毒にも牙にもなれない嵐

※藍の円盤未配信時点での執筆。碧の仮面ストーリークリア後の捏造過多。



 というトレーナーは、本当にいけ好かない奴だった。
 あいつの出身はイッシュ地方のライモンシティという大都会で、バトル施設の代表からの推薦でこのブルーベリー学園に特待生として入学した、なんていう皆が憧れる経歴まで持っていて、それだけでという人間には箔が付いていた。
 だというのに、は決してそれだけの人間なんかじゃなくて、入学当初からバトルの腕前さえも周囲から抜きん出ていたのだった。
 なんでもライモンシティには世界的に有名なバトル施設があるのだそうで、はずっと其処に通い詰めてトレーニングに励んでおり、其処のトップのお眼鏡に叶ったのが推薦の理由でもあったのだとか。
 そんな輝かしい経歴を持つは、キタカミの田舎出身なあたしとはあまりにも正反対な存在だったし、あいつの存在そのものがあたしのコンプレックスを執拗なまでに刺激してくるものだから、いけ好かない奴だとそう感じていた。
 だからこそ、あたしはのことが嫌いだったし、入学式の日からずっとあたしは、あいつにだけは絶対に吠え面をかかせてやりたいとそう思っていて、──そう思っていたのに、入学式後のオリエンテーリングの一環で行われたバトルにて、あたしはに負けたのだ。
 地元キタカミに居た頃は、あたしは誰にもバトルで負けたことなんてなかった。子供の頃から大人相手にも負けなかったし、鬼退治フェスだってあたしが一番強かったし、「ゼイユちゃんは本当に美人さんだねえ」と周囲の賛辞を受けて育ったあたしは、自分は強さも美貌もその何もかもを持っている人間だと信じて疑っていなかった。
 ──だから、に出会うまでは、知らなかったのだ。
 上には上が幾らでも居て、この学園において頂点に君臨するのはあたしじゃないのだという、──その事実を、あたしはずっとずっと認められなかった。

 そうして、は入学してしばらく経つ頃には、ブルーベリー学園のトップにまで上り詰めてしまって、一年生ながらにブルベリーグのチャンピオンにも就任したのだった。
 ──とあたしとの間に明確な“格差”が生まれたのは、きっとそのときだったように思う。それまでのあたしたちは実力差はあれど、只のクラスメイトでしかなかったから。

 あたしは出会ったその日からのことが嫌いで嫌いで仕方がなかったし、いつか本気で泣かせてやると、そう思っていた。あの綺麗なお澄まし顔が悔しさに歪むその瞬間をあたしが最初に見てやるんだって、──そんな風に必死であいつの背中を追いかけているくらいには、あたしはのことを意識しているんだって、そのくらい自分でだって分かってたわよ、自覚くらいあったっての。
 あたしはあんたのことが大嫌い。あたしよりもポケモンバトルが強くて、なんだか小奇麗なポケモンで手持ちを固めちゃってさ、ブルベリーグのチャンピオンで、都会出身で、お洒落だし、周囲からの人望もあって、……しかも結構、可愛い顔してるじゃん、あんたって。
 このあたしが美貌で負ける筈なんてないけれど、実際バトルでは負けてるんだもん。──そんなの、嫌いになるに決まってるでしょ。……でもさあ、あんたのことが嫌いすぎて嫌でも目で追い続けちゃって、何度も何度もバトルを挑んで、あたしが喧嘩腰で絡んで面と向かってあんたの悪口を言ってもさあ、……あんたってば、ずっと笑ってるんだもん。「、バトルしなさいよ」「負けたらあんた、あたしの舎弟だかんね」「今日こそえげつない泣き顔拝んでやるわ!」──そうやって、あたしが声を掛けるたびに、あんた笑いながら私のことをまっすぐに見つめてくるんだもん。

「──いいよ! バトルしよう! ゼイユは私のライバルだもんね!」

 ──只の一回もあんたに勝てないあたしのことを、はずっとずっと、ずーっと、嫌になるほど何年もの間、飽きもせずにさ。あいつがチャンピオンになる前もチャンピオンになってからも、四天王の連中にも目もくれずにあんたはあたしだけを正面から射貫いていた。
 ……あのさあ、、ちゃんと分かってる? あたし、四天王じゃないの。この学園には、あんたとあたしの間に他にも強い奴がいて、あたしはあんたの二番手じゃないのよ、って。……あたしがそんな風に諭したところであんたはなーんにも気にしてなくて、あたしとのバトルのことばっかりで、……思えばあたしはあんたのそういうところも、ずっとずっといけ好かないと思っていたのだ。きっとはあたしに対するコンプレックスなんて一個もないから、あたしからの敵意なんて無視してそんな風に振舞えるんだって、そう思っていたから。

『──じゃあ、ゼイユにとってそのさん、ってひとはライバルで親友なんだね』
『……はあ!? あんた、何言って……』
『違った? 私にとってのネモとか、ペパーとか、ボタンとか……あと、スグリも出会ったばっかりだけど、私にとっては、そんな相手かなあって思うよ?』

