャちゃんは収録を終えてからくるみたいだし、時間がかかっちゃうかも知れないからネ! ユウディアス、初めての夏祭りだし見たい出店がたくさんあるよネ?」
「う、うむ……確かにそれはそうだが……」
ならお祭りにも詳しいし、案内してもらって先に遊んでおいでヨ! 私達もすぐに追いつくから気にしなくていいヨ!」
「そうか? では、そういうことならお言葉に甘えるとしよう! も、それでも構わないか?」
「……うん、じゃあ、ふたりでいこっか……?」
「ああ! 楽しみだ!」

 ──遊歩ちゃんはあんな風に言っていたけれど、あんなのって絶対、絶対に嘘だ! 容易周到な遊歩ちゃんが当日になってから予定を変えるとは思えないし、マニャちゃんたちが来ると言うのはきっと嘘ではないけれど、きっと“遊歩ちゃんは最初からこうなることを知っていて、私とユウディアスにはそのことを伏せていた”のだと、彼女との長い付き合い、……そして、遊歩ちゃんの隣で申し訳なさそうな顔をして私を見つめていた遊飛くんのその態度で、すぐに分かってしまった。
 つまり私は、遊歩ちゃんに嵌められたのだ。……まるでお揃いみたいなユウディアスと私の浴衣も、最初からふたりで夏祭りに行かせるつもりだったからこそ、遊歩ちゃんはこれを選んでいたのだと、よくよく考えてみればそんなことは分かり切っていたのに。
 ──は、はめられた。幾ら油断していたからとは言っても、これは完全に、はめられた! 確かに遊歩ちゃんは、私がユウディアスのことを好きだと知っているからとは言え、こんな、むりやり、まるで、デートみたいな……こんなお膳立て、なんて、しなくてもいいのに……ユウディアスはきっと、みんなでお祭りに行きたかったはずなのに、私の為にこんなことになってしまって、うう、どうしよう……。

「むむっ、! あの雲のようにフワフワとしているものは一体なんなのだ!?」
「あれはね、わたあめって言うんだよ。お砂糖で出来てるの」
「なんと! では、あれは甘いのだな? マゼラン星雲のPAで食べたことがあるものによく似ている! 食べてみたい!」
「じゃあ、買ってみようか?」
「うむ!」
「……どう? ユウディアス、美味しい?」
「美味しい、が……このわたあめというもの、顔にすべて張り付いてしまうではないかー!?」
「ゆ、ユウディアス! 口だけ! 口だけくっつけて! 髪が汚れちゃう!」
「む、難しい……! これは、食べるのが難しいぞ、ー!」

 ぼふっと豪快にマゼラン星雲──もとい、わたあめに顔を突っ込んだユウディアスは、頬や前髪をべとべとにしながらぺろぺろと口の周りを舐めているものだから、私は慌てて巾着から取り出したウェットティッシュで、彼の頬を拭ってやる。背の高いユウディアスに手を伸ばすには、私は少し背伸びしないといけない程なのに、外見だけは大人びている彼はと言えば、頬を拭われてもにこにこと笑いながらわたあめを頬張っている。なんだか、大きな子供のようなその振る舞いは愛嬌たっぷりで可愛らしくて、……ユウディアスの様子に思わず気の緩んだ私は、気がかりだった問いかけを、彼に向かって零してしまったのだった。

「ユウディアス……その、お祭りは楽しい?」
「? うむ! 実に楽しいぞ! と共に屋台を見て回っているからだな! 案内、感謝するぞ!」
「遊飛くんと遊歩ちゃんが、いっしょじゃなくても?」
「楽しいぞ? 無論、ふたりが居れば賑やかで楽しいが……ソレガシ、なんだかとふたりきりというのも嬉しいのだ」
「そ、……そうなの……?」
「うむ! なんだか胸のあたりが、不思議と暖かいのだ……ほら。……どうだ? にも伝わっただろうか?」

 そう言いながらユウディアスは、頬に伸びていた私の手を空いた片手でそっと掴んで、浴衣に身を包んだ厚い胸元へとそっと押し当てる。──すると、どきどき、どきどきと、ユウディアスの鼓動の音がてのひら越しに伝わってくるものだから、──ぶわ、と。……こんなことをされると、……私まで、心臓がうるさいよ、ユウディアス。
 ──だって、こんな風に、まるで、私だけじゃなくて、あなたも今この時間を得難く過ごしているのだと思えてしまったなら、私。……あなたへのこの気持ちにだって、期待、したくなってしまうんだよ?

