下敷きになった星の名前を言い当てること

※97話時点での執筆。フェイザー夢と同一夢主。



「──お店、営業してると思いませんでした。今は、その……」
「ああ。ワレも近頃はずっと店を休業にしていた、今日は久々の営業だ」
「やっぱり、そうですよね? 何度か様子を見にきたんですけど、開いてなかったので……」
「様子を見にきた? が?」
「ええ……ズウィージョウさんがどうしているか、心配だったので……」
「……そうか、感謝する」

 通い慣れたボイルド・ベーグル・レクイエムを訪れてみると、数日前に訪問した際には付いていなかった店内の照明が付いており、慌てて駆け寄るとちょうど開いたドアの内側から、ズウィージョウさんが私を出迎えてくれた。
 ──とは言っても、どうやらズウィージョウさんも偶然外に出るところだったようで、彼は私に気付くと少し驚いた風に目を丸くして、それからズウィージョウさんは「か、中に入ると良い」とそう言いながら、私を店内へと誘導してくれたのだった。
 店内の照明は付いていたものの、どうやら今日は営業中──と言っても、既にパンは売り切れてしまったのか、店頭には品物らしきものは並んでおらず、それに今日はズウィージョウさん一人で店番をしているのか、ディノワさんやミューダさんの姿も見当たらないし、二人の賑やかな声は店内の何処からも聞こえてこない。
 ──MIK本部では現在、お兄さまやトレモロくんたちが、ベルギャー人の皆さんの為に寝る間も惜しんで必死に情報解析を進めている。
 私もそれに参加してはいるものの、彼らほど専門知識がある訳でも宇宙人に詳しいわけでもないから、忙しなく働く皆さんへ差し入れの調達も兼ねて、ズウィージョウさんの様子を見にボイルド・ベーグル・レクイエムを訪れた訳だったのだけれど、──どうやら、前者の目的は空振りに終わってしまったらしい。

「パン、今日は終わっちゃったんですね。久々の営業だから、お客さんが殺到したんでしょうか?」
「いや、今日は最初からパンは並んでいない」
「え? でも、久々の営業だって……」
「営業と言うよりも……今日はこれを作るために厨房を使っていたのだ」
「……これは?」
「MIKに出向いて、これをお前に届けるつもりだった。まさかの方から来るとは思わなかったが……丁度良かった、受け取ってくれ」

 そう言ってズウィージョウさんが私へと手渡したのは、見慣れたこのお店の紙袋。
 開けてみると良い、と促された私がその言葉に従い封を閉じられた紙袋を開けてみると、──中にはまだ少しだけ温かいカレーパンとベーグルサンドが三つずつ、綺麗に並んで収まっていた。

「ええと、これは……?」
「弁当の礼だ」
「おべんとう……あっ、もしかして、三年前の……?」
「ああ。……よ、お前が初めてこの店を訪れた日のことを覚えているか?」
「……覚えてますよ。お恥ずかしい話ですが……あの頃、私はまだお兄さまと上手く行っていなくて、部下の方々から逃げてきた先にこのお店があって……」
「そうだ。……どうにも切羽詰まっている様子だったからな、店内に入れと声を掛けてしまった。……全く、ワレらしくもない」
「そうですか? ズウィージョウさんは優しいもの、十分にあなたらしい行動だと思いますけど……」
「そのようなことはない。……ワレはあの頃、同胞たちを真っ当な生命体にする為、宇宙相手に戦争を仕掛けようとしていたのだ」
「……そう、なんですよね。あの頃の私は、全然気付いていなかったけれど……」
「フ、……フェイザーは、後から知って頭が痛かっただろうな。お前はそんな侵略者に、弁当まで施してしまうような奴だった……ワレは当初、地球人はこうも平和ボケしているのかと呆れ果てたものだ」
「そ、そうだったんですか……?」
「ああ。……だが、お前の弁当は美味く、妙に心が満ち足りて……故に、お前との交流は我にとって束の間の癒しでもあったのだ」