 ──きっと、ゼイユとさんにとっては、お互いが唯一無二のそんな相手なんだね、って。
 林間学校で出会ったあの子は、あたしが何気なく愚痴として零したつもりだったの話を聞いて、うちの縁側にオーガポンちゃんと並んでにこにこと満面の笑みで暢気に餅を頬張りながら、そんなことを言っていたのだった。
 ……いや、いやいや、そんなの、有り得ないでしょって。──最初は、そう思ったけどさ、他人に言われて初めて気づくことってあんのよね、びっくりするわ。──だって、あたしは当初キタカミに余所者が訪ねてくるのが嫌だったから。イッシュというにとっての“地元”にあるブルーベリー学園に田舎からやってきたあたしは、あたしにとってのあの子たちみたいに、に歓迎されない存在だと、あたしはずっとそう思っていたのだった。
 ……思えば、奥底でそんな疑心があったからこそ、だったのかな。あたしが、あんたのことを素直に見つめられなかった理由ってさ。
 ──でもさ、林間学校で出会ったあの子は、あたしに新しい視点を与えてくれた。それであたしは初めて、あんたのことを誤解していたのかもしれないって、……もしもあんたが、本心からあたしのことをライバルだと認めてくれていたのなら、……あたしはそれを嬉しい、と思えるかもしれないと、そう思ったのだ。
 あの子と過ごした林間学校での日々は、スグのこともあったし、決して楽しいだけじゃなかったけどさ、ムカつくともっこをぶちのめしたり、オーガポンちゃんと仲良くなったり、……あの子と友達になったりとか、さ。楽しいことだって、沢山あったから。そんなひと夏の大冒険の話を、あいつに聞かせたならどんな顔をするのかなって、──あたしとあいつも今からでも、あの子とスグみたいになれるのかなって、そう思ったのだ。
 ……そう、林間学校から帰ったらちゃんとあいつと話してみてもいいって、そう思ってた。……そう、思っていたのにな。

「──勝者、スグリ! チャンピオン・、まさかの防衛失敗により、ブルベリーグ新チャンピオンは、スグリに決定しました!」

 ──今日、あいつは学園の玉座を簒奪された。をチャンピオンの座から蹴落としたのは、もちろん、このあたし──なんかじゃなくて、林間学校以来、すっかり様変わりしてしまった、……スグ、だった。
 林間学校で何があったのかを、……此方に帰ってくる直前に色々あって、それは決して楽しい思い出話だけではなくなってしまったけれど、に話したいとそう思ったし、……それに、あたし、ならスグをいっしょに止めてくれるかもしれないって、そう思っていたのかな。は強いトレーナーだし、あたしですら勝てないに、スグが勝てるはずがない、って。……でも、そんな風に悠長に構えていたのは、あたしだけだったのかもしれない。バトルコートでスグと対峙するあんたは、今までに見たことがないくらい必死な顔をしていたから。
 そんなあたしの淡い期待を破り捨て、学園に戻ってから、一心不乱にバトルに打ち込んでチャンピオンへの挑戦権を勝ち取ったスグは、──今日、遂にを倒して、ブルベリーグの新チャンピオンとなったのだった。

「……おめでとう、スグリくん。今日からはあなたがチャンピオンね」
「……ああ……なんじゃ、さん、わや弱かったなあ……ねーちゃんのライバルって、こんなもんかあ……」
「ちょっと! スグ! あんた何言ってんの!」
「……ふうん、ねーちゃん、あんなに嫌ってたのに、さんさ庇うんだ……嘘吐き」
「……ス、スグ……」
「……スグリくん、パーティの構成、結構変えたんだね? でも、パートナーのオオタチは……」
「んなこと、さんに関係ないべさ。もうチャンピオンはおれだべ、……なに? 弱いくせに、なんか、おれに文句でもあんの?」

 ──なら、あたしといっしょにスグのことをなんとかしてくれる、スグを止めてくれるって、……そんな風に期待してしまったのは、……本当はずっとずっと前から、あたしがのことを信頼していたから?
 そんな期待はあっさりとスグの手で破かれて、あたしは自分のライバルをスグに叩き潰されて、……それと同時に、ああ、スグはもうとっくに、あたしよりも強いんだって、それすらも理解らせられて、……すっかり逃げ腰の思考に飲まれ流されてしまっている自分の弱さをも突き付けられて、バトルフィールドを一瞥したきりあっさりと興味なさげに立ち去るスグと、その場に立ち竦んで俯いたままのと、……そのどちらかを追うことも声を掛けることもままならずに、……やがて、客席に座っていた生徒たちは敗者の元チャンピオンへの関心を失くして席を立ち、──バトルステージには、あたしとのふたりしか残っていなかった。

「──ごめんゼイユ、私じゃ、スグリくんのこと、止めてあげられなかった……」
「……、あんた……」
「……力になりたかったな、スグリくんのことも、ゼイユのことも……林間学校から帰ってきて以来ずっと、心配だったから……」
「…………」
「……これじゃ、私、ゼイユのライバル失格だねえ……?」
「……バッカじゃないの、あんたって……」

 ──ねえ、。やっぱりあたしはきっと、あんたのライバルには全然相応しくないんだわ、きっと。あたしじゃあんたに届かないどころか、ずっと追いかけてきた背中にさえも、スグの方が先に追いついてしまったって言うのに、……あたし、悔しいって全然思えないでいるの。只々、今は悲しいって、……なんで、あたしとあんたは、あの子が語ってくれたライバルや親友たちみたいになれなかったんだろう、って。……俯くあんたを前にして、そんな風に思っちゃったのよ、あたし。
 あんたは大観衆の前でスグに負けて、あんなにも冷たい言葉を、──きっとあたしが何度もあんたに投げ掛けてきたような言葉で辱められても、笑って勝者を讃えて、スグやあたしの心配が出来るような奴なのにね。……あーあ、そっか。あんたって、すっごく良い奴だったのね、。……知らなかったのは、あたしだけなんだろうな。馬鹿みたい。
 ──本当のあたしはきっと、ずっと前からあんたのことが大好きで、あんたのライバルに、親友になりたかったのだ。 inserted by FC2 system


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