 ──その後もユウディアスは縁日を回っては、「ムムッ……このたこ焼きとやら、あひゅいぞ!」「が口の中を火傷してしまうではないかー!」「! 必ずフーフーしてから食べるのだぞ!」なんて、ずっとにこにこ笑っては大はしゃぎで、そうしてユウディアスが楽しそうにしてくれるとつられて私も嬉しくなって、ふたりでお祭りの喧騒の中を歩いているうちに、私の中ではいつの間にやらふたりきりだという緊張感よりも、嬉しさや楽しさといったあたたかな気持ちが勝るようになっていた。
 そうして、しばらく屋台に目を輝かせてキョロキョロするユウディアスを連れて案内しながらも、あちらこちらで食べ歩きをして歩いていた矢先に、──ふと、私は射的の屋台に積まれた景品の中に、水色のうさぎのぬいぐるみが並んでいるのを見つけたのだった。私はそれをなんとなく、少しユウディアスに似ているなあと思って、思わずそのうさぎのぬいぐるみから目が離せなくなっていた私の様子に目敏く気付いたユウディアスは、何処か意気込んだ表情で、「もしや、はあれが欲しいのか?」と、そう問いかけてくる。

「え? ああ、うん……可愛いよね、でもこういうのは、簡単には取れないように出来ているから……」
「よし! ではソレガシが取って見せよう! お祭りを案内してくれたお礼がしたいのだ! 帽子も貰ってしまったからな!」
「え、わ、悪いよユウディアス、そんなの、わざわざ気にしなくても……」
「任せておけ! ソレガシはこう見えても射撃は得意なのだ! 何しろ、我がベルギャー星団の第一突撃部隊では、銃を扱うこともあったからな……」
「……え」

 ──夏祭りの雑踏の中、突然に、その場の和やかで穏やかな雰囲気とはまるで温度の違う冷たい言葉が、彼の口から零れ落ちたのは、気のせいでも何でもない。
 ──些細な遠慮だとか、形ばかりのそれを私が見せる隙さえも、其処にはなかった。銃を持った瞬間、ユウディアスはがらりと顔付きを変えて、──其処には、見たこともない、私の知らない彼が獲物を見据えて三日月の瞳孔が開いた目で、静かに立っていたのだ。
 かちゃり、と引かれる引き金の音。それは確かに玩具に過ぎないとちゃんと分かっている筈なのに、──ばくばく、ばくばくと、先ほどとは違う激しい動悸により急速に早鐘を打つ心臓に、まるで全身が固まってしまったかのように硬直して、私はその場に縫い留められたきり指先さえも動かせずに、──ユウディアスに声を掛けられるまで、声のひとつも漏らせなかった。

「──よし! 取れたぞ! 、貰ってくれるな?」
「……あ、りがとう、ユウディアス……」
「うむ! ……この人形はによく似合っているな、受け取って貰えてソレガシも嬉しいぞ!」

 穏やかで優しい声で、大切そうに両手で私の腕の中へとぬいぐるみを渡してくれた彼から、それを受け取る私がどうにか声を振り絞り、必死でお礼を伝えたその返事は、掠れてはいなかっただろうか。
 ──ユウディアスは、銃の扱いが上手いんだね、なんて。そんなことは、冗談だったとしても言えそうにはなくて、そのとき、彼に何を言えば良かったのか私には分からなかった。
 胸につかえてしまったその言葉の行き場に迷って、「ありがとう」「大切にするね」なんて、ありきたりのお礼しか伝えられないことをもどかしく思う私を置き去りに、ユウディアスは至極満足げに微笑んで、「、次は何を教えてくれるのだ?」なんて、わくわくした顔で笑っている。

 ──それから、私はぎこちないながらもどうにか足を動かして、遊歩ちゃんたちと合流するまではと、ユウディアスとふたりで縁日を回っていた。すると、ボイルド・ベーグル・レクイエムが屋台を出しているのを見つけて、嬉しそうに其方へと駆け寄っていくユウディアスに手を引かれて、私もズウィージョウさんと顔を合わせて、震える声を抑えて彼に挨拶をする。
 店番をしていたズウィージョウさんは、私が抱いたぬいぐるみを見るなり何かを察した様子で、「射撃の腕は衰えていないようだな、ユウディアス」「うむ!」なんて、……私が思っても言えなかったことを、いつもの調子で和やかに話しているふたりのその様子に、──上官から向けられたその言葉に動揺のひとつも見せないユウディアスの様子に、……私はなんだかたまらなく不安な気持ちになって、ユウディアスの手を思わずぎゅっと握ってしまった。

「……?」
「ご、ごめんユウディアス、あの、ええと……」
「……人混みに当てられて、は気分でも悪いのではないか? ユウディアスよ」
「なんと! 、何処かに座って一度休もう。では、失礼します、ズウィージョウ!」
「ああ。ゆっくりと休ませてやれ、ユウディアス」
「はい!」

 彼は眉を下げて屈むと私の表情を覗き込みながらも、心配そうに呟いて優しく手を握り直し、ズウィージョウさんに会釈をしてから、人混みに流されないようにと私のことを優しく庇ってくれる。──ユウディアスは、ほんとうに優しい。……だというのに、どうして私はこんなにも優しいユウディアスのことを、……ほんの一瞬でも、怖い、だなんて。どうしてそんなにも酷いことを、大好きな彼に対して思ってしまったんだろう。
 そんな、どうしようもない罪悪感が胸の内から堰を切ったように溢れ出して、──遊歩ちゃんたちと合流するまでは、ぎゅう、と腕の中でふわふわと揺れる水色を抱きしめながら、私は、彼の顔を上手く見ることも出来なかった。 inserted by FC2 system


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