 ──三年前。ズウィージョウさんやユウディアスたちが六葉町にやってきて、まだMIKとズウィージョウさんは対立していて、私もお兄さまと上手く行っていなかったから、彼らに纏わる詳細な事情を知らなくて──、それ故に、偶然匿ってもらったボイルド・ベーグル・レクイエムの“店長さん”と些細な交流を重ねていた、あの頃のこと。
 当時はズウィージョウさんが宇宙人だなんて思わなかったけれど、──もしも、彼が宇宙人だとしても、そのときはそのときで、宇宙人にも心優しいひとは居るのだとお兄さまに知ってもらうきっかけになるかもしれない、──だなんて、私がそんな風に暢気に考えていた頃、私の知らない場所では、ズウィージョウさんはMIKと戦っていたのだと言う。
 私がそれらの事実を知ったのは、今から半年と少し前、MIK──お兄さまが、“迷惑異星人完全排除”の思想を撤回した頃のことで、その次期から私は彼のことを「店長さん」ではなくて、「ズウィージョウさん」と呼ぶようになった。
 それ以降も、私は常連としてボイルド・ベーグル・レクイエムに通い詰めていたし、我が家の食卓にこのお店のパンが並ぶことも珍しくなかったけれど、──近頃、このお店がずっとクローズの札を出していたのは、──恐らく、ベルギャー人の彼らは生命としての寿命が近いと言うその事情こそが、直接の原因なのだろう。

、──ワレは近々、この店を畳むつもりで居る」
「……そんな……」
「ベルギャー人はもうじき皆が終わりを迎える、……これは、仕方のないことなのだ」
「……でも、今MIKでお兄さまたちが、ベルギャー人の皆さんを助ける方法を探しているんです! だから、きっとズウィージョウさんたちも……!」
「……よ、地球人のお前には寿命があるだろう?」
「え? それは……はい……」
「本来ならば、地球人は100年も生きれば長い方だ。お前に関しては、フェイザーとの契約があるからそれよりも長生きするのだろうが……だとしても、宇宙ドラゴンも長命種ではあるが、寿命はある真っ当な種族だ。……それが、生命として正しいこと、本来あるべき姿なのだ」
「……ズウィージョウ、さん……?」
「我々ベルギャー人には、それがなかった。カルトゥマータ……作られた偽りの生命であるからこそ、我々は何度死んでも復活する。事実、ワレは数度の死を体験したが、……死とは恐ろしく、悍ましいものだ。……到底、何度も迎えたいと思えるようなものではない」
「…………」
「ワレは、同胞たちにそのような苦痛を味わわせたくはない。……故にワレは他の種族の生命を脅かしてでも、ベルギャー人を他種族と同じように、限られた命を懸命に生きて死ぬことを許される、正しい生命に作り替えたいとそう思った……それが、三年前のワレの理想だ」
「……そんな……」
「ユウディアスと共にベルギャー星団の平和を取り戻した今でも、やはりワレには創造主の被造物から脱却したいと言う想いがあった。……このような形で叶うのも皮肉な話ではあるが……再び死の闇が訪れる恐怖と同時にワレは今、……心の底から、歓喜しているのだ」
「じゃあ……ズウィージョウさんは、ずっと死んでしまいたかったの……?」
「そうではないが……宇宙にとっての不純物である自覚はあった。……ワレはずっと、お前たちのように、限りある生命に憧れていたのだ」

 ベルギャー人の命が終わりを迎えようとしていると、──それを知ったときに私が真っ先に心配したのは、ズウィージョウさんのことだった。
 私は彼のことをお友達だと思っているし、彼自身が語ったように、私が苦しかった時期に間接的にでも“店長さん”とこのお店は私の心を支えてくれたから、──私は確かに、彼に恩を返したいと、彼の力になりたいとそう思っていたのだ。
 ──でも、ズウィージョウさんは、訪れる死と静かに向き合っているのだと、彼は恐怖や後悔を感じさせない眼で、静かにそう語る。
 ……彼はきっと、突如突き付けられた寿命を理不尽とは思わずに、自然現象として受け入れるつもりなのだ。
 ──何故ならばそれは、本来、すべての生命に無条件で与えられるべきものでありながらも、今までの彼らにとっては、決して自然に到達することは叶わない剥奪されていた権利だったから。

「だが、この命が尽きる前に、幾つかやっておきたいことがある」
「……やっておきたい、ことって?」
「ああ……まず、ディノワとミューダより先に死ぬわけにはいかぬ。部下を不安にさせるなど以ての外だ。……それに、ユウディアスと最期にもう一度、ラッシュデュエルがしたい」
「……本当に、部下の皆さんと仲が良いんですね。……他には?」
「あとは……お前と最期に、話がしたかった。あの時の弁当の礼に、ワレもに弁当を作って届けようかと思ってな」
「それで、これを作るためにお店を開けたんですか?」
「ああ。……一人の分では、きっとフェイザーとトレモロが煩いだろう。故に三人分入れておいたのだ」
「ふふ、よく分かってるんですね」
「お前の兄弟は、お前に対して過保護すぎるからな、……
「……はい、ズウィージョウさん」
「最期にお前と話せてよかった。……ワレには、もしも真っ当な生命体になれたのならば、やってみたいことがあったのだ」
「……やってみたい、ことって?」
「何、簡単なことだ。……只こうして、お前と話がしたかった……お前に相応しい存在に、なりたかった……最期に幾らかはこの望みも叶ったのかも知れぬな」
「……ズウィージョウ、さん……?」
「……フェイザーと幸せにな、。……それと、この件は他言無用だ。特にユウディアスには知られたくない。……最期を生き抜く部下に、ワレが陰りを落とすのは避けたいのでな」
 
 ──そう言って、ズウィージョウさんはそれ以上の事情は何も語らずに、──私はその日、それからもう少しの間だけズウィージョウさんとお話をして、いつもみたいに、私が家で焼いてきたブラウニーを差し入れに広げて、ズウィージョウさんに珈琲を入れて貰って、からっぽの冷たい店内で束の間のお茶の時間を過ごしたのだった。
 そして、翌週に私がもう一度、ボイルド・ベーグル・レクイエムを訪れると、──通い慣れたその場所は既に更地になっていて、彼らの姿は何処にも見当たらず、美味しそうなスパイスの香ばしいにおいが漂ってくることもなくて、──空風の吹き抜ける空き地に呆然と立ちすくんで私は、──唐突に、彼がもう居なくなってしまったことを実感して、へたりと足の力が抜けて、思わずその場に座り込む。
 ──もしも、私がズウィージョウさんとの約束を破って、ユウディアスやお兄さまたちに彼の考えを密告していたのならば、結末は変わっていたのだろうかって、──この現実を前に私は、そんな風にも考えてしまったけれど。
 ──でも、きっと。……私はこうするべきだった、これが正しかったのだ、……彼のお友達としては、ズウィージョウさんの気持ちを尊重するべきだったのだ、──きっと私は、最期まで彼にとって良い友人で居られたのだと、そう思う。きっと彼なら、私を賞賛してくれることだろうと、……そう、思うけれど。
 ──でも、やっぱり悲しいし、寂しいよ、ズウィージョウさん。
 私は軍人でもあなたの上官でも部下でもない、只の地球の一般人だから。──お友達と二度と会えなくなってしまうのは、あなたが死んでしまうのは、──どうしたって悲しいのだと、あの日に私がそう言うと困ったように苦く笑っていたあなたは、──やっぱりあの頃からずっと変わらずに、やさしいひとだったのだと、──私はきっとこの先、カレーパンを食べる度に何度でもあなたのことを思い出して、その度に寂しくなってしまうのだろう。


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